天上院明日香 side
「ねえ、昨日見た?」
「バトルシティだっけ? よく分からないけど、なんか凄そう!」
終業式を目前に控えにぎやかに騒ぎ立てるクラスメイトたちの声を、私はただのBGM代わりに聞き流していた。
私自身いや、私たち兄妹はデュエルモンスターズにそれなりに興味がある。兄さんなんて、ショップ主催のジュニア大会で優勝したことがあるくらいだ。
けれど、この街ではまだデュエルモンスターズがそこまで普及しているわけではないのが、少し寂しかった。
今噂している子たちも、カードゲームそのものより、街全体 を舞台にした巨大なイベントが開催されるというお祭り騒ぎに興奮しているだけのように見える。
(……はぁ)
ほんの少しだけ疎外感を覚えながら、私は窓際の席に座っている一人の男子生徒に目を向けた。
神楽坂太郎。1年生の時からずっと同じクラスだが、それ以外にこれといった接点はない少年。
けれど、彼にはどうしても見過ごせない部分があった。 今まさに彼が机の上に広げ、熱心に整理しているカード――
そう、デュエルモンスターズだ。
彼は友達作りに興味がないのか、休み時間はいつも自分の席で黙々とデッキの調整ばかりしている。
……まあ、彼の人間関係に難があるのは彼だけのせいではないのだろうけれど。
私は彼のすぐ前の席に座っている、彼の妹に視線を移した。
やがて終業式が終わり、生徒たちが一斉に帰宅の途につく。
神楽坂くんもカバンを肩にかけ、妹のロゼさんに急かされるようにして、慌ただしく教室を後にしていった。
「あれ……?」
その時、彼が去り際に何か透明なものを床に落としていったのが見えた。
ロゼさんに引っ張られてあっという間に教室から出ていってしまった彼を見送り、私はその場所へ歩み寄って落ちていたものを拾い上げる。
それは全体的に透明でありながら、中央に奇妙なパズルのピースのような紋様が描かれた特殊なカードだった。
それを見つめているうちに、私の脳裏に昨夜テレビで見た光景がフラッシュバックする。
(嘘……まさか、パズルカード!?)
思わず息を呑んだ。
これが本物なら、自分と同年代の少年が、プロも参加するような最高峰の大会の出場権を持っているということになる。
「そんなはずは……」と頭を振ったが、とにかく今はこれを早く本人に返さなければならない。
今日は終業式。明日から夏休みに入ってしまうし、私は彼の家を知らないのだ。
私は急いで彼の後を追った。
下駄箱まで走ると、幸いなことに校門の前に並んで歩く二人の背中が見えた。
(今なら間に合う!)
慌てて靴を履き替え校門へと向かったその瞬間――
ぐんっ! と、妹のロゼさんが彼の腕を引っ張り、恐るべきスピードで走り始めた。
「えっ、ちょっと……!?」
面食らった私も、つられて走り出す。
こうして、奇妙な追跡劇が幕を開けた。
全力疾走というわけではないのだが、こちらがどうしても追いつけない絶妙な速度を保ちながら走っていく。
(……何かおかしい)
そう思い、走りながら二人の様子を観察していると、信じられない光景が目に入った。
前を走るロゼさんが、ちらりとこちらを振り返ったのだ。
そして、あの可憐な美少女の顔からは想像もつかないような、完全にこちらを見下すような邪悪な笑みを浮かべたのである。
(えっ……?)
私が驚いてパチパチと瞬きをし、もう一度見直した時には、二人はすでに何食わぬ顔で前を向いて走っていた。
(気のせい……だったかしら?)
追跡の果てに到着したのは、童実野町の中心地にそびえ立つ、海馬コーポレーションの本社ビルだった。
二人はそのままビルの中へと入っていく。
私はビルの前で肩で息をしながら、どうすべきかしばらく躊躇っていた。
部外者の私が中に入るわけにはいかない。困り果てて立ち尽くしていると、ほどなくして建物から二人が戻ってきた。
「良かった……!」
安堵し、ついにパズルカードを返そうとしたその刹那――
神楽坂くんは左腕に装着した「何か」を天高く突き上げ、ポーズを決めながら大声で叫んだ。
「よっしゃあああ!! デュエルディスク、ゲットだぜ!!」
(……何やってるの、あの子)
私がそのあまりの痛々しさに呆然としていると、ちょうど神楽坂くんと目が合ってしまった。
彼は一瞬にして全身を硬直させ、まるで彫像のようにその場に固まる。
すると隣にいた妹のロゼさんが、天使のような愛らしい笑みを浮かべて話しかけてきた。
「同じクラスの、天上院明日香さんですよね? どうかされたのですか?」
(やっぱり、さっきの邪悪な表情は見間違いだったみたいね)
と自分を納得させ、私はポケットからパズルカードを取り出した。
「これ、神楽坂くんが教室に落としていったから」
それを見た瞬間、凍りついていた神楽坂くんが我に返り、慌てて自分のポケットを漁り始めた。
「 お、俺のパズルカードがない!?」
「もう!お兄様ったら、 本当におっちょこちょいなんですから」
くすくすと上品に笑いながら、ロゼさんは私からカードを受け取り、彼の手へと手渡した。
神楽坂くんはきまり悪そうに頭を掻きながら、頬を赤く染める。
「あ、あ、サンキューな、天上院さん……っ」
どこかどもりながらも、彼は精一杯のような感謝を口にした。
私はそんな彼の左腕に装着された見るからに最新鋭の機械、『デュエルディスク』を見つめ微笑んだ。
「バトルシティ、応援してるから」
それを聞いた神楽坂くんは、さっきまでの気まずそうな態度を一変させ、急に自信満々な笑みを浮かべて胸を張った。
「おう! クラスメイトが優勝するところ、見せてやるよ!」
堂々としたその宣言に少しだけ呆れながら、私は彼らに軽く手を振って家路についた。
「優勝、か……まさかね」
その時の私には想像すらできていなかった。
後に、決闘者の伝説として語り継がれることになるバトルシティ。
その頂点を競い合う怪物たちの中、あの窓際でカードをいじっていた少年が生き残り、歴史に残る名勝負を繰り広げる姿を自分がテレビの生中継で見ることになるとは――