アークナイツの短い話   作:十羽せろん

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ホルハイヤと歴史を振り返ろう


【孤独ないきもの】

 

 

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 〈……〉

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『彼女がロドスに来てからどう思う?』って? 人事部での評価は二極化されたままだよ。助かっている部分もあるが、困惑する部分だってある。少なくとも、私は胃に穴が開きそうなレベルでストレス指数が増大している。だってそうだろう? あの噂の絶えない、クルビアと言う巨大な存在に影から影響を与えている、マイレンダー基金のエージェントがロドスにやって来たわけだ。いや、元エージェントか……どっちにしても些細な点でしかないが。ケルシー医師とドクターの推薦の元で加入したと言う時点で頭痛の種だ。あの二人が絡んでいるとなると、間違いなく厄介な事が起きているに違いない。どちらか片方であればまだマシだが、両方となると馬鹿でも察しが付くだろう。とんでもなく面倒で、尚且つ逃れられない大事が起きてしまったと言う事だ。

 

 それにしても、一体いつからロドスはこんな人間関係の火薬庫……いや、源石爆弾倉庫みたいな場所になってしまったんだ? 私が人事部に採用された時は、もっと単純な組織図だった筈だ。多少問題のある人物もいたが、素直に募集要項から応募し、面接をして合否判定を出し、適切な部署に配属してその後の経過を見守る。それが所謂、普通の人事部の仕事だろう? それが今はどうだ? 何故、人事部でロドスと各国の影響状態について配慮しなければならない? 何故、同じ組織内で接触禁止命令が出される様な人物達が複数いる? こんなの絶対おかしい……何故、同じ職場の人間同士で血を見ない様にワークフローを組まなきゃいけない様になっている? うん、自分で言っていても相当おかしな事だ。こんなの人事部の仕事じゃない。

 

 大体何で、他所の企業のトップとその幹部が揃ってオペレーターになったり、他所から部長クラスの人が何人も来たり、政府高官が居座ったり、関係が複雑怪奇な傭兵が複数在籍し、裏社会の住人に元暗殺者や元マフィア……更には訳の分からない人物までいるじゃないか。幅広く人材を募集しているとは言え、こんな制御出来ないレベルで広がる事ってあるか? ……無いだろ、普通はさ。こうなったのは行く先々で問題を起こして、そこで何かしら持って帰ってくるドクターが悪いのさ。まぁ、あの人が大丈夫と判断した場合は、殆どの場合で大丈夫なのが腹の立つ話ではあるのだが……人事部が極悪な地雷原で、ブレイクダンスを強要される様な心情になっている事も、同時に理解して欲しいね。

 

 あぁ、話が逸れてしまった。だがもう少しだけ聞いてくれないか? 最近の人事部は本当に気が休まらなくてね。同僚も胃薬が手放せなくなったり、部署変更を申請しようと本気で考えているのも結構いる。『考えているだけで、結局何もしないのか?』って? 怖いからだよ。色々な事を知り過ぎているんだよ、私達人事部は。それに実際に人事部から移動した同僚が居たんだが、直ぐに戻って来たんだよ。何故かって? 長い間ずっと自分が担当していた要注意人物達が、自分以外の人間が決めたワークフローで、艦内をウロウロしているのを見るのが不安でしょうがないんだよ。寝ても覚めても気が休まらないんだ、だから人事部の人間は部署移動が殆ど無いと言う話さ。何? 『彼女の場合はコミュニケーションも問題無いし大丈夫だろう』って? 本気で言っているのか? もしかして言葉を投げかけて、何かしらの返事が返ってくれば、コミュニケーションが取れているとでも思っているのか? 残念だが、それは大きな間違いだ。

 

 コミュニケーションは突き詰めていくと技術だ。相手が何を考えているか、何を聞き出そうとしているのか、どう言った答えを求めているのか分析し、対応する事をコミュニケーションと言うんだ。恐らく彼女はこのコミュニケーションと言う技術を、非常に高いレベルでこなしている。彼女と話している時、気が付いたらはぐらかされていたとか、話が終わってから当初想定した内容とは異なるものになっていた事に気が付いたと言う経験は? 逆に、自分が出来れば希望している答えがすんなり来て、安心した事は? その顔は心当たりがありそうだな。コミュニケーションとはそう言った技術が高い者が、相手から主導権を知らずの内に奪い、自身の望む結果に着地させる。そう言うものだよ。だからこそ、人事部はその技術の部分についても注意深く観察、思考し正しい答えに辿り着かなければならない。

 

 ……君はこんな事を考えたり思ったりした事はあるかな? 例えば、『相手と何かを話している時に、唐突に顔を殴ったらどんな反応をするのかと試してみたくなった』と思った事は? 『楽しく話している相手に、手に持っている水をかけたらどんな反応をするのか』と考えた事は? 『相手が嫌がるに違いない質問を、あえて一番嫌なタイミングでしたら、どんな反応をするか』と気になった事は? 有るなら有るで良いし、無いなら無いで良いんだ。ただ覚えておいて欲しい、コミュニケーションと言う技術を高いレベルでこなす人物達はこう言った事を考え、時にそのまま実行する事が出来ると言う事を。恐らく彼女は、日常的にこう言った事をしている可能性がある。特に興味の無い人物に対してね。何故かって? そうすれば余計な時間を取られなくて済むからさ。

 

 まぁ何にせよ、これからも我々の心配の種が尽きる事は無いし、彼女は積極的に大きな問題を起こす方では無いと言うのが分かっているので、多少マシではある。そう、多少ね。興味の無い分野と興味の有る分野に関わっている時で、態度が大きく異なるのも分かり易くて良い。恐らく彼女に必要なのは、同等のレベルで話が出来る存在だろう。幸いロドスにはその条件を満たす事の出来る人物がそれなりにいる。特にケルシー医師やドクターはその最もたる存在だ。あの二人と話している時だけは、恐らく本当の意味で正しいコミュニケーションと素を出す事が出来るのだろう。

 

『ロドスで一番コミュニケーションと言う技術を極めているのは誰か』って? 

 そうだな……質問で返して悪いが君は誰だと思う? ケルシー医師? 

 確かにあの人は難解な言い回しが多く、難しく感じるかもしれないが……

 実際の所あの人は、整然と存在する事実を並べて話しているだけなんだ。

 そしてあの話し方は、常に何か説明をする必要に有る立場の人特有のもの。

 だから、コミュニケーションと言う技術を極めているとは言えないかもしれないな。

 

 じゃあ誰なのかって? 本当に分からないのか? 

 人事部に長年籍を置いている人なら、皆同じ事を言うだろうさ。

 良い意味でも悪い意味でも極めているのは一人しか居ないって。

 正しく言うなら、あれはコミュニケーションと言うべきものでは無いかもしれないが……

 

 まぁ良い。それは勿論─

 

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 〈……〉

 

 

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 夢を見ている。

 

 大地で風に乗り、美しい大空を羽ばたき、雷によって空に彩を加える。

 偉大なる神民の血脈、優れた多くの仲間、強大な力、積み重なる知識と記憶。

 長い時を重ねて時代を見送り、そして新たな時代を迎える。

 多種多様な文明が生まれ、多種多様な文明が滅ぶ。

 滅びから新たな文明が生まれ、文明と文明が統合される。

 過ごしてきた時間は過去となり、歴史と呼ばれる様になった。

 過去の歴史を尊び、現在を記憶し、未来に思いを馳せる。

 命の終わりに他者に知識を託し、生まれた命に未来への祝福を与える。

 代々受け継がれるそれは、重なり磨かれ美しく輝く。

 

 

 大地で風を感じ、飛ぶ事も出来ずに空を見上げ、雷をただ眺める。

 薄れる神民の血脈、殆どいない仲間、消え去った力、抱えきれない知識と記憶。

 短い時を重ねて時代を追いかけ、それでも新たな時代を迎える事は無い。

 固定化された文明、消え去って行く歴史。

 何も生まれる事の無い滅び、数多くが闇へと消え去っていく。

 過去の歴史を振り返り、現在を必死に生きている。

 迫りくる命の終わりに恐怖を感じ、過去から続く知識の呪いに震える。

 代々受け継がれるそれは、乱雑に散らかり私を縛り付けて鈍く光る。

 

 消えて行く、私達の血脈が。

 溶けて行く、過去からの知識が。

 私が壊れて行く、狂って行く。

 頭が、脳が掻き混ぜられている。

 記憶、記録、知識、歴史。

 託された使命、呪われた使命。

 

 大地で風を感じず、翼は失われ、残った僅かな力、呪われた知識と記憶。

 

 落ちて行く……堕ちて行く……墜ちて行く……

 

 夢の終わり。

 

 

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「……‼」

 

 夢から覚めたホルハイヤは天井を見上げていた。一部の感覚のみが覚醒状態にあり、同時に一部の感覚は未だ夢の中に居る様に鈍いままだった。その不快な感覚が消え去るまで動く事もせず、随分と見慣れてしまった天井を眺めていた。多少内容の違いはあるが、あの様な夢を見る事は珍しくは無い。ロドス上級顧問と言う立場になって以降は、頻度その物が増えているのも事実ではあった。その理由について心当たりはあるものの、それを他者に話す事はせず日々こうして独り、夢から覚めた後で精神を落ち着かせる事を選んでいる。ようやっと全ての感覚が安定した所でホルハイヤは体を起こすと、正面に今はあまり会いたくない人物が座って居る事に、今更ながら気が付いた。

 

「……情報処理室は仮眠室ではない。休息が必要なら宿舎を利用するべきだ」

「……そんな事を言う為に、わざわざ私の前に陣取って待っていたの?」

「まさか。私が必要としていた資料を、偶然君が持ち出していただけだ。そして持ち出した本人が眠って居たから、こうしてここで作業を進める必要があったと言う話さ」

「へぇ、そう。それは随分と申し訳ない事をしたわ」

「特に問題は無い。こうして必要な資料は、現在私の手元にあり作業の方は順調に進んでいる」

「だったらその資料はもう私には必要ないから、それを持って出て行ってくれるかしら? 私、今とても不愉快な気分なの」

「……随分と魘されていたな。相変わらず夢見は悪いのか?」

「……」

 

 自身の言葉を無視する形で重ねられた言葉に、ホルハイヤは舌打ちをすると正面のドクターから視線を外した。本調子であれば、尻尾を使い、首を締め上げる程度の事は出来たが、今の彼女にはそれをしようと言う気すら起きていない。それ程までに精神面は絶不調だった。ちらりと正面のドクターに視線を向けて見れば、ホルハイヤが起きた時から変わらず資料に視線を向け、手元のノートに何かしら書き込んでいた。此方の事を、まるで気にもしていないかの様子に、多少の苛立ちを感じていた。人が魘されていると言うのに起こす素振りすら見せなかったのは、普通の人間であれば多少の人間性が疑われるかもしれない。しかし、相手がドクターとなってしまえばそれは通用しない。それでもホルハイヤはドクターに対して、絶不調を隠す為にも少しばかり噛みつかずにはいられなかった。

 

「他人が目の前で魘されていると言うのに放っておくなんて、貴方随分と冷たい人間なのね」

「起こした方が良かったのか? 君は私から小さな事でも、恩を受けるのを嫌っていると思っていたが」

「”時と場合”と言う言葉をご存じないのかしら?」

「勿論知っているとも。君の言う”時と場合”と言うケースに、今回が当て嵌まるとは思わなかっただけさ。君が悪夢に魘されているのは、別に今回が初めてではないだろう? 以前、別の誰かが君を揺り起こした時に君は礼を言った後、次からは放っておいてくれと言っていたらしいじゃないか」

「そんな事を知っているなんて、もしかして覗き見が趣味なのかしら?」

「……この情報処理室を利用する人間の大半は、君がここに入り浸って居る事は知っている。このスペースが実質君専用になって居る事も含めてね。そんな事が長く続けば今回の様に、此処を仮眠室と勘違いして眠って居る姿を目撃する事もあるだろう。そう考えると親切な人物が、魘される君の事を心配して報告を上げてくれると言うのは、至極自然な事だ」

「……」

 

 此方の挑発に対して冷静に返された事で、ホルハイヤは再び舌打ちをする事になった。自分から噛み付いたとは言え、ドクターの言う事は最もだった。そして普段の自分であればそこまで考えが及ぶ筈なのに、今回は全くそこまで及んでいない事に苛立ちを覚えている。冷静になれと、頭を冷やせと考える程に、思考が乱れ泥沼の様に沈んで行く感覚を味わっている。それでも何かを言い返そうとして言葉を絞り出そうとするも、結局何も出てこないまま、ホルハイヤは視線を自身の手元に落とすしか出来なかった。そんな彼女の様子をドクターは手元の資料から少しだけ視線を外し、何かを探る様に眺めた後に言った。

 

「……これは重症だな」

「どう言う意味?」

「そのままの意味だ。君の現在の状態は私が思っているよりも深刻だ」

「だったら何だって言うの? 私を医務室に拘束でもするつもり?」

「それが効果的ならそうするかもしれないが、君の場合はそうでは無いだろう。だが、ある意味、丁度良いかもしれない。ホルハイヤ、明日、君には任務に出て貰う」

「随分と急な話ね。それに貴方が認める重症患者を外に放り出すつもり?」

「君にはそちらの方が良いと思っただけだ。因みに、これに関して残念ながら君に拒否権は無い」

「随分と酷い真似をするのね」

「詳細は追って連絡しよう。君は兎に角、一旦ここから出て自分の部屋で休み、明日の準備でもしておいてくれ」

「……」

 

 ドクターは言うだけ言うと、手元の資料片づけ始める。

 そして必要な物をまとめ立ち上がり、そのままホルハイヤの横を通り抜ける。

 ホルハイヤは既にドクターに何かを言う気も起きていない。

 椅子に座ったままのホルハイヤの背に、ドクターは立ち去る前に声をかける。

 

「明日の任務は、きっと君にとっても意義のあるものだ」

 

 その声を聴いた後、暫く動かなったが、ホルハイヤは広げていた資料を片付けると情報処理室を出る。ロドスに来てから碌に利用しても居ない自分の宿舎に戻り、既にドクターの方から送られて来ていた資料に目を通す。その内容はあまりにも簡素で、内容には行き先も書かれておらず、ただ単に外部調査、同行者1名としか記載されていない。その癖、装備については普段の装備一式と言う注文が付けられている。ホルハイヤは基本的に自身の装備の変更を行わない。普段身に着けている物が全てであり、それを減らすと言う事は一切しない。外骨格装甲、ヴォルヴォート・コシンスキーが開発した新繊維を利用したコート、そしてアーツユニット、それら全てがホルハイヤ自身を構成するものであり、それらを外して何処かへ行くと言うのは考えられない事だった。

 

「分かっている癖に、ご丁寧に指定してくるなんて……私に一体何をさせる気なのかしらね」

 

 誰に問うでも無く呟くとベッドに倒れ込み、気が進まないながらもそのまま眠りにつく。

 その夜は不思議と悪夢を見なかった。

 

 

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「これはどう言う事なのか、説明して貰えるかしら?」

 

 移動に利用している車両の揺れを感じながら、確かな怒りを含んだ声でホルハイヤは質問を投げつける。彼女が指定の時間に集合場所に向かえば、そこには移動用の車両とその運転担当のロドス職員が待っていた。ホルハイヤの姿を確認すると見知ったロドス職員は『同行者は既に車両の方に乗車していますので、どうぞ乗って下さい』と言い、その言葉に従い乗ってみれば、そこには資料片手に座っているドクターの姿があったのだ。昨日の今日で似た様な事が連続すると、流石に苛立ちよりも怒りが勝り、車両内のドクターの前の座席に座ると先の質問を投げつけるに至る。

 

「説明するも何も、任務の同行者は私と言う事だよ」

「私、単独行動の方が得意なんだけど?」

「勿論知っているよ。君が任務に出る時は単独作戦かミュルジスと一緒が殆どだからね」

「私に貴方のボディーガードでもしろって言うのかしら?」

「今回向かう先では、戦闘行動が必要になる可能性は、ほぼ無いと言っていい」

「じゃあ、何故?」

「……何に怒っているのかは分からないが、今回君と一緒に行く理由は、君の戦闘能力では無く、知識の方だ」

「私の知識?」

「そうとも。そう聞けば、今回の行き先に興味が出て来ただろう?」

「……」

 

 そう言われると確かに興味が出てくる話ではあった。しかし、わざわざ此方の神経を逆撫でする様なやり方をして来た上に、ドクターの回り諄さが気に入らない。ホルハイヤはこのドクターと言う人物が、コミュニケーションと言う技術をある意味で極めていると言う事を理解している。だからこそ、今回は思惑通りに乗せられた結果となっているのも承知の上ではある。だが頻繁に、この様な手段を取る事は無い。無駄を少なくし、必要な事は最短で済ませるのが常だ。だからホルハイヤは、ある意味でドクターらしくないやり方に違和感を持っている。だからこそ、普段のやり方で抗議の意思を示す事にした。

 

「事前にきちんと説明をしなかった事は謝罪するよ。だからこの尻尾を外してくれないか?」

「ドクター、貴方がこうやって私を怒らせて、尻尾で首を締め上げられそうになるのは何度目になるかしら?」

「前回で41回目だ」

「おめでとう、これで記念すべき42回目よ」

「……」

 

 ドクターのコートとホルハイヤの尻尾が擦れる音が聞こえ、尻尾で首を締め上げた事による呼吸が詰まる音がする。

 

 片方は首を締め上げられ、声を発する事が出来ない。

 片方は首を締め上げ、声を発する事もしない。

 

 そんな沈黙の中に割り込む声があった。

 

「あのー、じゃれているのは良いんですけど。怪我はしない、させないを徹底して下さい。これ毎回言っていますが、車両内での怪我とか備品の損傷って運転手の評価に響くので本当にお願いします」

「大丈夫よ、貴方がうっかり口を滑らせなければ問題にならないわ」

「ホルハイヤさん、そう言ってこの前、ミュルジスさんと喧嘩して座席水浸しにしたじゃないですか」

「そうしたのは、あの愛らしいエルフの方でしょう? 私は悪くないわ」

「その切っ掛けは、貴女がちょっかい出した事だったと思いますけどね。ドクターも自分の担当に、困った人達ばかり回す様にするのは止めて下さいよ」

「君は今みたいに深入りしてこないからね。私にとっても、彼らにとっても有難い存在だよ」

 

 何時の間にか、尻尾から解放されたドクターが呼吸を整えながら話に参加する。

 

「確かに自分は人や物を載せて、車両を走らせるのが好きなだけですからね。当人達の問題や関係性なんかは興味無いです。まぁどうせ、今回はドクターが悪いんでしょ? ホルハイヤさんって、誰か彼構わずに問題起こす人じゃないですし」

「君は他人の事をよく見ているんだな」

「ドクターが割り当てするから、顔を合わせる機会が多いってだけです。それに”積み荷”の事をよく確認しておくのは、運転手の義務ですよ。あ、もう直ぐ指定地点に着くので、降りる準備して下さい」

 

 運転担当のロドス職員のその言葉に、ドクターとホルハイヤは揃って窓の外に視線を向けた。そこには深い森が広がっており、人の侵入を歓迎しないかの様に暗い雰囲気を放っている。その森の入り口付近に車両を停止したのを確認すると、ドクターは荷物を背負って車両から降りて行き、ホルハイヤもそれに続く。ドクターは手元の端末で情報を確認し、問題が無い事を確認すると、運転担当のロドス職員の方を向いて声を掛けた。

 

「ありがとう。ここで問題無さそうだ」

「じゃあ、用事が終わったら連絡下さいね。ここに迎えに来ますから。あ、そうだ、ドクター。特別手当出してくれるって言う約束、忘れないで下さいよ」

「勿論、君の希望通りに出すとも。では、迎えの方をまた頼むよ」

「了解です。じゃあ御二人共、お気をつけて。良い旅を」

 

 そう言うと車両は二人を残し、道の向こうへと消えて行った。

 

「では、行こうか」

「……」

 

 ドクターはそれだけ言うと森の中へと進み、ホルハイヤも黙って付いて行く。

 二人の姿は深い森の中へと消えて行った。

 

 

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 深い森の中を特に何か目印が有る訳でも無いのに、ドクターはどんどん奥へと進んで行く。ホルハイヤはその後ろを追いかけながら、周囲の様子を観察していた。この森は人の気配を感じず、どこか懐かしさのある古代の空気を感じる事が出来る。森の白露に羽を濡らす感覚は確かに記憶の中に存在し、現在それに似た体験をしている。この場の空気がそうさせるのか、過去の記憶によりそうなるのかは分からないが、ホルハイヤの感覚は深く安定した物になっていた。大きく呼吸すると森の中の澄んだ空気が肺の中に広がり、怒り、苛立ち、焦燥感と言った、この所ずっと自身を蝕んでいた嫌な感覚が消え去り、暫くぶりに頭の中がすっきりとしている。そんな古代の空気を感じていると、先を歩いていたドクターが不意に声を発した。

 

「……ここか」

「何?」

「こっちに来て見てみると良い」

「洞窟の入り口……」

「今回の目的はこの中だ」

「じゃあ、任務って洞窟の調査なの?」

「一見ただの洞窟に見えるかもしれないが、実際はそうでは無いんだ」

「洞窟じゃない……? まさか遺跡なの?」

「正解だ。まだ公に発表されたモノでは無いから、知っているのは発見者だけだ」

「そんな情報、何処から拾って来たのかしら?」

「ロドスのオペレーターとして登録している、知り合いの探検家が居てね。彼女がこの間、ロドス本艦に滞在している時に話をしてくれたんだ。彼女は本当の意味での探検家でね。誰かの支援を受けたりする事もなく、自分の興味と刺激のままに歩き回り、独特の嗅覚でこうした遺跡等を見つけている。時々、自身の見聞をまとめた記事を書いて雑誌に投稿しているから、もしかしたら君も名前は知っているかもしれないな」

 

 ドクターは灯りを付け、洞窟の中を進んで行く。手元の灯りが無ければ先が殆ど見えない程に暗かったが、空気の流れる道は確保されている様で、息苦しさや濁った様な感覚は無かった。長年放置されていただけあって埃は積もっているものの、数多くの遺跡を見て来たホルハイヤの目から見ても、ここの保存状態は良好だった。この遺跡を発見したと言う探検家は、ここにある物には手を触れる事もせず状態の確認だけを行い立ち去ったと言うのが、微かに地面の上に残っている足跡から読み取れた。その余計な事をしなかった探検家に対して、微かに好感を覚えていた。

 

「言っていた通り、中に何かが居ると言う事も無く安全な様だ」

「奥まで行かずにそう判断するなんて、その探検家の事を信頼しているのね」

「……彼女は態度の悪く、毒舌でマイペースだが他人に嘘をついたり、悪意で騙したりする事は無い。多少改めれば多くの人々と良好な関係を築けるだろうが、それをしないのは本人にその気がないだけだ。コミュニケーションと言う技術を理解し、正しく使っているとも言える」

「へぇ……」

「そう言う点で見れば、彼女と君は上手くやって行ける気がするね。興味があれば今度紹介しよう」

「考えておくわ」

「しかし、この遺跡はどれ位前のものなのだろうか」

「正確な数値はまだ分からないけど、少なくとも400年以上は前でしょうね」

「分かるのか?」

「数多くの肩書が増えてしまったけど、私の本職は歴史学者よ?」

「……そうだったな」

 

 ホルハイヤの”本職は歴史学者”と言う部分を聞いた時、ドクターは何かを考える様に少しばかり時間をおいて返事をした。彼女には数多くの肩書が存在する。マイレンダー基金やライン生命、クルビアの傭兵、更にはクルビア占星術研究協会名誉会長……そしてロドス上級顧問。その一部は人によってはとても恐ろしく感じるものだ。それらの肩書はこの世界で、彼女が生きて行く為に必要になったから身に着けたものだ。だからこそ、一個人としてのホルハイヤが自然に身に着けた正真正銘の肩書は、きっと何の権力も影響力も圧力も無い、在り来りな”歴史学者”しか存在しないのだろう。

 

「ホルハイヤ、君も少し自由に見て回ると良い」

「私から目を離して大丈夫なの? 一人になった途端、貴方を置いて姿を消したり、この洞窟を崩して閉じ込めたりするかもしれないわよ」

「私以外の誰かなら、その言葉に慄いたりするかもしれないね。ホルハイヤ、少なくとも君はこの遺跡を破壊する様な行為は絶対にしないだろう?」

「あら残念。怖がってくれないのね」

「君は自分の立場と状況を理解している。それに……」

「それに?」

「今の”人”と言う存在に対して、何処か諦観に近い感覚を持っているのは知っている。そして君は先程、自分が言った様に”歴史学者”が本職だ。だからこそ、”人”に対して常々思っている事がある筈だろう?」

「”歴史には敬意を払いなさい”」

「それだ」

「……これは忌まわしいブリキに教えられた事でもあるわ」

「そうか。ほら、君の分の灯りだ」

 

 ドクターはホルハイヤに灯りを手渡す。

 

「そう言えば、私はあんまりこう言った手付かずの遺跡に入る経験は無くてね。何か気を付ける事は有るだろうか?」

「……不用意に落ちているものや遺跡内の建造物には、素人を自覚するなら直接触らない事ね。ちょっとした衝撃で崩れたり、欠けたりする事もあるから。……気をつけてね。遺跡の中にある物はどれも凄く貴重な歴史の資料だから」

「心得たよ」

 

 そう言ってドクターは灯りを片手に奥へと一人歩いて行く。

 ホルハイヤは尻尾で器用に受け取った灯りを掲げ、今居る場所を見渡した後でドクターとは別の方へと歩き出した。

 

 

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 途中、隠す様に作られていた道を抜けその先の部屋に入る。そこにあった倒れている柱を指先でそっと撫で、何かを表現した像のに積もった埃を微かな風で優しく払う。ホルハイヤは無造作に放置されている物体や、無数に散らかる未完成と思われる何かを見つけた時、ここはかつて誰かの工房だったのだろうと判断した。決して大規模な物ではなく、数人が使うならば不便の無い環境だった。ここの利用者が使用していたと思われる椅子や作業机、時間経過による劣化で崩れた作品。それらを見つめて、遥か昔の人物がそうしていた様に、ホルハイヤは作業机に向き合い、そっと目を閉じた。そうしてそこに流れる歴史と静かな秩序を感じ取る。

 

「……ここはきっと、ささやかな芸術家達の隠れた工房だったのね」

 

 ここの利用者達は表立って芸術家を名乗る事はしていない、似た様な感性と芸術性を持った人々の為の場所。あくまでも趣味の一環として芸術と向き合い、作品を作り上げ、仲間同士で評論をする。きっと彼らにとってその時間は何よりも貴重で、素晴らしく、大切な物だったに違いない。ホルハイヤは芸術に特別詳しい訳ではない。それでも歴史の中で芸術が占める重要性と、そこに込められた積み重ねの祈りや願い、技術や継承と言った過去の人々の感情を読み取る事は嫌いではなかった。何故なら現在を生きる人には無い精神性を、過去に生きていた人々は確かに持っているからだ。

 

 ホルハイヤは目を開き、この場所を後にする。ここは本来、自分の様な嘘に塗れた存在が踏み込んで良い様な場所ではない。ここに放置されている作品の数々は自身の持つ長い記憶の中に一致する物は無く、この空間に存在した秘密の芸術家たちの中で完結していたのだろう。隠された秘密を暴き、その中にある真実を暴く事に対して抵抗は無い。しかしこの遺跡を世間に公表する様な真似をするのは、あまりにも無意味で愚かしく、この場所を愛した人々に対して失礼であると感じていた。知るべき事、暴くべき事、それらを理解している。すなわちその逆についても彼女は深く理解していた。

 

 

 ホルハイヤは秘密の工房を利用していた芸術家達に少しだけ思いを馳せた。

 この場所の芸術家達は秘密を共有し、ここで芸術について深く語り合ったのだろう。

 彼らには仲間が居て、同志が居て、友人が居た。

 その事を少しばかり羨ましいと思ったかもしれない。

 立ち去った後、微かな風がこの場所に存在する過去の歴史を撫でて行った。

 

 

 それからドクターが向かった方向に足を進めると、幾つかの部屋の様な物があり、更にその先から微かな光が漏れていた。その光を追ってみるとドクターが灯りを掲げて壁を見ていた。足音が聞こえてもホルハイヤの方を見る事は無く、無言で壁を見続けている。彼女の位置からはドクターが壁の何を見ているのか分からない。足元に気を付けながらゆっくりと距離を詰めて行く。不思議な事に近づけば近づく程に、微かな緊張が広がっていくのをホルハイヤは感じていた。何故自分がこの様な場所で緊張しているのか分からないが、ドクターが見ている物が分かればその理由も納得出来る筈だ。

 

「ドクター、その壁に何か面白い物でも描かれているのかしら?」

「……」

 

 緊張を隠す様に少し離れた場所から声を掛けると、ドクターは無言で手招きをし、それから目の前の壁を指さした。

 ホルハイヤは歩みを進め、ドクターの横に立つと尻尾で灯りを掲げて壁を見る。

 

 ”それ”を見た時、ホルハイヤの心臓が跳ね、全身の血がざわつくのを確かに感じた。

 全身が燃える様に熱くなったと思ったら、水に沈んだかの様に冷たくなる。

 壁に有ったのは一枚の絵だった。

 空に広がる雲、その中に広がる大きな翼、雷と風の意匠。

 そこに描かれている姿は、正しく─

 

「……ククルカン」

 

 ホルハイヤの口からは、ただその言葉だけが零れ落ちる。

 そして立ち尽くす様にその絵を見つめていた。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 どの位時間が経ったのか分からない程に、ホルハイヤは壁の絵を見続けている。何か特別な感情が湧き出てくる訳でも、自身との繋がりを感じる訳でも無い。それでも、この目の前の絵から目を離す事が出来なかった。何を思ってこの絵を描いたのか、此処に描かれたククルカンは本当に実在していたのかも分からない。自身の中に眠る記憶の中を探しても、一致する姿は何処にも無く、新たな記憶として蓄積されていくだけ。それでもホルハイヤの中に流れる血が、目の前に描かれている絵が間違いなくククルカンであると訴えていた。『あれこそがククルカンの本来の姿なのだ』と。

 

「……」

「……」

「ドクターはこれがあると知っていたから、私を連れて来たの?」

「私もその様な絵があったと聞いて居ただけで、本当にククルカンを描いた絵であると確証は無かった」

「……そう」

「だが君の反応を見る限り、これはククルカンを描いた物なのだな」

「間違いないと思うわ」

「……そうか」

「この確認の為に私の知識が必要だったと言う事なの?」

「そうではない。これはどちらかと言えば副次的なものだ。私が今回、君を連れ出したのは訪ねたい事があるからだ。その為に君の精神面が安定している時が良かったのだが、君は随分と落ち込んだ状態にあったからね。こうして気分転換も兼ねて改善を図った訳だ。実際、あのまま情報処理室に居るよりかは良かっただろう?」

「お陰様で。幾つか気に入らない点もあったけれど、良いわよ。私もドクターが何を聞きたいのか興味があるわ」

 

 少しだけ場所を変え、ドクターとホルハイヤは崩れた岩に座り話を続ける。

 この場所にはドクターとホルハイヤ、そして壁に描かれたククルカンしかいない。

 

「君は過去から現在まで、500年程の記憶を保有していると言っていたね」

「そうね、正確な数値ではないけれどその通りよ」

「では聞きたい、その記憶の中で一度でも疑問を持った事はあるだろうか?」

「……? 疑問を持つ?」

「そうだ」

「ドクター……貴方、話の内容が具体的な時と抽象的な時の差が酷いって言われた事あるでしょ」

「あるかもしれない」

「さっきの貴方の質問を聞いて、即座に答えが出せる人はきっと居ないでしょうね」

「つまり、もっと具体的に話せと?」

「正解よ」

「具体的。……具体的か」

「そんなに難しい事なの?」

「例えば……そうだな。何故、太陽は太陽と呼ばれているのか? 何故、幾つもの文明がそこにあったのか? 何故、動かない月や星がそこにあるのか? こう言った事に疑問を持った人は居ただろうか?」

「ドクター、頭の方は大丈夫? 私より貴方の方が余程精神面に問題があるんじゃない?」

「真面目な話だ」

「……少なくとも、私の保有する記憶の中には無いわ。でもあんな事があった以上、これから先はどうなるかは分からないわ」

「それはそうだろうな」

「今の質問で終わりかしら?」

「いや、まだある。君達についてだ」

 

 ホルハイヤの目が微かに細くなる。

 

「私達について?」

「そうだ。気に障るかもしれないが、ククルカンが記憶継承する為に生み出した手法。あれらは結果として、君達の行く先を狭めるモノになってしまったと思う」

「以前も話したけれど、それは私たちの歴史の中で何度も投げかけられてきた質問ね。そして答えも同じよ。この時代、この私まで繋がってしまった執念と願い、そして祈りと呪いなのよ。私達はククルカンである為に、この狂った道程を選んだの。貴方の言う通り、あまりにも馬鹿馬鹿しく自滅的で、どんどん先細りになって行くとしてもね。誰にも理解されなくても良いのよ、ククルカンとは孤高である事が誇りなのだから」

「……孤独になる事と孤高である事は違うよ」

 

「どう意味かしら?」

「君自身、気が付いていない訳では無いのだろう? そしてこれまでのククルカンも気が付いている筈だ」

「……」

 

「護国の赤き竜、黄金のペガサス、悪夢のハガン、サルゴンの戦王、九尾の狐、音の巫王……他の数多くの伝説達。その全てが過去から現在に至るまでに、力を失い、衰え、どれも全盛の姿を残してはいない。そう、残っていないんだよ、ホルハイヤ」

「貴方の言いたい事は分かるわ。あらゆる存在は世代を重ね、最初期の全盛の姿を維持する事は出来ない。それでも次の世代、また次の世代へと継承し、その時々の全盛を謳歌する。きっとそれらが、種族としての正しい継承の在り方なんでしょうね」

「なら─」

「私達は気が付いてしまったのよ、ドクター。ククルカンと言う存在が、世代を重ねる度に失われていく恐怖に。そして文明や技術が発展して行く度に失われて行く、”現在”への魅力と執着。だからこそ過去の最も強大で壮麗な姿にこそ、全てを賭けて追い求める価値がある物になってしまったの」

「それが自身を追い詰めるだけになってしまっても?」

「そうね。私の保有する記憶の中にも、貴方と同じ様に考えた人達はいるわ。こんな外道な術式に手を染めて、数多くの同族を犠牲にしてまで追い求める必要があるのかってね。伝承、在りし日の栄誉、絶対的な力……そんな物の為に未来永劫犠牲を強いる事に意味があるのか、そこまでの価値があるのか。私自身を含めて考えた事は何度もあるの」

「……」

「そんな事を考えて、次の記憶の保持者もまた同じ様な事を考えて……でも結局この道を突き進む事を選んで来たのよ。一度でもこの記憶継承者が、心の底から使命を拒む事を選んでしまえば、今頃私はこうして話していないでしょうね」

「君達をそこまでに駆り立てるものが何なのかを聞いても?」

 

「ククルカンになりたい」

 

 ホルハイヤはそう零した。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「ククルカンになりたい……? ホルハイヤ、君はククルカンだろう?」

「あら、嬉しい事を言ってくれるのね」

 

 ドクターの言葉に対して、ホルハイヤは微かに笑う程度の反応を示すだけだった。それも自虐的な嘲笑を含んでいる様に見える。

 

「私は……いえ、私達は正しく言えばククルカンでは無いの」

「ククルカンでは無い?」

「そうよ。私は確かに記憶の継承を受けているわ。でも今の私に一体どれ程のククルカンとしての特徴が残されているかしらね? 長い寿命も強大なアーツを操る力も無ければ、強靭な皮膚も無い、空を舞う為の翼だって残されていない。この羽を模した外骨格装甲、皮膚を目指したコート、力の象徴としてのアーツユニット、これらが無ければ私は”一般的な人よりもちょっと強い”だけに過ぎないの」

「そんな事は無いのでは?」

「いいえ、言うなれば……そうね。私達はククルカンの”成り損ない”や”残骸”が正しいかもしれないわ」

 

 ホルハイヤの言葉はドクターにとって意外な物であった。彼女にとってククルカンとは絶対的な物であり、ある種の誇りとして持ち続けている、言わば”生きる意志”として燃えている炎だと思っていた。だからこそ、これまで彼女の意志や考えを引き出す上で、問いかけて来た中で否定的や侮蔑的な物に対して、怒りの感情を返して来ていたのだと。そんな彼女が”成り損ない”や”残骸”と言った言葉で自らを評するとは、少しばかり信じられない事だった。

 

「随分と貶める様な事を言うのだな」

「事実は事実として、受け入れなければいけないものよ?」

「それはそうなのかもしれないが……」

「勘違いしないで欲しいのだけど、生物分類上で言えば私はククルカンよ」

「……? あぁ、そう言う事か。全盛の力が備わってこそ、本当の意味でのククルカンか」

「褒めてあげるわ、正解よ」

「……」

「もしかして、もっとちゃんとした言葉で褒めて欲しいの?」

「いや、そうではない。ホルハイヤ、君は他人に嘘を付き、話の本筋を隠す上にずらす、本音を言わず、立場をころころ変え、場合によっては上司の言う事も聞かない。気にかけているものなど殆ど無い様に振る舞いつつ、実は他一面を用心深く隠している捻くれた秘密主義者気取りだ」

「急に随分と悪く言ってくれるじゃない。まだ何かあるって言うなら、これ以上は私も─」

「だがそれでも、ククルカンへの追及を手放したとしても……自身が背負ってきた過去の全てに対して、君は真摯に向き合い、それに恥じない誇りと気高さを持っている……持とうとしている。例え他の誰からも理解されなくても、君のそれは間違いなく尊敬に値するよ」

「……」

 

 途中まで喉を上がって来ていた言葉は全て消え、ホルハイヤは何も言う事が出来なかった。嫌味も皮肉も、ドクターの言葉をひらりと躱す軽口も何も出てこなかった。別に誰かに認めて欲しかった訳では無い。別に誰かに肯定して欲しかった訳では無い。意味の無い物だと考えて来た、そこまでの価値があるのかと言われ続けて来た。疑問と否定の先でこれまでの唯一の道は消え去り、過去の継承者達が得る事が出来なかった新たな道が見えて来たのだ。トリマウンツのあの出来事を体験して以降、無限に回り続ける川を抜け出し、果てしない海に出てしまっていた小舟は、確かに方角を示してくれるたった一つの灯台を見つけていたのだ。

 

 頭部の羽で顔を隠し、下を向くホルハイヤ。

 そんな孤高な生き物(ククルカン)をドクターは黙って見つめている。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「すまない、余計な事を言ったな」

「……そうね、本当に余計だったわ」

 

 僅かな時間の後に発せられたその言葉に、ホルハイヤは即座に返事を返した。一瞬の感情の高ぶりは有ったが、それを制御出来ない程にはまだ落ちぶれていない。その為の時間はドクターから与えられた物だったとしても、その僅かな間に自身を制御し終えたのは、ホルハイヤの精神の強さによるものだ。その強さは褒め称えられるべき素晴らしい物であったが、同時にその強さを憐れむべき物でもあった。この様な制御出来てしまう強さが無ければ、彼女はもっと生きやすかっただろう。独りで立ち直れる強さが無ければ、独りで解決出来る力が無ければ、独りで解決しようとする気高さが無ければ、きっともっと楽だったに違いない。だが同時にこの様な形で話し合う事も無かっただろう。

 

「つまらない話に付き合わせてしまったな。そろそろ─」

「あら、随分と酷い真似をするのね」

「どう言う意味だ?」

「ドクターは私に素敵な話をしてくれたけれど、その中で幾つも意図的に伏せた部分があるでしょう? 沢山の例題、涙を誘う説得と説教……他の人ならそれで満足して終わったかもしれないけれど、残念ながら私には通用しないのよ」

「……」

「そうでしょう? 横槍を入れてくる面倒な外野も居ない、あのケルシーの干渉も無い状態で貴方と話が出来る貴重な機会なの。まだまだ付き合って貰うわよ。それに……」

「それに?」

「乗せられてしまった私も甘かったと言えばそうだけれど、ドクターはもう少しコミュニケーションと言う技術を学び直した方が良いわね。自分と同レベルの相手と話をする機会が少なくて、随分と雑になっちゃったのかしら?」

「?」

「意外ね、自覚が無いの? でも、これについてはまた後にしましょう」

「……分かった」

 

 ホルハイヤは既にしっかりと元の調子に戻しており、ここに来た当初より遥かに余裕がある様に見えた。

 先程までのドクターとの問答は、多くの意味で彼女に対し良い影響を与えたのだろう。

 

「ドクターは数多くの伝説が衰え、完全な形で残っていないと言っていたけれど……例外がいるでしょう」

「サルカズ」

「そう、サルカズ。あの悪魔達は貴方の例え話に含まれないんじゃない? 元々化物揃いな連中ではあるけど、個体によっては1000年単位で生きていて、一度も死んだ事の無いのもいるんですってね。更に世代を重ねても寿命の衰えは殆ど見られず、その力においても強大な血脈は正確に受け継がれている。私はまだ直接会った事は無いけれど、ロドスにもその血縁が居るんでしょう?」

「ああ」

「何故サルカズは他の種族とは違い、衰えと言うものが限りなく少ないのかしら?」

「”サルカズとはテラの大地そのものである”、この言葉を聞いた事は?」

「私は無いわ」

「そうか。”サルカズとはテラの大地そのものである”、この言葉の真意についてはまだはっきりと断言する事は出来ない。それでも幾つかの仮定を立てる事は出来る」

「へぇ、それは?」

 

「このテラ大地に、最初に産まれたのがサルカズと言う種族だったと言う考え方だ。そしてそれ以外の種族は後から生まれた、または後からやって来たとする。現在サルカズを差別的に扱う全ての種族、伝説として名を残す神民と呼ばれた存在達、そして源石……それらすべてがサルカズの後に出て来たとしても不思議ではない。サルカズは、彼らは何処でも生きられる。感染者となっても他の種族よりも遥かに耐性が高い。つまりは大地そのものと結びつきが強く、種族としての原点特有の特性なのかもしれない」

「サルカズが原種だって事?」

「そうだ。ホルハイヤ。君の持つ500年の記憶の中では、既に全ての種族が存在している筈だ」

「……そうね」

「彼らは記憶の継承と言う技術も優れていると聞いている。吸血鬼、不死者、魂の影……それらのオリジナルともいえる存在達は、今に至るまで純粋な死と言う物を経験しておらず、また彼らの記憶は根の様に次の世代にも引き継がれる。君の元上司のブリキも相当な人生経験の持ち主だろう。最も純粋で原初の存在……長命者は未知を求め重大な決断を下して一度目の死を迎えたばかりだな……とは言え私達の衰えて行く種族とは違い、サルカズの原点は今でも生きていると言うのが大きな違いだ」

「その長命者と言うのは滅んだの?」

「いや、彼は……彼らか。新たな命として生きているよ。もしかしたら君達も遥か昔に何処かで出会っていたかもしれないね」

「それは興味深いわね。でもドクターの仮説って、大衆にはとても受け入れられる様な物じゃ無そうね。今の彼らの扱いからして、とてもそんな風には思えないでしょうし」

「その嫌悪感が、深層に眠る本能的な物だとしたら?」

「原種に対する、分岐種の対抗心と反抗心……だから何度でも過去の歴史でも滅ぼそうとしている訳ね。確かにありえない話ではないかもしれないわ」

 

「ついでだから聞こう、ホルハイヤ。君はサンクタと言う種族についてどう思う?」

「楽観主義なのが多くて、同族同士での共感能力を持つとかサルカズと相性が最悪ってとこかしら」

「堕天使について聞いた事は?」

「同族を襲ったサンクタの事ね、実物は数回見た事がある程度よ。主な変化としては悪魔の角や尾が生えて来て共感能力を失う。そう言えば、ロドスにも出入りしているのが居たわね……あれも相当厄介な物を抱えてそうだけど」

「人に歴史あり、誰だって抱えている物はあるさ」

「それはそうね。でも何故急にサンクタの話になるの? サルカズとは特別関係は─」

「……」

 

「─サンクタが元はサルカズだって言いたいの?」

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「─サンクタが元はサルカズだって言いたいの?」

「そうであっても不思議ではないと言う話だ」

「根拠について聞いても?」

「根拠が有る訳では無い。ただの私の想像だよ。そうだな、説得力を持たせる話にするならば……遥か昔、旅をしていたサルカズの一団が現在のラテラーノに位置する場所で”何か”を見つけ、その”何か”と取引をする事で現在のサンクタへと変化した。その時に与えられた共感能力と言うのも、実際はその”何か”が変化したサンクタが秘密を外部に漏らさない為に与えた”お互いの監視機能”の一部だとしたら? そして世代を重ねる度にその監視機能と言う部分だけが忘れ去られ、現在の楽観的思考になって行ったとしたらどうだろうか?」

「相性が最悪なのも、元が同族だからって言いたいのね」

「そうなるな。特に関係性が悪いと言う点で考えても有り得なくはない。ともあれこの世の楽園を謳う天使達が、実際は悪魔と同列で、ラテラーノに存在する”何か”により、”自分達の化けの皮が剝がされるのを恐れている種族”だとすれば、中々面白いと思わないか?」

「随分と趣味の悪い話ね。サンクタに聞かれたら貴方無事じゃ済まないでしょうに」

「君が外に話さなければ問題は無いよ」

「あら、随分と信用してくれているのね。ドクターは少なからず信仰心を持っているタイプだと思っていたから、今みたいな冒涜的な仮説を出してくるのは少し意外な感じよ」

「信仰心は個人単位では人を救うだろうが、信仰心が多数になると争いの種にしかならない。嫌な言い方をすれば、宗教によって戦争は起きるが、宗教によって世界は平和にはならないんだよ」

「へぇ……」

 

 ホルハイヤはドクターに対し、ある種の信仰心を持っていると思っていた。それは当然宗教的な意味では無く、人の善性や道徳心等と言った物に対しての信仰心。だがそれは思わぬ形で否定される事になり、多少の戸惑いを感じている。だがドクターが何かを信じていると言う確信はあった。その信じている物が何なのかを、現在の情報からホルハイヤは確定出来ずにいる。本人すら気が付いていない、言葉の節々に含まれる感情の揺れや衝動……それらが明らかになった時にその答えを得る事が出来る。ドクターが抱えている何かを、隠された秘密を暴いてみたいのだ。それについて話を続行しようとしたが、ドクターが先に口を開いた。

 

「ホルハイヤ、君は多くの事を過去から継承し識っている。だが同時に、君が知らない事も過去から現在までに沢山有る筈だ」

「今度は急に何?」

「サルカズとサンクタ。大地の化身の巨獣……十二に切り取られた歳、景色を切り取る睚、雪の大地の守護者、海からの来訪者達。深海の化け物に北の悪魔、時空を超える門。各地に自然発生から出現する獣主達。テラの大地、月と星、その先の星々。過去の消えた文明……これらについて君が知っている事は殆ど無いだろう?」

「そうね」

「だから私は君に歴史学者として、これらの存在を追いかけて貰いたいと思っている。ククルカンのホルハイヤでは無く、歴史学者のホルハイヤとしてね」

「どう言う事? 私にククルカンの探求を止めろと言っているの?」

「そうではない。君にとってそれが重要な事は理解している。だがそれだけの為に、君の人生を全て使うのは勿体無いと思わないか? 他の物事に目を向けて見る事で見えてくる物も多く存在するだろう。私は、君がククルカンである前に、ホルハイヤであって欲しいと思っている。君がホルハイヤである前に、ククルカンであると言うならばそれでも良い。これはあくまでも提案でしかない」

「ふぅん……」

「君が私達に対して、答えを求めている訳では無いのは理解しているつもりだ。だからこそ、君の求める答えに繋がる選択肢を増やす手伝い位はさせて欲しいと思っている」

「相変わらず仕事熱心ね」

「生まれて来た命は、その持ち主の為にある。過去からどれだけの思いを託されていたとしても、その命の使い道は持ち主が決めるべきだ」

 

 ホルハイヤはドクターの提案に対し、多少なりと考える部分は有った。ククルカン単体に絞った探索や研究は、既に行き詰まった物になっているのも事実だからだ。人生の少なくない時間を費やしてまで入ったマイレンダー基金ですら、集められた情報は多くは無い。ならば海に流れ出た小舟として、灯台が放つ灯りの導きに従ってみるのも良いかもしれない。これまでに自身が出会った事の無いタイプの存在、それがこう言うのならば新しい方向に目を向けて見る事で、結果的に得る物も数多くあるのだろう。歴史学者として、神秘や未知への探求と言うのは望む所でもある。

 

 例え、その言葉の中に嘘が混じっているとしても。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「ドクターの言う通り、それも良いかもしれないわね」

「そうか。前向きに考えてくれると嬉しく思う。そして、その過程で数多くの友人や仲間が出来る事を祈る」

「何故そこで友人や仲間が出てくるの?」

「先も言ったが、孤独になる事と孤高である事は違う。そして友人や仲間と言うのは、自分が何かをしようとした時、何か助けが必要になった時に必ず力を貸してくれる存在だ。これまでの継承者達が孤高と孤独を履き違え、単独で何かをしようとしてここまで来てしまっていたのなら、君は同じ道を辿るべきではない」

「……もしかして最近の任務で、あの愛らしいエルフとずっと組ませていたのはそういう理由だったの?」

「そうだが? 気が付いてなかったのか?」

「嫌がらせの部類だと思っていたわ。あまりにも馬鹿らしい理由でそんな事考えもしなかったわね」

 

 ホルハイヤはロドス上級顧問と言う立場になった当初こそ単独で任務をこなしていた。しかし、ある時期を境に単独任務を回される頻度は急激に減り、単独任務を希望しても却下される事が多くなっていたのだ。その結果として、何度か命のやり取りを行い、顔見知りとしてミュルジスと組まされる事が多くなっていた。ホルハイヤ自身はミュルジスを嫌っている訳では無い。周りの人々から見た場合には全くそう見えないが、どちらかと言うと好意的に接していると言える。勿論それは、ミュルジス側の懐の深さによるものだと言う事もまぎれもない事実ではある。

 

「ミュルジス……彼女は君の理解者にはならないだろうが、君の良き友人にはなれるだろうからね。ある意味で君と彼女はよく似ている」

「……あの子の相手をするのは面倒で疲れるから、出来れば今後は外して欲しいわ」

「分かり易い嘘は止めた方が良い。君は彼女に救われている部分もあるだろう。勿論、君は口が裂けても言わないだろうし、彼女も言って欲しいと思わないだろう。彼女は君が持っていない物を持っている、君は彼女が持っていない物を持っている。その事をお互いに理解している君達は、やはり良い友人になれるだろう」

「……ふん。遺された者同士で仲良くしていろって事ね」

「君のそう言う所は強みでもあるが、同時に欠点でもあるな」

 

 ドクターの言葉に対し、ホルハイヤは微かに肩を竦めて見せた。

 

「繰り返しになるが、友人や仲間を作る事は決して悪い事でもない。むしろ自身の気高さ、孤高さを支える為にも必要になる筈だ。私は君に、ただの孤独な存在にはなって欲しくは無い。ミュルジスだけでなく、ロドスには君の力になってくれる存在は沢山居る。だからこそ君は先程の提案の様に、一度ククルカンのホルハイヤでは無く、一個人としてのホルハイヤとして生きてみるべきだ」

「……」

「以前、寿命の問題で私よりずっと早く死ぬ事を良い知らせだと言っていたが、そんな事は無い。むしろ悪い知らせとすら言える。君と言う存在によって、私が次の継承者、血脈に引き継がれて行くのは別に構わない。だがその次の存在と私が、今こうしている様に話が出来る関係になるかは全く分からない。もしかすると、その存在を私達の手で殺す事になるかもしれない」

「もしくはその逆ね」

「……そうだな。ロドスは出来れば君達の抱えている問題を、君である内に解決したいと思っている。ケルシーも君がちゃんと話せば間違いなく力になってくれる筈だ。この手の問題解決に関しては、私よりも遥かに適任だろうからね」

「貴方もこれまで、そうして友人や仲間、同志を作り頼って来たと言う訳ね」

「……あぁ、そうだな」

「?」

 

 違和感。ホルハイヤはドクターの言い方に対し、微かな違和感を再び感じていた。今はまだ明確な答えを出せていないが、あと少しでその正体に近づける気がしている。ドクターの励ましの言葉や導きの話、それらは多くの人にとって受け入れやすく、感動的で、素晴らしい導きになるだろう。だが、その話の内容は誰の目線で語られているのだろう? ホルハイヤはドクターのこれまでの話にある程度の納得と理解を持っていても、やはり全てを受け入れる気は起きないでいる。それは恐らく、ドクター自身が巧妙に隠している何かがそこにあるからだ。このコミュニケーションと言う技術の皮を被った別の何かを、多くの存在は気にしていないのだろうか? 

 

 ホルハイヤは考える。

 ドクターはこれまでに自身の事の様に話した内容があっただろうか? 

 ドクターの本心は何処にある? 

 ドクターの本音は何処にある? 

 ドクター自身の言葉は何処にある? 

 

 今回唯一、ドクター自身の言葉であった物は─

 

『一度でも疑問を持った事はあるだろうか?』

 

 ホルハイヤがドクターの話に相槌を打ちながら考えている間に、ドクターは話を終わりに向け様としている。

 

「今日ここで話した事が、君にとって価値ある物になった事を願うよ」

「それについては心配しなくても良いわよ。とっても貴重な時間だったから」

「君の夢見の悪さも改善されそうかな?」

「それについては眠ってみないと分からないわ。でも、新しい一歩を踏み出せそうよ」

(ホルハイヤ)にとっては小さな一歩だが、君達(ククルカン)にとっては偉大な一歩だ」

「それって何か有名な言い回しなの?」

「そうか、君は知らないのか。これは過去に人が─」

「人が?」

「……人が……何だったか。いや、何でもない。忘れてしまった様だ」

「ふぅん。今の言い回しって、歴史の転換点になる様な場所で言われたものなんじゃない?」

「何故、そう思う?」

「ただの直感よ」

「……」

「”人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ”」

 

 ドクターの体が揺れた。

 

「さっきの言葉。元はこうだったんじゃないかしら?」

「……」

「きっと正解ね。ドクター、フェイスガードの奥に見える眼が揺れているもの」

「私には分からない」

「それならそれで良いわ。珍しく面白い反応が見られたのだもの」

「私は面白くは無い」

「ふふっ、揶揄い過ぎたかしら? お詫びとして、最後に私の本音を少しだけ教えてあげるわ」

「本音?」

「ええそうよ。私がロドスに来てから抱えてしまったモノよ」

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

「ドクター、私はとても後悔している事があるの」

「後悔?」

「ええ。あの時、あの洞窟で攻撃的な手段を取るべきじゃなかったって。貴方とケルシー、二人に対して頭を下げたり、額を地面に擦り付けてでも、同行の許可を懇願するべきだったわ」

「……君がそんな事をする姿は想像出来ないな」

「そうでしょうね、私もそうよ。だから私は、あの場所で求める答えも得る事が出来ず、こうしてここで、貴方に説教をされる様な状況になっている訳ね」

「説教をしているつもりは無い」

「あら? そうなの? でもそうね……あの時、私自身にもう少し時間の余裕と力があれば、今と状況は全く違っていたでしょうね」

 

 そうは言うものの、実際の所はその程度の事であの場所で事態が変わっていたかは分からない。あの場所に集まった時点で、殆どの物事はどう転ぶかは決まって居た様な物だった。ホルハイヤは既にマイレンダーを裏切った立場であったし、その事をブリキが許す事は決してないだろう。そしてその事について、ドクターもケルシーも口を挟む権利は持っていなかったのだから。それでもブリキが現れる前に、ホルハイヤが取った行動が敵対では無かったのなら、彼女自身が望む結果を得られた可能性が極僅かながらあったのも事実だった。後悔と言うものは、全ての物事が決着した後に手に入れるもので、その後悔を元に、多くの人々は次の選択をしていくのだ。神も、賢者も、愚者もそこには何の違いもない。

 

「ドクターはあの場所で、何か後悔している事はあったりするのかしら?」

「私が?」

「えぇ、そうよ。貴方があの”神”に対して、もっと聞いておけば良かったと思った事とか。貴方にも見せて欲しかった物があったんじゃないかって思って。だから聞いてるの」

「……どうかな。確かに知りたい事、聞きたい事は沢山有ったと思う。だが……」

「だが?」

「きっとあの時はあれが正解だったのだろう。時間も無く、同時に余裕も無かった。目の前の事に対して取り組むのに精一杯で、他の事を気にする余裕なんて無かったから」

「へぇ、そうなの? 何を話していたのかは知らないけど、貴方にも余裕がない事ってあるのね」

「何時だって必死だよ。表面を取り繕うのが上手なだけさ」

「……ふぅん」

「ただ……そうだな。後悔と言うのとは少し違うが、心残りと言うべきものはあるかもしれない」

「それは?」

「”石棺の中に眠る友人達の顔を見ておけば良かった”と思う事が有る」

「……」

 

 ホルハイヤはドクターのその言葉を聞いて、驚いた様な表情を一瞬見せた。

 そして口元を手で押さえると、微かに下を向く。

 翼が表情を隠す様に動き、彼女の肩が微かに揺れている。

 その揺れは徐々に大きくなっていった。

 

「……」

「ホルハイヤ?」

「…………っふ」

 

 手で覆った口から空気が抜ける音が聞こえると同時に、ホルハイヤは声を上げて笑った。それはなんとか堪えようとしていたが、結局我慢出来なかったと言う様子だった。目尻に涙を溜め、背中を丸め、肩を揺らし、ホルハイヤは笑う。彼女は笑いながら、これ程までに愉快な気持ちになったのは、一体何時以来かと考えた。ここまで声を上げて笑ったのは、決して長くは無い人生の中でも初めての事かもしれない。それ程までに、ドクターの発言は彼女を愉快な気持ちにさせたのだった。第三者がこの場に居れば、きっと異様な光景に見えたに違いない。片や声を上げて笑い、片やそれを黙って見ているのだから。そしてその対象がホルハイヤとドクターとなれば、尚更の事だろう。彼女の笑い声は暫く止む事は無かった。

 

 ホルハイヤの楽し気な笑い声が響いている。

 

「あぁ、ごめんなさい。もしかして……傷ついちゃった?」

 

 暫くしてホルハイヤはようやっと自分落ち着かさせると、涙を指で拭き取りながらドクターに問う。

 

「……いや」

「あらそう? 残念ね」

「だが、君がそこまで笑う様な事を私は言っただろうか?」

「ドクターともあろう人物が分からないの? 自分が何を言ったのかを?」

「少なくとも、君が面白いと思う様な事は言っていない筈だ」

「……これは重症ね。さっきの一言で貴方が私に対して長々としてくれた、ありがたいお説教の大半が説得力の無い物になってしまったのよ? でも良いわ、寛大な心で許してあげるから。友人、仲間、同僚、そう言った物の大切さを説いて来て、最後でこんな事になってしまうなんて喜劇みたいね」

 

 ホルハイヤはこれまでのドクターへの違和感、そして質問の意味を少しばかり理解した。

 

『疑問を持った事は有るだろうか?』

『何故、太陽は太陽と呼ばれているのか?』

『何故、幾つもの文明がそこにあったのか?』

『何故、動かない月や星がそこにあるのか?』

 

 当たり前として存在するそれらが、当たり前に存在する筈では無かった事。

 遺された存在が目覚めた時、託された全てが無くなってしまった事。

 失われた記憶に眠る数多くの出来事。

 ドクター自身が気付いていない感情。

 

 言葉の節々に感じていた違和感。

 それは怒りであり、憎しみであり、破壊衝動なのだろう。

 

 ドクターは心底に眠る激情により、このテラの大事には思ってはいない。

 だがそれを本人が理解する事は、失われた記憶が戻らない限りきっと無い。

 友人、仲間、同僚、同志、それらの大切さを私に説いて来た。

 それらは私に対してであり、自身がそうであるとは一言も言っていない。

 

(ホルハイヤ)にとっては小さな一歩だが、君達(ククルカン)にとっては偉大な一歩だ』

 

(確かに、その通りかもしれないわ)

 

 私達は日に日に膨れ上がっていく未知を抱きしめて、狂気へと足を踏み入れて行く。

 馬鹿げた運命を変えるためなら壊れても良いとも思っている。

 その運命を変えてくれるかもしれない導きの灯台。

 その灯台の灯台守が壊れていていたとしても、その導きに従ってみるのも面白いのかもしれない。

 

「安心して頂戴、ドクター。私達はこれからも上手にやって行けそうよ」

「……? それは良かった」

「えぇ、私としても貴方に対して今迄以上に興味が出て来たの」

 

 現在のドクターが持っている善性は、恐らく誰かから与えられた物だ。

 それはきっと記憶を失った後か、あるいは直前だろうか。

 今は分からずとも、これは必ず明らかになる。

 ”現”文明の向こう側から来た、神の知識を持ちながらもそれを失った存在。

 その神秘が明かされる時に、(ホルハイヤ)が立ち会いたいと思っている。

 

「それにしても、ドクター」

 

 ホルハイヤは、憐れみと感謝、そして好奇心を込めた声で言葉を吐き出す。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

「貴方、本当は独りぼっちなのね」

 

 目の前にいる、この世界に同類も友人も居ない存在(いきもの)にそう言った。

 その時、ドクターが微かに笑った様にホルハイヤは感じたのだった。

 

 そんな二人を壁に描かれたククルカンは、何も言わずに見下ろしている。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 〈……〉

 

 まぁ良い。それは勿論─”今”のドクターさ。

 おいおい、意外そうな顔をするなよ。

 ただあの人の場合は、コミュニケーションと呼ぶべきじゃないだろうがね。

 ドクターがやっているのは、ある種の予言であり煽動だよ。

 相手が望んでいる言葉を選び、相手が望むタイミングで掛けてやる。

 それが本人にとって……良い事でも悪い事でもね。

 だからこそ、ドクターは他人から好かれている様に見えるのと言う訳だ。

 実際に多くの人は、ドクターに対して信頼を寄せているだろう? 

 それは彼らがドクターに対してそう望んでいるからだ。

 望んだ言葉が目の前の鏡から返される。

 ……受け皿の様な人なんだよ。

 誰にでも合わせられるし、誰にでもなれる。

 その期待通りにドクターは演じる事が出来る、つまり役者の様なものだね。

 だから案外、ドクターは私達に関心なんて持っていないかもしれない。

 そしてドクター本人は友人も同僚も仲間も居ない、空っぽな存在になったのだろうさ。

 

 別に”今”のドクターの事を嫌っている訳では無いよ? 

 その能力や指揮のお陰でこうして生活出来ている訳だからね。

 

 この先は必ず秘密にしておいてくれ。

 ”以前”のドクターであれば多少は考えたかもしれないが、

 私はあの不気味で恐ろしい”孤独ないきもの”と仲良くなろうとは思わないのさ。

 

 仲良くなれるとも思わない、絶対に。

 私は昔よりも”今”のドクターの方が遥かに恐ろしいのだから。

 

 〈……〉

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「─成程。ホルハイヤ、確かに私はもう少し勉強する必要があるようだ」

 

 そう呟くと、ドクターは自室で操作していた端末の電源を切った。

 

 

【孤独ないきもの】 終

 





別サイト(Pixiv)に投稿していたもの
友人からこっち向きじゃないかと言われたのでお試しです。
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