「……驚きましたね。確かにこの瞳は、私の瞳と同一のものです」
決闘から数日が経過した、とある日のこと。
またもや俺の部屋で、ひよりの瞳を覗き込んだアルテマリアが、難しい顔と共にそう言った。
「正直なことを言いますと、廿楽木特務士官様の妄言としか思っていなかったのですが……これは、諸々と信じる必要がありそうですね」
「枕詞がでかいし余計すぎるだろ……」
「廿楽木特務士官様の妄言としか思っていなかったのですが!」
「誰も枕詞を本体にしろとは言ってないからね?」
何そのエキセントリックな日本語の使い方?
不要な枕詞は消せって言ってんだよね。
一番大切なところを消せとは言ってねーのよ。
ここらで上手な日本語とはどういうものか、しっかり教えてやろうと思っていたら、ひよりが如何にもビックリ! という顔で俺を見ていた。
「のどかって、ひよりたち以外の女の子と、普通に喋れたんだ……」
「あ、親目線の感動やめてくださいねー。うっかり傷ついちゃうから、しかも結構しっかり目に、向こう数週間は引きずる感じの!」
「たは~、親目線じゃなくて、彼女目線に決まってるでしょ、のーどかっ」
「じゃあ益々ダメなんじゃない??」
こいつは俺をどんだけコミュ障だと思ってるんだ……。
ビジネス上の繋がりなら、結構まともに喋れるから。
ちょっと仕事じゃなくなった時に、何話せば良いのか分からなくなっちゃうだけだから。
「おや……廿楽木特務士官様は私のことを、ただの同僚としてしか、見てくださっていなかったのですか?」
「え? 何その、非常に誤解を招きそうな言い回しは……」
「あんなにも激しく付き合ってくださったのに……」
「おい! 更に誤解を招こうとするな! 悪意があるにしたって無理矢理すぎるだろ!」
決闘の話ってちゃんと言え!
そう叫ぶと、フィオラはウィンクしつつ、テヘペロと笑った。
クソッ、可愛いな……。
どうして俺は、相手が可愛いと簡単に許せてしまうんだ……。
「……のどか?」
「え、ちょ、おまっ、涙目で袖を引くのはよせ! ガチで俺がやらかしちゃった感が出ちゃうでしょう?」
「でも今、フィオラちゃんにドキドキしてたでしょ」
「……黙秘権を行使します!」
「ダメで~す。一人の時ならまだしも、彼女の隣でそれはNGだって思わないの~!?」
「はい……ごめんなさい……」
ひよりが何だか、至極真っ当なことを言うものだから、ナチュラルに謝罪態勢に入る俺だった。
いや、でもさ……。
恋人の有無以前に、可愛い女の子やかっこいい男の子には、ドキドキしちゃうもんだろ……。
言ってしまえば生理現象みたいなもんである。
冷静に考えるまでもなく、普通に俺は悪くないはずなのだが、それを主張するには些か旗色が悪い。
くっ、ここにあーちゃんさえいてくれれば……!
「アンタらね……いつまで漫才やってんのよ。ほら、閑で遊ぶのは後にして、さっさと本題に入りなさい」
とか何とか、言ってくれるに違いないのに。いや想像上のあーちゃんですら、俺で遊ぶのは許容しちゃうのかよ。
しかも、残念ながら、この場には俺のことを多分、音の鳴る玩具だと思っているやつしかいなかった。
早く助けてください……と、窓の外へと目をやる──そのあーちゃんは今、実技演習中だ。
言うまでもなく、授業の一環である。
まあ、なんだ。
要するに──俺たちは、授業を滅茶苦茶にサボっていた!
上司に無理言って入学した挙句、不良ムーブをかますとは、なるほど良い度胸だと思われる方もいるかもしれないが、もちろん、これには理由がある。
俺とアルテマリアは、先ほどまで出撃していたからだ。
例によって例の如く、イレギュラーを軽くのしてきた訳である──戦場での高揚感や緊張は、中々抜けるものじゃない
そういう訳で、今日は一日フリーだった。
で、まあ。
それじゃあひよりは? という話になるのだが──ひよりはシンプルにお休みだ。
何故か?
答えは、ひよりはアイギスに乗れなくなったから。
否、正確なことを言えば──アイギスを乗り回すだけの、体力を失った。
タイムリープによる記憶以外の代償とでも言うべきか、ひよりの体力は、元と比較することも烏滸がましいほどに、著しい低下を見せている。
それこそ、アイギスの操縦はもう、しばらくは不可能だろう。
今ではもう、転科する方向で話が進んでいるほどだ。
瞬間的な動作や身のこなしは、俺の目から見ても達人級であるのだが、飽くまでそれは、瞬発的なものだ。長く続かない。
だからこそ、アルテマリアにひよりを診てもらうのは、急務でもあった──アルテマリアと決闘した際に立てた建前は、何も本当に、ただの建前だった訳ではない。
俺は刀を通して分かり合いたいタイプの人間ではないし、とにかく強敵が欲しいみたいな欲望もない。
ふむ、と少しだけ考える素振りを見せたアルテマリアが、言いづらそうに言葉を切り出した。
「私は医者ではないので、診断ができる訳ではないのですが──一つ言えるのは、ひより様は体力を奪われた訳ではない、ということですね」
「……つまり? え、俺が見誤っていただけで、ひよりには元々、大した体力はないよバーカってこと……? ひより、お前俺を騙したのか……!?」
「はいはい、一人で連想ゲームするのやめてね~。ごめんね、フィオラちゃん。うちの馬鹿のどかが」
「いえいえ、お気になさらず。人には必ず欠点があるものですから」
「あは、だとしたら、のどかは穴だらけになっちゃうね~」
あはは、うふふと朗らかな笑いが部屋を満たす。
できれば俺も混ざりたいところであったが、内容が内容なだけに、「はは……」という乾いた笑いしか出せなかった。
沈黙は金、雄弁は銀ってな。
「ふふっ、ごめんなさい。冗談ですよ、廿楽木特務士官様……ただ、貴方があんまりにも戦場とは違うから、つい揶揄いたくなってしまって」
「そんな人を二重人格みたいに言うんじゃないよ……」
「似て非なるものではあると思いますよ──それより」
コホン、とアルテマリアが咳払いをする。
これから大切な話をしますよという、分かりやすいアピールだ。
「まずは、お二人の勘違いを訂正いたしましょうか」
「勘違い……?」
「はい、勘違いです」
その一言に少しだけ、背筋が伸びた。
ひよりも真剣な眼差しになり、アルテマリアが言う。
人差し指を立て、生徒に教える先生のように。
「まずは原則として、星骸の力は、使えば使うほど記憶を失いますが、記憶以外を失うことはありません」
「それは……そうかもしれないけれど。でも、過剰に使用した場合は、話は別じゃないのか?」
「いえ、それは絶対です。そして、正確に言えば星骸の力は、記憶を代償に使える──といった
「……は? え? そ、そうなの……?」
普通に初耳だった。
……え!? 作中でそんな話してったっけ!?
クソッ、設定集を読み込んだ訳じゃないから、絶妙に否定が出来ない……。
というか、そもそも作中では、そこまで掘り下げられていた点ではない──普通に回数制限があったものだし……。
危険が危ないから多用は避けましょうね、みたいな前提しかなかったはずだ。
「理解としては、間違っていないんですけどね。厳密には、力を使った分だけ
「──……それは、文字通りの意味でって、ことだよな?」
「ええ、はい。決して比喩ではありません──だから、言ってしまえば私たちは、力を使えば使うほど、星骸に近づいていくのです」
だから、正確には、記憶を失う訳ではない。
ただ、
使い果たした後は、自分は一つも残らない。
「そもそも、私やひより様は、半端に融和したレムナントとは違い、コアと共生している状態にあるのですが──と言って、伝わりますか?」
「…………ふんっ!」
「のどか!? 何で自分殴ったの~!?」
「廿楽木特務士官様!? 何故ご自分を!?」
「い、いや、ちょっと口が滑りそうになって……」
何だか憑依転生もので、元の人格を奪っちゃうタイプと、脳内に住みついて共生するタイプみたいな違いだな、とか口走りそうになったので、実力行使に出た俺であった。
危ない危ない。
絶対伝わらないからな、この例え。
「要するに、移植されたコアにも意識があって、人格や肉体を共有してる……って理解であってるんだよな?」
「全てを共有している……というほどではないですね。飽くまで支配権はこちらなので。ただ、何かが頭の片隅の奥底で眠っている。それが分かる──というのが、表現としては近いでしょうか」
「あ~……でも、確かに。その感覚はひよりにも、ちょっと分かるなぁ。意識すると、すぐそこにいるよね」
「……私が、認識できるのは稀ですが──そうですね。星骸の力を使えば使うほど、それの覚醒を促すことになります。当然ですよね。この力は飽くまで借り物。私たちの力ではないのですから」
──力は使うというより、引き出しているという感覚に近いんです。と、フィオラは言った。
だから、過剰に引き出せば、寝ているそれは起きるのだと。
起きた分だけ、それは記憶を切り取っていくのだと。
「だから、まずは一つ目の訂正を。体力を落としたのは、単純な連続使用による消耗かと。養生して、トレーニングを重ねれば、元に戻ると思いますよ」
「うへぇ~、頑張れるかなあ……」
「そこは頑張れよ……いや、頑張らなくても良いのか? 俺が守るしな」
今後、ひよりに危険が及ぶことはない。絶対に。
ちゃんとやるってことは、そういうことだ。
「わ、わぁーお……のどかってたまに、素でキュンってすること言うんだから、油断できないよね」
「なんだ、惚れ直したか? あんまりそういうこと言われると、恥ずかしくなってくるからやめような」
「情緒不安定だな~……。ん~、えへへ、嬉しいけどね。でも、ちょっとだけ悔しいなって」
「今のどの辺に悔しがる要素があったんだよ……良いだろ、別に」
「ダメなの~。ひよりはのどかと違って、チョロくないんだから」
「暗に俺がチョロいって言うのやめれるか?」
確かにそうだとは思うけれども。
否定できる要素は特にないけれども。
自分で言うのと、他人に言われるのとでは話が違うというものだ。
というか、それだと俺が浮気性みたいになっちゃうし……。
アルテマリアの誤解が加速しちゃったらどうするんだ。こいつ、思い込んだら止まらないんだぞ……。
「いやすまん、脱線した……それじゃあ、記憶の方は? 態々表現を言い換えたってことは、消えた訳じゃないんだよな?」
「そう、ですね。少なくとも、コアにあることだけは確かです」
「コアの破壊は有効か?」
「答えはノーです。それは、共生している私たちの死も意味しますから」
「現状、方法はないってことか」
「……コアだけを消滅させられるなら、記憶の返還は、
「──なるほど」
アルテマリアの言葉を噛み砕いて──
実際に──アルマ・ステラの最終ボス……マザーと呼ばれるそれを倒せば、星骸は全て消滅する。
いや、まあ、それが俺には無理だと思っていたから、主人公──つまり、アルテマリアの存在が必須だと考えていたのだが。
原作だと、瞳そのものを代償にした超強化をすることで、やっと互角に渡り合い、謎の白空間で星骸と対話したりと色々あってから、やっと解決となる──みたいな流れだからね。
でも、
俺にはその確信がある。
ここ最近で、それを深めた。
なぁんだ、蓋を開ければ案外、どうとでもなるんじゃないか──
「──っと、ダメダメ。悪い癖が出た、調子に乗らないようにしないとな」
ふと、気を引き締め直す。
その上で、最短ルートを考える──マザーをどう討伐するにせよ、アルテマリアの助力は必要不可欠だ。
それは、最終戦での超強化や、それに伴った超能力。それらがないと、太刀打ちできない……ということ以上に、星骸との対話が重要だから。
だから、少なくとも隣にいてくれるだけの、力量まで育てる必要があった。
あると、思っていた。
だが、奇しくも先日の決闘で、その認識は大きく覆されたと言って良い。
何故かは知らないが、俺が思っていた以上に、アルテマリアの練度は高く──何より、星骸の力を使いこなしていた。
特に、無数の追尾弾はマザー戦……つまり、ラスボス戦直前で使えるようになる技である。
何で今使えちゃってるんだよ、本当に……。
結構マジで死ぬかもか? と、初見時は思った程だ……ていうか、そうじゃないと機体を達磨になんかしない。
あそこまでしたのは、それほどアルテマリアが脅威だったからである──そのくらいしないと、アルテマリアを無傷のまま、終わらせるのが難しかった。
いや、まあ、そのせいで俺とアルテマリアは、上司や整備班辺りに、滅茶苦茶な説教を食らったのだが……。
こういうことはもうしないでくれますか!!? と、大の大人に泣かれたのは、後にも先にもこれが最後だろう。
しかし、まあ、そう考えれば、だ。
アルテマリアの実力は、とてもではないが、まだ序盤とも言える今、誇っていいレベルではない──であれば。
アルテマリアはもう、鍛え育てるレベルにいない。
自身に宿っている星骸の存在すら認知できている。
だったら、一気にショートカットしたって、問題はないじゃないか。
さっさと本丸を叩きに行ったって、別に良いんじゃないか。
もし、そうならば。
その為にも──
「まずは、宙央同盟からだろうな」
星骸の前に、まずは宙央同盟を潰す。
ゲームでも後半では全面戦争になり、徹底的に潰すことになるのだが……それならもっと早くから始めたって、問題はない。
残してて良い組織じゃないからな、普通に。
原作では細かい任務と戦闘を何度も繰り返し……と、色々順を踏んだものだが、ここは現実だ──そんな小細工は必要ない。
百でも千でも向かってくれば良い。
その程度で、俺を殺せると、本当に思うのであれば。
しかしまあ、こればっかりは、ただの戦闘力で片付く話ではないんだよな……。
宙央同盟がそれなりの規模を誇る組織である以上、星間連盟に所属する俺が滅ぼすとなれば、それなりの政治も必要になるだろう。
何でもかんでも破壊すればOK! とはならないのが現実だ。
しかし、その場合、俺が手を出せる領域を、若干以上に超えている。
幾ら俺の独断出撃が認められていると言っても、相手がここまで大規模だとな……。
では、どう立ち回るべきか? と考え始めたところで、コテンと誰かが肩に寄り掛かった。
「ひより、どうした?」
「どーした、じゃないでしょ~? 急に一人で考え込んで、一人で結論出すの、悪い癖だって言ったよね?」
「……俺、そんなに顔に出てるか?」
「えへへ、顔に大文字で書いてあるレベル……かな!」
「俺の顔は一体どうなってるんだよ……」
というか、それはもう、ひよりの察し能力が高いだけなのでは……。
それはそれで悪くないのだが、秘密が全部透かされていると考えると、ちょっとだけ恐ろしい。
どうするんだ、ちょっとエッチなこと考えてる時に出くわしちゃったら。
「えぇ~? そ、その時は、その……ほら。全部受け止めてあげると言いますか、彼女としての役目を果たしてあげると言いますか……えへへ」
「ナチュラルに思考を読むのはやめろ! ていうか、え!? 本当に今の思考すら顔に出てたのか!!?」
「廿楽木特務士官様は、ひより様のことを考えてる時、顔が非常にだらしなくなりますからね……」
「そんな露骨なことある? 嘘だろ……」
「……それから、私の前でも容赦なくイチャつくのは、正直遠慮してほしいのですが……」
「はい……本当にごめんなさい……」
何だか今日は謝ってばかりだなと思う俺だった。
概ね俺が原因ではあるのだが、俺だけが悪いわけではないと思うので、ちょっと複雑な気分である。
しかし、まあ……そうだな。
何でも自問自答で解決するのは良くないな。
人に頼ることも、時には必要だというのは、純粋に理解できることだ。
だから、うん。
「……頼るか、上司に」
「え゛っ、本当に言ってますか? 廿楽木特務士官様」
「マジもマジ、大マジだよ、アルテマリア特務士官。まあ、何だ。俺は嫌いだけど、悪人ではないだろ、あの人。俺は嫌いだけど」
「大切なことだから二回言ったんですか今!? どんだけ険悪なんですか……というか、そんなに仲が悪いのに、頼りはするんですね?」
「だ、だって、責任取るのが上司の仕事だとは言ってたし……」
そう言うと、小さくアルテマリアが息を吐く。その気持ちは、俺だって良く分かる。
ただでさえ、入学させてくれよと駄々をこねたばかりなのだから、正直気は引けるのだが──仕方がない。
政治的なことは、偉い人に頼るのが正解だ。
それは間違いない。
「のどかとフィオラちゃんって、上司とかちゃんといたんだ……。独立遊撃特務士官って、通常の序列とは外れるんだよね?」
「ええ、そうですね。私たちは、例外扱いですから。基本的には独立している立場にあります」
「だけど、星間連盟はちゃんとした組織だし、俺たちは多少偉くとも、トップという訳じゃない──つまり、だ」
──そう。つまり、俺たちの直属の上司というのは。
「
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