Fate/catastrophe   作:白波恵

3 / 5
拝啓。あの時の私へ。Ⅱ

 

昼時の大広間での会食は、もっぱら聖杯戦争への期待と私への嘲笑や母との比較で持ちきりだった

 

家系位系外、末席の園村の私に代表達の食事の席に並ぶことは許されない

 

会食の食事を運んだりお酒の酌をする、下女のような仕事をする

 

こういった下働きは家系位の低い一家(しかも女性のみ)が住み込みで行っているので、私も当然働く

 

そもそも自分は踏ん反りかえって他の人に働かせる昭和的感覚が肌に合わないので、他の人に言われなくてもこうしていたのかもしれないが

 

「園村代表様、こちらの一升瓶を下席に…」

 

「お酌ですね、わかりました」

 

端から覗くと、下座にはそろそろコップの中の酒が無くなりかけている男性が二人

 

彼らは男尊女卑意識が強く今も自分の家の跡継ぎを自慢し合っていたかと思えば、奥さんや娘の卑下を笑いながら語っている

 

正直気分は良くないが、立場上嫌とは言えない…一度深呼吸して瓶を手に座席へ近づいた

 

「失礼します、お酌を…」

 

「ん?おお…」

 

一人はコップをこちらに寄せ、私はそこにお酒を注ぐ

 

私を舐め回すような視線に鳥肌が立つのを何とか堪え、注ぎ終え下がろうとしたとき…男性はコップを振り、中のお酒が私の顔に直撃した

 

「んぐっ」

 

「ははは、酒も飲めやしない生娘が一丁前に酌してやがる」

 

最悪だ、目に入ったかもしれない、片目が痛い

 

漂うアルコールの香り、髪から滴る雫…頭から酒を掛けられた私の姿を見た代表達が皆、無様だと私を嗤う

 

「…まだ、未成年ですので」

 

「母親の跡も継がずにただの一般大学に通っている娘がなぁ…だが顔立ちはあの女そっくりだ」

 

「母体としてはまだ使えるんじゃないか?」

 

更に笑いが溢れ、場は盛り上がる

 

嫌悪感で吐きそうになる

 

喉奥から競り上がってきそうな胃液を堪えながら嘲笑を一身に受けていると、誰かに腕を引かれた

 

「お前ら、いい加減にしろよ

これ以上俺の妹を笑い者にしてみろ、家系とか関係なく全員殺してやる」

 

私の肩を抱き寄せ、庇ってくれたのは嘉威兄だった

 

「おお、第一位の立花に引き取られた嫡男様ではありませんか

いやなに、ただの宴会場での戯言でございますよ」

 

「古臭い風習もいい加減にしろよジジイババア共、セクハラパワハラモラハラで訴えるぞ

現代に順応できねぇから魔術の研究も滞るんだ」

 

「…この成金小僧が、言うじゃないか

第一位だからって調子に乗ってるんじゃないぞ」

 

酒を掛けた男の腕からがちり、という音がする

 

魔術回路に魔力が通った音だ

 

このままでは嘉威兄が危険だ、そう判断した私は咄嗟に畳の上に跪き、額も畳に付け…所謂土下座をする

 

「な、おい萌恵!」

 

「ほう…?」

 

「この度は私の至らなさが全ての起因でございます、大変申し訳ございません

ですのでどうか、兄さんにはご容赦を」

 

見下す男の視線、周囲の代表者達の奇異の視線、嘉威兄のやめてほしいと懇願する視線…その全てを受けながらも、私はそのまま頭を下げ続ける

 

「…チッ、これ以上は当主様の怒りを買うからな

寛大な心で許してやる

飲み直しだ飲み直し」

 

男は回路を閉じ、座り直しては自分で酒を注ぐ

 

一先ずは収まったこの場から、嘉威兄を連れて出ていく

 

廊下ですれ違う女中にはくすくすと笑われながらもそのまま過ぎ去り、洗面所に訪れる

 

「萌恵…悪い、あんなことさせるつもりじゃ」

 

「いいんだよ兄さん、それより兄さんが無事でよかった

庇ってくれてありがとう」

 

水道の蛇口を捻り、水を流す

 

真夏の温度に熱された水道水は温く、私は温水の柱に頭ごと突っ込んだ

 

酒臭い髪が水によって洗い流されていくのが何とも心地いい

 

十分洗い流しては水道を止め、頭には柔らかなタオルが掛けられる

 

「綺麗なやつだ」

 

「ありがとう」

 

頭や顔を拭き、化粧が落ちていないか鏡を見て確認する

 

「…今日は一層、酷いな」

 

「え、私の顔?」

 

「違う、園村虐めだ

あまりにも露骨だ…何か議会であったのか?」

 

嘉威兄の疑問に答えるべく、私は議会で頼まれたことをそのまま伝えた

 

聖杯戦争のこと、母さんが関与していること、聖杯を持ち帰ること…

 

「それで、その戦争に参加することになったんだ」

 

「なん、だそれ…戦争ってことは、殺し合いなんじゃないのか」

 

嘉威兄は血相を変えて私の肩を掴む

 

私の命を案じてくれているのだろう、その優しさが嬉しい

 

「そう…だと思う

でも大丈夫だよ、この一族の中で価値のない私を助けてくれた色葉に報いるためにも…兄さん達を守るためにも、母さんのことを知るためにも、私行かなくちゃ」

 

「それなら俺が行く、今すぐ色葉に進言を…」

 

「駄目だよ、嘉威兄は今第一位の跡継ぎでしょ

それにこれは元老院のおじいさん達の判断でもある、元々私に拒否権はないようなもんだから」

 

「だからって、大事な妹を戦場に送れるかよ!」

 

私以上に泣きそうになっている嘉威兄に、笑顔を見せる

 

安心感を与えたいのに、嘉威兄は更に険しい表情になる

 

「大丈夫だって、何とかやってみせるから

ていうかドイツだよ、ドイツ!お土産いっぱい買ってくるからね」

 

嘉威兄の大きな手を両手で包み込み、しっかりと握る

 

未だ不服そうな顔をしているが、言いたいことを飲み込んでそれ以上は言ってこなかった

 

「…あ、そうだ、覇琉兄や由李兄には言わないでね

余計な心配を掛けたくないから」

 

「……わかった

頼むから、無事に帰ってきてくれ」

 

大きな体に見合わないか細い声に、私は頷くことしかできなかった

 

 

 

「色葉…起きてる?」

 

髪を乾かし終えた私は、奥の座敷に訪れた

 

正座し、襖越しに声を掛ければ、静かに襖が開く

 

奥から顔を見せたのはチェリーさんで、薄暗い廊下でも赤い目が良く光っている

 

「色葉は今お休み中です、安眠の邪魔しないでいただけませんか」

 

やはり休んでいたか、なら今日はやめておこうとその場を去ろうとしたら、チェリーさんのさらに向こうから色葉の声がした

 

「いいよ、通して」

 

色葉の許可が下りたことでチェリーさんは一瞬悩み、襖をさらに開けて私が入れるように道を開けてくれる

 

立ち上がり中へ入ると、敷布団の上で顔色の悪い色葉が横になっていた

 

開かれた障子の向こうには綺麗に整えられた中庭が見え、初夏の風とは思えない涼しい空気が風鈴を鳴らしながら流れてくる

 

私は色葉の布団のそばに座り、顔を覗き込んだ

 

青白い肌と、正月に最後に見た時より痩せ細った頬の肉…彼女は今まさに衰弱している

 

「今日はちょっと頑張ったんだよ、緊急事態だからさ」

 

「そう…だね、よく頑張ったと思う」

 

「あ、やっとその喋り方になってくれた~

…おじさん達に虐められたでしょ、ごめんね、助けられなくて」

 

「いいよ、気にしてないから」

 

「嘘ばっかり、萌恵は泣き虫だからなぁ」

 

「そんなことないって、いつの話してるの」

 

私と色葉は従姉妹同士だ

 

四つ上の色葉は母の妹の子で、小さい頃からよく私とも遊んでくれていた

 

だからなのか、色葉は冷遇される私を本当によく気にかけてくれる

 

「今度の、聖杯戦争のことなんだけど…ああは言ったけど、嫌なら断ってもいいんだよ?」

 

「それは…」

 

「私のメンツとかお兄さんたちの立場とか関係ないよ

皆あたしが守るよ

どうせ刻印があるうちはまだ死ねないだろうし…」

 

轟家の刻印はその膨大な情報量の中に、刻印が失われないように持ち主を可能な限りまで生き永らえさせる機構が備わっているらしい

 

色葉は私と違って、正当な血筋の上魔術回路の本数も桁違いに多い

 

だがその多さが仇となり、魔力量に肉体が耐えきれず体のあちこちにガタが来ているのだ

 

まだ二十代前半の若さなのに、老衰のように弱っていき…それでも刻印が生き永らえようとするから苦しみが長く続いている

 

こんな色葉を、もう三年も見ている

 

「…いや、私は行くよ

決めたから、もう変えない」

 

「…ふふ、やっぱり頑固だなぁ

嘉威ちゃん達も苦労してただろうな」

 

「まさか、兄さん達は私にデレデレだから何でも言うこと聞こうとしてきたよ」

 

「そうだったねぇ

…懐かしいな、あの頃が」

 

色葉が思い出している幼少期の平穏は、ある日突然崩壊した

 

母さんが死に、父さんは狂い、兄さん達は各家系にバラバラに引き取られた

 

園村に残ったのは私だけ

 

残り物で魔術回路も貧相な私を、誰も引き取ろうとはしなかった

 

「あの人は元気?萌恵のお師匠さん」

 

「あ…」

 

そんな残された私を育ててくれた恩人がいる

 

ファーのついた黒いロングコートを年がら年中着ているのが特徴的な、中年のおじさん

 

師匠と呼んでいたあの人に育てられ、後見人として学校にも通わせてくれた

 

その師匠は今、私のそばにはいない

 

数ヶ月前に突然いなくなってしまった

 

「…わからない、いきなり姿を消して…どこにいるのか」

 

「そ…か、ごめんね、嫌だったよね」

 

「ううん、大丈夫…でも、もし聖杯を持ち帰ってきたら、師匠を探してもらうのをお願いにしようかな」

 

師匠のお陰で人としての生活ができている

 

その感謝もまだ伝えられていないのだから、このままではいられない

 

「それいいね…っていうか、そんなの言ってくれたらすぐ協力するのに」

 

「いいんだってば、これ以上タダでお世話になるわけにはいかないし」

 

「またそういうこと言う…

…それじゃあ、お願いするね

一族の悲願の為にも、轟家に聖杯を」

 

轟家の悲願…私達のルーツを逆行した先のもの

 

魔術師の家系として繁栄してきたこの1400年余り、一族はその悲願のためにずっと魔術を研究してきた

 

ある者は空に、ある者は海に、またある者は虚空に…その道を見出して日々努力している

 

その悲願は、一般的な魔術師達の言う根源への到達ではない

 

ただただ、自分達の起点を知る為の…因果を遡るもの

 

一族はそれを叶える為にも、万能の願望器を欲するのだろう

 

私自身はそういった大義名分に興味を持てないけれど

 

「それともうひとつ」

 

色葉が、膝の上で揃えた私の手を握る

 

私よりも断然冷たい…病人の手

 

「死んじゃ嫌だよ」

 

いつも笑ってる色葉と全く違う、生気のない顔は、酷く私の頭に残った

 

 

 

私は再びチェリーさんの後に続き、暗い廊下を進んでいる

 

両側の壁沿いに立てられている燭台の灯りしか照らすもののない廊下は、初夏とは思えないほどの冷ややかな空気で満ちている

 

私は今、聖杯戦争の参加を命じられたことにより…元老院たる方々への謁見のため案内されている

 

色葉にも改めて参加することを宣言したため、元老院の方々へも参加表明の意を伝えなければいけないと言われた

 

この一族の元老院とは、魔術家系として発足した轟家を長年支えた魔術師達

 

不老不死では無いものの、肉体が滅んでも尚その魂や意志を何らかの形で現代まで引き継ぎ残している…轟家の実質的な権力者

 

表立った当主はもちろん色葉だけれど、立場上は当主だって元老院の操り人形のひとつでもある

 

私はそんな老人達があまり得意ではない

 

色葉だってそうだ、彼女は立場上軽く言えるが…私みたいな最底辺の親族は、そういうことを口にするだけで折檻されてしまう

 

小さい頃に母さんと来たような記憶はあるけれど…その具体的な記憶も朧気だった

 

記憶喪失のせいか、幼すぎたせいかはわからないけれど

 

「元老院の皆々様

轟家第五十二位、園村家代表園村萌恵を連れて参りました」

 

大きめの襖の前でチェリーさんが正座し、額を下げる

 

そうして紹介の言葉を述べた後、音も立てずに襖は開いた

 

本来人為的にしか開かないはずの襖は、誰の手が触れずとも自ずと開き…その奥、更に奥の襖も開いていく

 

何重もの襖の先は暗く、私を招き入れていることがわかる

 

心臓が激しく血を送り出している

 

だと言うのに爪先は冷たく、恐怖が私の神経を染め上げている

 

『入りなさい』

 

重なる枯れた声色が響いた

 

チェリーさんは私を一瞥し、入るように促した

 

彼女はここまで…ここからは私一人で行かなければならない

 

一度深呼吸をし、意を決して元老院の間へ入っていく

 

とって食われるわけでも、殺されるわけでもない…私は聖杯戦争に参加しなければならないのだから

 

畳を踏む足音だけが私の耳に届く

 

何本もの襖を超えた先、襖も見えない暗闇の空間に辿り着いた

 

感じる気配は複数…ここに元老院達がいる

 

私は静かに視線を伏せ、跪き、頭を下げる

 

不敬のないように、無礼のないように

 

「園村家代表、園村萌恵…ただいま参りました」

 

薄ら目で見える自分の爪先の震えが止まらない

 

異質な音がする、歪な匂いがする、この空間は…正気を保てない

 

「おお、よくぞ参ったな、心の娘っ子よ」

 

「大きくなったのう、昨日までこんなにちいこかったろうに」

 

「全く、いつの話をしてるのだ」

 

この空間に反響するように多方面から声がする

 

値踏みする視線を感じる、吟味する眼差しを感じる

 

口の中がからからに乾き、胃に続く食道まで乾涸びたように錯覚する

 

「あのお転婆娘が死んでどれくらい経った?」

 

「…もうすぐ八年、です」

 

「なんだ、まだ八年か…死ぬのならせめて遺体を残してほしかったものだが」

 

「あの娘が残した数々の奇跡は希少価値が高い、事故の起きた土地柄協会に簒奪されるよりは良かったと思わんと」

 

「刻印の歴史を千年進めた轟家直血の嫡子であったのに…」

 

「故に、故にこそ、だ…その娘たるお前を選んだのだ、わかるな」

 

下げた頭の後頭部を何本もの槍で貫かれるようだ

 

元老院達の声は談笑と共に、冷徹に無慈悲に、私という産廃品に命を下す

 

「他の兄達でも良かったが、如何せん彼奴らは魔術の才が無い

その反面、お前は回路の数こそ少ないものの、光るものがある

あの心が常に連れ歩いた()()()()()なのだからな」

 

「あの胡散臭い男の元に預けたのも、あの男の技術を得るため

魔術ではない現代兵器の数々…それを扱えるお前こそ、魔術師達の戦争に最適なのだ、わかるな」

 

「いいか、今更改めて問うことでも無いが…どんな手段を使ってでも、他のマスターを殺し、サーヴァントを殺し、聖杯を勝ち取るのだ」

 

「心が遺した遺物の一つ、再現されし聖杯戦争を勝ち残り、聖杯を我らの元に」

 

「そうしてようやく、我らが悲願…()()()への謁見が実現するのだ」

 

重圧が重く伸し掛る

 

元老院達は、他者を蹴落とし命を奪ってでも、聖杯を勝ち取れと言う

 

私は…私には、そんな覚悟があるのだろうか

 

聖杯を取りに行くのはいい、ただ…誰かを殺す覚悟が、私には…

 

「…お爺様方…私には…人を殺めるなど…」

 

「何を勘違いしている?」

 

私の言葉を押し潰すように、威圧が増した

 

「心の娘であるから、特別な待遇をしてやってるのだ

お前がしくじればお前の大切な兄達がどうなるだろうな」

 

「温情などない」

 

「慈悲などない」

 

「憐憫などない」

 

「寵愛などない」

 

 

 

「お前は我ら一族の悲願の為、例え死んでも聖杯を持ち帰るのだ

良いな」

 

 

 

帰り道では空も橙色に染まり、西日で伸びた影がやけに黒い

 

たった一日、あの一族と関わるだけで今年中の疲労を感じてしまう

 

結局、元老院達の命令に頷くことしか出来なかったけれど…私は正直、誰かを殺したくはない

 

誰かが死ぬのを…これ以上見たくないし、何より私は…

 

……いや、こんな考えはよそう、余計ネガティブになってしまうから

 

そんなふうに考えていると、頭の上で鴉が鳴く

 

黒い目に見つめられたので見つめ返すと、怯えたように鴉は飛び去っていった

 

すれ違う犬も猫も、皆私を見て威嚇し逃げていく

 

私ってそんなに怖いかな、と悲しむのももう何年目

 

足元の影が揺らめいた

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。