同日 夜十時
バーシュウィンデン中央に聳える都市内最高層と謳われる高層ビル、ウェルテンバウン・タワー
バーシュウィンデンが作られた当初は周辺の野生動物の侵入を監視するための物見塔だったのが、近辺の歌劇場や宿屋を取り込み大きくなったのがこのタワーの歴史らしい
街の運営を担う役員達の仕事場でもあり、一階のメインホールフロアは華々しい飾りで荘厳な雰囲気を醸し出している
地下は歌劇場の名残を残した音楽ホールが設置され、毎週末はどこかの楽団の演奏会が開催されている上、平日は地域住民や学校の発表会に利用されている
また、二階から五階までは総合美術館として美術作品の数々が展示されている
そしてその上…六階から三十階までは役人や大御所議員の会議場、ラジオやテレビ撮影のスタジオ等、人間社会の文化と秩序と娯楽が一纏めにされたようなビジネス層
そこから更に上…数層飛ばし、五十階には展望可能な硝子壁に囲まれたパーティーホールをはじめ、その上も数階分の展望フロアが建設されている
屋上にはテレビやラジオを配信するためのアンテナが設置され、まぁここは基本一般人は立ち入り禁止なので割愛
そんな、街の名所を全部掻き集めましたよみたいな塔が、この街を代表する観光名所ともなっている
…私とランサーは今、そのウェルテンバウン・タワーの入り口すぐ前に立っている
タワーの周辺は世界的にも有名な散歩道としての公園が広がり、夜には噴水や手入れされた花のライトアップがされている
ただ、普段こそランニングをする若人や夜の散歩に洒落込むカップルも今この時ばかりは、ここにはいない
人払いの結界か、招待状を持つ者だけを通す障壁に囲われている
…今更だけど、もの凄く緊張してきた
「大丈夫かい、マスター
平時より心拍数が20も上がっているよ」
「わかってる、わかってる…だって今から、敵となる魔術師とそのサーヴァント達がいるかもしれない会合場所に参加するんだから」
「気休めになるかはわからないけれど、安心してほしい
僕の全てを犠牲にしても、この命が停止するその時まで、マスターを守ることを誓うよ」
「う〜ん、できれば死んでほしくない、かな…」
そう、私達は件の聖杯戦争参加者の懇親パーティーに参加しようとしていた
という事の経緯は、数時間前に遡る…
同日昼 園村萌恵の借家にて
「敵が集まる宴会なぞ、参加する意味は無い
そんなもの蹴ってしまえ!」
「と言っても、この戦争のルール説明もあるんだよ?聞いていて損は無いし…多分使い魔を飛ばす人が殆どじゃないかな
私はそれが出来ないから直接行くしかないんだけど」
「その子はマスターから離れることができないのかな」
「あー…無二、は…私から直接離れることが出来ないんだよね、使い魔のように見えて使い魔じゃないと言うか…」
「…なるほど、そういうことなんだね」
病院からの帰宅後、私とランサー、黙ってずっと話を聞いていた無二は作戦会議を開いていた
議題は、病院でアンちゃんから聞いた参加者懇親会について
アンちゃんからの話にあった通り、帰宅して見ると郵便受けには聖杯戦争に参加するマスター宛の手紙が届いていた
外見も同封されていた招待状も、丸々同じ代物
昨夜サーヴァントを召喚していたことは、いち早く察知しているようだ
「会場は…あの街の中央にある大きな塔だね?」
「うん、テレビ塔や美術館やコンサートホールが一緒になってて…上層階にはパーティー会場もあるから、多分そこかな」
「なるほど」
一人納得したランサーは静かに目を閉じ、魔力を走らせた
何かを辿っているのだろうか、風もないのにふわりと浮き上がる髪が幻想的な光景に見えた
「…うん、どうやら塔の周辺には結界が張られているね」
「それも、気配感知ってやつ?」
「それの応用かな
魔力の流れを辿って周辺をスキャンしてみたところ、今は発動していないようだけれど…恐らく時間になったら特定の媒体を所有している者以外は弾かれるようだ
人も動物も、媒体を持たない者は結界内に入ることができない
魔術師が使役する使い魔に媒体の魔術を編み込む事で入ることは可能だと思う」
本当に聖杯戦争の参加者のみを集めたいみたいだね
アンちゃんの言う使い魔の派遣も、可能ではあるみたいだけれど…無二は使い魔のようでそうではない上、私は使い魔なんて大層なものを使役したことは無い
ランサーが初めて…ではあるけれど、ここまで生身の人間と同じだと使い魔なんて扱いはしづらい
…いや、今はそういう話ではなく
「つまり直接行かなきゃいけないんだね」
「一応、僕が鳥達に情報を仕入れてきてくれるようにお願いすることもできるけど…使い魔ではないから、結界内に入ることは出来ないかもしれないね」
「泥人形、貴様分裂することは出来んのか
その身体、人の血肉では無かろう」
「自律思考は残念ながら分断することは不可能だ
それに新たな命を生み出すこともできない
僕にできることはせいぜい、自然や動物達と共鳴して手伝ってもらうか…兵器として武具を模倣することくらい
遠距離カメラや投影機の作製も出来なくはないけど…そうだね
これはマスターにも報告しておく必要があるかな」
ランサーが改まって私を見る
なんでも出来そうなランサーだけど、何か不安なことがあるのか、申し訳なさそうに眉を下げた
「マスター、この土地は呪われている
直径約178km、深さは…ごめん、測定できない
少なくとも街全体とその周辺の土地は強い呪詛を宿している
この呪いは、今の僕に覚えは無いけれど知っている
人の軌跡、文明、知恵…人理の全てを否定する汚泥だ
でも一体どこから、誰がどうやって虚数に閉じ込められた母さんの原初の海の雫を手に入れたのだろう?」
「え、ちょ、ちょっとごめん、何?何の話をしてるの?」
私にはてんでわからない話を捲し立てられ、私の頭は混乱する
呪詛?汚泥?それに、母さんって…ランサーの親ってこと?
そういや…今朝も、昼間も、ランサーの真名を聞くことができなかったな
今朝のは、私の身辺が盗聴されているからあえて放置して真名も伏せてもらったけど…いつまでもこのままではいられないよね
無二は何か、険しい顔をしている…何か知ってるのだろうか?
「無二、何かわかるの?」
「…知らん、文明違いじゃからの
だが、泥人形の故郷の大地母神に由来するものがこの街の地下深くに存在していて、それが土地に呪いをかけているということじゃろう?」
「そういう事だ
だから僕はこの土地と共鳴することができない
したら最後、さすがの僕でも呪われてしまう
神々の呪いは僕にとって致命傷だからね」
えっと、つまり…ランサーが得意とする戦法のひとつが使えない、ということ?
「この聖杯戦争を仕込んだ魔術師の目的はわからないけれど…僕としてはこの土地の呪いをどうにかした方がいいと思っている
このままだといずれ星そのものが破滅する
もちろん、マスター…君の勝利がまず最優先だけどね」
「う、うん…ありがとう
とにかく、なんか規模の大きなやばいことが起きてるのはわかったかもしれない」
広範囲、しかも深度は不明の呪詛に満たされた土地…
今この街の人々は普通に暮らしているけれど、いつその呪いに侵されるかわからない
ランサーが言うことだから絶対真実だろう、だから聖杯を勝ち取ることと…この土地の呪いを解くことも重要なミッションになる
地球規模の危機、その前兆…規模が大きすぎてどうにも現実味は無いけれど、必ず阻止しなければならない
「ランサーと一緒なら、きっとなんとかできると思うんだ
だから力を貸してね、ランサー」
「…もちろんだよマスター
ありがとう、信憑性の低い僕の言葉を信じてくれて」
「だってランサーの言うことだもん
そもそも嘘をつく必要が無いし、貴方は嘘をつかない、でしょ?」
ランサーの手を握り、信頼の意を示す
私はランサーを信じている、その言葉も、力も
私を黒い騎士から助けてくれたランサーだから
「となるとやっぱり、情報収集はしなきゃだよね
そしてこのパーティーで、主催者と直接会える…」
「現状、マスターが直接赴く他無いね
大丈夫、僕が常に傍で守るから」
心強いランサーの宣誓に安堵する
確かに危険性は高すぎるけれど、何か情報を手に入れるためにも、どんな敵がいるのか知るためにも…このパーティーには参加しないといけない
この目で確かめるんだ
「…はぁ、妾は止めたからな」
「いざという時は無二も助けてね」
「貴様の身の安全は貴様で守れ、これだから小娘は…」
冒頭から否定的だった無二も渋々納得してくれた
無二がこんなに消極的なのはあまりなく、いつもだったら全員薙ぎ倒してしまえ、とか言いそうなものなのだけれど…
でも、こんなことを言いつつも私のことを気にかけてくれるのが無二だ
つっけんどんな態度をとっていても、なんだかんだ文句を言いながら私を助けてくれる…それが無二、私の黒い蛇
そうして会議は既決し、私達はパーティーに参加することに決めたのだった
パーティー会場に到着した私達は、タワーの正面ゲートを通過する
正面ゲートを通れば総合受付のカウンターフロアが広がっており、ゲートを通過した瞬間なにか魔術的なスキャンを受けた
「うわっ」
「大丈夫、きっと僕らが招待状を受け取った者かどうか精査しているだけだ
害はないよ」
スキャンが終わると、中央のメインエレベーターから、誰かが下りてきた
明るい照明に照らされたその人は、聖職者の格好をした…シスター?
「お待ちしておりました、クラス・ランサーとそのマスター様
ここからは
ベールの下の顔は青白く、光の宿らない漆黒の瞳が、私を見据える
「どうぞこちらへ
懇親会会場へご案内いたします」
シスターさんは自ら乗ってきたエレベーターへ招く
きっとこれに乗って上層階へ行くのだろう
「エレベーター内には危険性のある術式はない
案内に従ってもいいと思うよ」
「…ほんとうに、こう…便利、だね」
「褒めてくれてありがとう」
「褒めたというか…あー、ランサーはこういうスタンスだったもんね」
道具扱いを望むランサーらしい応答に、私はむず痒くなってしまうが致し方なし
一先ず、シスターさんの案内に従ってエレベーターに乗り込んだ
扉が閉まり、共に乗り込んだシスターさんが何十個もあるボタンのひとつを押し、エレベータは上層階へ向かって登り始めた
その間、会話は一切ない
ランサーも「敢えて語ることはない」と言わんばかりに口を閉ざし、シスターさんも一言も発しない
重苦しい空気にいたたまれなくなった私は、ゆっくり上がるエレベーターの中を少しでも空気の吸いやすい雰囲気にするため、シスターさんに声をかけた
「あの…もしかして貴方が、聖堂教会から派遣された監督役の方、ですか?」
私の質問にシスターさんは顔をこちらに向けることもなく返答する
「その紹介も、この後の懇親会にてご説明いたします」
容赦のない質問の取り置きに、コミュニケーションはそこで打ち切られた
「えっと…私達の他にもマスターやサーヴァントが集まってるん…だよね?」
「回答、正…既に五組の陣営が集っています」
私達よりも先に集まっているマスター達がいるのか
アンちゃんのところのダイアンもいるのかな
「気配は複数あるけど、サーヴァントの数は少ない
使い魔を派遣しているところが大半だろうね」
「でもいるにはいるんだよね?」
それでもこの懇親会では戦闘は禁止されているはず
招待状の一文にも記載されていたから、きっと大丈夫だと信じるしかないけれど…
今更だけど、変装でもして来ればよかったかな?
「到着いたしました」
シスターさんがそう言い終えると、エレベーターは止まり扉が開く
エレベーターの先には大理石の床と調度品が並べられた廊下が続き、奥に通じる荘厳な扉がパーティーホールへの出入り口だろう
シスターさんが脇目もふらず歩き出し、私達もそれについていく
シスターさんが扉に触れ、一小節の呪文を唱えれば…扉は蝶番の軋む音を奏でながら開いていく
扉の向こうからは目が眩むほどの輝きが…煌びやかなシャンデリアの輝きが私達を迎え入れた
その照明の下には豪華な食事が並んでいて、どれも作りたてのように温かそうだ
そんな食事に手を付けているのは…ただひとり
「んむんむ…うっ…まぁーーーい!!俺、こんな美味い食事生まれて初めてです!
ほら、アサシンさんも食べてみてくださいよ!」
強い照明が柱を照らし、影が生まれている
食事をとっている少年はその陰に向かって話しかけているが、返答はない
…あれは
「望月のところの…確か」
「ん?…あー!やっときたんすね、園村の
少年はビュッフェ式の食事を山盛りに盛った皿を抱えながら、こちらへ駆け寄ってきた
…彼のことは微かに見覚えがある
と言っても、その顔立ちにだけ見覚えがあり、髪は染めピアスを開け、チャラチャラと着飾っている格好は正に陽キャと言わざるを得ない成長ぶり
轟家には定期的な集まりの他、二十年に一度の大式典がある
数日に渡る儀式が執り行われ、各家の代表以外にもその親族の多くが一堂に会する大規模な集会だ
最後に行われたのは四年前…そこに彼もいた
ただ、当時はまだ中学生で髪も黒かったはずだけど…高校進学に伴いデビューしたのかな
「俺のこと覚えてます?覚えてますよね?望月かごめっす!
いや~やっと会えましたね!相変わらず美人っすね!」
「は、はは…ありがとう」
調子のいい言動は四年前の頃から変わらず、思わず私もたじろんでしまう
これまでの様子を鑑みるに…彼が、アサシンのマスターか
右手の甲の令呪がそれを証明している
「ようやく合流出来たところで、今後の話もしましょう!あ、まず飯食います?美味いっすよこのディナー」
「いや…食事はいいかな
この時間に食べると太っちゃうし…」
「あはは!面白いジョークっすね!むしろ姉さんはもっと食うべきだと思うっすよ
あまりにも肉がなさすぎ…いててて!ちょ、アサシンさんやめてくださいよ~!」
かごめくんの髪を数束、背後から現れた紫色の触手が引っ張っている
それは先程かごめくんが声をかけた柱の影から伸びており、更に観察するとそれは触手ではなく…細い糸の束のようだった
というか、まるで…神経の通った髪の毛のような
「も~…失礼だったのは謝りますけど、本当に姉さんは細くて心配になるっすよ
…って、もしかして後ろの美人さんが、姉さんのサーヴァントっすか!?」
引っ張られた髪を直しながら、かごめくんは私の背後を見て目を輝かせる
「あ…そう、クラスはランサーで…」
「お美しいサーヴァントの
好みのものがあれば持ってきますよ」
紹介しようとした隙に、かごめくんはランサーの手を取って決め顔でランサーをナンパした
ランサーはぽかんとしてるし、私は全身の血の気が引いていった
「ちょ、な、なにやってんの!」
「え?こんな美人さんを見たらそりゃあ声を掛けないと失礼でしょ!」
かといってサーヴァントをナンパする奴があるか!?
「…ごめん、僕は女性ではないんだ
男でもないけど、ね」
そうだったんだ!?
顔立ちは確かに女性的だけど、僕って一人称と…手足の骨格から、男性かと思ってた…
「なん…だって…」
ショックを受けたかごめくんはその場に手をつき項垂れ、アサシンの触手?に一度頭を叩かれた
そういや、こんな子だったっけ…年上の美人好きで、よくグラビアアイドルの写真を見ていたな
「はぁ…」
そんなやり取りをしていると、離れたところからでも聞こえる大きなため息が聞こえた
声のした方を見ると、仮面を被った…金髪の少女?が柱を背に立っている
「こんな場所で、能天気なこと…」
ピンクのフリフリとした洋服…いわゆるロリータ、しかも甘ロリを着こなし派手な仮面で顔を隠している
彼女もマスターだろうか、そばには執事のような背の高い男が控えている
順当に考えれば、その男がサーヴァント…?
でも、仮面の女の子に…何か違和感がある
「にゃあ」
近くで鳴き声がした
振り返ると、アンちゃんの使い魔のダイアンがランサーの元へ擦り寄っている
ランサーはダイアンを抱きかかえ、優しく撫でている
ゴロゴロとした喉の音がなんとも可愛らしい
他には…調度品の上に留まった鳥や、天井から糸でぶら下がっている蜘蛛なんかもいる
きっと使い魔だろう
「皆様、お集まりいただき感謝いたします」
ホール内に響き渡る、小さいのに反響する声
誰もがその声の方へ視線を向ける
その先には、先程私達を案内してくれたシスターさんがいた
「私は此度の聖杯戦争の監督役を務めさせていただきます
名を、
修道着のスカートを摘まみ上げ、丁寧なお辞儀をする…ジャンヌさん
流石に私も知っている
ジャンヌという名はそれほど珍しいものではないが…信仰の者であり英霊が集う聖杯戦争であるならば、もしやあの百年戦争を終わらせたというオルレアンの乙女を連想させる
「ランサー、あのジャンヌさんは…」
「サーヴァントではないね
でも…人かどうかも怪しい」
ランサーがジャンヌさんを注視するも、なにか要領を得ない判断だ
「ここにお集まりの参加者は五組…一組不参加ですが、このまま進行させていただきます
最初に、この懇親会場内における暴力行為を伴う戦闘は禁止させていただきます
もしサーヴァントやマスターの戦闘を確認した場合、ペナルティとしてマスター権限の剥奪及びサーヴァントの強制消滅の措置を執り行わせていただきます」
そう、これが招待状に記載してあった注意事項
もしこの場で戦闘でも行えば、強制敗退になるのだ
だから、よほどの異常事態がない限りは戦闘行為は起きない…はず
「そしてこちらが、この聖杯戦争のオーナー…バーシュウィンデンの市長、ヨハネス・ブラント様です」
ジャンヌさんの紹介で現れたのは、スーツに身を包んだ妙齢の男性
恐らく三十代と思われるその男性は、テレビでも見たことがある
若くしてバーシュウィンデンの開拓、発展に尽力している甘いマスクのハンサムフェイスは、雑誌にも書かれている売り文句だ
「マスターの皆様、そしてサーヴァントの皆様…初めまして、この聖杯戦争を企画したヨハネス・ブラントです
この度は私めが開催した聖杯戦争へのご参加、誠にありがとうございます」
見事な所作の一礼から頭を上げた市長と目が合う
切れ長で睫毛の多い黄金の瞳が細められ、私を見た
「っ…」
その時、背骨の神経に冷水を流し込まれたような感覚がした
私の影の中で無二が警告してくれているのだろうか
「まず皆様は、聖杯戦争の定義をご存じでしょうか
東の島国…日本で執り行われた魔術儀式で、七人のマスター、七騎のサーヴァントが最後の一組になるまで殺し合う戦争…その優勝賞品は、あらゆる願いを叶える万能の願望器、聖杯
皆様もそれを求めてこの聖杯戦争に参加されたという事で認識しております
ですが、私は殺し合いなどと言う低俗で生産性のない行いは望みません
ですのでこの聖杯戦争には、特殊ルールを設けております」
市長が指を鳴らすと、明るかった照明の光は揺らぎ、赤い影が床に伸びる
その影は恐ろしい形相をしていて…そう、まるで
「皆様には、「怪物退治」をしていただきます」
怪物…それを表現したであろう影は、英雄を模した影に刻まれ霧散した
「怪物の正体は不明、能力も様相も不明…ですがこの街にいる事だけは確かです
その怪物を倒した一組に、聖杯を提供しましょう!
皆様は怪物退治を成し遂げ、現代の英雄となるのです!」
声高らかに宣言される戦争のルールに、少しだけ信じがたい気持ちもあるけれど…もしかしたら、誰も死なずにこの戦争を終えることができるかもしれない…ってこと?
それは…それができるのなら、なんて…
「はい質問!」
かごめくんが綺麗な直立の挙手をする
「他のマスター達と協力してボスエネミーを倒した場合はどうなるんすか?」
「いい質問だね
複数の陣営が同盟を組み、協力して怪物を討伐した場合は、監督役ジャンヌの判定で致命傷に至る行いをした者が勝者となる
協力して討伐するもよし、単独で討伐するもよし…それは各々の判断に委ねよう」
聖杯を手に入れられるのはたった一人、でもわざわざ殺し合う必要はない
聞いていた聖杯戦争とは違い、優しいルールではあるけれど…でも
「私からも質問、いいかしら?市長様」
仮面の令嬢が、今度は質問を投げかける
「怪物がどんなものかもわからないのに倒せ、なんて無理がありませんこと?
せめて何かの情報…ヒントが欲しいですわ」
そう、怪物…と言われるものがどんなものなのかわからなければ、探しようがない
優しいルールの反面、そのメインターゲットを見つけることが難易度高いように思える
「それはお応え出来かねます」
「…何故かしら?」
「その怪物は現在存在しているものではなく…この戦争の過程で「成る」ものだからです」
市長の意味深な説明に、どれだけの人達が理解したのだろう
私は……わからない
人を喰う魔物なのか、土地に救う獣なのか
もしくはランサーの話にあった、この土地の呪詛に関係しているのか
「この懇親会はこの怪物退治の聖杯戦争における情報交換、協定交渉の場でもあります
深夜0時にお開きとなるので、それまでは皆様どうか、充実したお時間をお過ごしください」
考えているうちに説明は終わり、かごめくんは再び食事をとるし仮面の令嬢も用意された紅茶を飲んでいる
まずは同じ轟の分家として、かごめくんと情報交換をすべきか…
「そこのお嬢さん」
いきなり、市長に声を掛けられた
私か?と周囲を確認するも、ランサー以外に私の周辺にお嬢さんと呼ばれるような人はいない
恐る恐る自分を指さすと、市長はにこやかに頷いた
「君、園村萌恵さんだろう?」
「え…どうして私の名前を」
名前を呼ばれたことに驚愕してしまう
だって、今日初めて会った発展都市の市長に個人として知られているんだから、誰だって驚くでしょ
「やはり覚えていない、か…
君の母君は、園村心くん…だろう?」
市長の口から出てきたのは母さんの名前で、なるほど母さんの知り合いだったのかと納得する
「そう、ですけど…まさか、母さんのことを知っているんですか?」
「勿論、君の母君には世話になったとも
君の話も聞いているよ、可愛い娘だって」
母の知り合いから聞く、母の話
母さんが死んだ以前の記憶があまりない私には、何もかもが新鮮で…
「母のこと、知ってるんですか」
興味が、出てきてしまう
轟家の人達は母さんは鬼才の魔術師と褒め称えるのと同時に、一族の裏切り者だと罵る
そして誰も、それ以上のことを教えてくれない
事故で記憶を失う前のことを、兄さん達ですら
でもこの人なら…母さんの一側面、僅かな情報でも知っているかもしれない
「ああ勿論
心くんとは様々な魔術の研究を共にしてきたとも
彼女は正真正銘の天才であり求める神秘を我が物にしても尚先へ先へと目指す、向上心の強い人だったさ」
「もしかして…母さんは、貴方と一緒に聖杯戦争を作り上げたんですか?」
「そうだ、心くんと共に冬木の聖杯戦争を解析し、模倣した
彼女の手にかかれば完全再現に改良を加えることも可能だった…だがその途中で、亡くなってしまった
搭乗していた飛行機が海に墜落したために…ね」
そう、母さんは飛行機の墜落事故で亡くなり、一緒にいた私は運よく生き延びた
その時のショックからか、母さんの事は朧げな記憶になってしまった
頭が痛くなってきた
「君がまだ幼い頃、心くんは君を連れてこの街へ訪れていたんだよ
そして、私とも会っている」
「私が…貴方と?」
頭が痛い
「心くんの訃報を聞いたときは胸が張り裂けそうな思いだったよ…でも、君が生きていてくれて安心したよ
君は心くんの、正真正銘の
頭が、痛い
母さんの声が、微かに聞こえる気がする
私を呼ぶ、声が
「そこまで」
ふと、誰かに肩を抱き寄せられた
その誰かは…ランサーだった
「これ以上の会話はマスターの負担になる
申し訳ないけれど、今日はこの辺りで失礼するよ」
ランサーは私の視界を自分の肩で遮ってくれている
そのお陰で頭痛が少しずつ引いてきた
「そうか…それは残念だ
萌恵さん、君が良ければいつでも連絡を待っているよ
公式ホームページに載っている電話番号でも、ジャンヌくん伝でもいい
待っているよ」
市長からの好意的な申し出にただただ会釈をして、ランサーに支えられながら会場を後にした
エレベーターに再び乗り込んで、一階を目指す
…色葉が言っていた通り、母さんは聖杯戦争を作っていた
街の市長と結託して
市長は母さんの事、よく知っていそうだった…今日は調子が悪かったけど、また別の機会に話を聞いてみたい
そうだ、それと…
「ごめん、ランサー…ありがとうね」
「気にしないで、君のサーヴァントなんだから当たり前だよ」
ランサーがタイミングよく引き離してくれたおかげで、気持ちも落ち着けた
あのままだったら頭痛で倒れていたかもしれない
また母さんの話を聞くのに、覚悟が足りなかったのかな
それとも…なにか、記憶が消えた原因は…
「ところでマスター」
ランサーの呼び掛けに、ふと我に返る
「…僕達の後を追って会場から抜けた気配が二つ
人間と…サーヴァントの気配だ」
…今日は簡単に帰れそうにないな