1996年夏。
もう間もなく夏休みを迎えようとする、うだるような季節。
俺の知る原作は、すでに裏で着々と動き出している。
牛尾さんは、「こわいよぉ……お母ちゃぁん!」という屈辱的な罰ゲームをやられた後だし、決闘者の王国は歴史通りに武藤遊戯の優勝。
BIG5による海馬コーポレーション乗っ取り計画は無惨に瓦解、そしてつい先日俺は御伽龍児と武藤遊戯のDDM対決を直接この目で確認した。
俺が裏でやったことと言えば決闘者の王国の決勝戦の後、ペガサスが原作漫画版のようにバクラに殺されないかをプラシドに頼んで確認させたこと(場合によっては阻止するため)
あとは、マリクに洗脳されたキースが錯乱して起こした工場火災の際、遊戯たちに被害が出ないよう、遠くからソピアにお願いして火力をちょっぴり弱めてもらったことくらいだ。
これらの事件が片付いたということは、つまり『バトルシティ』はもう目と鼻の先。
そして今日、この歴史に俺という存在が表舞台に立つ、始まりの日になる。
▽
今日は日曜日。原作通りなら、今頃遊戯は腕にシルバーを巻きながら、杏子とのデートの準備に勤しんでいる頃だろう。
「それにしても、狭くなったな」
部屋を見渡して、俺は小さくつぶやいた。
早起きしたラドリーが、青い髪の魔女帽子を被った精霊や、白いツインテールのスライム娘の精霊と、何やら楽しそうにキャッキャと遊んでいる。
空中には青い水晶に覆われた小さな竜がぷかぷかと浮いており、机ではソピアが真剣な顔で何か 作っているところだ。
この1年の間に、異世界転移の衝撃でカードの中で眠っていた精霊たちが、一人また一人と覚醒したのだ。
おかげで俺の部屋の人口密度はかなりきつい。
そんな感想を抱いている時、部屋の空間に白いゲートが開き、そこからロゼが姿を現した。
「よー、おかえり。どこに行ってたんだ?」
「これを受け取ってまいりました」
そう言って、ロゼは俺に一束のデッキを差し出してきた。
「これは?」
「Z-ONEさんがかつて使用していた、『遊星デッキ』のレプリカです。自分にはもう不要なものだから、お兄様に使ってほしい。とのことです」
カードを広げながら首を傾げる。
いや、使ってくれと言われても、以前Z-ONEから貰ったリミットレギュレーションを考えると、使えそうなものって【くず鉄のかかし】くらいだろ。
まあ、何か役に立つカードがあるかもしれない。後で確認しようと机の上に置いた。そして、その横にある本命のデッキケースを手に取る。
中には、Z-ONEのリミットレギュレーションを遵守して構築した、俺がこれから戦い抜くためのデッキが入っている。
このリミットレギュレーションに対して少し説明すると、俺が以前自ら封印しようとしていた時代を先んじた召喚法、シンクロ・エクシーズ・ペンデュラム・リンクに関連するカードだけでなく、この世界に重大な歪みを与えかねないカードたちは徹底的に検閲され、デッキ構築の選択肢から除外された。
さらに同じカードを重複して使用した場合にも、歪みが倍増する危険性があるという。その結果、俺が所持しているすべてのカードに『制限指定』が下されることになった。
つまり、俺は強制的に『ハイランダー構築』でデッキを組まざるを得なくなったのだ。
おいおい、遊戯王でハイランダーなんて正気かよ?
まともなテーマデッキを組もうとしたところで、初動を含むカードがことごとく制限を喰らっているんだ。展開確率が下がるのも問題だが、ひとつのテーマ でデッキを作るにはカード種類が足りない。
当時の俺はあれこれと頭を抱えて悩んで、數日の試行錯誤の末に、一つの結論に達したのだ。
「よし、初動を諦めよう!精霊さえデッキに入っていれば何とでもなるはずだ」
遊戯王プレイヤーとしてあるまじき暴挙。
重たいデッキ?手札事故?そんなもん知るか!俺はデュエリストだ。精霊と共に戦って何が悪い(丸投げ)!
そうして完成した新しいデッキは、俺についてきた精霊たちのカードが闇鍋のようにごちゃ混ぜ、歪な代物になってしまった。
もし、前世の俺がこのデッキを見たら「なんだこのデッキ?欲張りセットかよ。こいつ初心者だな」と言って鼻で笑うだろう。
「これ本当に回るのか?」という疑い は一旦無視して三皇帝やロゼを相手にデュエルを繰り返した結果、なんかめっちゃ回る。
最初は俺も「嘘だろ?」と思って何回も試し、その結果精霊が見えるのは、この遊戯王の世界ではかなりチートということを改めて実感した。
俺は外出の準備を始める。それを見ていたロゼが、珍しく真剣な口調で問いかけてきた。
「本当に、一人で行くつもりですか?」
「ああ。今日これから交渉する相手の性格を考えたら、ゾロゾロと群れて行ったら、それだけで印象を悪くする可能性が高いからな」
俺は部屋にいる精霊たちをすべて連れ、これからの運命を賭けた決戦の地
――海馬コーポレーションへと向かった。
▽
海馬コーポレーション本社
フロントに座っている女性社員に向かって、俺は声をかけた。
「あの……海馬社長に用事があって来ました。取り次いでもらえますか?」
当然、受付嬢の反応は冷ややかだった。
「海馬社長は非常に多忙な身です。アポイントのない方の面会は一律でお断りしております。お引き取りください」
丁寧だが、要するに「ガキは帰れ」ということだ。
三皇帝の調査によると、海馬瀬人は神のカード【オベリスクの巨神兵】を組み込んだデッキで新型デュエルディスクの最終テストを終え、今夜発表されるバトル・シティのために、社長室でのんびり休息中。つまり、今は暇な状態。
とはいえ、受付の彼女の立場も分かる。力技ではなく、スマートに通してもらうため、俺は胸ポケットから『それ』を取り出して提示した。
「な、こ……これはっ!?」
受付嬢の目が、驚愕に見開かれる。
「見ての通り、これは『青眼』に関連する超レアカードです。社長にお会いしたい用事というのも、このカードについての相談でして。
もし、俺がこのまま追い返されたと知ったら、海馬社長はどうされるでしょうかね?」
受付嬢の顔から、みるみる血の気が引いていった。
▽
プルルルルプルルルル
社長室の重厚なデスクの上で、内線電話が鳴り響く。
受話器を取った海馬瀬人は、不機嫌極まりない声を放った。
「何だ」
『し、社長! 大変です……フロントに『青眼』に関連する未知のレアカードを持った少年が現れ、社長との面会を希望しています』
「未知の……ブルーアイズ?」
▽
案内されたのは全体がグレーの配色にグリーンの床、 中央には巨大なテーブル、そして壁一面に巨大なモニターが設置された広い会議室だった。
(あ、これアニメでビッグ5をクビにする時に出た場所だ)
威圧する目的があるのかは知らないが、こんな広い部屋にポツンと残されると、さすがに緊張する。
椅子に座って待つべきか悩んでいると、ドアが勢いよく開き、純白のコートをなびかせながら海馬瀬人が入ってきた。
息つく暇もなく、彼は鋭い眼光で俺を射抜いてくる。
「貴様か?ブルーアイズに関わるレアカードを持っているという小物は」
「どうも、神楽坂太郎と申します」
「ゴタクはいい!まずはカードを見せろ」
いきなり物を要求するふてぶてしい態度、さすが海馬社長……
俺はポケットからカードを取り出し、慎重に手渡した。海馬はそのカードをひったくるように掴み、凝視する。
「【青眼の亜白龍】……!? ブルーアイズの亜種……! これほどのカードが存在していたというのか」
海馬は欲望を宿らせた瞳でカードを見つめ、やがてその口元に傲慢な笑みを浮かべた。
「 いいカードだ。それで、貴様の目的は何だ?」
カードをガッチリと握り締めたままのその手を見るに、どうやら大人しく返す気は毛頭ないらしい。まあ、想定内のことだが。
「これから提示する取引に応じるか否かに関わらず、そのカードは海馬社長、あなたに差し上げます」
「ほお? 殊勝な心がけだが、いいのか? これほどの取引材料を自ら手放すとはな」
「海馬社長は世界を動かす多忙な身。俺のような子供に時間を割いてくださった、その対価です。
それに、効果を見ればお分かりでしょう。そのカードは『青眼』の所有者でなければ、真価を発揮できない。
この世界でそれを扱えるのは、あなた一人です」
俺は一拍置き、海馬の目を真っ直ぐに見つめながら続けた。
「そして、次に提示する『条件』は今差し上げたカード以上に、社長の心を昂らせると確信しています」
その言葉を聞いた瞬間、海馬はそれまで全く気に留めていなかったこちらに、初めて興味を持ったような素振りを見せた。
「ふん、ただのガキかと思ったが、中々のしたたかさ。いいだろう、話を聞いてやる」
海馬はそう言うと、【青眼の亜白龍】をポケットに仕舞い、堂々と腕を組んだ。
(よし、ここからが本番だ)
「では、早速。俺が欲しいのは、今夜発表されるであろう『バトルシティ』その参加権であるパズルカード1枚と新型デュエルディスク、その両方です」
社長の目が、一瞬で凍りつくような鋭さへと変わる。
「どこからその情報を手に入れたかは知らんが……バトルシティは真の決闘者を選別する大会。
貴様のような子供に参加する資格があるとは思えんがな」
「ええ、社長の仰る通りです。ですから、それらをタダで譲ってくれと言っているわけではありません。
デュエルで証明する機会をいただきたい」
「何だと?」
「俺がこの取引で得たいのは、決闘者の頂点の一角である海馬瀬人社長、あなたとデュエルをする権利です。
もしその決闘の結果、バトルシティに参加するに相応しい決闘者だと認められたなら、先ほどの二つを頂きたい」
社長は笑わない目で、こっちを睨みつけている。凄まじい威圧感。
だが、俺もこの世界に来てずいぶん耐性が付いた。もうここまで来たらついでだ。
「そして、そのデュエルの結果、万が一にでも俺が勝った場合は……
使用するデュエルディスクを、科学・機械分野でも天才である海馬社長あなた直々に、この俺の子供の体格にピッタリ合うサイズでオーダーメイドしていただく、というのはいかがでしょう?」
「ほお? この俺に勝てるつもりか」
「まさか。ですが、『勝負に絶対はない』――そうでしょう?」
かつて海馬瀬人が、養父である剛三郎とチェスで対決する前に放った台詞のオマージュ。
俺の挑発とも取れる言葉を聞き、社長の口角が 少し上がったような気がした。
「ふん、その気概、果たしてハッタリかどうか?いいだろう」
猛獣のような凶悪な笑み。これ、普通の小学生なら泣き叫んで逃げ出すレベルの迫力だぞ。
「で、その取引に見合うというもう1枚のカードは何だ?カード次第では貴様のその提案、受けてやるのもやぶさかではない」
(ふぅ……どうにかここまでこぎつけたな)
俺はポケットからもう1枚のカードを取り出し、 社長の眼前に突き付けた。
「何っ!?」
彼は茫然自失とした表情で、そのカードを凝視する。そこに描かれているカードの名前は――
【青き眼の乙女】
「何だ、この……胸のざわめきは」
海馬瀬人は自らの手で狂おしそうに胸元を強く掻きむしり、小さな声を漏らすのだった。
【青き眼の乙女】 光 レベル 1 ATK 0 DEF 0
『魔法使い族/■■■■■/効果
このカード名の①②の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
①:フィールドの表側表示のこのカードが効果の対象になった時に発動できる。
自分の手札・デッキ・墓地から「青眼の白龍」1体を選んで特殊召喚する。
②:このカードが攻撃対象に選択された時に発動できる。
その攻撃を無効にし、このカードの表示形式を変更する。
その後、自分の手札・デッキ・墓地から「青眼の白龍」1体を選んで特殊召喚できる。』