【TS】原作知識持ちだけど病んだ二週目の主人公がいるとか聞いてない 作:匿名
こつん、こつん、と路地裏にブーツの音が響き渡る。
癖毛の茶髪に、フード付きの黒いローブを着込んだ女性、ミリィ=グレパスは剣に付着した血を払い落とすと、静かに息を吐いた。
「明日はアリアちゃんの誕生日かぁ。身長も伸びてきたし、そろそろ新しい剣でも贈ろうかなぁ」
ミリィは、口元を緩ませながら、自身の弟子が喜ぶ姿を思い描く。
まさか自分が弟子を取ることになるとは思わなかったが、アリアは素直で良い子だ。
ミリィから見てもあまり剣の才能があるようには見えなかったが、教えたことを必死に吸収し、ひたむきに取り組む姿を見ていると、報われて欲しいと思う。
うん、やっぱり新しい剣を贈ることにしよう。流石に魔法武器は早いから、もう少しだけ刀身を長くした物が良いかな、と。
考えに耽りながら歩くミリィの前から、コツン、コツン、とブーツの音が響いてきた。
ミリィくらいになれば分かる。これは、彼女自身が身につけているブーツと同じ物だ。つまり、軍から支給された軍服の一部であるということ。
近づいてくる音の主は、ミリィと同じ軍人であるということだろう。
コツン、コツン、と響く音はだんだん大きくなっていき……止まった。
路地裏の角、ミリィから丁度見えない、ギリギリの位置だった。
「残念だよ、ミリィ=グレパス。私はどうやら、惜しい部下を無くすことになるらしい」
ミリィの鼓膜を揺らす、低い声。
路地裏の角先から現れたのは、一人の男だった。
ジュリアス=フォン=ランフォード。
ミリィ直属の上司であり、イージス王国軍の総大将でもある男が、鋭い目付きでミリィを睨め付けていた。
その姿を見て、ミリィの体を戦慄が走り抜ける。
待て、いつだ。
いつ
「いつから、と言いたげな顔だな。半月ほど前のことだ。お前がアジル帝国の密偵に我が国の機密情報を渡しているところを、私の部下が目撃した」
ミリィの心を読んだかのように、ジュリアスは答えた。
「そう、随分優秀な部下だね。気が付かなかったよ」
もう、言い逃れは出来まい。
ミリィは弁明を諦め、曲剣を引き抜いた。
ジュリアスはそれを見て悲しげに目を伏せ、少し息を吐き、口を開く。
「何故、王国を裏切った? 待遇が不満だったか? それとも金が欲しかったのか?」
「……どっちも違う。ただ、この国の在り方がダメだと思っただけだよ。王族は腐り切り、軍の上層部にも腐敗が広がっている。隷属の呪法、だっけ。あんなのを使う奴らを、私は認めない」
隷属の呪法。
その言葉を聞いたジュリアスは、大きく目を見開いた。
まさか、そこまでの情報を手に入れているとは。
やはりジュリアスが思った通り、ミリィはこれ以上なく優秀な女だったようだ。
「御託はもう良いよ。どうせ包囲は終わっているんだろう。逃げやしないさ」
ミリィは曲剣を構えると、ジュリアスを真正面から見据えた。
「代わりにその首でも、地獄への手土産にさせてもらうよ」
「勝てると思うか、私に」
ジュリアスは、剣を抜くことすらしない。
ただ静かに、ミリィの方へ歩み始める。
ミリィもまた、答えなかった。
返答代わりに、大きく一歩踏み出す。
それは奇しくも、彼女が初めてアリアに教えた時の動きに酷似していた。
神速の一歩。
瞬きする暇もなく距離を詰めたミリィは、大地に吸い付くような低姿勢から、疾風の如き鋭さで切り上げた。
ジュリアスはミリィに一瞥もくれることなく、スッと後ろに一歩引く。
たったそれだけの動きでミリィの一閃を躱し────
────それくらいは、分かっている。
ミリィはジュリアスがこの程度で殺せるような男だとは思っていない。
まるで動揺することなく、その場で一回転。
「雷霆燻る天空、我が剣に宿る獣となれ」
回転しながらミリィが詠唱したのは、雷属性上級魔法の一つだった。
身体強化と詠唱を同時に行うという、人間離れした神業。
蒼い稲妻を纏った剣が、ミリィの技術の粋を詰め込んだ一閃と共に、ジュリアスの首元を狙って放たれた。
世界が蒼白く染め上げられる。
ミリィから溢れ出した魔力が、暗い路地裏を鮮烈に照らし────
「あぁ、残念だよ、ミリィ=グレパス」
────その刃を、ジュリアスは親指と人差し指で挟むようにして受け止めていた。
「うそ、でしょ……」
「いいや、悲しいが現実だ」
空いたジュリアスの左手が拳を形づくり、ミリィの脇腹を抉るように撃ち込まれる。咄嗟に衝撃を受け流したミリィだが、まるで不充分であった。
バキバキッ、とミリィの肋骨がへし折れる音と共に、彼女は石製の壁に叩きつけられる。頑丈なはずのそれに、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「かはっ」
腹の底から込み上げてきた血を思いっきり吐き出すミリィだが、その隙を見逃してやるようなジュリアスではない。
間髪入れずに放たれた彼の蹴りが、ミリィの両足をブチ折り、もう耐えきれぬとばかりに壁を崩壊させる。
飲食店の壁を破り、店内に転がり込んだミリィを追って、ジュリアスは店に入った。
「失礼するぞ店主。賠償金の支払いは軍宛に送っておけ」
「は、はいぃ!」
怯えたように浅く息をする店主を尻目に、ジュリアスは虫の息なミリィの首根っこを掴み上げた。
「言い残すことはあるか」
「……へっ、へへ。やっぱバケモンだね」
ミリィは内臓が潰れ、両足を折られ、もはや自らが助からないことを理解した。走馬灯のように流れていく、つまらない人生。
思い残したことと言えば、そうだ。
「私の、剣を、アリアに。育て方を、間違え、ないでよ。ジュリ、アス……」
それが最後の言葉だった。
カラン、カラン、と。
ミリィが手に持っていた剣が、床に転がった。
「……聞き届けたぞ」
ジュリアスはその剣を拾い上げ、ミリィの遺体を担いで店を後にした。
店を出ると、彼の周りに黒い軍服の兵士たちが集まってくる。
「我が軍の同志、ミリィ=グレパス中将は最期まで勇敢であった。諸君、勇者の死に黙祷!」
ジュリアスは胸に手を当て、静かに目を瞑る。
兵士たちもまた、同じように胸に手を当て、黙祷を捧げた。
◆
「遅いなぁ、先生」
俺は椅子に座って、足をぶらぶらさせながら口を尖らせた。
今日は俺が転生して、前世の記憶を取り戻してから初めての誕生日パーティだ。
ゲームの世界なだけあって、ここでもちゃんと誕生日を祝う文化はあるようで、毎年俺の誕生日は屋敷のみんなが贈り物をしてくれる。
今年はミリィも来てくれると言っていたのに、全く音沙汰の無いまま、もうすっかり夜になってしまった。
うう〜っと残念に思っていると、カランカランとドアのベルが鳴る。もしかしてミリィが来たのかもと思い、俺は椅子を蹴って駆け出した。
果たして屋敷のドアを開けたのは、ミリィでは無かった。
すっかり見慣れた大きな背中、黒い革製のコートを羽織った父の姿が、そこにはあって。
何かが、いつもとは違った。
俺の鼻を刺激する嫌な匂い。前世でも何度か嗅いだことのあるそれは、間違いなく血の匂いだった。
靴を脱ぎ、使用人にコートを預けながら、父は俺が出迎えてくれたと思ったようで、その顔を緩ませる。
「ただいま、アリア」
俺の頭を撫でる、父の手。
いつもと全く同じそれが、今日は真っ赤に染まっているようにすら見えた。
多少洗ったくらいでは消えない、生臭い血の匂いが、父の手から滴っていたから。
「すまんな。誕生日なのに遅くなってしまって。軍の方で騒ぎがあってな。明日から急遽、ミリィが遠征に出向くことになった。お前には申し訳ないと、言伝も貰っている」
父は落ち着いた様子でそう言うと、懐から細長い箱を取り出して、俺に渡してきた。
Dearアリア、と印字されたそれはずっしり重く、中に入っているのは鉄製の何かであることが、容易に想像できる。
「ミリィからお前に、贈り物だそうだ」
嫌な予感が、冷や汗になって吹き出している。
胸の動悸が治まらない。ガンッ、ガンッと頭を殴られているみたいな警鐘が、私の頭で木霊し続けていた。
そっと、箱を開ける。
中には見覚えのある、蒼い文字列が刻まれた曲剣が入っていた。
あぁ、やっぱり、そういうことなんだな。
俺の頭をもう一度撫で、リビングへ向かう父。彼から感じていた家族への愛情は、確かに今も感じている。
いつも通り、いつも通りだ。
それが何より恐ろしかった。
ミリィは殺されたんだ。他ならぬ、父の手によって。
理由は恐らく、国を守るためだろう。
原作においても、彼は国を守るためならどんなことでもする男だった。
ミリィがイージス王国に対してなにか不義理を働くような人には見えなかったけど、きっと事情があったのだ。
ジュリアスはあんなに楽しげに談笑して、信頼していた部下ですら、日常風景みたいに殺せてしまうのか。
護国の鬼。
彼がなんと呼ばれていたのかを、俺は今一度思い出し。
身体中を縛り付ける寒気で、意識を失った。