子は親の幸せを願っていた。
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──◆◆◆◆の◆◆から、◆◆◆◆◆◆前
『Ama-10……■■■■■■■■■、■■■■■■■』
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酷く静かな廊下を一人の人間と繊細で精巧な機械生命が移動していた。特に何かを話す事もなく、歩みを進めていた人物は、ふと立ち止まり窓の外へと目を向けた。窓の向こう側には暗闇の中に数多くの星々が煌めていており、本来であれば黒一色である空間に様々な彩を加えている。星は滅びの瞬間を迎える時に、最も光り輝く性質を持っている。それはある種の叫びであり、それはある種の命の還元である。無から生まれた全ては、命の終わりに無へと帰る。これは命と言う存在が、世界を認識してから一切変わらないルールである。
「宇宙と言うのは、数多くの光に溢れているが本質的には暗闇だと思わないか?」
(疑問を示す動作)
「今の君が理解出来ないのも無理はない。君は生まれた時から、この船の中だったからな」
(同意を示す動作)
「基本的に宇宙と言う空間の中では大きな変化を感じる事は少ない。勿論、滅びゆく星々を至近距離で観察する場合はそうではないが、どうしても……ここでは時間の流れと言う物が酷く曖昧になってしまう」
(静かな駆動音)
そう言うと人間はそのまま廊下へと座り込む。
繊細で精巧な機械生命はその傍で浮いている。
「Ama-10、君は”季節”を感じた事はあるか?」
(否定を示す動作)
「私達が宇宙へと飛び出す前、まだ大地の上で生活していた頃は……”季節”と言う物が時間の流れを感じさせてくれていたんだ」
(興味を示す動作)
「”季節”……それは四つの区切りをもってそう呼ばれている。惑星の自転軸の傾きと公転の組み合わせによって、惑星内の環境に大きな変化が生まれてね。ある時は温暖な環境となり、ある時は酷く寒冷な環境に変化したりするんだ……面白いだろう?」
(同意を示す動作)
「そう言った環境の変化を感じながら日々……生きている事を実感する。当たり前の様に存在していたから、その素晴らしさを感じる事は徐々になくなってしまった。だが、こうして暗闇の中を漂う生活になるととても恋しく思う」
そう言うと人間は手に持った端末を操作し、そこに様々な情報を表示した。画面に流れる大量の画像を目で追いながら、横にいる機械生命にその画面を見せようとした所で、ふと何かを思いついた様にその動作を止める。
「そんなに拗ねないでくれ。君に意地悪をするつもりじゃないんだ。ただこう言った物は……直接自分で見てみる方が良いと思ってね。勿論、君ならデータベースにアクセスして検索する事も出来るだろうが……今はその権限を制限させて貰おうかな」
(不満を示す動作)
「Ama-10、君には知識だけでなく、共感性や想像力と言った物も養って欲しいと思っている。ただの事実に基づいた情報ばかりと言うのも面白くないからな。何かを生み出すのは……何時だって新しい発想と想像力だ」
(迷いを示す動作)
「確かに急にこんな事を言われても難しいな。よし、じゃあ……ちょっとした話をしてあげよう」
(期待を示す動作)
「人がまだ”季節”と言うものを感じていられた時の話を」
酷く静かな廊下に座り込んだ人間は、横に浮かぶ繊細で精巧な機械生命に優しく話しかけた。
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「Ama-10、”季節”と言うのは四つの区切りがある事はさっき言ったね」
(肯定を示す動作)
「区切りは”春”、”夏”、”秋”、”冬”と言った名前で区別されている。それぞれに固有の特徴があって、その特徴に合わせて人は生活を変化させていったんだ。生活の中で身の回りに存在する自然環境の変化、命の移ろいに美しさを見出し記録する」
(興味を示す動作)
「それは文章だったり、それは詩だっり、それは絵だったり……過去から現在まで様々な方法で記録して行ったんだ。記録は世代を重ねて継承され、新たな時代の人々の想像力を刺激した。文章の中に記された美しい光景を目指して大地を渡り、詩の舞台となった光景を見る為に山を登る。原始的な方法で人々は様々な方法……本当に様々な方法であらゆる”季節”を記録して行ったんだ」
(続きを促す動作)
「原始的な記録方から、やがて映像の世紀となり……より手軽に、より正確に”季節”と言う時間の流れは記録される様になった。誰もが手に持つ道具で写真を撮り、映像として残していける時代になった時、ある意味で人々の中から自然環境の変化、命の移ろいに美しさを見出す力は衰え始めたとも言える。文章から風景を想像する力や、目に焼き付ける様に美しい物を見ると言った……」
(不満を示す動作)
繊細で精巧な機械生命は本来の話から逸れてしまった事を不満に思い、隣にいる人間に示した。機械生命が聞きたいのはそんな話では無かったし、人間が本来話したかったのはこんな話では無かった筈なのだから。
「すまない、Ama-10。そしてありがとう」
(喜びを示す動作)
「話を戻そう。一連の自然の流れ、”季節”の移ろいは基本的には”春”から始まる。”春”、それは長い長い眠りの時間から、多くの命が目覚める時期……始まりの瞬間でもある。彩が失われていた風景に、ゆっくりと緑が戻り、大地を覆っていく。植物も動物も、目覚めと共に新たな命の巡りを始める。その灰色から多種多様な色が満ちる瞬間、人は多くの命の美しさと逞しさを感じたものさ」
(続きを促す動作)
「Ama-10、想像できるかい? ほんの少し前までは何もなかった大地の上に、草が生い茂り花が彩を加えるんだ。ただ……枯れ切っていた木々に新芽が芽吹き、青々とした立派なものへと成長する。それを感じ取った生き物は眠りの時間から解き放たれ、新たな”春”の到来に喜びを感じて活動を再開する……」
人間はそこで一度言葉を切る。
「──あれは何度体験しても、素晴らしい物だった筈だ」
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人間と繊細で精巧な機械生命は誰も居ない廊下に座り込んだまま話し込んでいる。人間が実際に見た事、聞いた事、資料や映像の中で見つけた事を語り、機械生命がそれに対し様々な反応を返す。今ではもうすっかり失われてしまった、人が本来当たり前の様に感じていた事を優しく丁寧に語る。
「”夏”と言う季節は、意外と人によって好き嫌いが分かれる所がある。活気溢れるあの熱量が好きと言う人もいれば、逆にあの苦し過ぎる熱量が嫌いと言う人もいる。あくまでこれは人類と言う生き物の話だけれどね。他の生物にとっては、あれ程活発に活動する時期は他にないだろう」
(興味を示す動作)
「例えば……長らく土の下にいた生物が、形態変化を経て地上で生活する様になる時期でもある。数年と言う長い時間を土の下で生活していたのに、地上に出てきた後はほんの僅かな時間しか生きていけないんだ。自らの活動全てを種の存続の為に費やすあの生き物は、”夏”の風物詩として親しまれていたそうだ。他にも色々な種が同じ様に変化を迎えながら、命尽きるまで生きる……今となってはそれを少し恨ましく思うかもしれない」
(静かな駆動音)
「Ama-10、以前見た水で満たされた惑星を覚えているか?」
(肯定を示す動作)
「あの惑星の水は人が生活に利用するのは不適切なものだったが、人が過去に生活していた惑星では水の中で泳いだり潜ったりして、”季節”限定の非日常の体験を楽しんだらしい」
(疑問を示す動作)
「人の構造的に水中活動は不向きなのに何故そんな事をって? 単純に楽しいからさ。普段見えている世界とは違う世界が、水の中には広がっている。かつて人が空を超え、宇宙に何かを求めて目指した様に……水の中にも未知を求めて探求する。人の性質とも言える事から分岐した娯楽の一種なんだよ。水に沈んだ状態から水面を見上げてみると、光が差し込み不規則に変化する様が見える。普段何気なく見ている光と言うのは、こんなにも美しい物だったのかと不思議な感覚になるのだろうね」
(興味を示す動作)
「興味があるか? 今度やってみると良い……と言いたい所だが、今の君を水没させるのは少々不安が残るな」
(落胆を示す動作)
あまりにも落ち込んだ様子の機械生命に対し、人間は微かに笑う。
「演算や記録、シミュレーションと言った物以外に対して興味を持つのは良い事だ。君は私達が生み出した存在ではあるが、確かな命である事には違いない。かつて自然発生した命とは異なるが、君も立派な一つの命として様々な変化を迎える事が出来るだろう。こう言った感情や想像は、君にとって何よりも重要なのかもしれない」
(静かな駆動音)
「この先に何が待っているのかは分からない。もしかしたら、君はこの先大きな変化を迎え、私達の様な形になるのかもしれない」
(疑問を示す動作)
「Ama-10、君が人の様な形になったら……どんな姿になるのだろう? 君はどんな風になりたい?」
(考える動作)
「そうだ。じっくり考えてみるといい。自分の未来について考える事、想像する事、これらはどんな時代であっても止めてはいけない。もしも……考える事を止めてしまったら、きっと人は人でなくなってしまうだろう」
(静かな駆動音)
「自分に対する想像力、相手に対する想像力、この二つがあって人は誰かと分かり合う事が出来る。どちらか一方だけでは駄目なんだ。自分の考えだけを押し付けるだけの存在になってはいけない。もしも、そうなってしまったなら孤立して誰からも受け入れて貰えなくなるだろう」
(考える動作)
「Ama-10、もしも君が私達以外の誰かと言葉を交わす時が来たら、多少回りくどくなっても……自分の考えている事を正しく伝える様にするんだ。言葉にしなくても伝わると勘違いするのは、人間の傲慢な性質の一つなのだから。君にはそう言った負の要素を受け継いで欲しくはない」
(静かな駆動音)
人間はこの繊細で精巧な機械生命に対し、ある種の願掛けの様な事をしている。もしも、自分達がいなくなった後でも、この純粋な生き物が生きて行ける様に。もしも、何処かの大地の上で知的生命体と出会った時、衝突ではなく共存出来る様に……優しさと思いやり、そして想像力を備えていて欲しいと願っている。誰かと誰かが争っていたならば、出来る限り仲裁出来る立場になれる様にと。
人間はこの機械生命をただの成果物や演算装置としてではなく、一つの確かな命として生きて行く事を願っているのだ。
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それからも話は続く。”秋”、緑の彩から赤や黄と言った短い期間の特殊な変化。緩やかに眠りを迎える命の話。一つの周期の終わりを感じ始め、新たな周期の到来を微かに感じる時期だと。今迄の暑さから一転して、肌寒さを感じ野外での活動方法が大きく変わる事。この時期にこそ命の活動として最盛期を迎える話、多くの生き物が命を繋ぎ次の世代が生まれてくる準備をする話。人間は数多くの事を熱心に語り、機械生命もまた確かな興味を持って聞いていた。”冬”、それは一つの巡りの終わりの季節。多くの命が終わりを迎え、眠りにつき、次の目覚めを待つ。彩は失せ、何処か薄暗く感じる日々の中を生きて行く。
「──”冬”には雪と言う物が降る事があってね。大気中の水蒸気から生成される氷の結晶が空から落下してくる現象なんだが、上手く条件が重なるとあたり一面が真っ白になるんだ。山だったり、野原だったり、勿論川だってね。あの音が吸収され小さくなり、沈黙に包まれた風景は、沢山の記録が残って居る位にとても美しい物だったんだ」
(興味を示す動作)
「あたり一面が雪に覆われ中、最初の一歩を踏み出した時の独特の感触は……何とも言えないだろうな。それは一番乗りをした喜びだったり、同時にこの風景を崩してしまった後悔だったり……何とも勝手な感想を持つものだ」
(疑問を示す動作)
「この船も覆われてしまうのかって? そうだな、この船はとても大きいが……雪はきっと、この船も覆い隠して風景の一部にしてしまうだろうね」
(驚きを示す動作)
「自然の力と言うのは、いつだって人の力の及ばない所にある。人は他の生き物よりも考える力が、ほんの少しだけ多く発達したに過ぎないんだ。人は自然の支配者になったと勘違いする様になったのは……科学や技術が発達し始めてからだったな」
(静かな駆動音)
「そこにある何か、そこにある暗闇、そこにある光……そう言った物事に恐れや信仰を持たなくなってしまった。あらゆる物を調べつくし、理屈を見つけ、解明する。繰り返し繰り返し行く事で、自然の中に恐れるものが無くなってしまったんだ。探求心はいつしか傲慢さへと変わって行く」
人間は寂しそうに話を続ける。
機械生命は今回はそれを遮る事はしなかった。
そこに深い悲しみを感じたから。
「かつて人が持ち合わせていた、自然との共生と言う精神性は徐々に失われ、自ら破壊した自然環境の保護を、さも高尚な行いの様に言う様になった。結局それらも”人が生き残れる環境を保護する”と言った方向に変わり、いつしかそんな事を考える事すら忘れて行く。技術の発展は人々に豊かさをもたらしたが、同時に人々の感性を酷く貧しい物にもしてしまった……その結果が今の私達……か。すまない、Ama-10。また暗い話をしてしまったな」
(寄り添う動作)
「……君は優しいな。”季節”……”春”から始まって時と共に移ろいゆく。命の始まりから、命のを終わりまで、”冬”を最後に一巡を終える。宇宙や生命誕生の観測点で言えば、”冬”の時代が一番長いという説もある。長い長い暗闇の時代、数度に及ぶ”絶滅期”……人は今、新たな”絶滅期”に遭遇しているのかもしれない」
(静かな駆動音)
「だが”冬”とはいずれ終わりを迎え、やがて”春”が来るものさ。そうして新たな命の巡りが始まる」
人間はそう言うと窓の向こうに輝く星を見た。
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「──今は人類にとって、”冬”の時代と言えるのかもしれない。星を飛び出し、宇宙を漂流して、何かに追われる様に生活をする。先の見えない暗闇の時代だ。この広い宇宙の中で己の矮小さを実感しながら、なんとか未来を想像して生きている」
(落ち込む動作)
「Ama-10、君の気持も理解出来るがそんなに落ち込まなくても良い」
(疑問を示す動作)
「言っただろう? 冬とは必ず終わりを迎え、やがて春が来るとね。この先の見えない時代も必ず終わりを迎え、私達も大地の上でちゃんとした”季節”の移ろいを感じる事が出来る様になる筈さ。仮に私達が残っていなくても、新たな命が生まれたなら……きっとそんな悪い事ではないさ」
(同意を示す動作)
「もしも、そうなったのなら、Ama-10……君にも自由に大地の上を旅して貰いたい。そうして自らの目で多くのものを見て、多くの事を経験し、”季節”の流れに身をおいて生きて行く……かつては当たり前に出来ていたそれを君にも出来る筈だ。そして今日私が君に話した事が、君の眼にどう映ったのかを教えて欲しい」
(静かな駆動音)
「どうした? 一人で旅をする自信が無いのか? 確かに何事も初めての経験には、多少なりとて不安が付き纏う。だが、君ならその不安すらも糧にして行けるだろう。私はきっと一緒に行く事は出来ないだろうが……離れていても君を思いやる事は出来るよ」
人間は窓の外に見えている輝く星々を指さした。
「ごらん、Ama-10」
(静かな駆動音)
「この宇宙に広がる星々の灯は、大地の上からでも見る事が出来る。どれだけ離れた惑星からでも見る事が出来るんだ」
(静かな駆動音)
「……君が孤独を感じたなら、空を見上げて星の灯りを見ると良い。この宇宙は何処へだって繋がっている。私と君が同じを星を見ていたなら、確かな繋がりを感じられる筈だ」
(疑問を示す動作)
「星の灯りが多すぎて、どれにすればいいか分からない? 君は変な所で現実的だな……」
(不満を示す動作)
「ただ君の言う事も理解できる。星々の輝きはいつの時代でも変わらず、どれも眩しく美しい……目移りしてしまう程にね」
暫く人間と繊細で精巧な機械生命は宇宙に浮かぶ星々を眺めた。
人間の眼に数々の星々の灯りが映り込み輝いている。
「よし……じゃあ、大地の上で共に見上げる星を決めよう」
(疑問を示す動作)
「共通の星を見上げれば、どれだけ離れていても、確かな繋がりを感じる事が出来るだろう? 大地から星を見上げ、星の光が私達を繋いでくれる。私達は決して孤独ではないのだから」
(同意を示す動作)
「さぁ、Ama-10。君が選んでくれ」
(拒否する動作)
「……一緒に決めたいのか? そう言う所は、彼女に似ているのかもしれないな」
(激しく否定する動作)
「分かった分かった、君は本当に彼女の事が苦手だな。じゃあ、一緒に決めよう」
人間はガラスの向こうに広がる、宇宙に存在する星々を指さし提案する。
繊細で精巧な機械生命は、それに対して様々な反応を返す。
人間とその人間によって作られた命は、確かな繋がりを感じながら星の光を結んで行った。
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「星の灯りを探そう。どんな苦しい時でもね」
「そうすれば、きっと長い孤独を感じたとしても……自身を見失う事はないよ」
「この先、どれだけ君の姿が変わったとしても、いつかみた君の夢を追うと良い」
「ほら、私達はいつだって星を見上げている」
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すでにかなり遠くまで歩いてきた。恐らくこれ以上の探索を続けても、あまり意味はないだろう。休眠に入ってから一万日が経っているが、テラの変化は依然限られたものだ。タロIIからの命の火種はまだ大した規模になっていない。かつての仲間たちが植えたいくつかの希望の種も、芽を出す兆しがない。
(落胆を示す動作)
失望? いや……この結果は、とうに予想していた。全ての発展のペースを見誤っていた。これは誤った時間であり、自分にできることも限られている。時間……より多くの時間が必要だ。この体の寿命を浪費し続けることはできない。あの石棺に戻って再度眠り、機が熟するのを待つ必要がある。
……約束を破ったことは認めざるを得ない。これは確かに裏切りだと言える。それはただ自分がいまだ生命を愛しているからだ。希望以外の選択を下すことなどできない。だが恐らく、自分が予期していた時間よりも早く目覚めることを彼女は想定していたのだろう。休眠する石棺の中で、リンチピンの修正プログラムを発見した。
(疑問を示す動作)
あれは失われた時代に生まれた技術であり、我々の思考と信念を固めるために用いるものだ。その技術がなければ多くの者の意志が、あの終わりのない絶望に耐えられなかった。自分と彼女は共にあの時間を過ごした……彼女が誰よりも自分のことを知り、最も理解している人物なのは間違いない。だからこそ彼女との意見の相違は何より残念なことだ。
彼女は自分の行動を予測し、石棺に隠されたプログラムは自分の目覚めと共に起動した。あれは自分の認知、それと「弁論」の目的を修正するだろう……しかし、自分はあの唯一の石棺に戻り延命しなければならない。たとえそれが…………自分の時間がもう多くないことを意味していても。
AMa-10……
いいや、もうこう呼ぶべきではないな。
これはコードネーム、機械である造物のコードネームにすぎない。君に本当の名前を付けてあげるべきだ。方解石……光が結晶内で屈折し二つの異なる偏光を生む。それは美しい現象であり、君と似ている。
Calcite……Kal'tsit……ケルシーにしよう。どうだ、この名前は気に入ったか?
(喜びを示す動作)
自分にはまだいくつか間に合わず、成せていないことがある。君に代わりにやってほしい。……ケルシー、君にはこの大地の生命を守ってほしい。新たに生まれた文明とは脆いものであるが、だからといって厳しい環境はわずかな慈悲も与えやしない。
文明の発展に介入することは一種の傲慢だが我々に与えられる機会はもう多くない。これが残された数少ない機会なのかどうかもわからない。文明は循環して、誤った道を繰り返す。人々は暴力的な争いや、自己証明のできない思考の罠に、そして自己不信の行き詰まりに陥るだろう……こうしたことは、避けることができない。だがほんのわずかなズレでも文明が永遠に滅びるに十分だ。文明の存在そのものが奇跡なんだ……
だからケルシー。君には彼らを導いてほしい。双生循環の構造は君に無限に近い命をもたらすことができる。君であれば未熟な文明の発展に同行し、君の知識でもって、前進してもよい道へと彼らを導ける。これは困難な使命だ。だが君ならば成し遂げることができるかもしれない。君は──
沈黙
……いや…………今言ったことは忘れてくれ、ケルシー。すべて忘れるんだ。行くといい、ケルシー。まずは周囲に目を向けて、それから少し遠くの山の方を眺めてみるといい。そうして生命の痕跡を、存在の形を探しに行くんだ。……自分はそろそろ戻らねば。必要な時に、呼び起こしてくれ。
ケルシー、君にしてほしいこと、もしくは君に与える使命は、たった一つだ。
君自身を、見つけるんだ。
生命の痕跡を、希望と未来を探しに行くんだ。
……君自身で答えを導き出すんだ。
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……ケルシー。
君はすでに自らの生命の意味を見つけたのか?
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「……」
彼女……ケルシーはロドスの庭園で目を覚ました。
ワルファリンによって医療部から追い出され、アーミヤと食堂で話をして共に食事を摂った。その後、ロドスの庭園にてクロージャと十二年の付き合いの中で初めて一緒にお茶を飲んだ。未来について話をして、特殊なハーブティーを盛られて眠りに落ちたのだ。
「……夢か」
この長い時間の中で夢を見たのは、どれだけあっただろうか?
遥か昔の事……あの人の事を夢に見たのは何回あっただろう?
「……」
あの人が最後に眠りにつく前の激情を伴った演説とその後の言葉を忘れた事はない。言葉に込められた多くの願いを考えなかった日はない。数多くの時間を費やし、数度の”双生循環システム”の入れ替わりを経てなお記憶に刻まれている。
この先、何があろうと。
この先、誰が待っていようと。
それらは決して変わる事はない。
あの人と二度の別れを経験して尚、絶対に変わる事はないのだから。
やがて彼女は立ち上がると、ロドスの庭園を後にした。
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ロドスの庭園を離れ、幾つかの場所を見回った後で制御中枢に彼女が戻ると、ドクターは大きな図面に多くの文章を記載していた。幾つかの要素が重なり電子データに頼る事が多少の危険を抱えている以上、行きつく所はやはり原始的な紙に記すという方法になる。ドクターは散乱する紙の山から必要なものを取ろうとして、手探りで資料の山を触っている。彼女はドクターが必要としている資料を見つけると、差し出して声を掛ける。
「ドクター、君に疲労の色が見えるな」
「君が思っている程は疲れてはいない」
「君も適度に休息を挟むべきだ」
「……どうやら、君の方は多少の休みが取れた様だ」
「ああ、皆のお陰で十分に休む事が出来た」
「クロージャに一杯盛られたらしいな?」
「……」
「嬉しそうにクロージャが話してくれたよ。君が無警戒に寝落ちするのは滅多にないとね」
「クロージャとワルファリンの行いは、私を気遣っての事だ。私は彼女達の責任を追及するつもりはない」
「それを聞いて安心したよ」
ケルシーはドクターの対面に腰を下ろす。
「これらは長期的な外勤に対応するオペレーターのリストか?」
「あぁ、元々絞り込みは済んでいたから……今は適切な割り振りを考えている所だ」
「ヴィクトリア……シラクーザ……リターニア……ウルサス……」
「こうしてみると、私達ロドスも随分とこの大地の上を旅した様だ。こうして色々な地域に繋がりを持ち、人員を割り当てる事が出来るのだから」
「私達がこの大地の上を全て旅した訳では無い。だが、その中で関りを持った全ての物事は確かに繋がっている」
「君の言う通りだ、ケルシー。様々な場所を巡り、多くのものを見た。それだけで全てを知った気になるつもりもないし、まだまだ知らない事は沢山あるのだろう。私達の目標は未だ半分も達成出来ていないし、大地の上に広がる問題も山積みだ」
「……その事に対し、君は”疲れた”と感じる事があるか?」
ケルシーの問いに対して、ドクターは少しばかり考える様子を見せる。
「この大地は……未だに終わりの見えない冬の時代だ。争いは絶えず生まれ、差別や格差、偏見が減る事はない。変わって行こうとする人々に対して、変わる事を拒否する人々がいるのも事実だ。全ての人々が団結し、一時的な欲を手放す事が出来れば……解決出来る事は沢山あるだろう。だが人は人と争う生き物で、自分の為に誰かの足を引っ張る事に躊躇がない。この大地の上に自分達だけが生き残っていても、意味が無い事を理解出来ない人達は大勢いる」
「……」
「そう言った事を理解出来ず、話を聞こうともしないと言うのには……多少の苛立ちや疲れを感じる事はあるかもしれないね」
「……そうか」
「だが冬とはいずれ終わりを迎え、やがて春が来るものさ」
その言葉を聞いて、思わずケルシーはドクターの顔を見つめた。
ドクターはその様子に気が付く事なく、手元の紙に文章を書いている。
「どれだけ苦しい時代であっても、変化を求める人々がいる限り……必ずいつかは明るい未来を手にする事が出来るだろう。冬から春になる事で、植物が彩を取り戻す様にね。だから私達は、決して失望してはいけないんだ。どれだけ小さな希望であっても、私達はそれが存在する限り、この大地の何処へだって行くさ。ケルシー、君だってそうだろう?」
ドクターはそこでようやく、ケルシーが自分の凝視している事に気が付いた。
「……ケルシー、私は今何か変な事を言っただろうか?」
「いや、君からその言葉を聞けて嬉しく思う」
「なら良かった」
新たな人物が制御中枢にやってくる。
「ドクター、今後の事で相談したい事が……あ、ケルシー先生もこちらにいらしていたんですね」
「アーミヤ、何か問題が起きたのか?」
「いいえ。ケルシー先生、しっかり休めましたか? まだ疲れが残っているようなら、無理はしないでくださいね。私がいますから」
「私の方は問題ない。アーミヤ、君の方こそ大丈夫なのか?」
「はい、私はしっかりと休んでいますから。安心して下さい」
「分かった」
ケルシーの言葉に対して、アーミヤは微笑んで見せる。
「アーミヤ、相談と言うのは?」
「えっとですね……クロージャさんが"ZOOT"の運用提案と、ロドス深層についての資料が修正されたようです。他にはエリートオペレーターの皆さんから幾つかの作戦提案を受けています。ここで私の方から説明するよりも、ドクターが向こうで直接見て頂いた方が良さそうです」
「直ぐに行こう。ケルシー、良ければ君も同席してくれ」
「君が言うならば、そうしよう」
ドクターとアーミヤは揃って扉をくぐり、制御中枢から出て行った。
ケルシーはその後に続こうとして、立ち止まり振り返った。
ロドスの制御中枢、かつて多くの者達が集い語り合った場所。
長い長い時の流れの中でも、ここは変わる事はなかった。
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『だが”冬”とはいずれ終わりを迎え、やがて”春”が来るものさ。そうして新たな命の巡りが始まる』
『言っただろう? 冬とは必ず終わりを迎え、やがて春が来るとね。この先の見えない時代も必ず終わりを迎え、私達も大地の上でちゃんとした”季節”の移ろいを感じる事が出来る様になる筈さ』
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私は己の使命について明確な認識を有している。
たとえそれに苦難が伴うとしても、私はその意義を認めている。
ロドスは誰かが欠けた程度で止まる程弱くあるべきではない。
ロドスは変わった、ロドスは強くなった。
アーミヤも成長し、ドクターもまた……変わった。
私の願いは……ドクターとアーミヤを守る事だ。
私は既に自らの生命の意義を見つけている。
かつてこの大地の上で、独り星を見上げていた。
その時に感じていた孤独は、もうすっかりと失われている。
「……やがて春が来る」
ケルシーがそう呟いた時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
扉の向こうから、こちらを伺う姿が見える。
「ケルシー先生? どうかしましたか?」
「なんでもない、今行く」
ケルシーは微かに笑ってそう言うと、慣れ親しんだ制御中枢を離れた。
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PRTSの暴走まで後、■■──
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PRTSの暴走から、◆──
「残念だわ」
いつの間にか、誰かがそばにいて自分を助け、導いてくれることになれてしまった様だ。今になって、ようやく自分がやらねばならない事がはっきりした。何があろうと、自分はこの道を歩み続ける。決して希望を捨てはしない。
だが……?
……君は?
「ケルシー先生──!」
「……ケルシー……?」
長く生きた者の命が、ここに終わった。
彼女は己の約束を果たした。
それは残された者達にとって、あまりに突然の出来事だったのだ。
死を悼む暇もない位に。
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…………
…………
……
……
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──────────────────────────────────────
『君はまた一人でここに来てしまったのか?』
『仕方がないな……もう少しだけ一緒にいようか』
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──────────────────────────────────────
彼女は風の吹き抜ける麦畑に立っていた。
──────────────────────────────────────
彼女は果てしなく続く麦畑の向こうに懐かしい姿を見た。
見間違える筈がない、見間違える筈もない。
あの人はずっと側にいて、沢山の事を教えてくれたのだから。
思わず、止まれず、諦められず、麦畑の向こうに見える姿を追う。
どれだけ遠くても、どれだけ果てなくても。
麦畑を走って、走って、走り続けた。
声を上げたかった。あの人の名前を呼びたかった。
あの人の声を聞きたかった。あの人の元で泣きたかった。
あの人にまた、名前を呼んで欲しかった。
そうして走り続けている内に、自分が随分と小さくなったと感じた。
まるで親に縋る子供の様に、多くの事を失ってしまったと。
そうして遂に走れなくなった。
ゆっくりを歩く事は出来たが、やがて歩く為の足を失った。
果てしなく続く麦畑を漂う事しか出来なくなった。
必死に体を動かした所で、既に微かな音を立てる事しか出来ない。
麦畑の遥か向こう、あの人が振り返った。
こちらを見つけたのか、あの人はひどく驚いた様な表情を浮かべる。
身動きの取れない、こちらに向かって来た道を引き返し歩き出す。
しかし、あの人は直ぐに歩くのを止めた。
何かを考える様に立ち止まり、やがて私に背を向けて歩き出す。
それを見て酷く心細くなり、再び音を発した。
あの人は立ち止まり、振り返る。
困ったような笑みを浮かべながら、私の後ろを指さした。
私はあの人が示した方を見る。
彼女は果てしなく続く麦畑の向こうに懐かしい姿を見た。
見間違える筈がない、見間違える筈もない。
守られるだけでなく、守れる様にまで成長した■■■■の姿が見える。
彼女はもう一度、■■■■の名前を呼びたかった。
あの人とよく似ていて、あの人と全く似ていない人物の姿が見える。
長い時の中で、共に過ごして来た仲間達の姿が見えた。
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『ごらん、ケルシー。君を待っている人達がいる』
『君は戻るべきだ。君と君の夢を必要とする人達の未来の為に』
『君はすでに自らの生命の意味を見つけたのだろう?』
『なら……君はもう大丈夫だ』
『私達に囚われる事なく、自由に、君が進みたい道を行け』
──────────────────────────────────────
やがて彼女は来た道を戻り始める。
最初はゆっくりと漂いながら、次に歩き始め、遂には走り出した。
その姿は果てしなく続く麦畑の向こうへと消えて行く。
彼女は一度も後ろを振り返る様な事はしなかった。
それを見届けると、残された人物は少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
自分の元を離れて行った愛しい命を想い、果てしなく続く麦畑に消えて行った。
導きの星は、空高く輝いている。
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『もう私は君に何もしてやれないが、いつでも君を見守っているよ』
『星は変わらず、君の上に輝いているからね』
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「──■■■■■■?」
「──■■■■?」
ゆっくりと戻って来る意識。
彼女は自分の名が誰かから呼ばれるのは随分と久し振りだと感じた。
■■■■、それはとても大事な名前だ。
あの人から貰った、とても大事な名前。
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「……ケルシー、私が誰だか分かるか?」
喜びと不安を隠しきれない声が私を呼ぶ。
──Mon3tr
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短編の練習に書いた物