「ぬわあああん疲れたもおおおおおおん!!」
家に帰るなり、俺は奇声を上げながらベッドへとダイブした。
「ついに微かに残っていた知性すら放棄して、類人猿の仲間入りを果たす決意をされたのですか?」
相変わらずの切れ味を誇るロゼの毒舌が飛んでくるが、今の俺にはそれを受け流す心の余裕すらない。
「うるせぇ! 俺は今日、めちゃくちゃ頑張ったんだよ! クソ、あの社長と同じ空間にいるだけで、精神が擦り切れるほど疲れるんだ。
どう考えてもあの男、人間じゃねえ! 人間の皮を被った肉食動物だろ!」
そんな風に愚痴をこぼしながらベッドの上を転がっていると、ポンと机の上に置いていたデッキケースが勝手に開き、中からラドリーがひょっこりと姿を現した。
そして、ベッドで悶絶している俺を見て楽しそうだと思ったのか、隣で一緒になってゴロゴロと転がり始める。
ラドリーの出現を皮切りに、カードから精霊たちが次々と部屋の中へ這い出てきた。
次に出てきたのは、【氷水のエジル】。
小柄な体格に、透き通った真っ白な液体の身体。ツインテールの髪型に、頭には小さな氷の王冠を被ったスライム娘だ。
「……」
一見すると無関心に見えるが、最近一緒に過ごした経験から言うとこいつは案外好奇心が強い。
今もベッドで転がっている俺を、無表情な瞳でじーっと観察している。
エジル以外にも『氷水』テーマの精霊たちはいるのだが、みんな外の世界にはあまり興味がないらしく、普段はデッキの中のフィールド魔法【氷水底イニオン・クレイドル】から出てこようとしない。
設定上、『氷水』の一族は『デスピア』と【相剣軍師-龍淵】によってエジルを除いて全滅させられたはずだが、うちの精霊たちはその原作設定とは独立した別個体なので関係ない話だ。
それに、もし仮にそんな奴らが俺のデッキの中にまで殴り込みをかけようとしてきたら、容赦なく消し炭にしてやる(ソピアが)。
「そこで他人に丸投げしようとするあたり、さすがはお兄様。ヘタレですね」
「おい、そこ。また人の心を勝手に読んで罵倒するの、やめてくれない?」
ロゼの罵倒にすかさず反論していると、突如お腹の上にずっしりとした重みを感じた。
見ると、精霊が俺の腹の上で完全に寝転んでいる。
「……グゥzzZ」
水色の髪に黒い帽子とローブ。
著名なアイドルカードの一枚である【リチュア・エリアル】によく似たこの少女は、【影依の巫女 エリアル】。
彼女はDT2部のヴェルズ事件に巻き込まれて死亡した【リチュア・エリアル】が、転生のために『インフェルノイド』の真空管に囚われている設定だが、他の精霊同様に別個体であるこのエリアルは、その真空管をただのベッドとしか思っていないらしく、自由自在に行ったり来たりしている。
お腹の上に居座るエリアルのせいでゴロゴロするのを諦め、仰向けになってぼんやりと天井を見上げると、空中をふわふわと漂う、全身が水晶に包まれた小さなドラゴンが目に留まった。
Z-ONEとのデュエルでも大活躍した【瀑征竜-タイダル】の精霊だ。
今の姿は省エネモードといった感じで、【水征竜-ストリーム】の形態となって楽しそうに空中を遊泳している。
「もぉ~」
帰宅するなり、机の上で何やら怪しげな工作を始めていたソピアも、自分もいることを忘れるなと言わんばかりに自己主張をしてくる 。
……とまあ、ここにいる面々が、大体俺と同居している精霊たちだ。
お気づきかもしらんが、ソピアを除けば全員が『水属性』である。なぜかは分からないが精霊たちの話を総合すると、俺は転生前から水との相性が良いらしい。
前世の死因も雷による感電死だし、なんか某ゲームの水タイプぽい感じだな。
『ドラゴンメイド』・『シャドール』・『氷水』・『征竜』、それぞれ全く異なるテーマの精霊たち。
シナジーの薄いこの面々をすべてデッキに詰め込むのは無理がある。
そう思ってそれぞれ相性の良いテーマと組み合わせようと思ったが、互いに仲のいい精霊たちが猛反対。
仕方がなく精霊たちの意見を取り入れて完成したのが、今日社長とのデュエルで使用したこの『ハイランダーデッキ』なのだ。
そうやって、俺はベッドに寝転んで、今日の勝負を回想する。
▽
社長がドローしたカードから放たれる、凄まじいまでの重圧。
(ヤバすぎるって……! もしあのカードが予想通り『アレ』でこのまま降臨されたら、今の俺の手札じゃ対処する術がねえぞ)
内心で慌てながら動向を凝視する。
だが、当の社長はこちらのフィールドを一瞥して短く舌打ちをし、手札から別のカードを使った。
「魔法カード【クロス・サクリファイス】を発動! 貴様のモンスターを生け贄にいただく!」
出やがった! 社長が愛用する反則級カードの一角、【クロス・サクリファイス】!
相手モンスターを問答無用で生け贄へとし、手札の上級モンスターをアドバンス召喚できる凶悪な効果を持つ。
しかし、まだ俺のフィールドにはモンスターが2体しか――
「2体のモンスターを生け贄に捧げ……出でよ! 【ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン】!!」
眩い光が視界を覆い、思わず目を瞑った刹那。凄まじい羽ばたきと共に、白き龍がその姿を現した。
【青眼の白龍】レベル 8 ATK 3000
「見るがいい! そして戦くがいい! これこそ貴様を葬る我が下僕だ!」
「……ブルーアイズ」
(確かにこの時代において、攻撃力3000のブルーアイズは脅威そのものだ……だが)
「さらに魔法カード【スタンピング・クラッシュ】を発動! この効果により貴様の魔法・罠カード1枚を破壊し、500ポイントのダメージを与える!」
虚空から巨大な竜の足が出現し、俺のセットカードを踏み砕く。
【ブレイクスルー・スキル】
神楽坂
LP 4000→3500
「くっ……! 」
「いけ! ブルーアイズの攻撃! 『滅びのバーストストリーム』!!」
神楽坂
LP 3500→500
「くあああああッ!?」
ブルーアイズの咆哮と共に放たれた光線。
ソリッドビジョンによるリアルな衝撃波が俺の身体を直撃し、勢いよく後ろへと吹き飛ばされて倒れ込んだ。
(痛てて……くそ、この世界に転生してから最大の被ダメージだぞ。ていうか、ソリッドビジョンの衝撃も全然無視できないレベルで痛いじゃねえか!)
心の中で文句を垂れ流しながら、なんとか立ち上がって体勢を立て直す。
「ほう? ブルーアイズを前にしても、また立ち上がるか」
社長はブルーアイズを召喚できて気分が良いのか、声をかけてきた。
ならば、それに応えるのが礼儀というもの。
そっちが先に心理フェイズを仕掛けてきたってんなら、こっちも遠慮なくいかせてもらうぜ!
俺はダメージによる荒い呼吸を整え、社長を真っ正面から見据えて口を開いた。
「先ほど、海馬社長。あなたはカードを2枚ドローした。そのうちの1枚は、状況から見ておそらく【クロス・サクリファイス】」
突然始まった俺の心理フェイズに、社長は上がっていた口角を下げ、こちらの言葉を聴き始めた。
「そして残る1枚……あのカードを引いた瞬間にフィールドを満たした、あの凄まじいプレッシャー。
断言させてもらう。そのカードはデュエルモンスターズの頂点に君臨する3枚の『神のカード』――その一角、
社長、あんたが所有する破壊の神【オベリスクの巨神兵】」
俺には、普段から一緒に生活している神(ソピア)がいるんだ。神が放つ特有のプレッシャーを見間違えるはずがない。
やはり予想は的中していたらしく社長は一瞬、目を見開いて驚きを露わにした。
だが、俺の心理フェイズはここからが本番だぜ。
「もし前のターン【クロス・サクリファイス】を温存してセットし、俺が追加でモンスターを召喚したのをトリガーにそれを使って
『神』をフィールドに呼び出していたら……このデュエルはあんたの勝利で幕を閉じていたかもしれませんね」
これはあくまで仮定の話だ。
フィールドのモンスターの攻撃力合計が社長のライフを超えた以上、俺がわざわざモンスターを追加召喚する必要はなかった。
ただ、俺があえてこういう言い方をすれば、俺の知る海馬瀬人なら間違いなく――
「くだらん! 何をほざくかと思えば、この俺に説教とは!!
もし貴様の言う通り神が俺の手中にあったとしても、貴様ごときに使う道理などない!」
よし、来た! 狙い通り、こちらの挑発に完璧に乗って答えてくれた。
「確かに、今の俺の手札の状況じゃ、ブルーアイズすら突破する手段はない」
俺の素直な現状確認に、社長は「当たり前だ」と言わんばかりの表情でこちらを睨みつける。
その顔を確認した俺は、ついに、この神楽坂ボディが持つ最大の特技を披露する。
『――だがな、海馬! 全力を出さない者に、真の勝利は訪れないぜ!!』
「なっ!?」
血の滲むような特訓を重ねて完成させた、武藤遊戯の物真似。
そのあまりにも激似な声とセリフをほとんどパクって放った言葉に、社長の脳裏に宿敵の影がよぎったのだろう。
顔に明らかな動揺が走った。
この最高の心理フェイズにより、今、俺のテンションはマックスまで跳ね上がっている。
「俺のターン、ドロー!!」
この最高潮のテンションが、俺の運命力を限界まで引き出し、望むカードを引き寄せてくれると信じて――
社長のターンエンド宣言すら待たず、勢いよくデッキのトップからカードを引き抜いた。
【氷水底イニオン・クレイドル】
(よしッ……きた!!)
引いたカードを確認した瞬間、俺は歓喜で顔の筋肉が緩みそうになるのを必死に堪えた。
そして、鋭い眼光のまま不敵に口元を歪めて声真似を続ける。
「海馬。俺はこのターン、貴様のブルーアイズを撃破する!」
「何だと……!?」
未だに動揺を隠せない社長を置き去りにしたまま、デュエルディスクのボタンを押しフィールド魔法ゾーンを展開した。
「フィールド魔法発動!【氷水底イニオン・クレイドル】!!」
【氷水底イニオン・クレイドル】
観客の一人もいない殺風景だったデュエルスペースが、一瞬にして神秘的な大自然の秘境。氷水の湖へと変貌していく。
「舞台は整った!俺は手札から【氷水のエジル】を守備表示で召喚」
【氷水のエジル】レベル 3 DEF 2000
湖の中心に、純白の身体を持ったスライム娘が舞い降りる。
「この瞬間、フィールド魔法【氷水底イニオン・クレイドル】と、召喚に成功した【氷水のエジル】の効果をチェーンして発動!」
エジルの小さな手の中に水滴が生成され、それがみるみるうちに巨大化していく。
「逆順処理により、まずはエジルの効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、デッキから『氷水』魔法・罠カード1枚を手札に加える。
俺はデッキから【氷水揺籃】を手札に加えるぜ!
続いて、イニオン・クレイドルの効果処理! モンスターが召喚・特殊召喚された場合、自分フィールドの水属性モンスター1体を対象として発動できる。
対象のモンスター、および相手フィールドの全ての表側表示モンスターの攻撃力はターン終了時まで、対象のモンスターの元々の攻撃力分ダウンする」
エジルの手の中から溢れ出た液体がゴムのように強靭に伸び、空中を優雅に飛翔していたブルーアイズへと絡み付いた、
「ブルーアイズ!?」
「エジルの元々の攻撃力は1000。したがって、ブルーアイズの攻撃力は――」
【青眼の白龍】レベル 8 ATK 3000→2000
「くっ、姑息な真似を!貴様のモンスターは所詮守備表示! たとえブルーアイズを弱体化させたところで、指一本触れることすらできん!」
「そいつはどうかな?俺はエジルの効果で手札に加えた【氷水揺籃】を発動! デッキから【氷水艇キングフィッシャー】を手札に加える。
そして、そのままキングフィッシャーの効果発動! 自分フィールドの水属性モンスター1体を対象とし、手札のこのカードを装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する!」
湖の底から、巨大な白と緑の液体で構成された、魚の骨格のようなスライムが浮上した。そして、その背の上にエジルがちょこんと飛び乗る。
【氷水のエジル】レベル 3 DEF 2000
「装備合体だと!?」
「このカードを装備した『氷水』モンスターは、守備表示のままで攻撃できる! その場合、装備モンスターは守備力を攻撃力として扱い、ダメージ計算を行う!
いけ、エジル!」
待ってましたと言わんばかりに、エジルが両手を指揮者のように振るう。
すると、周囲の湖面に浮かんでいた無数の巨大な氷塊が宙へと浮き上がり、一斉にブルーアイズをロックオンした。
「 ブルーアイズに攻撃! 『パイロク・エジリン・スプラッシュ』!!」
「迎え撃て、ブルーアイズ!! 『滅びのバーストストリーム』!!」
氷塊の嵐と、極光のブレスが湖の中心で激突する。
次の瞬間、凄まじい爆発音と共に、視界一面が真っ白な水蒸気によって覆い尽くされた。
「おのれ……たかが小娘ごときが、ブルーアイズと相打ちだとォ!!」
社長の怒り狂った咆哮が響き渡る。だが、蒸気が晴れた後、その怒りは完全な驚愕へと変わることになった。
フィールドに残っていたのは ――不気味に佇む【氷水艇キングフィッシャー】。
「なに!? なぜそのモンスターが!」
「クロス・サクリファイスの効果によって、ブルーアイズの生け贄として墓地へ送られていた【氷水のアクティ】の効果さ。
自分フィールドの表側表示の水属性モンスターが戦闘・効果で破壊された場合、このカードを除外して手札・墓地から同名以外の『氷水』モンスター1体を特殊召喚する!
当然、俺のバトルフェイズはまだ終了しちゃいないぜ」
俺は容赦なく、最後の一手を突きつける。
「【氷水艇キングフィッシャー】で、プレイヤーにダイレクトアタック!」
キングフィッシャーの尾鰭の一振りで、湖の冷水が巨大な津波となってフィールドを疾走した。
そして、その大激流は、対面に立っていた社長を文字通り真っ向から水没させる。
海馬瀬人
LP 1300→0
(ふぅ… )
デュエルの終了に伴い、フィールドは湖から元の海馬コーポレーションの殺風景なデュエルスペースへと戻っていく。
勝利したという歓喜はもちろんある。凄まじくある。
だが、いま俺の 脳裏を占めていた最も大きな感情は、海馬瀬人という男の底知れなさに対する呆れと戦慄だった。
このバトルシティのルールは、以前の主流であった王国ルールとは完全に乖離する新ルールだ。
【オベリスクの巨神兵】の性能をテストするためのAI戦を除けば、このデュエルが社長にとって、初めての対人戦だったはずだ。
対するこちらは、すでに新ルールを完全に熟知し、三皇帝やロゼの協力を得て何度も模擬デュエルを重ねてきた。
つまり経験にせよカードパワーにせよ、あらゆる面でこちらが圧倒的に有利な状況だったのだ。
それなのに蓋を開けてみれば、俺のライフは残り500まで追い詰められている。
社長の油断、そして俺が原作を知っているが故に社長のデッキ構成や戦術を網羅していたというアドバンテージ。
何よりラストターン、心理フェイズによる運命力の底上げをせずに 【氷水底イニオン・クレイドル】を引くことができず、あのターン中に決着をつけられていなかったら……
次のターン、確実に瞬殺されていたという妙な確信がある。
何より、社長はまだ『神のカード』を使っていなかったのだ。
(これが後世まで語り継がれる、伝説のデュエリストの底力ってやつか……)
真剣に自省に耽っていると、首筋を鋭く刺すような殺気を感じ、俺はすべての動作を硬直させた。
発生源を見れば、まだその場に立ち尽くしている社長の姿が。
身動きが取れず、しばらく冷や汗を流しながら待っていると静まり返ったデュエルスペースに信じられない声が響き渡った。
「フッ……フフフ……クハハハハハ……アーーーハハハハハハハハハハハ!!!!」
突然始まった高笑いにドン引きして後ずさりすれば 、社長はピタッと笑いを止め、獰猛な肉食獣の眼光でこちらを睨みつけてきた。
「認めよう。貴様はバトルシティにて、この俺が『神』をもって直々に葬り去る」
そう宣言した後、コートのポケットから1枚の透明なカードを取り出し、こちらにめがけて勢いよく投げつけてきた。
ロゼとの地獄の訓練によって鍛え上げられた俺の反射神経が、なんとかそれを空中でキャッチする。
手元を見ると、それはバトルシティの参加条件であるパズルカード。
こうして、俺のバトルシティ参加をかけた社長との初戦は無事に幕を閉じるのだった。
▽
「よく考えたら俺、デュエルディスクを受け取るためにもう一回、あの社長に会いに行かなきゃいけないんじゃ……」
ふと気づいてしまい、一気に気が重くなった 。近いうちにまたあの激重プレッシャーを放つ男と、対面しなければならない。
「はぁ、普通の既製品で妥協しておけばよかったか」
ベッドの上でそんな風にぶつぶつと愚痴をこぼしながら、今日のデュエルを思い返していた、その時。
ザザッ、ザザザザッ
突然、部屋の隅に置いてあったテレビの画面が激しいノイズと共に乱れた。
何事かと思って体を起こすと、ノイズが収まった画面に大写しになったのは――ついさっきまで俺が頭に思い浮かべていた、あの海馬瀬人の端正な顔面だった。
画面の中の社長は、原作通りこの街で『バトルシティ』を開催することを高らかに宣言し始めた。原作と大きく異なるのは、この時点でアンティルールの有無だけでなく、パズルカードの仕様についても説明している点だ。
おそらく今日、俺がパズルカードの存在を直接口にしたことで、漏洩させた内通者がいるのではないかと疑い、情報の不均衡による混乱を防ぐために打った対策だろう。
それを説明している社長は驚くべきことに、身体の半分以上をヘリの外へと乗り出していた。
片手と片足だけで強風に煽られるヘリのフレームを掴み、コートを派手に棚引かせながら、何事もないかのように仁王立ちしている。
(いや、落ちるだろ普通……どんな身体能力してんだよ)
『闘いの舞台はこの童実野町全域! 1週間後、この街はバトルシティと化す!!』