俺がどんな人間であるかを語るにあたり、最も言っておくべきことあるならば、それは前世の記憶があるってことだ。
時は2026年。
令和の日本で暮らしていた、一人の男の記憶。
日々自堕落に生きていて、ある日ポーンと車に跳ねられて、サクッと死んだ男の人生。
それが、物心ついた頃には頭の中にあったし、
「あー、これ俺の記憶だなー」
って感じで、最初から受け入れていた。
あるいは、死んだ次の瞬間から別の人間としての人生が始まっていた……と、表現した方が的確かもしれない。
転生ってやつだな。見慣れた単語だろ?
そんな感じで、俺は『アルマ・ステラ』というSF死にゲー世界で二度目の生を受けていた。
こう……ロボットで戦うゲームなのだが、敵が超理不尽で、とにかく死んで覚えろみたいな……そういうゲーム世界だ。
……馬鹿ッ! 何でこんな世界に転生させる!? ギャルゲー世界とかが良かったー!!
しかもこういうのって、普通は真っ白な謎の空間で、神様からこう……あーだこーだ言われて、良い感じの世界に転生させてくれるもんなんじゃないの!?
マジで何にもなかったんですけど!
本当に、「死んだ! 生誕!」だったんだけど。
体感2秒もねーよ。一瞬だよ、一瞬。
何で有無も言わさぬ死にゲー転生するんだよ。
こんなことってある? と、暫く拗ねていた時期があったのも、今となっては懐かしい。
今は特に、そんなことはない。というか、普通に諦めた。
俺が文句を言って世界が変わるなら、今頃この世界は男女比1:100くらいの貞操逆転世界になってるし。
そうなってないんだから、現実を受け入れるしかないだろう。
俺は結構、諦めは良い人間だった。
とはいえ、ここが死にゲーだからと言って、コロッと死ぬことまで受け入れた訳ではない。当たり前すぎる。
一度死んだ身だからって、もう死が怖くないなんてこともない。当然だろ、俺は極度のドMじゃない。
しかし、アルマ・ステラは行間で、気軽に居住区コロニーを爆発させるような人心喪失ゲームだ。一般市民が平穏無事にやっていける訳がない。
かといって、パイロットになるのか? とか問われたら、思わず草を生やしてしまうだろう。
そんな風に、改めて考えて、改めてクソみてぇな世界観だな……と絶望したのをきっかけに、俺は生きる道を決めた。
「まあ、結局軍人が安牌か……。通信士官とか、その辺なら比較的長生きできんだろ」
別に、今更子々孫々に囲まれて、幸せに寿命死したいとか、そういうフワッとキラキラな未来は望んじゃいない。
可愛い幼馴染とのじれったいラブコメも即諦めた。剣と魔法のファンタジーもだ。
ただ、前世の自分よりは長生きしてやりたい──具体的に言えば、20歳までは生き延びたい!
だからまあ、原作でも主人公が所属していた、星間連盟とかいうウルトラデカ組織が運営する、軍人養成学園に入学することにした。
目指せ、ご長寿通信士官!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
星間連盟所有、第十コロニー:ラスト・アイリスは、火の海に沈んでいた。
『コロニーはもう保ちません! 全員、脱出艇へ急いでください!』
「どけ、俺が先だ!」
「いやあああ! 死にたくない、死にたくない!」
飛び交う幾条もの光線。弾ける火花。
人々を守るはずの、人型巨大兵器が成す術なく破壊されていく。
人類の敵、
『繰り返します。本コロニーは防衛手段の全てを喪失。住民の皆様は誘導に従い、速やかに避難してください』
「誰か助けてぇええ!」
「ママー! ママ、どこー!」
鳴り止まない警報。響く怒号。
兵士すら逃げ惑う、血と硝煙の燻る地獄が、コロニーを侵していた。
『繰り返s──』
「ダメだダメだダメだもう終わりだ、終わりなんだ!!」
「こ、この子だけでも、どうか!」
その、一画。
廃墟となった自身の家の前に、少年はいた。
一般的な、どこにでもいるような少年だ。
しかし彼は、やや大人びた、ともすれば厭世的な眼差しを以て、
乗り捨てられた、人型巨大兵器──可変有人戦術装甲:アイギスを。
──彼は、直感で理解する。
「乗るしかないやつだよなー、これ……」
諦観に染まった声音だった。
絶望と困惑しかない表情のまま、しかし、いそいそとそれに乗り込む。
「えーっと? ゲームと操作は……違いますよね。そりゃそうだ。コントローラーな訳ないですもんね。はいはい、終わった終わった。助けて下さい~……」
口を開けば文句と泣き言のオンパレード。
絶え間なく耳朶を叩き続ける、悲鳴と怒号。衝撃や爆発音に一々ビクつきながら、しかし彼はそれの起動に成功させる。
一部を損傷しているものの、それだけに留まっていたアイギスは、再度その目に光を灯した。
「うわっ、え? 本当に動くんだ。マジかよスゲーな、おい。でもごめん、これどうやって歩くんですか? マニュアルとかくれよ、頼むからさぁ……!」
あまりにも頼りない、震えた言葉。
しかし、それに反してアイギスは、驚くほどスムーズに機動した。
膝をつけていた状態から、真っ直ぐに立ち上がり、正面を睨む。
背中に装備されているビームサーベルを、よどみのない手付きで握り込んだ。
ヴォンという音と共に、光の剣が姿を現す。
「あー、これ、思った通りに動くのか? あんまりガチャガチャして動かす感じじゃないんだ。そりゃ良いな。ちょっとゲームっぽいじゃん」
調子に乗った声音が跳ねる。
応じるように、アイギスが唸りを上げた。
背部に装備されたスラスターが、青白い閃光を明滅させて──轟音と共に、加速する。
「うわー!!! すんげぇGが! Gが全身に! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! これだけで死ぬ! 圧し潰される! 十歳の肉体にこれは無理じゃない!?」
非常に情けない絶叫と共に、アイギスは飛翔した。
パイロットだけを置き去りにするかの如く、美しく、流麗に。
緻密なコントロールと、冷静かつ的確な判断のもとでしか有り得ない、超加速と超機動を以て。
アイギスは──
「……な、なんか、慣れてきた? まあアイギスの機能か、超科学の兵器だもんな。よーし、やるぞ……っとぉ!? あぶねぇ~! 良く避けて斬ったな俺! 天才なんじゃない!?」
──そして、この日。
十あるコロニーの内、一つが半壊した日。
コロニーを救った英雄として、一人の少年は伝説となった。
名を──
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──通信士官になりたい。
最終的に早死にするのはもう受け入れるから、その中でも何とか長生きしたい。
せめて……せめて20歳になりたい! お酒とか飲みたい!
そう考えたのは事実だ。
というか、今でも本気でそう思ってる。
でも、さ……。
乗っちゃうじゃん。
ロボットには乗っちゃうじゃん!
目の前にまだ動く、乗り捨てられたロボットがあったら、そりゃ乗っちゃうじゃんって!!
男の子嘗めんなよ!
そんな……寝る前に良くする妄想が現実で起こったら、そりゃ抗えないよ!
授業中にテロリストが来た時の妄想くらいメジャーなんだから!
そしたら何か……全部が上手くいっちゃったんだよ……。
取り敢えず流れに身を任せてみたら、あれよあれよという間に英雄扱いよ。
「俺の人生設計が破壊されすぎている……」
あれから星間連盟──この世界で、最も大きな組織の軍に引き取られた俺は、ポンポン戦場に飛ばされた。
で、その度に帰ってきてたら多少の権力を得たので、思いっきり乱用し、学校に通わせてもらうことにした。
星間連盟第一防衛学園、パイロット科一年:
あるいは、星間連盟所属独立遊撃特務士官:廿楽木閑。
それが今の俺の肩書きである。長すぎるし漢字多すぎね。
どうしてこうなってしまったんですか? とは、今更問うだけ虚しいので思うだけに留めるけれど、「世の中ままならないことばかりだな」と思うことくらいは許してほしい。
シレッと通信科に入る予定だったのに、知らない内に、上司にパイロット科に変えられてたからね。
静々と割り当てられた個室で泣いてると、鈴を転がしたような、耳触りの良いソプラノが耳朶を揺らした。
「のーどかー。そろそろ時間だけど、準備はどーう?」
「あー、今するとこー」
「今から~!? まだしてなかったの~!?」
何で君はいっつもそうなのかな~!? と叫んだのは、銀髪セミロングの少女だった。
青い瞳をきっと細くして、「男子三日会わざれば何とやら、なんじゃないの~!?」とか言っている彼女は、幼馴染の俺からしても、非常に可愛らしい。
しかし、それも当然だ。
彼女──
……いや、うん。そうなのよ。
俺の幼馴染なんだよね、ひより。
となれば、俺が爆速でラブコメを諦めた理由もお察しだろう。
そうだね、主人公に取られちゃうからだね……。
俺にNTRやBSSの趣味はない。てかある訳ないだろ。
どれだけ仲良くしても、どれだけ親密になったとしても、彼女には運命の人がいる。
そう考えたら、お近づきになることすら虚しいというものである。
まあ、それ以前に付き合えるわけがないのだが。
なにせゲームのヒロインである。
それはつまり、彼女が稀代の美少女であることを意味していた。
俺だって別に、普段から卑下するほど顔が整っていない訳ではない。
AIに評価させれば、中の上くらいだとは言ってくれるだろう。
ただ、ひよりは上の上って言うか、極上って言うか……。
何かもう、顔合わせて喋ってるだけで、緊張で声が震えるような。喉が渇くような。
そういうレベルの、美少女なのである。
隣に並ぶと良く分かる。俺たちマジで釣り合わない。
何だかんだ一目惚れしちゃって、何度も思い直してから、何とか諦めたレベルで俺には不釣り合いだった。
しかし、星間連盟に引き取られた際に離れ離れになったので、再会した最近はどうしても意識してしまう。
でも、しゃーねーだろ、男の子なんだから。
これがゲームの世界であって、主人公がいるって分かってなけりゃ、今頃告白してフラれてたところだよ。いやフラれちゃうのかよ。
「どーせ、見ても得しないショート動画とか見てるんでしょ。時間の無駄、脳みその無駄遣い、リソースのドブ捨てやめな~?」
「いや言い過ぎ言い過ぎ。ショート動画に村でも焼かれてるのかよ」
「星骸には焼かれたけどね~」
「……ごめんって!」
でも焼かれたのは俺もだし!
あんまりそういうイジメ方するのは良くないと思いまーす!
「良いよーだ、もう気にしてないし。それより、本当に何やってたの?」
「転科届書いてた、通信科への」
「また~? 今更無理に決まってるじゃん、天下の《全能》様なんだから」
「その呼び方やめれ……」
何かぞわぞわするんだよ。皮膚の裏っかわが痒くなるというか。
無性に恥ずかしくなって、ジタバタしたくなる。
本当にやめてほしい、ゲームじゃないんだからさ。
ただのラッキーボーイを煽てないでほしい。
「全く、実はこっそりお仕事してましたーとかだったら、大目に見てあげようと思ったのになー」
「おいおい、ひより。俺がそんな殊勝な人間に見えるのか?」
「そーだねー! ひよりが節穴でしたー! ほらほら、行くよー!?」
ひよりが「えいやっ」と俺の腕を掴み、そのままズルズル~っとベッドから引きずり出した。
彼女の柔らかな熱と、ほのかに香る甘い匂いに、一瞬クラっと来る。
危ない危ない。
うっかり惚れたら大変なことになってしまう、俺が。
「今日は実技演習でしょ、シャキッとしてよ、も~」
「はいはい、悪うござんした……と、ん?」
実技演習。
その単語に何かが引っかかって、口の中で何度かその単語を転がしてみる。
あれでもない、これでもない──あっ。
「ああ、原作開始日なのか」
「げんさくかいし? 寝言は寝て言ってねー」
ひよりに手を引かれ、廊下を歩きながらぽつりと呟く。
この学園には
で、ちょうど俺たち一年生の、初めての実技演習が、いわゆるチュートリアルだ。
パイロット科一年生の、宇宙空間におけるアイギスの機動訓練。
その最中に襲い掛かってきた、強大な星骸との戦闘。
これをヒロインと協力し撃退する……というのが、シナリオ的な大筋だ。
まあ、ゲーム的には「このゲームはこういうゲームです、頑張って慣れてくださいね(笑)」みたいなクソボス戦であるのだが。
下手なギミックはないが、超火力・超速度という、シンプル故に強いを体現した人型星骸との戦闘であり、購入したプレイヤーの60%を挫折させた運営の闇である。
……あれ? じゃあ、もしかして、失敗する確率の方が高いのか?
奮戦虚しく主人公もヒロインも死にました──は、ありえるのか?
「……? どしたの、のどか。もしかして体調悪い?」
と、そこで。
目まぐるしく表情を変える俺を、ひよりが心配そうに見つめてきた。
──ふと、思う。これまで考えもしなかったことを、改めて。
アルマ・ステラは死にゲーだ。チュートリアルを突破するだけで、俺は10時間近くかかった。
だから多分、100回以上は負けて、繰り返してる。
負けて覚えるゲームなんだから、それは当然だ。
でも、今は? ここはどこだ?
そう、現実だ。
現実で死に戻りはできない。やり直しはきかない。
人は死ぬ。死んだら何も残らない。
ここ数年で、嫌になるほど学んだ現実だ。
人の命は一つだ。
じわりと嫌な手汗が滲み出た。
アルマ・ステラは、最後はハッピーエンドで終わるゲームだ。
それも例えば、勇者でなければ魔王は倒せないといったような。
SFらしからぬ──ファンタジーな要素を含んだゲームであり、それによって、ハッピーエンドに至る。
そういった
それは裏を返せば、主人公がいなければ、結構マジにダメな終末を迎えることを意味している。
では。
だとしたら。
途中で主人公が死んだらどうなるのか。
途中でヒロインが死んだらどうなるのか。
……。
…………。
………………あぁ~っ、クソッ!!
「大丈夫、ちょっと具合悪そうにすれば、ひよりが躊躇ってくれるかと思っただけだから」
「はぁ~? サイテー、のどか。ひよりポイントマイナス100てーん」
1000点まで溜まったらお仕置きだからね! と可愛らしく頬を膨らませるひよりを見て、もう後には引けないことを悟る。
分かった分かった! 良いよもう、やればいいんだろ、やれば!
良い感じに主人公くんには成長してもらいつつ、死なないようにフォローすりゃいいんだろ!?
「あー……逃げたい……」
「ダメだよー。あーちゃんだって、のどかと一緒に訓練できるの楽しみって言ってたんだから」
「はいはい……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『レーダーにイレギュラーな反応を確認! 総員、警戒たいs──』
イレギュラー、と呼ばれる星骸がいる。
それは、これまで確認されたことのない未知の星骸の通称であり──より多くの被害を出した、星骸の通称でもある。
その日、巡回中の小隊を数秒で撃破した、超高速飛行するイレギュラーが──しかし、その途中でコアを撃ち抜かれて動きを止めた。
数秒の制止。全体通信を飛ばしていた教官機の眼前で、それは爆散した。
『──い、と、あれ? は、反応消失……
教官が、恐る恐るといったように俺を見る。
ライフルを抜いていた俺は、フッと笑った。
……やっべー、やりすぎた。
いやもうやりすぎたとかいう段階の話ではない。
普通に一撃必殺しちゃったんだけど。
……。
…………仕方なくない!?
そりゃ来るところが分かってるんだから、弾一発当てるのなんてイージーゲームだよ!
演習場で的に当てるのと大差ないんだから、軽い気持ちで撃つさ!
そしたらこう、上手いことクリティカルヒットしちゃっただけだろ……。
俺、悪くない。ホントホント。
「……ご無事で何よりです、教官」
「ほ、本当に
「それについては帰還してからにしましょう。本部へ報告したいことも二、三あるので」
もちろん嘘だ。
つーか0.5秒で殺した星骸について、報告出来ることなんてある訳ないだろ。
……これも問題なんだよなあ!
情報とは、何にも勝る兵器だ。
こういう敵がいた。
こういう武器を使っていた。
こういう戦い方をしてきた。
それらの情報を以て、人は色んな武装を作るし、戦略を練る。
俺が瞬殺してしまったら、これが無くなってしまう。
主人公もスキルアップしないし、トータルで見ると多分、くそマイナスだ。
……やっぱり、余計なことしなきゃ良かったかなあ。
いやでも手を出さなかったら、犠牲者超出てただろうし、それはちょっと気が引けるし……くそぅ、もう知らん!
アイギスの操作を自動に切り替えて、背もたれを倒す。
そのままコックピットの天井を眺めて、一息ついた。
「ま、なるようになんだろ……」
というか、なれば良いな。
ごちゃついてきた思考をそっとその場において、俺は現実逃避した。