多分なんだけど、俺が天才パイロットすぎる。   作:泥人形

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廿楽木閑の殺し方。

 

 Q.廿楽木閑を殺すには?

 

「アイギス戦・白兵戦・暗殺、どれでもまず不可能。気に食わんが、あのガキンチョはハッキリ言って、最強というやつじゃからな」

 

 老齢の男は渋面のまま、嫌そうにそう答えた。

 忌々しそうに。あるいは、悔しそうに。

 

「戦いで命を落とすことはないじゃろう。もし殺ろうってんなら、自分の墓を立ててからにしとくがオススメじゃな」

 

 冗談ではないぞ? と老爺は至極真面目に口にする。

 少しだけ考える素振りを見せた質問主に、老爺は言葉を繋いだ。

 

「じゃが──戦いでさえなければ、簡単じゃろう。考えるまでもなく」

 

 分からんか? と目だけで老爺が問う。

 質問主が眉根を顰めれば、呆れたように表情を崩した。

 

「何故なら──」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「廿楽木特務士官様をですか? そう、ですね──十年。あと十年いただければ、撃破した結果として、殺すことは出来ると思います」

 

 金髪虹眼の少女は、幾許かの短い思考の末に、そう答える。

 まるで夢見るように、遠い星に手を伸ばすように。言葉を弾ませながら。

 数千回ほど戦わせていただければ! と。

 

「思うというか、倒してみせる……という意気込みですが。え? そういうことじゃない? そうですか……」

 

 それは申し訳ございません。と、露骨にしょぼくれた顔で彼女が言う。

 それから、不思議そうに首を傾げた。

 

「ですが、ただ殺すだけが目的というのなら、そう難しいことではありませんよね?」

 

 その答えに、質問主は鏡合わせの如く首を傾げた。

 

「だって──」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「殺す……? 廿楽木特務士官を? 新手の自殺としては、中々斬新で良いかもね」

 

 ダウナー気味な、妙齢の女性オペレーターが、不機嫌そうに質問主を見る。

 わざわざ時間を割くようなことではないでしょう、と女性オペレーターは半目を向けた。

 

「まず、戦闘が絡んだ時点で……というより、武力に頼った時点で勝ち目はないわ。知ってる? あの人、五キロ先からの狙撃を見て躱したの」

 

 天才パイロットどころじゃない、ただの超人──それが正当な評価よ。と、女性オペレーターは笑った。

 しかし、その青い瞳には、信頼というには暗い光が宿っている。

 質問主はそれを、盲信に近いものと判断しつつも、同調するように乾いた笑みを浮かべた。

 

「だけど、そうね。本当にただ、命を取るだけなら容易だと思う。多分、私にだってできるくらいには」

 

 貴女もそうだと思うけど。と、女性オペレーターはチョコレートを一欠けら口に入れた。

 最近辞めた、煙草の代わりだという。

 

「分からない? それはね──」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「『身内に甘くて、裏切られることなんて考えもしない人だから』かあ。えへへ、その通りだったなあ」

 

 無限に広がる宇宙のどこか。浮かぶ玉座に腰を掛けながら、質問主──姫埜ひよりは、心底楽しそうに言葉を零す。

 いや、いいや。

 既にそれを、姫埜ひよりと呼ぶには、些か以上の語弊があるだろう。

 何故なら彼女は既に、人ではなく星骸と呼ばれるべきなのだから。

 

()()()()()とじゃ似ても似つかないから、正直怪しかったけど……あは、事実は小説より奇なりだな~」

 

 にこやかに宙を舞う彼女は、『マザー』と呼ばれる星骸の主である。

 あるいは、全ての星骸の命と言っても良い──あらゆる星骸は彼女から生まれるが、同時に彼女が死ねば、全ての星骸は死ぬ。

 星骸とはそういう生き物だ。たった一つの命を共有されている、特異な生命体。

 

「命からがら、ひよりに逃げ込んだ甲斐があったなー。ああ、いや。今の私も、ひよりではあるんだけど」

 

 星骸は、その力を行使されればされるほど、宿主を喰らう形で同化する。

 未来において、廿楽木閑と相打つ形で消えかけていたところで、マザーは幸運にもひよりの下に辿りつき、すぐさま瞳の中に在る星骸と一つになった。

 それから行われた、三十一万回に及ぶ時間遡行の代償。

 それを、マザーは即座にいただいていた──条件付きではあるが。

 

 本来、取って代わるような同化に条件は必要ない。

 何故ならそれは、力を使った代償なのだから──言ってしまえば、受け取るべき対価なのだから。

 しかしそれを、一部的にでも覆されたのは、姫埜ひよりという少女の自我が、それほどまでに強かったからに、他ならない。

 

 姫埜ひよりの強靭な精神力を喰らうにあたり、マザーはたった一つだけ、彼女の望みを叶える必要があった──それが、夜月暁音に関するメッセージを、廿楽木閑に伝えるまでは手を出さないこと。

 ただ、それだけだ。

 その翌朝の五時、マザーはひよりを喰らい、完全に同化した。

 

「そんなことで、何が変わる訳? と思っていたけど、かの鬼神があんなに大人しくなるなんて。へへ、お陰でむしろ、殺りやすくなったんだから、笑っちゃう。ひよりってば、実はのどかのこと嫌いだったのかな? なーんて」

 

 そんな訳ないか。とマザーが笑う。

 今やマザーは、ひよりの全てと溶け合っている。

 だから、彼女がどれだけの時間を積み重ね、どのような気持ちを育んできたのか、マザーは理解していた。

 その全てが、廿楽木閑への嫌悪を否定している──そして、何より。

 廿楽木閑を刺してから、流れ続けている涙が、何よりもの証明だった。

 

「やっぱり、ひよりは凄いなあ。感服するほどの精神力──いや、これが愛ってやつなのかも?」

 

 堪えようとも堪えられない。

 マザーの意思とは反して、悲しみの涙が嘘のように零れ続けている。

 無論、姫埜ひよりの意識はとうにない。自我を失い、記憶を失い、身体も失った。

 

 事実上の死だ。概念的な死と言っても良い。

 姫埜ひよりという人間はマザーと混ざり合い、消えてなくなった。

 だというのに、人の心というのは残るものらしい。

 30万を超える時間遡行に耐えられるだけのことはある──そんなことを、マザーは思う。

 

「美しいなー。この手で触れることが出来れば、どれだけ良いだろう。ま、男の趣味は悪いと思うけど」

 

 未来における……あるいは、別世界における廿楽木閑は、完膚なきまでの破壊者であった。

 考えうる全てにおいて劣勢に立たされ、絶体絶命に陥ろうとも、必ずその全てを、ただの武力で打ち砕いてきた鬼神。

 人質を取られても、幾度となく騙されても、最後には機体を失っても。

 

 必ず勝利を勝ち取ってきた男──絶大的な最強、そのもの。

 全てを順調に進めていたマザーのプランを全て粉微塵とし、最後にはマザーの命を風前の灯火まで持って行った、星を砕く者。

 あの時、ひよりがいなければ。

 あるいは、出会うのが数秒遅ければ、マザーは死に絶えていた。

 

 だから、やり直す必要があったのだ。

 仮に過去の廿楽木閑に、未来の情報を与えてしまったとしても。

 マザーにはそうする他になかったのである。

 

 時間遡行──正確なことを言えば、()()()()()()()()()()を伴ったそれが必要だった。

 確実に、廿楽木閑を殺すために。同じ未来をたどる訳にはいかないために。

 条件を、変える為に。

 困難に思われたそれは、しかし、姫埜ひよりという存在のお陰で、実に容易となった。

 無論、それによって、マザーにとっても想定外な事態は幾らか起こったのだが。

 

 死んでいるはずだった幼馴染。

 男であったはずの超級パイロット。

 融通の利くようになった総司令官。

 有り得ない進化を遂げたAI。

 

「人類の反撃と星骸の反撃、どちらが為されるか──これはそういうゲームだったんだよねぇ。やー、緊張した!」

 

 廿楽木閑の傍にあり続けると言うのは、恐ろしいプレッシャーだった。

 記憶の中の──自らの中にある、ひよりに全てを委ねていたような時間だった。

 あわや、ひよりの愛に、マザー自身が溶かされるところだった。

 

 けれど、それも終わりだ。

 今でも手に残っている──廿楽木閑の胸に、刃が滑り込んでいった感触が。

 確かな実感。

 明らかな致命傷。

 それ思い出すたびに湧き上がる、高揚と達成感。

 

 後は消化試合だよねー、とマザーは独り言ちる。

 指で輪っかを作り、遥か遠くにある星間連盟のコロニーを眺める。

 そこでは既に、戦争が始まっていた──マザーが嗾けた星骸と、人類による総力戦。

 虹の光を伴い、一騎当千の戦果を誇るアイギスを見て、マザーは苦笑う。

 

「フィオラ・アルテマリア──あの()。いや、こっちだと女の子なんだっけ……本当に、強くなったね。怖いくらいに」

 

 星骸と共にある彼女は、マザーにとってはほとんど同類だ。

 だからこそ、思うところがある。

 立場が違えば、話し合えただろう。

 状況が違えば、相互理解も不可能じゃなかったかもしれない。

 

 しかし、その可能性は既に排除されている。

 むしろ、その強さを前に、マザーは苛立ちを感じてさえいるほどだった。

 前の世界線とは違い、廿楽木閑と親しくすることで鍛えられた彼女の強さは、僅かながらも、かつての鬼神を彷彿とさせたから。

 

 トラウマじみた記憶が、マザーのやっと手に入れた余裕を、じりじりと削り取る。

 今のうちに刈り取らなければ拙いかも、という焦りが走る。

 今ならまだ間に合う。

 賭けに出ることなく、全てを思い通りに進められる。

 

「……うん、もう出ちゃおう。早いことは良いことだもん。むしろ、二日も待っちゃったのは勿体なかったかも?」

 

 でもなー。念願の祝勝だったからなー。と、マザーは人間じみた言い訳を、誰にするでもなく口にする。

 あるいはそれは、ひよりを取り込んだからこそ、と言えるだろうが。

 ひよりはマザーではないが、マザーはひよりなのだから。

 取り込んだ以上、少なからず影響はある。

 

「焦りすぎず、悠長にしすぎず。マイペースに滅ぼそう。うん、それが──」

 

 一番良い、とマザーは言葉を繋げたかった。繋げられなかった。

 瞬間的に、マザーは言葉を失った。巡っていた思考が急に堰き止められた。

 何故ならば。

 

「なん、で。どうして──」

 

 宇宙に溶け込んでしまいそうなくらい真っ黒なアイギスが、こちらに猛然と向かってきていたのだから。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 

『……ター』

 

 声が聞こえる。あまり馴染みのない声だ。

 その違和感が、沈んでいた意識に引っかかる。

 

『……さい……スター』

 

 引っ掛けられて、持ち上げられる。

 ゆっくりと意識が覚醒するような、不思議な感覚を覚えた。

 

『起きてください、マスター! 目標ポイントまで、残り20分を切りました!』

「うわー! ビックリし、お゛ぇ゛」

 

 ビチャ! と口からめっちゃ血が出た。最悪の寝起きだ。

 ついでに胸の辺りに鈍痛が走る。超痛い。何これ?

 寝起きドッキリにしては命をかけられすぎだろ。

 

「いや、何これではないか……」

 

 痛みに頭が刺激されたのか、眠りに落ちるまでのことを、急激に思い出す。

 そういえば、生命維持装置を起動したんだっけ。

 搭乗者が絶命さえしていなければ、二日は死なせないと評判の装置である。

 その間に、AI操縦や自動航行モードでコロニーにさえ帰ってくれば、助かるかもしれないよね、という理由で、星間連盟の全アイギスに実装されている。

 

 まあ、あんまり使われる機会ってないんだけどな。

 普通、パイロットが死ぬ時って機体もぶっ壊れてるし。

 少数精鋭をコンセプトにした星間連盟だからこそ、実装されているものと言えるだろう。

 俺も使うのは初めてだ。というか、実際に使った人自体、俺が初なんじゃないか?

 

『マスター、記憶はございますか?』

「問題ない。操縦もできそうだ……状況は?」

『マスターがお眠りになられてから、二日が経過いたしました。指定された座標まで、残り15分です』

「了解──因みなんだけど、俺って今、どんな感じ?」

『……素直返答モードと、嘘偽り返答モードがあるのですが、どちらにいたします? Noahちゃん的には、後者がオススメ──』

「素直モードで頼む……や、もうこのやり取りしてる時点で意味ないけどね?」

 

 実質、答え合わせのようなものだった。

 お陰様で、若干察しが付く。けれども、何事も答えが出るまでは分からないからな。

 一旦、機体の眼差しでNoahを見つめてみたら、彼女は眉尻を下げた。

 

『……刃は左肺と心臓の間を通過し、複数の血管を損傷いたしました。出血自体は生命維持装置によって、ある程度制御されていますが、損傷範囲が広すぎる為、修復には至っておりません』

「つまり?」

『……生命維持装置を外せば、数分の命です。付けていたとしても、あと数時間が限界と考えられます──仮に、今すぐコロニーに帰還しても、もう……』

「ま、だよな。サンキュー、Noah。素直に答えてくれて」

 

 自分でも意外なほどに、驚くことはなかった。

 まあ、これでも一度は死んでる身だしな。

 その感覚を忘れることはない──それが既に、俺の首元に手をかけていることは、察して余りある。

 

 今だって、普通に会話できているけれど、Noahじゃなかったら間違いなく聞き取れてないからね?

 自分でもビックリするくらい声が出ていない。

 視界も結構霞んでて、気を張らなければ良く見えない。

 だから、間に合って良かった。

 

「Noah、作戦記録はまだちゃんと録れてるな?」

『? ええ、はい。問題なく記録されていますよ──マスターが不用意に寝こけていた姿も、バッチリと☆』

「いや、それはいらないんだけど……まあいっか。この先も、録り逃すなよ」

『……と言いますと?』

 

 Noahが首を傾げる。

 本当に分かっていなそうな彼女に、小さく笑った。

 

「遺言にもなるからだ──星間連盟所属、独立遊撃特務士官:廿楽木閑。これより最後の作戦を開始する……目標は、星骸の主、マザーの撃破」

『──は、はぁ!? 何言ってるんですか!? マスター! てか、この辺に星骸の反応はありませんけど!?』

「マザーはちゃんとステルスしてるタイプのボスだからな──っと、ほら。いたいた」

 

 ズームされたカメラに、マザーの姿が映る──否、正確には、ひよりの姿が。

 それを前に、改めて溜め息が零れ落ちた。

 いやあ、夢じゃなかったかー……とか思う。

 

 ……ひよりは、とっくに星骸に喰われていた。

 彼女はひよりではなかった。あるいは、かつてはひよりだった、何かでしかなかった。

 

 そのことに、俺はもっと早く気付くべきだった──それこそ、アルテマリアに話を聞いた時に、察するべきだったのだ。

 情報としては揃っていたのだから。

 30万回も星骸の力を使って、無事な訳がない。

 奇跡だなんだと解釈するのは、ご都合主義にもほどがあった。

 

 そのことを、分かっていながら。

 気付けなかったのは……気付かなかったのは、単に俺が目を背けたかったから、なのだと思う。

 

 早い話、俺は、ひよりを疑いたくなかったのだ。

 ただ、それだけのことなのである。

 それが原因で、これから死ぬのだから、我ながらとんだ大馬鹿者だ。

 

 だけど──いいや、だからこそ。

 後始末くらいは果たすのが、俺の義務なのだと思う。

 ひよりの想いを、無下にする訳にはいかないから。

 

「Noah、パイロット保護用の安全装置は全部切れるか? どうせもう死ぬ、必要ない」

『……機動によっては、激痛を伴いますよ。もう手遅れな寿命を、更に削ることになります』

「問題ない。それに、人っぽくない動きもあった方が、学習しやすいだろ?」

『いや、人っぽくないのはいつもなんですが……』

「失礼すぎるだろ……」

 

 画面上のNoahが目をぱちくりとさせる。

 本当は、もっと時間をかけて、じっくり俺の戦闘データを学習させるつもりだったんだけどな。

 いきなり破綻してしまったのだから、この一度に全てを込める必要があった。

 

 ひより曰く──あるいは、マザー曰く。

 未来で俺は負けたというのだから。

 最初から本気で、全力で戦うべきだろう。 

 

「だから……しっかり記録しておけよ。これが、初めて見せる俺の全力で、生涯最後の戦闘になる」

『──承知いたしました、マスター。ご武運を』

 

 

 




二万文字くらいになっちゃったので分割します。
終わる終わる詐欺しちゃってごめん! 次でちゃんと終わります。
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