2021年 12月10日
ドイツ国南部、スイスとフランスに近隣する地域
国を超える「関所」と評される、近年飛躍的な発展を見せる人工都市
ドイツの名だたる都市のひとつ、フランクフルト・アム・マインを彷彿とされるその圧倒的なビル群は、人類が築き上げた石と鉄とガラスの森
冬に入ってかなり経つにもかかわらず、一般道や商店街には屋外温暖機器が設置され、ドイツの厳しい寒さを緩和させている
古き良きヨーロッパの歴史的文化と近代的な文明が共存する地方都市…それがバーシュウィンデン
十数年前に解体されはずの聖杯戦争が起こるとされる、戦地の名である
という説明のもとドイツ語の語学勉強と共に聖杯戦争の知識を詰め込まれ、バーシュウィンデンに派遣されたのが十日前
五ヶ月の猛勉強の末会得した言語は不自然ながらも現地の人との会話も出来ているため、今のところ問題は無い
先にこの街に来ているはずの他二家は連絡が取れず…私と協力する気は無いらしい
先が思いやられるが、嘆いていたって仕方がない
聖杯戦争に参加するにはまず、サーヴァントを召喚しなければならない
サーヴァントとは…歴史、神話、伝承に登場する英雄達が死後崇高なる魂、英霊として昇華された存在を現代に使い魔として召喚したもの
七つのクラスなる型に収めることで英霊本体よりは格を落とし、神秘の薄い現代の人類でも使役できるようにしたもの
その説明を聞いた時は…なんというか、なんとも罪深い召喚術では無いだろうか、と危惧した
私は頭は良くないけれど、物語が好きでよく本を読んでいる
幼少の頃から絵本や文庫本をはじめとしたおとぎ話、世界的な伝説の書籍はよく読んでいるし、そこに登場する英雄に尊敬もしている
別に英雄オタク、というわけではない…実のところそこまで英雄の数を知っているわけではないのだから
でも、彼らがどれほど崇高な志を持った人達なのかと、幼い少女心ながらに尊敬しているのだ
ヒーローに憧れる子供のように、私は英雄というものに夢を抱いている
けれど聖杯戦争に参加するサーヴァントは皆、聖杯への願いがあるから参加するものらしい
確かに…英雄と称される彼ら彼女らの参加意欲が無ければそもそも現代に降り立つなんてことそうそう無さそうではあるが、死んだ後にも勝ち取りたい願いがあるのは…なんとも人間的だと感じる
やはり…英雄と言えど、過去に生きた人間に違いは無いのだろう
ともかく、そのサーヴァントを召喚することで初めて聖杯戦争に挑める
そして…そのサーヴァントと契約したマスター、魔術師が持つ参加資格…令呪
私は左手の甲を隠すよう、長い袖を引く
この地に来て数日経った頃、左手には薄い痣のようなものが浮かび上がった
それが教わった令呪の兆候であることは何となくわかった
魔術回路の少ない私でも、魔力の流れというものは感知できる
この令呪は外付けの膨大な魔力を宿している、これはサーヴァントに使用できる絶対命令権
これがあるからサーヴァントとマスターは繋がりを保てる…それと同時に、これが見えれば「自分はマスターです」と敵に自ら晒し上げることになる
それは非常に不利、この広い都市のどこにマスターがいるのかもわからないのに…
「園村サン」
「は、はいっ!」
突然背後から声をかけられる
いけない、今はアルバイト中だった
カフェも多いこの街の、繁華街よりは少し外れたところにあるレトロチックな赤レンガ作りのこのお店で、私はウエイトレスのアルバイトをしている
ここは繁華街と比べると近隣も静かで簡素な印象を受けるが、その実コアな客も多く、噂話が飛び交うことも多い
近代都市故に情報の早い人達も多く、情報収集の為にもここは良い穴場だった…のだけど
普通にここの賄いのケーキが美味しいから、とは親戚達には言えない
色葉に言えば当然金銭面の支援はしてくれるだろう、けれど私は最低限の生活費くらいは自分で工面したい
自立心と合理性…と、ほんの少しの下心で働き始めたこのアルバイトも、早五日になる
ここのお店の従業員は、店長の他にもう一人…私と同時期に入ってきた赤毛の青年
先程私に声をかけた、彼である
「パーシー…ごめん、ボーッとしてた、何?」
「何か考え事してるのかな〜って思って声掛けただけ
今の時間は客も少ないし暇だからさ、話し相手になってよ」
パーシーという青年は活気的で陽気、常に笑顔だし女性の扱いにも長けている
彼の眩い笑顔のために足を運ぶ女性客は、このたった五日間で十人程増えている
新規客を獲得できて店長も喜んでいるが、今のように客足が少なくなる平日の昼間はよく私に絡んでくる
甘え上手というか、なんというか…女性の心を掴むのが上手いんだなぁという印象は受ける
「一応仕事中でしょう」
「一人二人しか客いないじゃん
あ、そうだ、三番街に出来た新しいパン屋知ってる?あそこのクロワッサンが絶品でさぁ」
こちらが流しても勝手に話の風呂敷を広げてくるのでなんとも手強い
他の従業員と比べシフトが被ることも多くて、必然彼と接する機会が多くなる…けれど私、それほど人と親しく話せるような性格ではないのに、どうして彼はここまで気さくに話しかけてくるのだろう
つくづく不思議な青年だ
「まだ行ったことないけど…今度行ってみようかな」
「マジオススメ!あとその近くにあるバーが雰囲気あって結構良くて…あ、アンタって酒飲める歳?」
「日本の法律上まだ飲めないよ、あと一年は待たないと」
「一年かぁ…さすがにそれじゃ無理かな
まぁ酒は飲めなくてもジュースもあるし、今度行ってみない?俺奢るからさ」
異性と二人でバー?さすがに遊びに誘うのとはワケが違うでしょこれは
「悪いけどパス、夜は勉強したいから」
「真面目だなぁ、たまには息抜きしないと」
そうは言ってくれるが、いつまでかわからない休学期間で留年にでもなってみなさい、私を大学まで通わせてくれた師匠に顔向け出来なくなる
私はあまり頭が良くないから、人一倍頑張らないといけないのに
「はいはい、気が向いたらね」
「よっしゃ!約束だぜ?俺の祖国の神に誓って!」
随分古風な言い回しをするなぁ…
まぁ、こんな男と一日の数時間共に過ごしている今…この数日だけでもそれなりの情報を獲得している
例年より行方不明者が増えていること、不思議な夢を語る少女達、突如彗星の如く現れたスーパーモデル…いやこれは違うな、うん
怪奇な事件の噂は、魔術師が絡むことが多い
特にこの聖杯戦争が起こるとなると、そのマスターが何かをしている可能性は高いと思う
そういった噂話を集め、調査すれば…きっと聖杯戦争の参加者や、そうでなくても街に隠れる魔術師を炙り出せるはず
…それと同時に、自分のサーヴァントも召喚しなきゃいけないのだけど
召喚は基本、自分の魔力と波長の合う地脈のポイントを活用するらしいし…私にはどこが合うのか未だにわかっていないため、まだ何も出来ていない
今借りている家…は、召喚の余波がどれくらい影響するかわからないから怖いし、かと言ってそこら辺の適当な公園で英霊を召喚していいものなのか?と不安にもなる
参加権限は持っているのだから、サーヴァントの召喚も出来るとは思うのだけど…
「あ、そうそう」
ふと思い出したように、何気なく気にかけるように、パーシーが声を零す
その視線はまるで蛙を睨むような蛇の如き鋭さを持っていて…ああ、捕食される弱い動物ってこんなふうに心臓が締め付けられるんだ、と感じた
「ああ言っておいてなんだけど…夜はなるべく家にいろよ
夜は、危ないからな」
その忠告に、私はただ頷くことしか出来なかった
先程までの柔らかなパーシーの声とは違う…氷のように、冷たい声だった
「って言われたけれど…遅くなっちゃったな」
時刻は午後九時を回っている頃
バイトが終わってから四時間、魔術がてんで使えない私は自分の足で地道に調査するしかない
使い魔を一匹でも持っていれば楽なのだろうが…生憎と
仕事中もうるさくされては困るので、日本から持ってきたお気に入りのお菓子を与えて静かにしてもらっている
今頃たらふく食べて寝てることだろう、起きていたらやけにうるさいのでそうしてもらえると助かる
…話を戻して、繁華街から郊外まで、調査をするにしてもこの街は広い
バスや路面電車を活用してもこの十日間で1/5も調査が終えられていない
一人で全部やるというのは、なんとも大変なことだ
思わず出そうになる溜息を飲み込んで、帰路につく
帰ったら軽食をとり、勉強して…明日もカフェのバイトがあるので日付を回る頃には寝たい
今日も今日とて私の魔力に合うような霊脈地は見つけられなかったし…今後が思いやられる
パーシーにも釘を刺されたのだから、早く帰ろうと足を急がせる
ここから私が借りているアパートメントまでは徒歩15分…早足で10分もない
街の中心とは離れた、レンガ造りの西洋風な趣のある住宅街
なだらかな傾斜を登り、ふと、空を見上げた
…今日は星も見えない、曇り空
ここは街の中央とは違い街灯や建物の窓から盛れる灯りくらいしか光源がない
冬の澄んだ空気は、ドイツの星空をよく見せてくれる…のだけど、生憎と今日は見せてもらえないみたい
雨が降らないだけマシかもな、と…視線を前に戻すと…点滅する街灯の灯りに照らされ、誰かが立っていた
「…?」
街灯の光はそれほど強く無いから、夜の住宅街はそれなりに暗い…そのせいでその人物の姿はよく見えない
ただ…遠くからでも、何か異質なものを感じる
それが近づいてくる
足を一歩ずつ前へ突き出し、私を見て、歩いてくる
その姿は…黒い、甲冑だった
黒い甲冑と黒い仮面…夜の暗さの中に光る、赤い脈のような模様は、現代社会ではまず見ることの無い装いで、まるで漆黒の騎士のよう
それは、私を見て、真っ直ぐに向かってくる
「え……」
そしてその手に握られているのは…黒い騎士と同じ黒い、剣
本物なのだろうか
何故こんな住宅地にあんな風貌の人が?
私と騎士以外には誰もいない…恐ろしいくらいに人っ子一人存在しない街路で、真正面から向かってくる
嫌な予感がする
脊髄が冷えるような感覚がする
指先が動かない
現代人としてはまずコスプレでもない限り有り得ない装い…この、圧倒的な威圧感
まさか、まさかあれは、もしかして
『小娘』
私の耳元で囁く
影からの声
『今すぐ逃げろ』
黒い騎士は剣を両手で握り、踏み込んだ
瞬くことすら許されない刹那に、騎士は私の目の前まで迫り…その剣を横一文字に振るう
まずい、死ぬ、そう思った瞬間身体は紙一重で飛び退き、剣の風圧に飛ばされる
受け身は取りつつも突然の攻撃に状況が呑み込めない…けれどひとつだけ、わかることがある
あの騎士は、私を狙っている
騎士の仮面が、こちらを向いた
私は震える指先に何とか力を込め、立ち上がり走り出した
逃げなくては、逃げなくては、逃げなくては
どこに逃げるかもわからないけれど、あれは確実に私の命を奪いに来ている
踏み込んだ石畳の道が破壊されていた、薙いた剣の風圧は私の体を吹き飛ばした
それほど強い力を持ち、あの風貌…きっとあれは、恐らくサーヴァント
聖杯戦争に参加する、サーヴァントの一人…!
他の参加者であるマスターを排除する為、私を狙ってきたのだろうか
それはまずい、まずいまずい、私には対抗出来る手段がない、私にはサーヴァントがいないのだから
まだ召喚できていない、だって私に合う霊脈地が見つかっていない
有数の霊脈地を巡った、私の波長に合わない場所でも、どこでも
召喚だって
でも
何度も、何度も、何度も!
毎日探して、挑戦して、でも誰も来てくれなかった…!
令呪はあるのに、マスターの資格はあるはずなのに…私のもとに英雄は誰も来てくれなかった
一体何故?どうして?召喚陣も詠唱も間違えていないのに、召喚陣が光を放って令呪に魔力が流れても…結局誰も現れなかった
私は、マスターになれないの?
マスターになれなければ、聖杯戦争に参加出来ない…聖杯を勝ち取れない
そうすれば一族に、色葉に顔向けできない、兄さん達もどうなるかわからない
そのまま…他のマスターのサーヴァントに、狩られるしかないの?
恐怖と悔しさで涙が溢れる
ただがむしゃらに走った先は…街から外れた郊外
人が多くいる中心へ行けば…何の関係もない人が巻き込まれるかもしれない
そう無意識に選んだ道の先、街の郊外も郊外に広がる森に足を踏み入れていた
雑草が生い茂り、木々で空は隠される中、ようやく背後を振り返る
無我夢中で走っていたけれど、どうやら振り切れたようで追手らしい姿は見えない
あの黒い騎士、サーヴァントで間違いない…よね?あの剣さばき、現代人じゃ到達出来ない領域だ…
息を切らし、立ち止まった瞬間溢れる汗を拭う
これから…どうしよう?家に帰ろうにも帰れない、いつ黒い騎士に見つかるかもわからない
英霊への対抗手段なんて…私にあるわけない
英霊は、サーヴァントは神秘の塊だ、高水準の神秘を前に神秘の欠けらも無い現代技術じゃ傷一つつけられないのが現実
助けを求めようにも、唯一の繋がりである親族には助力は望めない…八方塞がりだ
サーヴァントに対抗できる唯一の手段は…やはり、サーヴァント
でも私にはそれが召喚出来ない、この薄ら暗い森の中で試してみても、また不発するかもしれない
…ああ、どうしよう、悔しくて悲しくて涙が出てしまう
色葉に、兄さん達に…師匠に、不甲斐なくて顔向けができない
死んだ母さんに、なんて思われるだろう
…お願い、母さん…たった一度でいい
不出来な私にどうか…どうか、この窮地を脱するチャンスをください
目の前を青い花弁が通り抜けた
暗い夜の森林の中、足元に舞い落ちた空色の花弁
どこから飛んできたのか、それはどこかへと続くようにいくつか落ちて一本の道標となっている
まるでヘンゼルとグレーテルが残したパン屑のように続くそれは、先程までは確かに存在していなかったもの
訝しんだ私は、その花弁を辿った
理性ではない、魔術的な探知でもない…ただの直感
この先になにかあるという、ただの一筋の期待
そうして足を進めていくと…突然視界が開けた
木々の迷路を抜けた先、雲の隙間から微かに降り注ぐ月光を浴びて、古い石造りの屋敷がそこに聳え建っていた
蔦に絡まれた塀で囲われ、年季の入ったようなその屋敷は、ここ数年は誰も入った痕跡が無いように廃れている
おかしい、とすぐに思った
私がどれだけ走ってきたのか、具体的な距離はわからないけれど…ここは人工都市からそう遠くは無いはずの森林地帯
周囲の森は自然保護として管理されているはず…それなのに、誰の手もつけられていない屋敷が存在しているなんて
頭で考える違和感に反するように、私の視線は屋敷の入り口に向いている
黒い鉄で施錠された門、両端に立つガーゴイルの銅像、頑丈そうな扉と、見事な意匠の窓ガラス…その向こうに、金色の髪のシルエットが見えた気がした
「え……」
私はその影を知っている
その姿は、遠い記憶にある…
『小娘、追ってきたぞ』
再び影から声がする
その忠告は完全にあのシルエットに意識を奪われていた私を現実に叩き戻した
私は咄嗟に後ろを振り向くが、強い衝撃が迫ってきては私の身体に叩き付けられる
そのまま吹き飛ばされた私の体は門を跳ね飛ばし扉を突き破り、屋敷の中へと転がり込んだ
「あ…が…ゴホッ…!」
痛い、とても痛い、骨が数本折れた気がする
肩甲骨と背骨が軋み、内臓は激しく揺れて打撲による痛みと三半規管が悲鳴をあげて目眩がする
目の前が瞬くようにチカチカとフラッシュして、気がついた時にはあの黒い騎士が屋敷の外側に立っているのが見えた
彼は敷地の外から足を踏み入れようとするが、境界線を踏み越えた瞬間激しい雷撃が障壁のように走り、黒い騎士を拒んだ
「…?」
騎士は高電圧の雷撃を浴びようとも構わずに屋敷の敷地内へ踏み込んだ
白黒と点滅する強い障壁…この屋敷を守る結界のようなそれを越えて、黒い騎士は侵入する
境界線を越えれば、いよいよ騎士を阻むものはなく…彼は私の息の根を止めようと歩みを進める
その漆黒の剣先は私の首を断つために光を反射し、私は絶え絶えとした息を呑む
…本当に、ここで終わってしまうの?
色葉に恩返しをしていないし、兄さん達も守れない…いなくなった師匠にも何も言えていないのに
聖杯戦争に臨む前に、私は死んでしまうの?
『小娘』
声がする
どうしよう…どうしよう、私、死ねないよ
私、ここで終わるの?
…駄目、駄目駄目駄目駄目、駄目だ、駄目
死ねない、死んじゃいけない、駄目なんだ
価値のない私を、
『そうだ、願え』
声がする
願う、私、私は…何を願う?
私の元にサーヴァントが現れてくれないのは…私に願いが無いから?
聖杯を求めるだけでは意味が無いのなら
私は…私は、助けて欲しい
今この状況から助けて欲しい、この戦いで助けて欲しい、私の運命を助けて欲しい
お願い…お願いだから
「誰か…助けて…!!」
そう、呟いた
左手が酷く熱く…強く輝いた
まるで悠久の光の中にいたかのように、長く閉じていた目を恐る恐る開ける
何が、起きたのだろう?
私は…そう、私は、助けてと…口にして、確かその時強い光と…膨大な魔力の流れを感じた
突如爆発したような魔力の衝撃に耐えられず身を小さく屈めて…そして、今に至る
ぼやける視界の焦点が合うまで約三秒…床につく私の手、左手の甲には…今までよりもより輪郭のくっきりとしたタトゥーのようなものが浮かび上がっていた
「…令呪が…」
今までは疎らな痣に近いものだったが、これほどまでに輪郭が描かれているということは…もしかして
「大丈夫?」
頭上から声をかけられた
耳に残るような、優しくて…美しい声
聞いた事のないその声に驚きながら、恐る恐る視線を上げた
まず最初に見えたのは…素足
靴も何も履いていない裸足に、白いズボンと…白い…貫頭衣?
肩から流れる柔らかな萌黄色の髪
やがて見えたのは…星のような…綺麗な瞳
「……あ…」
…言葉を失った
目の前に立っている人物は、とても美しかった
先程まで影も形も無かったのに、突然現れた彼…彼女?どっちだろう、性別もわからない…いや、性別すら超越するような美しさを持つその謎の青年は、私を見つめていた
人間離れした造形美に圧倒され、周囲の空気すら澄んでいくような感覚に…私は、何も言えずにいた
「外傷は…肋骨に数ミリのヒビが入っている、君はそこで動かない方がいい」
「えっ…と」
「僕を呼ぶ声に応じて召喚されたけれど、契約は外敵を排除してからにしよう
敵は、あれだね?」
美しい青年は屋敷の入り口に立つ黒い騎士を見る
黒い騎士も、突如現れた青年の気配に警戒し、先程まで片手で下ろしていた剣を両手で握り、切っ先を向けた
静かな空気が立ち込める中、先に動き出したのは黒い騎士だった
距離僅か数十メートル、その距離を瞬く間に詰め剣の間合いに入る
黒と赤の軌跡が横一直線に薙ぎ、青年を横断する…ことはなく、青年も剣のようなもので黒い騎士の攻撃を防いでいた
剣…いや、それは先程まで何も持っていなかった青年の拳から伸びる刃
人の形をしている青年は、その手その肉体を変質させて剣を作り出していた
信じられない光景に絶句している
驚愕しているのは私だけでなく黒い騎士も同様で、拮抗する力を払い距離を取る
剣を構え直し、再び攻め込むが…弾かれ、流され、鍔迫り合いが繰り返される
一撃一撃で衝撃波が飛んでくるのを耐えるのに必死になっていると、黒い騎士が剣に黒いオーラを纏わせた
あれはまずい、一振りで周囲一帯が焼き払われてしまう…!
「させないよ」
それを察知したのは青年も同様で、高熱の魔力を練り上げた漆黒の閃光を剣から撃ち放つ騎士の足に…袖から飛び出した鎖が繋がれる
青年の出した鎖に拘束された騎士はバランスを崩し、その魔力砲は天井に向かって放たれた
轟音と共に破壊される天井と、鳴り響く地響きに私は落下物から頭を守ることしか出来ない
熱を纏う風圧に押されながら、次に目を開けた瞬間には黒い騎士はその場から姿を消して、青年だけが残っていた
「逃げたようだね、追うかい?」
「え?あ…いや…今は、いいんじゃない、かな」
「そう、君の判断に従おう」
これは…ひとまず助かった、ということでいいのだろうか?
体のあちこちが痛いけれど、命はなんとか繋ぎ止めている、この青年が助けてくれたおかげで
…そう、この青年だ
先程の人間離れした変化といい、あの黒い騎士と同等にやり合う膂力といい…令呪が形になったことや、私の魔力が目の前の彼に流れていることも踏まえて
きっと、貴方が
「では改めて、契約を結ぼう」
開いた天井の穴から、月の光が差し込む
それは目の前の青年を照らし、まるで月の女神が降臨したかのような神秘的な雰囲気を醸し出し…その美しさはこの世の人間とは思えない
そう、人間では無い
貴方は…
「君が、僕のマスターかい」
ようやく現れた、私のサーヴァント