城の外へ出れば、その先は荒廃した世界だった
断崖絶壁の上に建つ黒い城、それを渡る為の石造りの大橋
崖の下は底が見えない、奈落のような深淵
ここが「不思議の国のアリス」と同じ世界なら、白の女王の城はこんなにも黒くなかったし、立地もこんなものだったとは思えないのだけど…
橋の向こうには薄暗い森が広がり、空は外から見た結界のように極彩色のマーブル色になっている
見たことない木の実、見たことない生き物…本当に「不思議の国」と呼ぶべき世界だった
「固有結界の主は、キャスターということでいいんだよね…?」
「キャスターがその童話の作者なのであれば、その可能性は高い
だけど、断言は出来ない」
「そっか…とりあえずエリーゼがいるのなら合流して、キャスターを見つけ出さなきゃ」
橋を渡り、対岸へ
森の入口の前に辿り着くも、その先もまた物々しい雰囲気を醸し出している
エリーゼがいるらしき城へ行くには、最短でここを抜けるしかない
「足元気をつけて」
「ありがとう」
ランサーが私の手を取って、エスコートしてくれる
なんとも様になっている光景だけど…キラキラエフェクトと背景の仄暗さがいい勝負をしている
枯れ枝を踏み、萎れた草を踏み、時々草木を掻き分けながら進む
足元には芋虫やネズミ、空中には蝶や蝿などの羽虫が飛び回っている
なんというか、こう…アリスの世界のようなメルヘンチックさがない、現実的な嫌悪感が湧き上がる場所だ
しかも、何か…私達の方へひっきりなしに集まってきているような
足元に集る芋虫がドレスの裾に当たらないように摘み上げる
虫は得意ではないけれど、嫌いという程でもない…だけどこの集まり方はなんだかおかしい
「ね、ねぇランサー、これ…」
「…人だ」
「え?」
ランサーは以前、自然や動物達と意思疎通ができると言っていた
虫やネズミ達に言って離れてもらうよう声をかけて欲しいと頼もうとした時、ランサーがそれらを見て呟いた
「人」だと
「彼らは人間だ
姿が虫や獣になっているだけで
肉体は変化しても、魂は変えられない
彼らは間違いなく、人だった存在だ
この街に住んでいた人々だろう」
「……え」
つまり、これは…まさか
結界に呑み込まれた場所は不思議の国になり、そこにいたはずの住人達の多くは、虫や動物になってしまったということ…?
「……」
足元を見る
先程からなるべく踏まないように注意していたお陰で、虫を踏んだ痕跡は無い
足元に集まっているのは、もしかして私達が唯一人の形を保っているから…助けを求めている?
「彼らの声を君に通訳することはできる
そのどれもが、救いを求める声だ
僕らのような役割を持った者は記憶を封じられ役を演じるよう支配されるが、彼らは恐らく…脇役にすら足りない者達として虫や獣にさせられたのだろう
役もないから、記憶を封じる必要も無い
精神は人のまま、姿が変わってしまった者達」
「_____」
言葉を失った
この固有結界は病院を中心にそれなりの大きさまで拡大していた
その中にいた人、これから呑み込まれていく人…そのほとんどの人が、このような姿に変えられてしまうのだとしたら
「……す…て…」
「え…?」
か細い声が聞こえた
それは足元から微かに聞こえたもので…視線を向ければ、足元の芋虫や蚓、百足…蜚蠊なんかもいて
ネズミ、ウサギ、鹿、鳥…虫も獣もどんどん集まってくる
そのうちの何人かの身体に、人の口が開いている
人間の唇、人間の歯、人間の舌…それが人間では無い身体の人々に発現し、虫や獣の背中や腹、尾からパカリと開き、唾液を垂らしながら言葉を発する
虫や獣になった人々の嘆きの声が、その人の口から漏れ出ている
「たすけて」「たすけてくれ」「いやだ、こんな姿いやだ」「おかあさん、おかあさんどこ?」「なんでこんなことに」「気持ち悪い」「いやぁぁあ!」「近寄るな!気持ちの悪い虫め!」「俺は人だ、俺は虫じゃない…!」「誰かたすけて」「お願いします神様、ゆるしてください」「なんで?なんでこんなことに」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」「帰りたい…おうちに帰りたいよぉ…」「孫は、孫はこんな目に遭ってないだろうか」「あは、あははは!これは夢だ、悪い夢だ」「怖い怖い怖い怖い怖い」「うちの子を、うちの子を探してください…!」「うわぁぁぁん!」「なんでお前だけ」「私はこんな姿なのに」「人のままでいる」「なんで」「なんで」「助けて」
虫の輪唱、獣の嘶き…木々を吹き抜ける風と木の葉の掠れる音
不協和音にも等しいその声が、私の耳にこびりついて離れない
「…マスター、こちらへ
地を踏まないように飛んで行こう」
「……ランサー…これ…このままキャスターを野放しにしたら」
「恐らく、固有結界は拡大し続けるだろう
本来なら世界そのものに作用する抑止力の力で固有結界は長く続かないはずなのだけれど、これは別格だ
世界中の多くの人が知る「物語」の認識が基盤を固定化させ、星の抑止力程度では消えることがない
いずれ世界中に拡がり、この星の全ては不思議の国になり…僕らのように役を被った人はそれまでの自分を忘れ役を演じ、役になれなかった人々は…彼らのようになる」
その時、私の脳裏には大切な家族やお世話になった人達の顔が浮かぶ
特にこの街には、私の家にはダズおじさんがいる
一刻でも早くこの結界を止めないといけない
「いますぐ、この人達を元に戻す方法はないの?」
「他者への解呪の術を僕は持っていない
一番現実的な方法は、固有結界を解除することだけだろう」
虫達、獣達がドレスの裾に、足にまとわりつく
元々は人だけれど、私の体は生理的な反応で拒否反応を示す
鳥肌が立ち、動けなくなった私の代わりにランサーが私を抱き抱え、飛び上がった
その拍子に虫や動物達は私の足から振り落とされてしまう
「…ありがとうランサー」
「うん…マスター、そこまで背負い込まなくても良いよ
「………ありがとう
はやく、こんな馬鹿げた世界を阻止しないと」
「そうだね、このままでは人理に悪影響が及ぶ
最悪、特異点へと変わってしまうだろう」
ランサーの憶測についてはよくわからないけれども、そのままランサーに抱えられ上空を飛ぶ
こんなことになってしまっては、神秘の秘匿だとか言ってられない
少し飛んでいると、前方に鳥の大群が迫ってきた
鳩に烏、鷲、雀…群れとは確実に違う複数の種類の鳥達の群勢
あれらもきっと人だった鳥達だろう、私達を狙って来ているようだ
「ランサー、躱して逃げて
絶対に傷つけちゃダメ!」
「了解したよ」
ランサーは敢えて速度を早め、群勢までギリギリ直進し…紙一重で下へ回避する
鳥達は勢いを止められずそのまま飛び過ぎていく
地上も上空も、姿を変えられた人達が大勢いる
「彼らが戻ってくるまでに逃げ切るよ、マスター」
「うん、早くエリーゼのところへ行こう」
ランサーが速く飛んでくれるお陰で、エリーゼがいるであろう城は目前だ
城の敷地内に着いた私達は、庭園らしき場所に降り立った
そこには虫も鳥もおらず、ただ白と赤の薔薇の庭園が広がっている
ここは…不思議の国でも有名な、赤の女王の薔薇園だろうか
「だから、女王様は今日の午後一時までに全ての薔薇を赤にしろと仰ったんだ!このままでは白い薔薇が残ってしまう!」
人の声がして、私達は薔薇の木の陰に身を潜めた
ゆっくり様子を伺うと、人の顔のついたトランプ兵達が慌ただしく赤いペンキを持って白い薔薇を塗っている
「午後一時のクロッケー大会まで残り640秒!急げ急げ!まだ庭の三分の一が残っているぞ!」
あのトランプ兵達の顔は、見覚えがある
エリーゼの別荘にいた、召使いさん達だ
彼らもまた不思議の国の住人に変えられてしまったのだろう
だが…そうするとやはり、トランプ兵の主たる赤の女王はエリーゼで間違いなさそうだ
一人指示を出すトランプ兵は、庭師だろうか?
それにクロッケー大会というと、フラミンゴの槌とハリネズミのボールで行うアレのことだろうか
その大会を行うとしたら、恐らく赤の女王…エリーゼも現れるはずだ
…でも、薔薇を塗りきれなければ、癇癪持ちの女王様は庭師やトランプ兵を処刑してしまう
そうなってしまえば取り返しのつかないことになる
人を死なせないために、エリーゼに殺させないためにも…薔薇塗りを完全に終えないといけない
「あ、あの!」
私は思い切って兵隊達へ声をかけた
彼らは私の姿を見て、怯えつつも敵対心を孕んだ視線を向けてきた
「し、白の女王!何故ここに!貴方のチェスの時間はまだ先ですぞ!」
「わかっています、少し…早く着きすぎてしまって
それよりも先に、クロッケー大会に向けて薔薇を塗っているのでしょう?私にも手伝わせてくれませんか」
トランプ兵達が驚くのも無理は無い
本来なら敵対しているはずの敵国の親玉が突然自分達一般兵の前に現れたようなものだ、驚くし怯えもする
今以上に混乱させないためにも、私は白の女王の
すると彼らは驚きつつも顔を見合わせ、どうしたものかと悩み始める
「我らが女王様が貴女様を目の敵にしているとはいえ、貴女様もまた高貴な女王様であることに変わりありません
そのようなお方に、我らの雑用をさせるなどとんでもございません」
庭師が前に出て、胸を張ってそう言った
「話を聞いていましたが、もう残り時間も僅かなのでしょう?
あの子のことですから、白い薔薇が残っていてはきっと怒って貴方達を殺してしまいます
そんな場面を想像するだけで心苦しいのです
ですからどうか、私にも手伝わせてください」
先程よりもハッキリと、こちらの意志を告げる
庭師は唸りながらも時間と人手が足りない状況で、このような申し出を拒否しづらいはず
残り時間の少なさが判断を焦らせ、庭師は息を吐き出してはペンキ缶を差し出してきた
「貴方様のご厚意、痛み入ります
我らの不手際の尻拭いをさせてしまい大変申し訳ない」
「いいえ、今は言葉よりも手を動かしましょう
ランサー、一緒に手伝おう」
「必要な手順だと言うのならば、喜んで」
庭師からペンキ缶と筆を受け取った私達は、ひたすら白い薔薇を赤く塗り潰した
残り数分という僅かな時間でも、全員が協力したお陰で庭の薔薇全てを真っ赤に染めることが出来た
花の一輪、花弁の一枚すら残さず真紅の薔薇へ塗り終えた私達は、見事に赤いペンキで服も肌も斑に赤く染まってしまった
「申し訳ありません白の女王様!雪のように美しい白いお召し物が…!」
「いいえ、これは私が申し出たことです
それよりも、これで貴方達は赤の女王に怒られずに済みますね」
私が庭師の手を握り微笑むと、周囲のトランプ兵達も陽気に喜び、手を取り踊りを踊る人もいる
さて、そろそろ時間だろうか、赤の女王が姿を現す頃合いかな
「アナタ達、一体何を騒いでいるの?
庭の薔薇は全て赤く染められたのかしら?」
城へと通じる薔薇のアーチを通り、真紅のドレスを着たブロンドヘアの少年…予想通り、赤の女王の役を被ったエリーゼが現れた
傍らに立つのは、恐らくランサーと同じくエリーゼの騎士の役を被ったアーチャー
二人もさっきまでの私と同じように記憶を封じられ、役を演じているのだろうか
となると、どうやって正気に戻す…?
「は!女王様!ご覧の通り、全て貴方様のドレスのように真紅色に染め上げてございます!」
「ふぅん…まぁまぁじゃない
…ちょっと待って
何故アナタがここにいるのかしら?チェスの試合は午後四時のはずよ?」
エリーゼが私に気付いて、視線を鋭くする
エリーゼは赤の女王…対して私は白の女王、癇癪持ちで厳格な赤の女王の役にエリーゼが配役されたのは、ちょっと納得してしまうけれど
今はどうにかして彼の記憶を呼び戻さないと
「それに…ぷっ、何その格好
私の色を被って、平服の意を示していると捉えてもよろしくて?
頭を垂れるのなら、首は撥ねないで飼ってあげてもいいけれど」
「エリーゼ、私達は聖杯戦争の同盟相手だよ
ここはキャスターの作った結界の中だよ
目を覚まして!」
私が声をかけるも、エリーゼは見下し嗤う愉快そうな表情から一変、再び機嫌悪そうに眉間に皺を寄せた
「はぁ?アナタ何をわけのわからないことを言っているの?
エリーゼって誰のことよ」
「君のことだよ!
君はエリーゼ・シュヴァルヴィア、アーチャーを召喚し聖杯戦争に参戦したマスターで、私の同盟相手…
…私の、友だち!」
トランプ兵達を掻き分け、エリーゼの方へとずんずん進む
私の言葉を聞いては、トランプのスート模様の杖を強く握り、真っ直ぐに向かう私を見てたじろぐエリーゼ
あともう一歩で手が届く…というところで、冷たいものが額に当たる
それは鉄でできた銃口
アーチャーの武器が私の頭を撃ち抜かんと構えられている
その引き金には指が添えられており、もう僅かに弾丸が発射されるところだ
「……!」
私が認識して僅か0.5秒…その引き金は引かれ、さすがに私の反射神経だけで躱すことは出来なかった
…けど
ランサーの鎖が銃身を捕縛し、銃口を上へ逸らしてくれたお陰で私の脳天は風穴を開けることなく無事だった
ランサーへの感謝は後で言おう、まずはこっちが先だから
私はエリーゼへ手が届く距離まで歩を進め、そして…
「…ごめん、エリーゼ!」
思いっきり、頬を引っぱたいた
バチン、という乾いた強い音が庭中に響き渡り、三秒ほど世界の流れが停止した
ショック療法、というものがある
精神的に混乱状態に陥った時、強い衝撃を与えて正気に戻す…荒療治、とも言う
それをエリーゼに試してみたが、果たしてこれが通用するかどうか…
「……い…」
「…え、エリーゼ…?」
「…いったいわねぇ!!何すんのよこの無鉄砲女!レディの顔叩くとか一体どういう神経しているわけ!?」
「ご、ごご、ごめん!でもこれしか方法が思いつかなくて…!」
反射で謝ってしまったが、やっぱり完全に怒ってしまっている
正気になったのか、もしくはまだ赤の女王のままなのかわからない
「あぁもう信じらんない…ところでアナタどうしたのよその格好
…え?何、この悪趣味なドレスは」
どうやら正気に戻っているみたいだ!
「エリーゼ!ああ良かったぁ…!」
安心してすぐにエリーゼを抱き締めた
エリーゼは何が起きているのか理解していない様子で、狼狽えている
「ちょ、ちょっと、離れなさいよ…!
一体何が起きているのか説明しなさい!」
「うん、そうだね…と、その前にアーチャーをどうにか正気に戻してくれないかな?」
視線をアーチャーの方へ向けると、ランサーの鎖で雁字搦めにされ、身動きが取れないアーチャーがいた
マスターが正気に戻っても、サーヴァントは連鎖的に戻るわけではないみたいだ
アーチャーの様子を見てエリーゼはある程度察したように、右手を掲げた
そして
「令呪をもって命じる
アーチャー、正気に戻りなさい」
貴重な令呪の一画を使用した
すると絶対的な命令権である令呪により、アーチャーの支配魔術も解呪されたようで…目に正気の色が戻った
「おや…私は今まで一体何を」
「どうやら私達は何者かに支配されていたみたいね
この変な格好に、変な景色に、それに…
…うちの従者達全員、トランプになってしまっている」
エリーゼは周りで混乱しているトランプ兵達を見渡し、深く溜息を吐き出した
「この格好からして、ここは不思議の国のアリスの物語の中だと推察するけれど、合っているかしら?」
「うん、キャスターの宝具だと思う
ここは固有結界の中で、強力な支配魔術により全員不思議の国の住人になっている
固有結界は消えることなく、どんどん拡大していって…宝具を解除出来なければ、世界中が不思議の国になっちゃうみたいで」
「何それ…そんなのおかしいわよ
固有結界なんて大魔術、長時間維持すること自体が不可能よ
星の抑止力によって修正されるはず…それを押し退けるくらいこの魔術が勝っているというの?
ただの作家サーヴァントの宝具で?」
エリーゼは信じられない様子で右手の爪を噛む
確かに、世界そのものを作り替えてしまう大魔術…神様の生きる時代の神秘ならまだ頷けるけれど、キャスター…ルイス・キャロルは比較的近大の作家だ
彼が魔術を学んでいたという話も聞かない、ただ親しい少女に即興劇を聞かせただけの数学者
サーヴァント、英霊に昇格した際に何かを会得したのかもしれないけれど、こんなにも規格外の固有結界は私以上に魔術に詳しいエリーゼから見ても異質なのだろう
「街にいた人達も巻き込まれて、虫や獣に姿を変えられてる
私達みたいに役を被ってるわけじゃなくて、ちゃんと自我意識を持ったまま
これが世界中に広がったら、大変なことになる」
「…キャスターを止めましょう
宝具の種明かしも、実際にキャスターに会ってみないと今は何もわからないわ」
エリーゼが再び同盟相手として合流出来たことで、私はとても心強かった
彼はトランプ兵達に向かって、力強く、威厳を持って言い放った
「聞きなさい我が兵達よ!
私は今からこの白の女王と共に旅に出ます
留守の間、我が城を誰かに明け渡してみなさい
その時は全員、その首を撥ねてやるからそのつもりで」
その場にいたトランプ兵達は姿勢を但し、女王の命令を受け取った
ただ一人、庭師を除いて
「あの、女王様…この後のクロッケー大会は…?
その為に我ら、白の女王様とその騎士様にもご協力いただき、薔薇を赤く塗ったのですが…」
「え?あぁ…アナタ達その不格好はそれが理由だったの」
「うん、まぁ…赤の女王様って癇癪持ちだし、塗り終わらなかったら問答無用で処刑されちゃうと思って、手伝ったんだ」
そういえば、手も顔も服も赤のペンキで汚れてしまった
不格好ではあるけれど、この非常事態中にそんなことに構ってはいられない
「…このドレスも動きづらいったらありゃしないわ
城の中に何かしら服はあるでしょう
着替えて身嗜みを整える時間くらいはあってもよくてよ」
エリーゼは恐らく、私達へ配慮して自分も着替えるという名目をもって、汚れを落とす機会をくれたみたいだ
トランプ兵達と共に城内へ戻っていく後ろを、私とランサー…そして状況が飲み込めず呆然と話を聞くだけだったアーチャーもついていった
赤の女王様の付き人メイドに瞬く間にお風呂へ入れられ、ペンキの汚れは落ち、服も裾の長いドレスではない動きやすい洋服をいただいた
相変わらずの白さを誇る、簡素なフィールドワーク用の衣装
短い短パンも普段着ている服と同じ丈で動きやすい
フィールドワーク用なら白いはずがないのだけど、ここは不思議の国、深く考えないこと
「準備は出来たかしら?」
正門前には、同じく裾が短くなった赤いスカートを履いたエリーゼが待っていた
「…スカートなんだね」
「これに慣れすぎてしまったのよ
裾が短い分まだ動きやすいわ
それに、私もアーチャーも前線向きじゃないからそこまで機能性は気にしなくていいものね」
メイドにローブを着せられ、トランプ兵が正門を開ける
再び揃った私達は、キャスターのいる場所を目指さないといけないのだけれど…ランサーの気配感知を頼りに、この不思議の国を旅することになるのだろうか
「目前に見えているね
あそこに、キャスターと…その他の仲間達の気配もいるね」
ランサーが正門の先、崖の下を指さして言った
崖際まで近寄って、見下ろしてみると…そこには到底信じられないものがあった
「…うそ、マジ?」
「大マジだよ」
「正気じゃないわ…あんなところ、どうやって行けばいいのよ」
「僕はマスターを抱えて行けるけれど、君達は難しいかもしれないね」
「いや、でも…不思議の国って確か…
穴に、落ちていくのが定石…だよね」
赤の女王、白の女王の城が並ぶ崖の上…その崖の下に広がる不思議な色の森の中央
そこには、底の見えない、土の断面すら真っ黒な…文字通りの「穴」が、大きな口を開いて待ち構えていた
「…アーチャーって、エリーゼを抱えてダイブする覚悟はあるのかな」
「私ですか?いやぁ、ははは、まさか」
「そこは意地でもやる気を見せなさいよ!私もだけどアナタも失態を巻き返さなきゃ許さないわよ!」
アーチャーの頭をベシベシと叩くエリーゼだが、とにかく穴の近くまで行ってみないことにはどうしようも無い
まずは崖下に降りて、穴の方へ進んで行こう
幸い迂回ルートはあるみたいで、崖下へ続く坂道が城の横に続いている
焦って飛び降りる必要は無いみたいだ
急がなきゃいけないけれど、そういう時こそ回り道をするべきだ
「とりあえず、あっちの道を進んで行こう
あの穴に着くまでに、いろいろと確認と情報共有しておきたいから」
私の意見に反対する人はいないみたいで、私達は坂道を下り大きな穴を目指すことにした