古代魔法の詠唱がAVタイトルなんだが、犯人出てこい 作:匿名さん
アステンガンド王国の王都。その中枢に位置する冒険者ギルドの最深部には、選ばれた者のみが入室を許される「静寂の間」がある。
豪奢な装飾を排し、代わりに数百年の歴史を物語る重厚な黒檀の調度品が並ぶその空間は、深い静謐さに包まれていた。
使い込まれた革張りのソファに、一人の老人が深く腰を下ろしている。
オルケイン。アステンガンド王国冒険者ギルドの長であり、かつては「獅子の咆哮」と恐れられた伝説の大剣使いだ。
総白髪となった今なお、その双眸には鋭い覇気が宿り、鋼のような肉体は衣服越しにも隠しきれぬ威圧感を放っている。
その対面で、銀髪のエルフ――リュカが、静かに紅茶の蒸気に目を細めていた。
「珍しいこともあるものだ。隠者たるお前が、酒場での再会を待たずにこの堅苦しい部屋を訪れるとは。……何があった、リュカ」
オルケインの低く響く声に、リュカは周囲の空気を探るように視線を巡らせ、その長い耳を澄ました。エルフ特有の鋭敏な知覚で、室内に施された防諜結界の健全さを確認する。
「……これから話すことは、アステンガンドの、いいえ、人類の存亡に関わることよ。オルケイン、貴方にだけ先に伝えておきたいの」
「ほう……」
オルケインの表情から余裕が消えた。
「実は、遠征先のオルメカン遺跡付近で……『落ち人』を保護したの」
「落ち人だと? それは……また、歴史の特異点を引いたものだな。だが、ならば即刻、移民局へ届けねばならん。法に背けば、いかに貴公と言えど罰を免れんぞ」
「届けは既に済ませてあるわ。問題は、そこではないの」
リュカは一度、深く、重い沈黙を置いた。唾を飲み込む微かな音さえ、この静寂の中では銅鑼の音のように響く。オルケインも釣られるように、拳を固く握りしめた。
「その落ち人――ヒロシは多くの賢者が解明できなかった、虫食い状態の古代魔法……その聖句を、一瞬で解析したわ」
「……何だと……!? そんな馬鹿な……」
オルケインが思わず身を乗り出し、声を震わせる。
かつて世界を救った『聖魔王』のみが操ったとされる失われた英知。それを、ただの落ち人が読み解いたというのか。
「信じられないなら、その目で確かめて。……これが、彼の手によって完全なる定義を取り戻した古代魔法よ」
リュカは厳かに立ち上がり、愛用の杖を天に掲げた。
その姿は、神の啓示を待つ巫女のごとき神聖さを帯びている。彼女の唇から紡がれたのは、理を揺るがす禁断の言霊であった。
「――『トナリノ・ヘヤノ・ワカヅマノ・シタギガ・ベランダニ・トンデキタ』」
パシィィィンッ!!
空間が物理的に悲鳴を上げ、因果の鎖が弾け飛ぶ音が室内に響き渡った。
二人の間に鎮座するローテーブルの直上。虚空から零れ落ちるように、それは現れた。
純白の、布切れ。
緻密な刺繍と、繊細なフリル。それは、あまりにも無垢で、しかし抗いがたい引力を持つ「聖なる衣」であった。
オルケインは震える手で、その白い布を拾い上げた。
真剣な眼差しで、それを顔の近くまで引き寄せる。
「……何という、芳醇な薫香か。これが、失われた時代に捧げられたという聖衣なのか……」
「ええ。神の衣……救世の象徴といっても過言ではないわ」
二人の英雄は、「ワカヅマノ・シタギ」を中間に置き、深く、魂を共鳴させるように頷き合った。
「……厄介なことになったな。古代魔法解明の鍵を握る存在。それが知れ渡れば、隣国の諜報員や教会の狂信者たちが、血眼になってその落ち人を奪い合うだろう」
「ええ。だからこそ、ギルド長の貴方に相談に来たの」
オルケインは「はぁ」と、肺の中の空気をすべて吐き出すような溜息をついた。
「しばらくは、我がギルドの力で隠匿も可能だろう。だがリュカよ、古代魔法の解明は我ら人類の悲願だ」
「わかっているわ。ヒロシはきっと、世界を救う『鍵』となる。だからこそ、今はまだ彼を……あの純粋な少年を守りたいの。協力、してくれるわね?」
「……そのヒロシとやらの器、この俺の目で確かめさせてもらおう。話はそれからだ」
「わかったわ。今晩、私の家へ。彼に会わせてあげる」
「……承知した」
人類の命運を左右する「ヒロシ」という名の少年。
そして、テーブルの上に残された、微かに柔軟剤の香りを漂わせる白い聖衣。
歴史が再び、大きな音を立てて動き出そうとしていた。