御年62歳となる彼は、本当にそんな感じの、如何にも偉そうな軍人おじさんであり、このような軽口を叩くと、
「偉そうではなく、実際に偉いんじゃい。嘗めとんのかクソガキ」
と、眉を顰めて睨んでくる。そういう爺さんだった。
これはこれで、結構親しみやすい──という声もあるのだが、個人的には全くそんなことはない。
普通にバケモン見る目で見てくるからね。
出撃する時にあの人いると、いっつもネチネチ言ってくるし。
『ハン、精々死なんことだな、クソガキ』
『な~んじゃ、また出撃か? もう15歳にもなって、それしか能がないんか』
『マジで戦うことしか能がねぇのか。人間らしく趣味の一つでも持て、クソガキ』
『本は読んでるのか? 映画は? ドラマやアニメでも良いんじゃ。ゲームだってしとけ。世の中は娯楽に溢れとるんじゃい、少しは年相応にせぇ』
『勉強はしとるんか? 強くても学がねぇやつはダメだぞ、ガキ』
『口説き文句の一つもねぇのに女が欲しいだ? だーっはっはっは! 寝言は寝て言え!』
『連日戦場になんか出るな、ガキが。迷惑なんじゃい』
『休め休め! つーか暫く儂の視界に入んな! 精々街にでも出て、ガキらしくしとけってんじゃ!』
『──何故、神はお前みたいなクソガキに、才能を与えたんじゃろうな……』
みたいな感じでな。
一々棘のある言葉で俺のメンタルを圧迫するのが趣味な……クソジジイなのである。
それでいて、そんなクソジジイが俺の保護者代理でもあるというのだから、俺の心労も、良く分かるというものだろう。
と言っても、俺だけが特別扱いをされている、という訳ではないのだが──第10コロニー:アイリスに住んでいた、俺と同世代の生き残りはほとんど皆、親を失ったから。
書類上だけの関係だったとしても、保護者は必要になる。
それは、ある意味では当然とも言えるだろう──子供には、親が必要なものなのだから。
や、俺は別にいらないんだけどね。軍属だし。
独り立ちしていると言っても過言ではない。
……そう考えたら本当に、あのジジイが俺の保護者代理って意味不明だな……。
俺を飼い殺しにしたいという意思が見え見えである。
いや、まあ、損をしている訳ではないのだから、別に良いんだけど……。
場合によっては、俺は総司令官の子だぞ、とかいう馬鹿みたいなハッタリを利かせることもできるし。
ある意味WinWInではあるのかもしれなかった。
しかしまあ、そういう訳で。
俺の直属の上司であり、書類上の保護者である、星間連盟総司令官──黒鉄ライドウに、
「宙央同盟を完璧に潰したいから、手配とか命令とかその他諸々よろしく頼むよ、ジジイ」
と伝えた時の反応は、
「は? 何言ってんじゃクソガキ、頭でも沸いたか? おっと、すまんすまん。お前さんの頭の中は、いつもスカスカお花畑じゃったなあ! 沸く余地なんてあるまい! がっはっはぁ!」
というものであった!
ぶっ殺すぞこのジジイ!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
星間連盟:司令部区画。
要するに、偉い人たちが働いているエリアでの一室にて。
大爆笑をかましたジジイ──黒鉄ライドウを前に、「手を出したら負けだぞ、俺……!」と自制を利かせている、健気な男の子がいた。
というか、俺だった。
暴力じゃ何も解決できないからな……と、拳を握るだけで済ませている。
「おっ、多少は賢くなったか。学校に通わせた甲斐があったのう、え? どうなんじゃ、ガキ」
「黙れジジイ。俺はもとからクールで知的で賢く勤勉だったろ」
「自己肯定力が高すぎるじゃろ、お前さんにそんな要素、一つもなかったからね?」
どちらかと言えば、お前さんは理性の無い獣じゃい。と、実に失礼なことを言い放つジジイ。
俺はそれに、ヤレヤレと肩を竦めた。
やはり古い時代の人間には、新しい時代の人間のことは理解できないらしい……。
ここらで引導を渡してやった方が、ジジイの為かもしれないまであるレベル。
「シームレスにクソ失礼なこと考えるのはやめるんじゃ、儂は今すぐにでも権力を濫用することができるんじゃぞ?」
「なっ……くっ、この卑怯者! ジジイ! 老いぼれ! ハゲ!」
「かっかっかっ、クソガキ、シバき倒すぞ」
「図星だからって暴力に移行するのはやめろよ、知性がないぞ……」
「なっ……くっ、このガキ!」
バチバチッ! と稲妻の如く視線をカチ合わせ数秒、どちらともなくため息を吐く。
時間の無駄だ。
話が脱線しすぎる前に、軌道に戻そう。
多分、互いにそう思った。
「実際のところじゃ。宙央同盟の壊滅、だったか? そりゃできれば最高だろうが、現実的に考えろ、無理じゃ」
「何で?」
「まず基地の正確な場所が分からん。分かっても、攻略するだけの戦力はすぐに用意できん。即ち戦略も戦術も立てられん」
「作戦はいらない、人数もいらない。基本的に、俺がいれば成り立つし」
「……自惚れか?」
「いや、実績だ。事実、俺はほぼ単独で木星基地を壊滅させた」
「ハッ、それで一度、死にかけたことを忘れたか?」
「傷は負ってないだろ。生身でアイギスに囲まれた、それだけだ」
宙央同盟:木星基地攻略作戦。
それは、3年ほど前に行われた、極秘任務である。
任務を与えられたのは、俺を含めて5人のみ。
内部のスパイがいることも考慮された、少数精鋭による電撃作戦だった。
だが、情報は既に漏れていた。
基地に侵入すると同時に俺たちは襲撃を受け──俺だけが、生き残った。
その俺も、基地脱出時に生身で敵機に包囲され、あわやそこで命を落とすかもしれなかった……というだけのことである。
そこから問題なく基地を壊滅させて、見事脱出を成功した訳だ。
俺にはそれが出来るということが、既に証明されている。
「……チッ、命知らずのガキが」
「自分を蔑ろにしてるつもりはないよ。ただ、俺なら可能って話をしてんの」
「基地の場所は掴んでるってか?」
「大体は。合計3つだ、規模は木星基地と大きく変わらない」
「信憑性は」
「今は何とも。ただ、調べてもらえれば、すぐに分かる」
宙央同盟の基地は月面・小惑星帯・大昔に廃棄されたコロニーの一画。この3つになる。
調査機を飛ばせばすぐに分かることだろう。
念入りなカモフラージュをされているが、まあ、確実にここだろっていう調べ方をすれば、流石に分かる。
何だか久々に、原作知識が役に立った気がするな……。
「3つあるなら、お前さん1人じゃどうしようもねぇな?」
「むっ……くっ、それは──」
「まさか、順番に1人で叩きに行くなんてことは言わねぇよな? そりゃ非合理的だ」
「…………ッ」
思わず口を閉ざしてしまう。
当たり前の話ではあるのだが、俺一人で全てを同時に襲撃することは不可能だ。
かといって、他の人員を集めようと言うのは、なかなか難しかったりする。
「星間連盟は今、宙央同盟にかかずらっている暇はない……てのは、言うまでもなく分かっとるよな?」
「……星骸が多いから。イレギュラーも最近は多い。コロニーの防衛で手いっぱいなのは、知ってる」
そう。
それこそが、ゲーム内でも宙央同盟の攻略が後半になった、主な理由にもなる──単純に、強大な星骸が多いのだ。
俺の出撃有無に関わらず、コロニー近くでの戦闘は毎日発生しているほどに。
純粋に、人手が足りないのである──だから、まあ。
非合理なことをするしかないとは、思ってはいた。
それこそ、ゲームがそうであったように。
「木星攻略は、結果的に成功したが、失敗でもあった。どうしたって慎重になる。分かるじゃろ──当事者であれば、なおさら」
「分かる……けど。叩ける隙があるんだから、叩きたくなるだろ……!」
「お前さん、マジで体力ない敵見かけたら、反射で無理追いして攻撃振るタイプじゃな……」
「それはもう、敵を前に攻撃振らない方が悪くない!?」
「それが獣的だって言うとるんじゃい」
ジジイが深々とため息を吐く。
こいつ本当に何も分かっとらんな……みたいな視線が、ザクザクと俺に刺さっているのが分かった。
「何よりも……癪なことにお前さんは今や、守りの要じゃ。ただでさえ、宙央同盟に狙われとるのに、単独での長期出撃が認められるものか」
「……防衛に関しちゃ、アルテマリアがいるだろ」
「あの子は強いが不安定じゃ。それに──あの力は、そう使わせて良いものではない。それが仮に、彼女が受け入れていたとしても」
一理あるどころか、万理あった。
多用させて良いようなものじゃない。
……いやっ、でもなぁ!
善は急げって言うじゃん! という、我ながらガキみたいな言葉が出そうになったところで、
「──あら、もしかして今、ちょうど私の話をしていましたか?」
プシュッと後方で扉が開き、そんな声が響いた。
最近は随分と聞き馴染んだ、甘いソプラノ。
「お久しぶりです、黒鉄総司令官様。何だか、とても──とっても、甘美な提案があったように聞こえたのですが、どうでしょう?」
「…………はあ、マジかお主ら。タイミング悪いのう──いや、画策しとったか?」
「へへっ」
「このクソガキ……ッ!」
張り倒すぞ! みたいな声を、ジジイが上げる。
全部作戦通りです、みたいな顔をしてみたが、普通にそんなことはない。
というか、アルテマリアが「総司令官様と話すのであれば、私にお任せください」と言ってくれたので、何も考えないままやってきた──というのが、正しかったりする。
「廿楽木特務士官様なしで、イレギュラーからコロニーを完璧に守る。ふふっ、素晴らしい試練ですね。是非、やらせていただきく思います」
「……何で、お前さんらは揃いも揃って、そうも命知らずなんじゃ。そんなに死にたいのか? ガキ共」
「まさか、俺の目標は20歳まで生きることだって、知ってるだろ」
「もっと目標は高く持たんか、馬鹿者め……」
「私も死ぬつもりはありませんよ、総司令官様──それとも、私では力不足でしょうか?」
温和な雰囲気のまま、目つきだけは鋭く、アルテマリアがそう言った。
いや、まあ、力不足と言われたら言われたで、アルテマリアの場合、更に興奮しそうなものではあるのだが……。
「思っておる訳がなかろう。お前さんに独立遊撃特務士官の位を与えたのは、誰だと思っとる」
「であれば、信頼していただきたく。このフィオラ・アルテマリア、全身全霊を尽くすことを誓いますよ?」
「……誓われなくとも、そのくらいは分かっておるわ」
言いながら、ジジイが忌々し気な目で俺たちを睨みつけた。
その表情は、実に苦々しげなものである。
剣呑な雰囲気が数秒から十数秒続いた後に、深々とした溜息が吐き出された。
「──はぁ。本命の基地のみじゃ、叩くのはそれだけで良い。宙央同盟は所詮、トップのカリスマで成り立っておるだけ。総本部さえ叩けば、碌に機能はせん」
「っ、ジジイ!」
「総司令官と呼べ、馬鹿ガキ──調査は出してやる、3つともな。その上で、総本部をお前さんに任せる。出来るな?」
「もちろん」
「フィオラも、それで良いな? こいつがいない間、お前さんが守りの要になる訳じゃが」
「──ええ、ええ! 当然です、総司令官様! お任せください!」
やった~! とアルテマリアとハイタッチする。
宙央同盟の中枢基地は、ここから最も離れたところ──小惑星帯基地だ。
となれば、ちょっとした出張任務になる。
それが、少しだけ嬉しい……俺は割と宇宙好きだし、そもそも一人でいる時間が好きだ。
だから、内心ちょっとワクワクしていたら、ジジイが呆れたように嘆息した。
「ただし、調査は別部隊に任せる。報告が上がってくるまでは、英気を養うことに務めよ」
「えぇ? 何その突然の飴と鞭……。普段みたいに、鬼の形相で命令すればいいのに。調査から襲撃、一発でやるよ」
「何事にも適材適所っつーもんがある。一から十まで何でもやれる人間はおらん。どっかでボロがでるもんじゃ──つーかお前さん、戦闘以外はゴミカスじゃん……」
「むっ……」
直球の悪口が飛んできたのだが、普通に正論だったので、思わず黙り込んでしまった。
とはいえ、調査自体に時間はそうかからないだろうが──アルマ・ステラはご存知の通り、超科学な世界観である。
小型の支援艇ですら、数日程度で遠く離れた小惑星帯基地に辿り着いてしまうし、そうでなくともアイギスには、長距離巡航モードというのが存在する。
わざわざ、大規模な戦艦を用意したり、艦隊を組んで向かう必要というのは、特にない。
「……単独で行わせるには、あまりに危険かつ、大規模な任務になる。覚悟はしておけ」
「その手の覚悟は今更だろ。とっくにできてるよ、ジジイ」
「フン、可愛くないガキじゃな、いやマジで。そんなんじゃ、いつまで経ってもモテんぞ?」
「俺に可愛げを求める方が大間違いだろ……」
アルテマリアならまだしも、と言ったところである。
それに、別にモテなくても良いし……いやっ、この言い方だとまるで、俺がクラスの端っこでいつも寝たふりをしつつも、目線は常に人気者なギャルを追ってるような、捻くれ陰キャみたいになってしまう!
残念ながら、自己評価的にも概ね間違ってはいないのだが、ことジジイの前では、そんな弱みを晒す訳にはいかない俺がいた。
いや、だって……今後、絶対ネチネチ擦られるし……。
「? 廿楽木特務士官様はこれ以上、モテる必要はないのではないですか?」
「ほう、まるでこのガキが、異性に人気があるかのような言い方をするんじゃな。それとも、惹かれておるのか? フィオラ」
「無論、ある意味では惹かれていますが……そもそも、廿楽木特務士官様には彼女がもういますよね?」
「は?」
「あっ、そうじゃん。ジジイ、俺彼女できたわ」
「はぁ!?」
「幼馴染が彼女になってくれたんだよね、ちょっと前に」
「はぁぁああ!? 幼馴染じゃと!? 諦めたとか言っておらんかったか!? やむを得ぬ事情だとかで!!」
「うわっ、良く覚えてるなジジイ!? それ喋ったの何年も前だぞ!?」
「忘れるわけあるかい、このクソガキがぁ!」
急に大声を出したからか、「はぁっはぁっ……」と互いに肩で息をする。
ジジイは変わらず、キッと目線を細めて言った。
「人質でもとったか?」
「俺が脅迫した前提やめない? してないから。マジで、本当に」
「まあ、確かにお前さんにそんな度胸はないか」
「何で今、物凄く不名誉な観点から納得されたんだ……?」
本当にシバき倒してやろうかと思ったが、再び大きくため息を吐いたジジイが俺を見る。
その目は、心なしか柔らかい。
「……大事にするんじゃぞ」
「い、言われなくてもするけど……」
「悲しませるようなこともするなよ」
「分かってるけど……」
「泣かせるなよ。困ったことがあれば、儂にだって聞いて良い」
「ジジイは俺の親か何かなん??」
「そうだ、父親のつもりじゃ──お前さんが、どう思っていようとな」
──ふと。
ジジイがそう言って、これ以上ないくらい真剣な目を向けてきた。
それを前に、少しだけ身体が固まって。
「だから、死ぬなよ、閑。生きて帰ってこい」
「……当たり前だろ」
何だか急に、妙な空気が充満してしまって、肩身が狭い。
用も済んだし、さっさと退散しよう──そうして扉を開けたところで、立ち止まった。
数秒、考える。
それからちょっとだけ振り返り、少しだけ口角を上げた。
「父と子供っつーか、爺と孫だろ! あんまり自分を若く見るのはやめとけな、ジジイ!」
それだけ言って、走り出す。
背後からは、アルテマリアの楽しそうな笑い声と、ジジイの怒りの叫びが響いていた。
感想・ここすき・評価・誤字報告いつもありがとうございます~!
いつも励みなっております!
・特に描写されることはなくなった、どうでも良い設定②
『黒鉄ライドウ』
・若い頃に、宙央同盟によって嫁と息子を失っている。
・閑がいなければ天涯孤独の身。