【TS】原作知識持ちだけど病んだ二週目の主人公がいるとか聞いてない   作:匿名

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第一話

 

 

 風が吹いて、灰が舞った。

 頬を撫でる絶望、鼻の奥までツンと香る死の匂い。

 燃え残った家屋の柱にへばりついた肉片には無数の蝿が集っていて、大地に染み込んだ血の朱が嫌に艶かしくて。

 

『あ、あぁ……』

 

 その光景を見て、一人の男が膝から崩れ落ちるように倒れた。

 腹の底から込み上げてきた胃液を、思い切り地面にぶち撒けて、それでも吐き気が治まることは無くて。

 

 あぁ、この景色知ってる。

 何周も、何十周も遊んだ世紀の鬱ゲーの中の、一番嫌いなシーン。

 

 イージス王国に隷属させられた勇者が、自己保身に走った王族のせいで故郷を魔王軍に滅ぼされ、王国と魔王軍の両方に復讐心を抱く場面だ。

 

 そうだよな、悔しいよな、ごめんなぁ、勇者。

 俺も悔しいよ、お前を助けてあげられなくて。

 何十周と繰り返してんのに、ハッピーエンドが見つけられなくて、本当にすまない。

 

 今度は、今度こそは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、う……」

 

 呻き声が漏れた。自分の声なのに、どこか他人のもののように響く。

 全身がバラバラになりそうな鈍痛。特に後頭部が割れるように痛い。

 重たい瞼をこじ開けると、視界が白く明滅し、徐々に焦点が合っていく。

 

「――お嬢様! お嬢様がお目覚めになられました!」 

 

「旦那様にお伝えしろ!」

 

「ああ、よかった……本当によかった……」

 

 騒がしい。

 視界いっぱいに、見知らぬ人々が映り込む。

 クラシカルなメイド服を着た女性たち。燕尾服を着た初老の男性。彼らの表情は一様に蒼白で、その瞳には涙が浮かんでいるものさえいた。

 ここは病院か? いや、違う。

 天井が高い。高すぎる。そこに吊り下げられているのは蛍光灯ではなく、煌びやかなシャンデリアだ。壁紙は幾何学模様の豪奢なもので、鼻腔をくすぐるのは消毒液の臭いではなく、高価な香油のような甘い香り。

 

「ここは……?」

 

 俺が掠れた声で呟くと、一番近くにいた初老の男――いかにも『爺や』といった風情の人物が、顔をくしゃくしゃにして崩れ落ちた。

 

「ああ、お嬢様……! ご記憶が混濁しておられる様子……。無理もありません、あれほど派手に階段から転げ落ちたのですから」

 

 階段?

 俺が?

 爺やはハンカチで目元を拭いながら、信じられないことを口にした。

 

「少しお元気になられたかと思えば、いきなり『この螺旋階段をバック移動で降りきれるか検証する』などと意味不明なことを仰って、後ろ向きに歩き出されたかと思えば……我々が止める間もなく……!」

 

 ――は?

 その言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃が脳髄を駆け巡った。

 

 記憶が、濁流のように押し寄せてくる。

 俺であって俺じゃない記憶が。

 この屋敷の、無駄に長い螺旋階段。

 好奇心旺盛な時期の俺――私?は、一回でも気になったことは試してみないと落ち着かない性分でそれを実行したのだ。――そして、当然のごとく足を踏み外し、重力に従って落下した。

 

「マジ何やってんだよ俺……」

 

 頭を抱えた瞬間、俺の中で「二つの記憶」が完全に噛み合った。

 一つは、日本で平凡に生きた三十数年の記憶。

 もう一つは、この世界で甘やかされて生きてきた6年の記憶。

 今まで忘れていた前世の記憶が、生死の境を彷徨ったショックで蘇り、今世の人格を上書き、あるいは統合してしまう。

 

 ここは日本じゃない。

 俺の今世の名前は……私の名前は、アリア=フォン=ランフォード。

 

「……ランフォード、だって?」

 

 自分の口から出たその家名に、俺は戦慄した。

 知っている。その名前を知っている。

 

 

 『ユウスク』というゲームにて、プレイヤーたちから蛇蝎のごとく嫌われた、あの悪名高き一族の名だ。

 

 だとしたら、今の俺の父親は――まさか、あの男なのか?

 

 ゲームの中に転生というだけで馬鹿らしいのに、もっと馬鹿らしいことが起きている気がする……。

 

 今すぐ確認せずにはいられなかった。

 

 

「お嬢様!? いけません、まだ安静に!」

「どいてくれ!」

 

 制止する爺やの手を振り払い、俺はベッドから飛び降りた。

 確かめなければならない。

 この屋敷の主の顔を。

 

 俺は部屋を飛び出し、廊下を走った。

 足がもつれる。視線が低い。

 後ろでメイドたちが悲鳴を上げて追いかけてくる気配がするが、構っていられない。

 

 曲がり角を抜け、父の執務室へと向かおうとした、その時だった。

 

「――っ!」

 

 ドスッ、と鈍い音がして、俺は何か巨大で硬い壁のようなものに正面衝突した。

 反動で小さな体が吹き飛ばされそうになる。

 

「きゃっ……」

 

 尻餅をつく、と思った瞬間。

 強靭な腕が俺の体を空中で受け止め、抱きかかえた。

 

「――無事か!」

 

 頭上から降ってきたのは、怒号のような、しかし焦燥に満ちた男の声。

 ふわりと鼻をかすめたのは、鉄と血の匂い。

 

 俺は恐る恐る顔を上げる。

 

 漆黒の軍服に身を包み、腰には儀礼用ではない実戦用の長剣。

 きちんと切り揃えられた灰色の短髪が特徴的な、壮年の男性。

 そして、獲物を射抜く猛禽類のような、凍てつく眼光。

 

 間違いない。

 王都直属特殊部隊『黒の群狼』の最高指揮官。

 

 初対面でこの顔を間近にみたらビビり散らかして漏らしてもおかしくないくらいの面相。

 

 ――だが、前世の俺が知らなくても今世の私は知っている。

 

 男は俺を抱きかかえる腕にさらに力を込めると、その凶悪な面相を、痛切に歪めたのだ。

 

「……アリア、無事で、よかった……!」

 

 

 男はそのまま、俺をきつく抱きしめた。

 硬い軍服の感触越しに、男の鼓動が激しく打っているのが伝わってくる。

 震えている。あの「冷血公」と呼ばれた男が、俺を抱きしめて震えているのだ。

 

「二度と……二度とあのような無茶をするな。お前を失ったら、私は……」

 

 その声に含まれる慈愛と恐怖の響きに、俺は呆然とするしかなかった。

 その姿に、俺の脳裏にゲーム内の記憶がまざまざと蘇る。

 

 ジュリアス=フォン=ランフォード。

 俺の事を心底心配した様子の彼は、俺にとって凄く馴染みのある男だ。

 

 勇者が故郷を守れなかった事態の黒幕の一人であり、王国消滅ルートの最後には作中最強の敵として勇者の前に立ち塞がる、護国の鬼。

 

 間違いない。

 俺はあろうことか、ラスボスの娘として転生していたのだった。

 

 

 

 

 

 

『勇者は救われたい』。通称『ユウスク』。

 知る人ぞ知る、というか若者の間では知らない人の方が珍しいとまで言われる、レッドソフト社の金字塔だ。

 

 プレイヤーは勇者としてこの世界に生を受け、人間を襲い続ける魔王軍との戦いに明け暮れることになる。

 ここまでは一般的なRPGなのだが、ユウスクは鬱ゲーと爽快アクションRPGという相反する要素を、完璧に融合させた凄まじい一作なのである。

 

 ストーリーはどこまでも暗く、基本的に勇者は酷い目にしか遭わない。

 王国に隷属させられ、やりたくない仕事はさせられるわ、守りたいものは守れないわ、挙げ句の果てに故郷は滅ぼされるわで、散々である。

 

 だが、勇者が持つ力は無双の一言。

 どんな戦況も単騎でひっくり返す、人類の最終兵器。

 

 弱点はただ一つ。

 彼があまりにも優しすぎることだ。

 心の隙に付け込まれ、いつだって彼は心無い誰かに利用される。

 

 俺は、そんな勇者を助けたいと思った。

 毎日毎日、時間が出来る度にユウスクをプレイして、ハッピーエンドに辿り着けないか探し続けた。

 まぁ、結局それは成し遂げられなかったわけなのだが。

 

 まさかユウスクの世界に、それもラスボスの娘として転生するとは。

 数奇なこともあるものだと、つくづく思う。

 

「まだ痛むか、アリア」

「いえお父様、もうすっかり良くなりました」

 

 夕食の席に座って考え事に耽っていると、今世の父であるジュリアスが声を掛けてきた。

 

 ゲームで飽きるほど見た険しい顔とはまるで違う、柔和で優しげな表情。

 ジュリアスって、家族の前じゃこんな顔するんだな。

 

 今世の俺の名前は、アリア=フォン=ランフォード。

 ランフォード家の一人娘で、ユウスクでは登場すらしなかったモブ中のモブ。

 

 だけどジュリアスにとっては、愛する一人娘なのだろう。

 勇者を利用している時や、戦場で指示を飛ばしている時の冷酷な表情を、俺はまだ一度も見ていなかった。

 

「アリア、あまり無茶をしてはいけませんよ。貴女は体が丈夫な方では無いのですから」

「はい。気をつけます、お母様」

 

 隣に座った女性が、俺の頭を優しく撫でてきた。

 メルシィ=フォン=ランフォード、今世の俺の母親である。

 

 彼女もまた、ユウスクでは一枚絵すら無かったようなモブだが、そうとは思えないほどに美しく、優しげだった。

 

 本当にこの世界は、ユウスクの世界なのだろうか?

 俺の知らないキャラであるアリアとメルシィ、それにゲームとは全く違うジュリアスの表情。

 

 名前が同じなだけの二次創作と言われた方が、まだ納得出来るほどの違い。

 鬱ゲーの世界とは思えないほど平和な食卓が、そこにはあって。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 確かめなければならない。

 俺は素早く夕食を食べ終わると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「これはこれはお嬢様、こんな時間に書庫においでなさるとは、どうかされましたかな」

 

 俺がやってきたのは、ランフォード家が誇る大書庫だ。

 国中の書物が集まっているのでは無いかと思うほど巨大なここは、ゲームでも探索可能エリアとして忍び込める場所だった。

 

 そして俺を迎えてくれた老人が、書庫の番人であるケセルだ。

 ケセルはゲーム内でもどちらかと言うと勇者の味方をしてくれたキャラクターで、俺が大好きなキャラの一人でもある。

 

「歴史の本を読みたくなってね。幾つか見繕ってくれる?」

「かしこまりました。しかし夜も遅いですから、半刻だけですよ」

 

 そう言うとケセルは腰から杖を取り出して、それをクルリと一振りした。

 次の瞬間、本棚から数冊の本がひとりでに漂ってくる。

 

 ケセルはその内の一冊を手に取ると、俺に手渡してきた。

 イージス王国歴、と題されたその本は、確かにこの国の歴史を綴ったものらしい。

 

 俺はその中身をゆっくりと丁寧に確認していき……確信した。

 王族の統治、魔王軍の台頭、そして勇者の存在。

 それら全てが、この世界が『ユウスク』の世界であると俺に教えてくる。

 

 ユウスク。

 心を鉄のように塗り固めた、悲しい勇者の物語。

 表紙を飾るのはいつだって、頑張り屋さんで優しくて、常に誰かの為に戦い続けた勇者の涙。

 

 誰も勇者の為に戦わないなら、俺が戦ってやる。

 お前が救われたいと願うなら、俺が救ってやる。

 ハッピーエンドが無いなら、俺が創ってやる。

 

「ケセル。明日から私に、魔法を教えてくれる?」

 

 エリアマップにアイテム情報、宝箱の位置や貴族の弱み。

 魔法理論やモンスターの弱点、ストーリーの展開。

 

 原作知識がある俺だけが知っている、この世界の攻略法。

 出し惜しみ無しで、全部使って。

 

 誰もが笑えるハッピーエンドをこの世界に打ち立てる。

 

 俺はその為に転生したのだと、そう確信した。

 

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