世界が燃えていた。
空から降り注ぐのは、美しい人工太陽のシミュレート光ではなく、星骸の吐き出す熱線と、迎撃に失敗した星間連盟軍の悲鳴。そして壊れゆく都市の残骸だった。
第十コロニー:ラスト・アイリス。
私の世界はあの日、あまりにも呆気なく崩れ落ちた。
「あーちゃん! こっち、早く!」
幼馴染の、ひよりの叫びが耳朶を叩く。
いつもは私に手を引かれなきゃ、どこにも行けないような子なのに、こういう時ばっかりは頼りになる。
そんな感想を、どこか他人事のように抱きながら、私は呆然と見上げていた。
地鳴りのような爆鳴。砕け落ちる建物。
飛び舞う無数の、結晶じみた身体を持つ生命体──星骸。
科学の粋を集めて作られたというアイギスが、まるで玩具みたいに壊されていく。
それら全てが遠い世界の出来事のようだった。
まるで悪い夢を見ているような、テレビの中の出来事であるような。
その中でぼんやりと、死というものを理解した。
ここで死ぬのだという曖昧な、けれども濃厚な感覚。
すぐそこまで迫っていたであろうそれは、しかし白刃のもと切り裂かれた。
『うおっ!? 良く避けて斬ったな俺! 天才なんじゃない!?』
メインカメラが潰れ、装甲の半分が剥がれ落ちているアイギス。
そのスピーカーから、実に聞き慣れた声が響いたせいで、夢から覚めたような気持ちになったのだ。
「……のどか?」
私の家のお隣さん。ひよりとは違う、もう一人の幼馴染。
普段から「将来の夢? 長生きすることだな」だとか、「馬鹿お前、あんまり近づくな。好きになっちゃったらどうすんだ」だとか、訳の分からないことを言っている男の子。
『……っと、あーちゃん。そこ危ないぞ、避難しとけ──大丈夫、俺が守るから』
それは、これまで聞いたことないくらい、自信に満ち溢れた声音だった。
いっつも微妙に頼りないやつが何言ってるのよと、そう言おうとして。
「──ッ」
そのアイギスは美しく飛翔した。
損傷していることを忘れさせるほど優美に、けれど力強くスラスターを吹かして、弾丸の雨をすり抜けていく。
ビームサーベルが振り抜かれる度に、星骸が爆散するようだった。
慣性を無視したかのような挙動は、まるで踊っているようだった。
あらゆる武器を使い捨てる様は、遊んでいるようですらあった。
そうして彼は、ただ一度の被弾もすることなく、コロニーを救って見せたのだ。
──それが、私の原風景。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
チュートリアルから一晩が経過した。
ゲームであれば、一年生の半数は死んでいたせいで、完全にお通夜だったクラスの雰囲気も、和気藹々としていて良い感じである。
最近は仲の良いグループも決まってきて、手探りながらも楽しく過ごせているようだ。
……まあ、俺だけ浮いてるんですけどね。
ただでさえ、パイロット科というのは、パイロット志望の人間が集まっているクラスである。
そんな中で、俺は正規のパイロットな訳だ。そりゃ誰も話しかけねーよ。
俺が逆の立場だったら絶対近寄らねーもん。
偉い人って基本的に怖いんだよな。分かる分かる。
仕方がないと割り切って、せめて主人公くんとだけでもコミュっておくかと思ったのだが、これがマジで見当たらない。
え? いやあの、どこにいる訳? 本当に見た覚えがないんですけど。
ただでさえ、根っこが陰キャすぎて、ちゃんとした理由が無いと、他人に話しかけられないというのに……。
これでも幼少期は、友達が多かった自負があるのだが、星間連盟に引き取られてから無限戦闘編に入っていたせいで、他人とのコミカルなコミュニケーション方法を完全に忘却してしまった。
これでは武器を介してでしか、他人とコミュれない時代錯誤の侍になってしまう……。
刀を交えることでしか、相手の本当の気持ちは分からない、とか言い出してしまいかねない。
い、嫌だ……。
俺はまだ、山奥に住んでるやばい戦闘狂の爺にはなりたくない……。
誰か俺を助けてくれ……! と無言で祈っていたら、ポーンと頭をはたかれた。
「なーに寝たふりしてんのよ。おはよ、閑」
「おぉ……」
「な、何よ、そんなじろじろ見て。なんか変だった?」
「いや、オタクに優しいギャルみたいだなと思って」
「あ、オタク君の自覚はあったのね」
軍人になっても変わらないのねー。なんて言って笑ったのは、あーちゃん……
もっと分かりやすく評するならば、第二ヒロインだ。
真っ赤な長髪と、如何にもなツンデレがチャームポイントな、俺の幼馴染である。
……いや、あの、うん。
そうなんだよね、またしても幼馴染なんだよね。
ただ一つ言い訳をさせて欲しい!
そもそも、ひよりとあーちゃんが幼馴染なのだ。
そうなったらもう、二人の幼馴染になるしかないじゃない……。
どっちかだけの幼馴染は無理だよ。
「天下の《全能》様がボッチだなんて、世も末ねぇ」
「違うな、俺くらいになるとボッチじゃなくて、孤高って言うんだよ」
「それは何が違うのよ……」
「……見栄えとか?」
「ダサ」
至極辛辣な二文字を言い放ったあーちゃん。俺に20のダメージ! 俺は死んでしまった……。
ガクッと机に伏せれば、んふふと気の抜けた笑いを漏らすあーちゃんだった。
うーん、可愛い。
幼少期から思っていたが、会えなかった数年の間に、すっかりと仕上がった。
流石は人気投票二位のヒロインである──言うまでもないような気はするが、一位はひよりだ。
まあ、だからといって、彼女がいわゆる負けヒロインであるのか? と問われれば、それ少し違う。
ルート選択制のゲームなのだ、アルマ・ステラは。
ひよりルートがいわゆるトゥルーだから、人気が高いのは当然と言えるだろう。
「……で? この間のは何なのよ」
「この間って?」
「実技演習よ。この目で見たし、ログも何度も見たわ。意味わかんなかったけど」
でしょうね、と俺は肩をすくめた。だって、俺が見ても意味わかんねーもん。
ログって言っても二秒くらいで終わるからね。ライフル撃って終わりなんだから、当然ではあるんだが。
「あれ、どういうこと? 何で当てられるの? 広域レーダーの観測結果から、星骸の速度はマッハ3に達していたことが判明しているわ」
「アイギスのレーダーにはかかってたろ、そっから速度計算して予測撃ちした」
「……え、予測なの?」
「逆にそうじゃない場合って、あんまりなくないか?」
音速を超えているやつを見てから当てる──そんな芸当が出来る奴は、シンプルに人間じゃない。
あっちは音速超えて飛行する化け物だぞ? 見えるってやつは、どういう動体視力してんだよ。
一般人に出来ることと言えば、速度を考慮に入れたルート計算をして、弾を置いておくことくらいだ。
あとはもう、己の勘に頼るのみだな。
「……流石、《全能》ね」
「あ、そうやって呼ぶのやめてねー」
「あら、良いじゃない? 私たちを置いて軍人さんをやってた人には相応しい、栄誉ある称号だと思うけど?」
「ぐ、ぐぅ……ごめんってぇ!」
平謝りする俺だった。
クラスの視線が「うわっ、え、何?」って感じで集まってくるのを感じるが、撤回するわけにもいかない。
あの日──コロニーでの戦闘を終えた後、親を亡くした俺は星間連盟に引き取られた訳だが、ひよりやあーちゃんまで一緒だった訳ではない。
実を言えば、連れていくことは可能だったのだが──そんなことしたら、原作をぶっ壊しちゃうからな。
要するに、置いて行ったのだ。俺は。
だからまあ、この学園で久々の再会を果たしていたりする。
「冗談よ、戦果は度々耳にしていたわ。えぇっと──
「おい……やっぱり揶揄ってるだろ」
「いえいえ、まさかまさか。んふふ、かっこいいじゃない」
「笑ってんじゃねぇか! 改めてはずくなってくるからやめろってぇ!」
独立遊撃特務士官。
ゴテゴテの漢字だけで構成された俺の肩書は、非常に特殊なものだ。
それこそ、ゲームでは主人公だけが持っていた……何と言うか、単独での戦闘を許されてる的な役職である。
だからこう、口にされると何か……恥ずかしい。
中二心をつんつんされてる感じだ。
「つーか、ひよりはどうしたんだ? お前ら2人で1セットだろ」
「んー、それはアタシの台詞ね。あの子、アンタを起こしに行くって言って、部屋出たんだから」
「……?」
「……?」
互いに顔を見合わせて、疑問符を浮かばせて数秒。
俺たちは、示し合わせていたように立ち上がった。
「行きましょ」
「おう」
──ひよりは俺の幼馴染だ。それに加えて、あの容姿である。
要するに、結構な有名人なのである。だというのに、あの人当たりの良さだ。
つまり、今時期一人で出歩かせると、ひよりはめちゃくちゃ絡まれやすい、そういうことだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ストップ」
教室を出て、すぐにあーちゃんがそう言った。
あーちゃんの見ている方に視線を向ければ、ひよりの姿が目に入る。
廊下の壁際で、見覚えのない少女と向かい合っていた──だけど、その雰囲気は予想に反し、実に和やかである。
無用な心配だったかな──と思ったのだが、多分俺たちが普通にセコム過ぎるだけだった。
あーちゃんがいたから何とか「過保護だな~」くらいで済んでいるのだが、これで俺だけだったら「キモ……」となる可能性が出てきて身震いがしてくるレベル。
大人しく教室に戻ろうか……と思ったところで、
「珍しいわね」
なんてことを、あーちゃんがポツリと言った。
何が? という目を向けると、あーちゃんが「だって、ほら」と口にする。
「あの子がぎこちなさそうに喋ってるの、珍しくない?」
「え? あー、確かに」
ここ数年でコミュ力削ぎ落とした俺とは逆に、コミュ力の化け物という設定を持つのが、
初対面の相手とだってPerfect Communicationを叩き出せる彼女が、しかし、薄っすらとだけ困ったよう顔をしていた。
いや、いいや。
困っている──というよりは、ペースを乱されている、というのが的確かもしれない。
まあ、ひよりも人間だしな。
合わない相手がいてもおかしくはない──それこそ、原作主人公なんかは最初、そんな感じだったか。
凸凹な二人が、戦場を共に超える度に絆を育んでいく──そんな、実に王道な成分も摂取できるのが、アルマ・ステラの魅力と言えるだろう。
「パイロット科の制服よね──転入生?」
「この時期に? この前入学式やったばっかだぞ、俺たち」
「んー、転入っていうか……一人、入学が遅れてる子がいるって聞いてるわ。その子じゃない?」
「ふぅん……?」
本当に全く知らない情報が出て来て、思わず腕を組む。
……え? そんなイベントありましたっけ……。
ちょっと寡聞にして存じ上げないんですけど。一体何が起こってるんですか?
いや、まあ、流石に顔見れば思い出すか!? と、ひよりの対面に立つ少女へと目を向けた。
そうすれば、飛び込んできたのは煌びやかな金色だ。
肩を過ぎたところまで伸ばされた、黄金色の髪。
ゆるやかにウェーブしているそれを目で追うと、彼女の瞳が虹色であることに気付いた。
……知らない。え? マジで見たことない!
こんな、如何にもメインキャラクターですよ! みたいな風貌であるにも関わらず、全く見覚えがない!!
何度脳内検索をかけても、まるでヒットしないんですけど?
だ、誰ぇ!? 誰なのぉ!?
「……随分、まじまじと観察するのね。なぁに? 閑はあーいう女の子が好みなんだ?」
「え? いや、見た目の話をしたら、俺はあーちゃんが一番だけど……」
「──は、はぁ!?」
「うお声デッカ」
激怒によるものか、髪と同じくらい顔を真っ赤にするあーちゃんだった。
チッ、しゃーねーだろ。
前世の俺の推しだぞ。あーちゃん。いや別に、今もそうではあるけれど。
ツンデレヒロインが、たまにデレる瞬間が一番尊いんだから。
こんな殺伐世界じゃなかったら、とっくに告白して振られてるとこである。いやここでも振られちゃうのかよ。
「あ──アンタ、どこでも誰にでも、そんなこと言ってる訳じゃないわよね……?」
「あーちゃんは俺を何だと思ってるんだよ……! 仮に相手を選ばず言ってたら、今頃俺は超絶人気者か、あるいは超絶嫌われ者かのどっちかになってるだろ」
「……まあ、ギリ後者に近いのかしら?」
「ま、まだ嫌われてないから! 敬遠とか遠慮されてるだけだから! 俺はここからが強い! やれます、自分友達百人いけます!」
「話しかけられ待ちして途方に暮れてた人の台詞?」
「ぐう……」
KO!
隙の無い見事な連打で、普通に意識が飛びかける俺だった。
言いすぎだろと言ってやりたいところであるが、ビックリするくらい全部事実である為、口を噤む以外できることがない。
本当にあった怖い話にノミネートできそうである。
「──別に、友達なんていなくて良いじゃない」
「うわっ、急に俺みたいなこと言い出すのやめろよ……何? 病んでるの? どしたん、話聞こか?」
「ああ、いや。アタシの話じゃなくて、閑の話ね」
「なるほど、実はサイコパスだったってオチか」
友達なんていなくても良いって、自分のこと以外で言うことあるんだな。
まさか相手に向けて言うパターンがあるなんて知らなかった。え? 俺のこと嫌いなん?
「アタシと、ひよりがいるでしょって言ってんの。両手に花なんだから、それ以上望むのは贅沢ってものじゃない?」
「……一理あるな」
「四捨五入したら百理ね」
「どこを切り捨ててどこを入れたのん?」
あんま意味の分かんないことを言わないで欲しい。まだ顔が赤い辺り、頭まで茹ってるのか?
とはいえ。
そう言ってくれたことは、シンプルに嬉しかった。
あーちゃんのこういう、偶にシレッとデレてくれるところがすげ~~好きなんだよな。
これで二人が正ヒロインじゃなければ完璧だったまである。
でも、まあ、偉大な科学者も完璧とは絶望だと言ってたからな。
これくらいが、俺たちにはきっと、ちょうどいい関係性なのかもしれない。
「ま、それなら末永く頼むわ。みんな仲良く老衰で逝こうな」
「アンタね……もうちょっと、ロマンチックな言い回しとかなかったのかしら」
「……死ぬ時は一緒だぞ?」
「センス0、赤点ねー」
とか何とか言ってたら、ひよりの方は話が済んだらしい。
金髪の少女が目の前を通り過ぎていく。ふわりと鼻孔をくすぐる、甘いバニラの匂い。
思わず目で追いそうになって、
「あー! のどかいた~!」
という声に振り向かされた。
駆け寄ってきたひよりが、まるでマイクを持ってるかのように、握った手を向けてくる。
「せっかく迎えに行ったのにいなかったんですけどー? 被告人は、弁明をどーぞー」
「えー、来るのが遅いと申しており、こちらには一切の非がないと……」
「ふんっ!」
「いってぇ!!」
鋭い蹴りが脛に突き刺さり、その場に沈み込む俺だった。
この威力……成長したな、ひより……!
「それより、ひより。さっきの子は?」
かつては勇者に指南していたが、何かがあって闇落ちし、勇者の前に立ちはだかるものの、最後には倒される師匠ごっこを脳内で広げていたら、あーちゃんが単刀直入に聞いていた。
よっこいせと立ち上がり、手を払う。
「えーっとね、うちのクラスの子だって。ちょっと事情があって、初日から来れなかったんだってー」
「何だ、そうなると、あーちゃんの予想通りか」
「そうなるわね──名前は?」
「フィオラちゃん。フィオラ・アルテマリア……だったかな。綺麗な名前だよね~」
「は?」
思わず一音。喉から零れ落ちる。
思考が急に止まって、動きが固まった。
「……のどか? どーしたの? 何かあった?」
「あ、ああ、いや」
何でもない──と口にしながら、聞いたばかりの名前を反芻する。
フィオラ。
フィオラ・アルテマリア。
それは、驚くほどの聞き馴染みのある名前だった。
何故なら、それは。
アルマ・ステラにおける──主人公の、デフォルトネームなのだから。
「(いや待て待て待て待て待て! 何だ? 何がどうなってる? どういうことだ!?)」
止まった思考を、無理矢理フル回転させる。
口元に手を当てると、ひよりが「本当に?」と顔を覗き込んできた。
見かねたようにあーちゃんが、眉根を細めて言う。
「ちょっと、閑?」
「──……すまん。平気だ。悪い、ちょっと頭痛がしてな。あと吐き気と熱と、全身の倦怠感がやばい。鼻水と咳も出てきたぜ。こりゃ今すぐ部屋に戻って休まないとだなー!」
「絶対仮病だー!? 清々しいくらい嘘一色だ!? ほらもー、馬鹿言ってないで教室行くよー!?」
あーちゃんが呆れたようにため息を吐き、ひよりが俺の手を取り歩き始めた。
それに従うように足を動かして──やはり、考える。
確かに、ゲームでもフィオラ・アルテマリアは金髪だった。
それから虹色の瞳だって持っている。肌は白い方だし、線は細い方だった。
いや、それなら気付けよって思うかもしれないが。
でも、違うのだ。
そう──違う。俺の目が節穴だった訳でもなければ、俺の記憶力が終わっていた訳ではない。
だって、だって。
……え? これ本当に、どうなってるんですか?