多分なんだけど、俺が天才パイロットすぎる。   作:泥人形

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多分なんだけど、俺が天才パイロットすぎる。

「あ──ああ、ああああああああ!!!」

 

 絶叫が宙に広がり、マザーの全身が虹色に光り輝く。

 それは際限なく肥大化し──やがて15m級の、アイギスに酷似した光の巨人と化した。

 それは、意図したものではない。

 命の危機を前にして、マザーはこの世で最も強いと信じる姿に、本能的に変貌した。

 

「何であの傷で生きていられるのかなあ……! いや、来るな、来ないで、鬼神──いや、死神!」

 

 飽くまでアイギスの形をしているだけのマザーは、全ての挙動が常識の範疇にない。

 その制動は機械であるアイギスの繊細さを遥かに上回っており、持ちうる出力は比ではない。

 息をするように瞬間移動を行い、目線を動かす程度の労力で幾万ものレーザーを放つ。

 思うまでもなく重力や引力を操作し、指先一つで何をも通さないシールドを作り出す。

 

 規格外の怪物。

 生まれながらの絶対権能者。

 本来、人類如きに手こずるようなことは有り得ない、絶対的な上位生命体。

 

 片腕を失い、二日もの航行を行った直後のアイギスに、負ける道理はない。

 ただでさえ、前の世界線では──少なくとも、フルコンディションの彼と戦い、マザーはほぼ相打ちの形で勝利している。

 加えて、パイロットは負傷している──これで、負けろという方が難しい。

 むしろ、今が絶好のチャンス!

 

 マザーは最高速度で廿楽木機とすれ違い、反転するまでもなく十万を超える光線を放った。

 手元で際限なく広がり、廿楽木機を自動追尾し、収束する。

 

「うん、そうだよね。のどかなら、それくらいするよね」

 

 幾条にも重なる光の線を、散歩でもするように廿楽木閑はすり抜ける。

 これが例え、あと百倍あったとしても掠りすらしないだろう。

 そのことに、マザーは驚かない。それはもう、嫌になるほど知っているから。

 

 単純な物量では、廿楽木閑は攻略できない。

 カタログスペック上での差だけでは、廿楽木閑は倒せない。

 では、どうするか──かつては、どうしたか。

 答えは単純だ。

 

 心を揺らす。

 何故なら彼は、それでも人間だから。

 彼にはこれが一番効くことを、彼女は知っているから。

 

「────ッッ! っぶないなあ!」

「マジか、流石にやるな」

 

 連続した瞬間移動。

 その先に置かれていた、ただの技術によって曲線を描いたレーザービーム。

 それをマザーは辛うじて回避した。

 二、三と続く全てを、その表皮に掠らせて。

 そのどれもが、コアを過たず穿つ軌道であったことに、怖気を走らせながら。

 

「私を──ひよりを! 本当に殺せるの!? 私は貴方の恋人なのに! 再会してから、こんなにも一緒にいたのに!」

「……いやっ、馬鹿かお前!? そりゃほとんどひよりじゃなくて、お前だろ! この詐欺女──ッ!」

 

 廿楽木閑が、血反吐を吐きながら叫び倒す。

 彼らの声は今、双方向に届いている──マザーが声を届ける為に繋いだが故に、閑の声もマザーに届く。

 思わずといったように返答した閑を、Noahは緊張した面持ちで見つめていた。

 

「普通にッ考えてッ! 俺が可哀想すぎるだろ!?」

「そうやって、のどかはいっつも被害者ぶるね!? 全部、のどかが原因なのに!」

「実際、被害者なんですけど! 10:0でそっちが悪いだろ!」

 

 光の剣がぶつかり合って、明るい光の火花が爆発したように散っていく。

 互いにアイギスの形をしながら、行われているのはまるで、侍同士の捌き合い。

 弾き、躱し、流し、受ける。

 手数で圧倒するマザーと、それを最低限の所作で無効化する廿楽木閑。

 その姿に、トラウマじみた想いを再起しながら、それでも見かけ上は互角を描いていた。

 

「あと、のどかって呼ぶのはやめろ。お前はひよりじゃない」

「ひよりじゃないけど、ひよりでもあるよ。だから、言ってるよね? ひよりを殺せるの? って」

 

 その理由の一端が、それだ。

 廿楽木閑は身内に甘い──故にこそ、恋人ではないと分かっていながら、その肉体が使われている以上、動きが鈍くなることにある。

 1秒にも劣る刹那のタイムラグ。しかし、それが二人の実力を互角に均していた。

 

「私はひよりの記憶も想いを継いでいる。話し方も考え方も、100%ひよりだよ。なのに、殺すの?」

 

 一際激しく瞬いた光の後に、互いが距離を取り合った。

 先ほどと比べれば、嘘のような静寂が二人の間に落ちてくる。

 

「私は、ひよりがどれだけ貴方を愛していたか、知っている。その愛が、今も私の中に在る。その私を殺すということは、最後に残ったひよりの心まで、殺すことに他ならないと思うけど?」

「……黙れ」

「ほら、分からない? 貴方と殺し合うことに、ひよりの心が泣いているから。だから、私まで涙を流してるんだよ」

「黙れと言ったぞ」

「人の本質が心だと言うのなら、私はひよりそのもの。肉体だって、100%再現してるんだから、本人に違いはないはずだよ。ね? のーどかっ」

「────ッ!」

 

 廿楽木閑は、戦士として完成されている。

 理由があれば、人を軽々に殺せてしまう冷徹さを持っている。

 児戯のつもりで強者を簡単に下せる実力を持っている。

 しかし、その反面──その心は、精神性は未成熟なまま。

 それを、マザーはよく理解していた──あるいは、ひよりが理解していた、と言っても良いが。

 

「だから、のどかが降参するって言うなら、特別に隣に置いてあげたっていいんだよ? だって、ひよりたちは恋人同士なんだから。貴方が愛したのは、私なんだから。のどかの傷だって、ひよりなら治してあげられるし」

 

 姫埜ひよりの声が、閑の気持ちを揺らす。揺らしてしまう。

 今の彼の原動力は、義務や使命以上に、私情に大部分が占められていた。

 だからこそ、感情に訴えかけられると、すぐに綻びが出る。

 これまで、敵と話す間もなく殺してきたが故に出来上がった、閑の数少ない弱点と言っても良い。

 

「ひよりを助けてくれようと、しなくて良いんだよ。もう大丈夫だから、ね?」

 

 霞む視界。

 やけに遠く聞こえる音。

 靄のかかった思考。

 全身に響く痛み。

 それらが閑に、諦めを訴えかける。

 

「ひよりと一緒に行こ、のどか。一緒に人を滅ぼしちゃおう」

 

 その中に届いてくる、好きな人の声。

 手を取れば楽になれるだろう。

 廿楽木閑にはそれが分かる。分かってしまう。

 何故ならば、廿楽木閑は単純な男だから。

 

「……いや」

 

 しかし、それでも。

 いいや、だからこそ。

 

「じゃあ、やっぱりだめだ」

 

 鈍い思考だからこそ、一番大切な気持ちに忠実になれる。

 楽になる道ではなくて、自分に対して最も誠実な答えを出せる。

 何故ならば、廿楽木閑は単純な男だから。

 

「──だって、その台詞は幾らなんでも解釈違いすぎる!!

「──は、はぁ!!? 何言ってんの!?」

「ひよりはそんなこと言わない! 言う訳がないだろ! 嘗めてんのか!!」

 

 あ、あっぶねー! マジで流されかけた!!

 叫んだからか、かなりクリアになった脳内で、閑が叫ぶ。

 血反吐を吐きながら、意味不明な激痛に晒されながら、それでも思う。

 あー! オタクくんで良かったー!

 

「ひよりはさぁ! もっと愛し、愛される存在な訳!!」

 

 両手に握られた光の剣。

 絶え間なく降り注ぐ光の雨。

 あちこちに残る残像、幻の攻撃。

 不規則に降りかかる重力波に、ランダムに配置された引き寄せられるフィールド。

 それらを機体制御と一本のビームサーベルだけで捌き──僅かな劣勢に立たされていた廿楽木機の動きが、一つ洗練された。

 マザーの手が、片方切り落とされる。 

 

「それでいて、我儘で甘えたがりで、強引で悪戯っ子で──俺の為なら全部使い果たせる……使い果たせてしまった女の子だ」

 

 ──ひよりからすれば、ここから逆転劇の始まりだ~! って感じなんだから!

 そんな言葉を、閑は思い出す。

 

「それに、俺はちゃんと報いたい。本当にひよりの心がそこにあるなら、ひよりの覚悟や行いは無駄じゃなかったよって、言ってやりたいから」

「────ッ、このっ、バカップルが!」

 

 一際強くぶつかり合って、大きく弾き合う。

 すかさず距離を詰める閑と対照的に、マザーは距離を取った──幾重もの光線を放ち、爆発を起こしながら。

 

「今更そんなので──……っと?」

 

 通常であれば、足止めにすらならないそれを前に、しかし、閑は急に追撃をやめ、いやにゆっくりと、丁寧に躱した。

 踊るように、確認するように──観察するように。

 

 数秒にも満たない間隙。

 刹那的な無音。

 それを切り開くように、閑はビームライフルを撃ち放った──()()()()()()

 しかしそれは、完全に透明化していた何かを撃墜する、という結果を齎した。

 

「……そうか、俯瞰してたのか。予め配置していた星骸と視覚を共有して、全方向から俺を観察すれば、動きの読みやすさは格段に跳ね上がるもんな……」

 

 独り言のような呟きが、マザーの意識を揺する。

 覚えのない恐怖が、マザーに一つの疑惑を抱かせた。

 

「(もしかして、()()なの? まだ、のどかは成長してる? これだけ完成していながら、未だ発展途上?)」

 

 ──マザーは、知る由もないが。

 《全能》──そう呼ばれる廿楽木閑は、初めてアイギスに乗った時から、一度たりともスキルアップしたことがない。

 その身に秘めた才能だけで、全てを踏み潰してきた規格外──故にこそ。

 彼にはまだ、莫大な伸びしろがある。

 そして今、死の淵に立ってようやく、廿楽木閑は初めて互角に近い敵と相対することで。

 初めて、その意思で高みへの一歩を踏み出していた。

 

「……それが、分かったからと言って!」

「? 分かったなら、あとはやるだけだろ」

 

 刻むような、三度の瞬間移動。

 その間に、十を超える爆撃音が轟いた──いずれも、星骸の死を意味する音。

 マザーが繋いでいた視界。その十分の一が、ブラックアウトする。

 

「だから──それが、何なのッて言ってるんだってば!!」

 

 確信を得る。

 たった一つの有りえざる真実から、マザーは目を背けない。

 この廿楽木閑は、彼女が知っている廿楽木閑を、とうに超えている。

 何故だ? 何がそうさせた? この男の何が変わっていたんだ? 前と何が違う? 条件はこちらが有利だったはずだ。

 その疑問を端から捨てていく。意味のない思考と断じて。

 

 今、必要な思考だけを選び取る。

 このままでは殺される。

 あの時とは違い、完膚なきまでに消される。

 

 その恐怖が、マザーの決断を後押しした。

 30万回を超える能力の使用。それは、星骸にも負担が無い訳ではない。

 それこそ、否が応でも姫埜ひよりとして過ごし、休息を取らなければならなかったほどに。

 

 やり直しへの希望と決意。

 マザーのそれは、姫埜ひよりにだって並びうる。

 

「この宙の住人に、人類は相応しくない! 一つの星を──あの青い星を食い潰したお前らを放っておけば、いつかこの宙さえ壊してしまう!!」

 

 眩むような、虹色の輝き。

 爆発的に膨れ上がり、輝くそれは、数多の星の泣き声。

 ──彼女らは、古くからこの宙に在ったもの。

 星々の代弁者──かつて、星々であったもの。

 星の骸から出でた、星々の意思そのもの──星の魂(アルマ・ステラ)

 

「今、ここで! のどかを──貴方を! 人類の希望を殺し、人を滅ぼす! そうすることで、この宙は安寧を得る!」

 

 これ以上の成長は許さない。

 身を削るほどの全霊を以って、マザーは再度、廿楽木閑攻略に向けて考えを張り巡らせる。

 《全能》──廿楽木閑がそう呼ばれる所以は、常人の遥か先を行く計算能力と、絶大的な勘によるものだ。

 それによって、本来比べるまでもないほどに、人間を圧倒するスペックを持つはずの星骸──マザーの先を、常に取っている。

 とうに人智を超えているはずの星骸でさえ、廿楽木閑相手に読みを通すことが出来ない。

 

 であれば、どうするか?

 答えは簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(五分も必要ない──十数秒あれば充分! これを、ひよりが……私が焼き切れるまで繰り返す!)」

 

 自らの死を前提とした、無限回数繰り返される時間遡行。

 永遠に等しい地獄のような刹那は、しかし、その分だけ無限の選択肢を持つ彼女の、希望の数でもあった。

 

「まずはッ、既知の確認から──躱してみせろッ!」

 

 後光の如し輝き。

 宇宙に花咲く爆光から生まれた、幾億の光線がそれぞれのルートを辿って廿楽木閑に殺到した。

 単純な攻撃、見え透いた策──けれど、物量を増やせば増やすほど、強いのは道理だ。

 

「うわすご……Noah、あれ躱すルート出せるか?」

『既に計算済みです、回避ルートはゼロですね☆』

「だよなー。ま、やってみるか」

 

 その中に、閑は気楽な一言と共に飛び込む。

 絶え間なく降り注ぐ光の雨。

 一ミリの隙間もないそれを、彼が突破したのは僅か10秒後のことであった。

 寸分の違いもなく、コアに光剣が刺し込まれる。

 

「……何で?」

「え……まあ、見えてるんだから、躱せるのは道理じゃないか?」

 

 

 ──やり直し。

 

 

「じゃあ、見えなくすれば良いってことだよね?」

 

 マザーが手を叩く。

 それだけで、廿楽木閑の視界はブラックアウトした。

 何度か瞬きをして、しかし視界が開けないことを、廿楽木閑は認識する。

 

「(……それだけじゃないな。音が聞こえないし、匂いもしない。触覚も飛んだか? 操縦桿を握ってる感じがしない)」

 

 五感の封印。

 戦場でなくとも、それは致命傷の異常事態だ。

 例え訓練された戦士であっても、パニックに陥ってもおかしくはない──

 

「──嘘。本当に人間?」

 

 その中にいながら、しかし廿楽木閑の射撃は非常に正確だった。正確すぎると言って良い。

 囮の二発。次いだ三発目が弧を描いてマザーを撃ち抜く。

 

「ん、まだ俺が死んでないってことは、正解を引いてるっぽいな。このまま押し切るか」

 

 繰り返すが、廿楽木閑の最も優れている点は、その思考能力にある。

 未来予知じみた精度の戦場予測──本物の未来予知と比べてなお、遜色ないそれは、脳内に現実の戦場を詳細に描き出す。

 

 マザーがどう動くか。星骸がどこにいるか。

 何をするか──それ以上に、何をしないか。

 予測に予測を重ね、無限の選択肢に全て正解することで、やがて眼を失くしてもなお、その目には現実を映し出す。

 

「で、この後は多重の光線。上上下右上左下下の順で空間固定。四度の瞬間移動、場所は左斜め上、目算200m先。最後の大爆発は、近くの星骸を盾代わりに突っ込める程度──だよな?」

「……ハッ、有り得ない」

 

 

 ──やり直し。やり直し。

 

 

「そう、そうだよ。じゃあ、思考の同調をすれば良い訳だよね? 私の思考も共有することになるけれど──逆を言えば、それで全くの互角になる訳なんだから」

 

 高速で流れる莫大な情報。

 しかし、たかが人間一人の脳内で巡るそれを、星骸が受け入れきれないはずもない。

 むしろ──

 

「(え、この程度……? 嘘でしょ、失敗した?)」

 

 想像を遥かに下回る情報量に、マザーは困惑を覚えるほどだった。

 拍子抜けしたと言っても良い──なのに。

 

「何で、読み切れない!?」

 

 撃ち抜かれる、撃ち抜かれる!

 思考の外から飛んできたレーザーを、マザーは躱せない。

 

「お前は引き金を引くのに、一々慎重に考えているのか?」

「それは──そうでしょ!? あぁ、クッソ……」

 

 

 ──やり直し。やり直し。やり直し!

 

 

「やつの攻撃自体はさほどの脅威じゃない──一旦、守りに入って堅実にいこう」

 

 ヒートアップする熱を、急速に落ち着かせてマザーは防御態勢へと入る。

 彼女を包む虹色のベール──それは、あらゆる攻撃を無効化する鉄壁の守り。

 現存する武装はおろか、仮にフィクションじみた攻撃でさえも防ぐだろう、言わば概念防御。

 負荷は大きけれども、これを廿楽木閑が抜くことは、まず不可能。

 

「……そのはず、なんだけどなー」

「それ、ちょっとタイムラグあるぞ。次からはもっと気を付けて展開しろよ」

 

 マザーの身体には、既に三つの風穴が空いていた──けれども、全てコアを外している!

 緩やかに接近してきた廿楽木機に、マザーは数十万の光線を放ち──やはり余裕をもって躱した彼に、ニヤリと笑う。

 

「──獲った」

 

 廿楽木閑の振るった光剣が弧を描き、マザーに傷一つ付けられずに弾かれた。

 瞬間、彼女は光剣を鋭く振り抜いて。

 

「え?」

 

 火花の一つも上げずに受け流された。

 機体の制動だけで水のように、滑らかに。

 フレームの表面を撫でるように、滑り落とされる。

 しかし──そう、しかし!

 

「それが、どうしたって──」

「良し、ここまで計算通り」

 

 マザーの視界を計算通り、光が包む──上空から降り注いできた、光の雨によって。

 防御を貫くことはない。アイギスが積んでいる程度の兵器であれば、恐れることはない──だというのに。

 マザーの負荷が受ける度に急上昇していく。

 さながら、自身の光線を受けているような──

 

「お、気付いた? そう、さっきのやつ。上手く受け流せば、こうして返すこともできるって、俺もさっき気付いたんだよ」

 

 防御が掻き消える。

 自身の力に貫かれたマザーの意識が、消し飛んだ。

 

 

 ──やり直し。やり直し。やり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直しやり直し!

 

 

 

 何度も何度も何度も何度も──何度だって。

 やり直して、やり直して、やり直し続けて。そして。

 

 百万を超えたところで、彼女の刹那は焼き切れた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

 

 不可視の重力波を感覚だけで回避する。

 ステップを踏むようにスラスターを吹かし、空間ごと固定されるのをやり過ごす。

 固定された空間を蹴り飛ばして加速する。光の雨をすり抜けるのは、今更容易いことだった。

 

「──よ、っと」

 

 振るったビームサーベルが、マザーの胴を切断する。

 まるで血のように溢れた虹色の光が、そのまま宙へと融けた。

 ……さて、そろそろ第二形態かなー、と思う。

 

 マザーは驚異の第四形態まであるバカボスだ。

 最初はアイギスで、次に龍。その次が不定形で、最後は人である。

 だから、まだ本番ではないと気を引き締めた──の、だけれども。

 

 虹色の光が、突如として霧散した。

 正面モニターに映っていた、光の巨人が薄れて消え始める。

 残されたのは、一人の少女だった──少女であったものだった。

 ひよりの目で、マザーが俺を見る。

 

「何で、どうして。どうしてなの?」

 

 それは、うわ言のようだった。

 ……え? いや、お前さっきまで凄い威勢よく叫んでたよね?

 人類を滅ぼすとか、宇宙を守るとか、そういうやつ。

 

 何でいきなり分からされたメスガキみたいになってんの?

 意図せず分からせた側に立たされるの、普通に不名誉なんですけど……。

 いきなり俺に分からせおじさん役をやらせるのは辞めてほしい。

 

「絶対防壁を何で破れるの? 重力操作を躱せる理由は? 五感が消えても圧倒されるってどういうこと……!?」

「俺の活躍が捏造されている! 身に覚えがなさすぎるんですけど」

「そもそも百万回も繰り返して、まだ知らない動きが出てくるって、意味わかんないよ……」

「……! うわタイムリープ使ってたのかよ、ずっこいなー」

「ずっこくない!」

 

 腰から上だけになったひより──マザーが、泣きそうな声でそう叫ぶ。

 コアを破壊した訳じゃないから、死ぬことはないだろう。

 しかし、再生するほどの余力はないらしい。

 俺の知らないところで、余程俺にタコられたらしい。

 

「ねぇ、何で? どうしてなの? 何で、何で、何で──」

「えぇ……? いや、まあ、それは、何というか……アレだよ」

 

 ほら、アレ。

 そう言えば、マザーは首を傾げた。

 我ながら口にするのは恥ずかしい。

 そんなことを想いながら、コホンと息を吐く。

 

「多分なんだけど、俺が天才パイロットすぎるんだよ」

「────……」

「それだけ。それより上の理由も、下の理由もない。俺、神様とかではないし」

「……何それ。馬鹿みたい」

「わはは。俺も、そう思う」

 

 でも、それ以外の理由を用意できそうにないからなあ、と。一息吐けば、一緒に血がこみ上げてきた。

 限界が近づいてきているのが、自分でよく分かる。

 どうしようもない死の感覚が間近に感じられる。

 だから。

 

「そう不満そうにするなよ……俺ももう、長くない」

「……とっくに死んでるはずの身体で、良く言うよ」

「技術の進歩様々ってやつだな」

「それ以上に、しぶとすぎるんだけどね、貴方が……」

 

 呆れた、と力なくマザーが笑う。

 見た目がひよりなだけに、胸が少し締め付けられる。

 

「最悪。割に合わない……私たちの、美しい宙が……」

「……それに関しては、まあ、ごめん」

 

 アルマ・ステラにおける人類は、地球の資源を食い潰した結果として、宇宙に移住した。

 そこに弁解の余地はない。

 

「でも、そこは……俺から、お願いしとくから。超偉い爺に。肝に銘じろよって。それで、満足してくれない?」

「ここからコロニーまで、一日は必要なのに? その前に死ぬでしょ、きみ」

「いや、できる。この戦闘は記録されてるからな。今の会話だって記録されている──機体さえコロニーに帰れば、問題はないよ」

 

 とは言え、ジジイがどう手を打ったとて、早々上手くはいかないだろうけど。

 俺たち人間は、少ない人数で宇宙まで上がってきて、それなのに、結局人同士で争っていたのだから。

 今すぐにどうこうすることは、きっと不可能だろう。

 

 ……でも、小さなきっかけくらいには、なれるはずなのだ。

 この世界の人間は、一度は星を壊してしまったけれど、だからこそ。

 その過去が──経験が、積み重ねが、次に活かされるはずだから。

 

 まあ、原作だと当然ながら、対話した主人公が普通に生きて帰ってくるから、もっとスマートなんですけどね……。

 かなりの綺麗ごと言って、丸く収まったりする。

 というか、実際に上手くやってるよ~、みたいな未来を仄めかして終わるので、俺としては結構楽観的ではあった。

 だけど、それは俺だけだし、説明するには難しい。

 

「……それに、俺を元にしたAIを遺していく。上手くやってくれるさ」

「自意識過剰──でもないか。貴方をコピーだとか、ほとんど不可能の領域だと思うけどね」

「ぐっ……」

 

 痛いところを突かれて、思わず表情が歪んだ。

 Noahの完成度は、正直言って高くない。いや、他と比べれば格段に高いのだが。

 単純に、データが足りていない。そこは否定できなかった。

 

「で、でも、ほら。努力はするから。だから、マザー……星の──()()()()。最後に一回だけ、人にチャンスをくれないか?」

「……何で、そんなことまで知ってるのかなあ」

「まあ、何となく。天才だからな」

「何それ、説明になってないよ」

 

 もちろん、俺がそれを知っているのは、ゲームをやっているからなのだけれども。

 それを説明できる気がしないし、そうする意味も、あまりない。

 

「……ひよりと同化したのは、失敗だったな。ひよりは誰よりも優しくて、愛ある女の子だったから。超影響受けてるの、透けてるよ」

「あは、知ってた。のどかを殺しきれなかったのも、それが原因だし。こうして会話する気になるなんて、ホントは有り得ないんだから」

 

 自虐するように、マザーが笑う。

 

「私はもう、人類には期待してない。でも……ひよりと、ひよりが愛した人には、期待してあげる」

「……悪いな」

「うん──まあ、だから」

 

 言って、マザーが光の破片を飛ばしてきた。

 それが、アイギスのフレームに溶け込むように消えていく。

 

「これは、餞別。精々上手く使えると良いね」

「……ありがと」

「どういたしまして……さて。もう終わりにしよっか」

 

 言いながら、マザーは両腕を広げた。

 その胸から、小さなビー玉サイズのコアが浮き出てくる。

 小さく、けれども眩く輝くそれを前に、小さく深呼吸をした。

 既にあまり感覚の残っていない手を動かす。

 それだけで、ぎこちなくアイギスが腕を振り上げた。

 

「言い残すことは?」

「ないよ──あ、でも、一つだけ」

「ん、どーぞ」

「ひよりの心は、ありがとって気持ちになってるよ」

「……そっか」

 

 震える手で、アイギスを動かした。

 光り輝くビームサーベルが、静かに振り抜かれる。

 虚空に浮かんでいたコアは、すぐさま光の中に溶け込んで、振り切られた先には何も残らなかった。

 その後を追うように、残されたひよりの姿が、朧気に揺らいで消えた。

 それを数秒眺め、ぐったりと力を抜く。

 

「あー……終わった。キッツ。死ぬ死ぬ、やばいやばい」

『はいはい、もーすぐですからねー。あ、見えます? マスター。お迎えに上がった、天使ちゃんで~す☆』

「お前はどっちかと言えば、小悪魔だろ……俺の残り寿命は? 分かる?」

『マスター次第ではありますが、30分も持たないかと。傷、完全に開いちゃってますし』

「何だ、思ってたより余裕あるな」

 

 というよりは、生命維持装置が優秀なのだろうか。

 全力で機体を動かしていた時は、全身に激痛が走っていたけれど、落ち着いた今は、嘘みたいに痛まない。

 さっきまで超吐いてた血も、全然吐かなくなったし。

 近未来ってスゲー。

 

「さっき貰った餞別、中身は確認できてるか?」

『……出所不明ですが、百万以上に及ぶマスターとの戦闘データです。だというのに、アイギスの容量を全く食ってません。ファンタジーですね』

「ま、ファンタジーエネミーだしな、星骸って」

 

 瞬間移動だの、原料謎のビームだの、重力操作だの、何でもやるのだ。

 そのくらいは出来て当然……なのかもしれない。

 

「それさえあれば、俺を再現するのは可能……だよな?」

『……間違いなく。あとは時間さえいただければ、マスターだって超えちゃいますよ』

「わはは。そりゃ最高だ……なあ。後は、流れでよろしくって言ったら、怒るか?」

『怒りませんよ、マスター……でも、もったいないですね。人類を救った英雄様になったのに、賞賛の一つももらえないなんて』

「その手のはもう、身に余るほど貰ったから良いんだよ……」

 

 言いながら、ゆっくりと目を瞑る。

 格好つけたこと言っといて、閉じた目に浮かんできたのは、初めてアイギスに乗った時のことだった。

 走馬灯のように、思い出が高速で流れ始める。

 

 ただでさえ掠れていた声が、更に小さくなっていく。

 自分でも不思議なくらい呼吸が浅いのに、痛みはない──まあ、これは生命維持装置のお陰だろうが。

 意識の尾だけを握るようにして、口だけを動かした。

 

「あーちゃんには、ごめんって。アルテマリアには、頼りにしてるって。爺には……親不孝で悪いって。オペさんには、お世話になりましたって。伝えてくれるか」

『……承知いたしました。他にはありますか?』

「そう、だな……」

 

 急激に襲い掛かってきた眠気を振り払いながら、頭を回す。

 ……あれ!? 全然思い浮かばないんですけど。

 ヤダ俺、知り合いいなさすぎ……!?

 あまりにも思い当たらな過ぎて、一旦ちょっとだけ面識のある整備士や、開発部とかにも言葉を残してみた。

 

「ああ、それから──Noah」

『え? あっ、はい』

「俺の死体は跡形もなく、消してくれるか。脳とか悪用されても困るし」

『ロマンチックのない遺言ですねぇ!? いや、ホントに……マジで! 本当にこれから死ぬ人の台詞ですか!?』

「クローン廿楽木閑とか出てきちゃったら嫌だろ」

『いやあの、私がこれから、そうなるようなものなんですが……まあ、構いませんが』

「助かる──これからは、お前が俺の代わりだ。後は頼むよ」

『──無論です。お任せください、マスター』

 

 心なしか、和らいだ声音でNoahが言った。

 それに、俺は馬鹿正直に安心して、もう一つわがままを言う。

 

「俺が死ぬまで喋ってくれるか? 前は、結構即死だったから……どうせ意識があるなら、最後まで話していたい」

『前……? もちろんですとも──あっ、どうです? Noahちゃん出生秘話とかから始めます?』

「いやそれ俺が聞き手に回るじゃねーか。話し手をさせろよ」

 

 言って、笑って。

 少しだけ話して、そして。

 わっ! と目の前が真っ白に染まった。

 

「いやっ、ちょっ、え? 何!?」

 

 極光が、眠気やだるさを吹き飛ばす。

 瞬間的に覚醒した俺の目に映ったのは、見知った女性だった。

 というか、ひよりだった。

 ……ひよりだった!!?

 

「おい、これ、何?」

『予測不能です、計算するまでもありません。有り得ない事象ですよ、マスター』

「あっさり言うねお前……」

『意味不明なことはもうお腹いっぱいなので──スキャンの結果が出ました』

 

 早いな、と思った。

 思っただけで済んでしまったのは、普通に喉が機能しなかったから。

 喉奥から血が零れて来て、声が出なかった。

 意識は起きても身体がついてこない。

 

『──星骸の反応はゼロ。そのひよりさんは、100%人間です』

「──……そうか」

 

 意味分かんねー。と思った。

 同時に、こっちが本命の餞別かもな、とも思う。

 マザー、相当ひよりの肩入れしてたもんな……あるいはそれは、同化したからこそ、なのかもしれないが。

 

「……俺が、死んでも。ひよりは必ず、コロニーに連れ帰ること」

『言われなくても分かってますよ、マスター』

「だよな、悪い」

 

 瞼がずり落ちてくる。

 衝撃的な事象に、ちゃんと驚くだけの体力がないらしい。

 

『ひよりさんに、遺す言葉はないのですか?』

「ない……いや、ごめんって……それも違うか」

 

 それでは謝ってばかりになってしまう。

 いや、まあ、、そもそも俺が一度負けてるのが悪いんだけど。

 

「ありがとう、だな」

『お、悪くない遺言ですね──記録しました。必ず伝えますよ、マスター……って、マスター?』

 

 Noahの心配するような声が聞こえた。

 返そうとしたけれど、口が開かない。

 

『マスター、マスター?』

 

 悪い、もうかなり眠いんだ。

 そんなことを思えば、Noahが声を和らげた。

 

『……おやすみなさい。良い夢を、マスター』

 

 それが、最後に聞こえた言葉だった。

 意識が底に沈んでいく。

 そうして、次の瞬間には────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 死んでないんですけど」

 

 ──全然生きていた!!

 目を開いた瞬間、飛び込んできたのは、見慣れない……けれど、確実に病院の天井だった。

 超点滴繋がれてるし、如何にも一命をとりとめた人って感じである。

 仮にこれが天国か、あるいは地獄だというのなら、人間界に染められすぎだと思う。

 あるいは、また転生した可能性も否めないのだが、近くに設置されている鏡が、その可能性を否定していた。

 だいぶ元気がなさそうな顔をしているが、間違いなく俺だ。

 

「ぐっ……ぁ」

 

 妙に力が入らない体を全力で起こす。

 どれくらい寝ていたのだろうか? 数日か、あるいは数か月か。もしかしたら数年とかかもしれない。

 誰かいないのか、あるいは呼べたりしないのか? そう思ったところで、

 

「おはよ、閑。久しぶり──じゃないか、アンタからしてみれば」

 

 明らかに十個は年上の、赤髪の大人な女性がそう言った。

 星間連盟っぽい軍服に身を包んだ彼女は、いやに懐かしいものを見るような目で、俺を見ている。

 

「何よ、その顔。知らない人を見る目すんじゃないわよ──アタシ、分かんない? アンタの幼馴染の……」

「……え、あーちゃん?」

「はい正解。でも気づくのが遅かったから、赤点ねー」

 

 ……は。

 はぁぁぁあああぁぁぁ!?

 声にならない叫びを発そうとして、「むぐっ!」と口を抑えられる。

 ここは病院だから、静かにね。とあーちゃんが言った。

 

「十年前、アンタはほぼ死んでる状態でコロニーに帰ってきたわ」

「……ほぼ?」

「ええ、そう。驚いたことに、何故かアンタはまだ生きていて、見知らぬAIが取るべき処置を叫んでいた」

 

 それが、Noahのことだと察するのは容易だった。

 ビックリしただろうな、あいつ。俺が中々死ななくて。

 

「それに従った訳じゃないけれど……結局のところ、星間連盟はアンタをコールドスリープさせることにした。いつか、アンタを救う技術が確立するまでの、時間稼ぎとして。総司令官の即決だったわ」

「コールドスリープって……あの、良くある冷凍する的な?」

「──概ね、その理解で良いわ。正確にはナノマシン入れたり、色々あるけどね──ま、そんな訳で、アンタは十年越しに目を覚ましたって訳」

「なるほど……」

 

 要するに、ジジイに救われたのか。

 十年経ったけど生きてんのかな──とか考えていれば、不意にゴォン! と激しく揺れた。

 何が? もちろん、俺が──ではなく、建物が。

 あるいは、世界そのものを揺らしたかのような、地響きが轟いた。

 

「っと、こんなことしてる場合じゃないわね。他にも聞きたいことはあるでしょうけど──まずは、アタシたちを助けてくれないかしら」

「……は? いやごめん。何て? 助ける?」

「アンタをコールドスリープから起こしたのは、治療技術が確立したってのもあるけど、その為なのよ……信じられないようなことを言うけれど、アタシたちは今、未曽有の脅威に晒されているわ」

 

 ペラペラペラリとあーちゃん(自称)が情報を流し込んでくるのだが、ふわーっと頭に入ったそばから抜けていく。なにこれ新手の情報攻撃?

 取り敢えず、何にも分かんないから、テキトーに頷いていると、あーちゃん(自称)が「助かるわ」と言った。

 

「それの名前は、星間管理マザーAI:Noah

「嘘でしょ……」

 

 あまりにも聞き覚えのある名前過ぎて、ちょっと面白くなってしまった。

 最近──俺にとっては──知り合ったばかりの、バカ女AIの名前なんですけど、それ。

 え!? どういうことなんですか? それは。

 

「人類には失望したとか、一度滅ぼした方が良いとか、何にも学習してないとか、実に耳が痛いことを言われているの」

「最悪の闇落ちの仕方をしてる! え!? あいつ、そういう病み方する女だったんだ……」

 

 何か嫌だなあ、という感想と、まあ確かにそういうタイプっぽいよな。という嫌な実感があった。

 多分なんだけど、十年近く寝てた人間に流し込んでいい情報ではない。

 

「てか、それはつまり、俺のアイギスがあるってことで良いのか……?」

「用意してあるわ──フィオラが、いつか絶対必要になるからって」

「うわぁ……」

 

 それってさぁ、いつかまた俺と戦いたいみたいな、戦闘狂的マゾ思想なんじゃない……?

 そこまで思い当たって、考えることをやめた。

 これ以上は何かがまずい気がする。

 藪をつついて蛇どころか、鬼を出す趣味はない。

 

「起こしたばっかりで、いきなりアイギスに乗れだなんて、意味不明で、無茶なのは分かってるけど──」

「大丈夫だよ……ほら俺ってばさ」

 

 こほん、と一息を置く。

 それから、自分を鼓舞する意味でも、にやりと笑って落いた。

 

「多分なんだけど──」

「──天才パイロットすぎるから、でしょ? あは、十年越しでも変わらないなー、のどかは」

 

 紡ごうとした言葉が横取りされた。

 馴染みのある声に。

 思わず息を呑んで、視線を向ける。 

 

 そこには医者なのか、白衣に身を包んだ美女がいた。

 長くなった綺麗な銀髪が、さらりと揺れていた。

 美しいブルーの瞳は、どこか静謐さをたたえている。

 それでいて、ふわりと朗らかに彼女は笑っていた。

 

「おはよ、のどか」

「おはよう、ひより」

「……」

「……」

 

 ただの挨拶を交わした後は、互いに何も言わなかった。

 いや、いいや。

 何も言えなかった。

 ひよりは静かに俺の下に歩いてきて、ベッドの傍で立ち止まった。

 縮まった距離感のまま、視線が絡み合う。

 

「……実は、止めに来たんだけど。もしかして、無駄?」

「だな。事情が事情だし、止まる気はないよ」

「泣くって言っても?」

「泣くって言っても。帰ってきたら、涙拭ってやるから」

「何それ、遅すぎだよ──本当、遅い。待たせすぎ。ごめん、ありがとう、大好き」

「おい、一言に全部詰め込むな! どう受け取れば良いか分かんなくなっちゃうだろ──また、後で。ゆっくり話そう」

「──うん」

 

 軋む身体を叩き起こして立ち上がる。

 ベッドから出た身体は、記憶よりやや不健康的だ。

 全身にちゃんと血が巡っていくような感覚を数秒味わった後に、小さく息を吐く。

 

「……あーちゃんも。気まずそうな顔してないで、俺がいない間に、ひよりと仲直りしとけな」

「なっ、つ、うぅ……よ、良く分かったわね」

「そりゃ分かるでしょ、状況的に……」

 

 俺を叩き起こして戦場に出てほしかったあーちゃんと、それを止めたかったひよりの構図である。

 間違いようがなかった──2人とも、頭固いしな。

 

「どっちも悪くないんだから。俺が理由で喧嘩するのはやめろ、しょーもない。それでも26歳か?」

「あーっ! のどか、年齢のことを言うのは反則じゃない~!?」

「先にここでとっちめた方が良いかもしれないわね、どう思う? ひより」

「あは、さんせ~い」

「いやあの、共通の敵を見つけた的な感じで、仲直りして欲しかった訳じゃないんだけどなー?」

 

 まずい! と思って背を向けた。

 馬鹿みたいなノリに後押しされるように駆け始めれば、重なった声が届いた。

 

『──行ってらっしゃい、のどか』

「──うん、行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 





完結となります。

感想・評価・ここ好きありがとうございます。ありがとうございました!

最初は6万文字くらいの、終始展開が転がるような超ハイスピードロボット物の短編にする予定で話を組んでいたのですが、紆余曲折あって速度が落ち、ほぼ2倍の文字数になったにも関わらず、走りきれたのは皆さまの反応があったからだと思います。

ありがとうございました、ではまた次回作とかで~。
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