放課後。帰りのホームルームが終わり机の上の荷物をまとめていると、最近すっかり耳に馴染んでしまったあの声が聞こえてきた。
「お兄様、一緒に帰りましょう?」
……誰だ、お前。
案の定、教室のあちこちからガキどもの嫉妬の視線が突き刺さる。
「ロゼちゃん、俺たちと一緒に遊んでいかない?」「そうだぞ! そんな奴ほっといて、みんなで隠れんぼしようぜ!」
するとロゼは、いかにも庇護欲をそそるような儚げな表情を浮かべ、俺の腕にしがみついてみせた。
「ごめんなさい……でも、私、お兄様と離れたくないんです」
「チッ」と分かりやすく舌打ちをして去っていくクソガキども。
うん、本当にもう一度言わせてくれ。
いやマジで誰だよお前?
▽
時はすでに5月を過ぎ、6月。
俺とロゼは童実野小学校に入学した。精神年齢的には二度目の小学校生活だが、家で繰り広げられるロゼの「毒舌ヒエラティックテキスト教室」から少しでも逃れられるなら、何んだって良い。
今世こそはバラ色の青い春を謳歌してやるぜ、と入学前から気合を入れて登校した……はずだった。
だが、そんな夢は一瞬にして粉砕された。
そう、今隣でしおらしく歩いている、この女のせいで。
神楽坂ロゼ。
海外で考古学研究をしていた親父が拾ってきた孤児……という設定で我が家に浸透した。
というか「俺の親父、考古学者だったのかよ!」というツッコミはさておき、実態はイリアステルが海外勤務中だった親父に軽い心理誘導をかけ、そういう状況を作り上げたのだ。
手紙でその知らせを聞いた母親の方はと言えば、
「もう、あの人は……こんな大事なことを相談もなしに」
と、軽く流しやがった。
おい、見知らぬ子供を養子に迎えたって言われたら、普通は「隠し子か?」とか浮気を疑うだろ。
まあ、そんな風に家族の一員となったロゼだが、「この女、その汚い口で日常生活送れるのか?」という俺の心配を他所に、完璧な化けの皮で母親を翻弄。今では休日、仲良く料理をする姿まで目撃されている。
そして、期待していた学校生活でも、外から見ればブラコン気味にベタベタと張り付いてくるのだ。
おかげで同年代と遊ぶ時間どころか、そのまま家に連行されて強制的に毒舌を浴びながらの猛勉強三昧だ。
血の繋がらない同い年の美少女ブラコン妹……傍から見れば涙を流して羨ましがる状況だが、現実はこの女のせいで俺の付き合いは最悪の状態。
男女問わず俺の好感度は底辺。学園生活は真っ暗である。
そんなことを思い出して溜息をついていると、隣のロゼが口を開いた。
「人の顔を見て溜息をつくなんて、随分と品性に欠けていらっしゃいますね」
周囲に人がいなくなった瞬間からまた始まる高打点の毒舌。
俺は怒る気力もなくて、力なく「はいはい、ダメなお兄様で悪かったな」と適当に受け流す。
彼女も追求する気はないのか、別の話題を振ってきた。
「そういえばお兄様、今日もあの女を気持ち悪い目付きでジロジロ見ていましたよね?」
「人聞き悪いこと言うな。そんな目で見ちゃいない」
「彼女も気づいて相当困っている様子でしたが?」
「マジで……?」
断言する。俺はそんな不審者的な目で見た覚えはない。
ただ、気になる人物というか……ぶっちゃけて言えば、クラスに「原作キャラ」がいるのだ。
天上院明日香。
遊戯王歴代ヒロインの中でも、ある部分が圧倒的サイズを誇る美少女。
あのアスカが、なんと同級生だ。
俺も最初は転生者特有のラッキーチャンスだと思った。だが、入学から三ヶ月が経とうというのに、接点はゼロ。
そりゃそうだ、隣にこんな「歩く地雷」を抱えて近づけるわけがない。
決して、俺がヘタレで、声をかけるタイミングを伺うためにチラチラ見ていたわけじゃないからな!
「自分のヘタレ具合の責任を妹に転嫁するなんて、その貧相な頭は恥という概念すら忘却してしまったのですね、さすがお兄様」
「普通に内心読んで毒舌吐くのやめてくれる? マジで泣くぞ俺」
まあ、そんなある意味では平和な生活を送りつつ。
放課後はヒエラティックテキストの勉強。時間が余れば精霊たちと戯れてメンタルを回復し、たまに三皇帝の元へ殴り込んでデュエルで八つ当たり。
そんな日々を送るうちに、時間は流れて1年が過ぎた。
▽
『戦うんだ遊戯! 決闘者の王者だったら、たとえゲームは違っても、お前に敗れていった者たちのためにも、全力で最後まで戦う責任てもんがあるんだろ!』
ゲームショップ『ブラック・クラウン』。俺とロゼは、店内に設置された9分割の巨大モニターの前にいた。
画面に映し出されているのは、武藤遊戯と御伽龍児によるダンジョンダイスモンスターズの死闘。
絶体絶命の状況で、遊戯が諦めかけたその時。画面の中の観客席から、彼の親友城之内克也が猛烈な叱咤激励を飛ばした。
その熱い叫びに呼応するように、遊戯の目に闘志が戻る。
『ありがとう、城之内くん。俺はデュエリストとしての本分を見失うところだった。カードとダイスの違いはあるが、ゲームはゲームだ。
すべての意識をこのダイスに集中して、最後まで諦めずに振るぜ。
そして、キング・オブ・デュエリストとしての誇りを守ってみせる!』
ダイスロールを再開する遊戯。
人だかりの前では、彼の祖父である武藤双六の「そうじゃ!いいぞ、遊戯!それでこそ我が孫じゃ!」という叫び声も聞こえてくる。
後方でそれを見つめながら、俺は小さく呟いた。
「これでアニメの世界線に確定か。それにしても、やっぱり城之内さんは格好いいな」
俺の呟きは周囲の歓声にかき消されたはずだったが、隣のロゼは逃さなかったらしい。
周りの人間がゲームの画面に集中し、こちらを一切気にしていないのを確認すると、すかさず毒の矢を放ってくる。
「場合によっては火災が起こるかもしれない危険な現場に、私のような可憐な女の子を連れてくるなんて。
信じられないほど図太い神経をされていますね」
相変わらずの毒舌を浴びつつ、俺は店の出口へと背を向けた。そんな俺の動きを見て、ロゼが首を傾げる。
「お兄様、最後まで見なくてよろしいのですか?」
「まあ、確認したいことは確認できたし。それより、家で待ってるラドリーたちのために、早くアイスを買って帰らないとな」
俺は最後に、もう一度だけ振り返ってモニター の中の遊戯の顔を確認した。
原作は、もう始まっている。
彼らと相まみえる瞬間も、目の前まで迫っているのだった。