アルマ・ステラには、
『争いによる人の死をなくす』という理念を掲げるそれは、しかし、作中では敵対組織として描かれている。
元は星間連盟の内部組織であったが、方針の違いによって独立した──と語れば、何となく背景が掴めるだろうか。
まあ、何だ。
要するに、悪の組織なのだ。
宙央同盟という組織は。
その美しい理念とは裏腹に、彼らは平気で殺人・誘拐・テロ行為に及び──人体実験だって、無数に行っている。
──そう、フィオラ・アルテマリアの人体実験を行っていたのは、宙央同盟である。
彼女は9歳になるまで宙央同盟にて、監禁され、人体実験を行われていた。
だから──目の前の彼、あるいは彼女も、その被害者であると考えるのは容易であった。
星骸の力を手に入れようと、今なお行われている、人体実験の成れの果て。
コアを移植され、部分的に星骸の力を宿したものの、そのスペックは非常に低く、言語能力や思考能力を大きく欠損し、肉体そのものに異常を発したものたち。
確かにゲーム内でも、レムナントとはたくさん戦った──戦った、けれど。
幾ら何でも登場が早すぎる! 五面とかからじゃなかったっけ!?
あと、特徴が特徴だから分かったけれど、こんなやつ見たことないんですけど……。
本当に誰だよ……!
しかも、直接戦闘って。
最終戦以外でしたことねーよ。アルマ・ステラはロボットゲームだぞ……。
あとなんか、俺を捕らえるとか言ってるし。
ちょっと話が違い過ぎる。
「あーちゃん、下がって。でも銃は抜いて、いつでも撃てるように。ただし、撃って良いのは俺の合図があった時だけ。良い?」
「わ、分かった──ええ、もう大丈夫。動揺は抜けたわ」
「なら良かった、ついでにどっかに連絡って出来る? 俺はできないんだけど」
「……こっちもダメ。電波が遮断されてるみたい、こっちから発信するのは難しいわね」
「了解。じゃあ、一番早いやり方でいこう」
腐っても星間連盟は、この世界における最大規模の組織だ。
その中枢に近い、この学園の設備や警戒体制は非常に高い。
こちらからコンタクトを取らなくても、近いうちに誰かがこの異常に気付くだろう。
それが十分か、十五分かは分からないが──無論、そんなに待っていられる訳もないのだが。
「そっちは抜かなくて良いのか? 待ってやってるんだが」
「ハ、はhaha──!」
哄笑と共に、レムナントは走り出し──その姿を消した。
高速移動じゃない、瞬間移動じゃない──透明化か!
「よっ……と」
テーブルを乗り越えて、そのまま足を勢いよく振り上げる。
それだけで、何かがつま先にヒットした感触が走った。
確かな重みと衝撃。未だに透明ではあるものの、僅かな呻き声を拾う──分かりやすいな。
「てかこれ、俺が嘗められてるのか……?」
間髪入れずに二、三、拳と蹴りを叩きこむ。
レムナントと言ったって、元は人間だ。何もかもが得体のしれない怪物になった訳じゃない。
だから、急所は変わらない。
頭、鳩尾、股間を連打して、その頭を掴み──
「終いだ」
──その口に、銃を捻じ込んだ。
直後に、銃声が二発響く。それなりに馴染みのある衝撃が、手先から全身に伝わってきた。
ガクン、とレムナントの力が抜ける。
完璧と言っても良い透明化が解かれ、その肥大化した頭に空いた、二つの穴からは、夥しい量の血が流れ始めた。
死んだ……よな? うん。死んだ。
「制圧完了──ま、こんなところか。何か……めっちゃ弱くて助かったな」
「……いや、アンタは何で、敵の位置とか状態が分かった訳? え? 見えてたの? 私の目が変だった!?」
「や、もちろん見えてなかったけど、それ以外は見えてたし……」
仮に、本体が見えなかったとしても、それ以外が見えているのであれば、自ずとそれの位置は浮かび上がってくるものだ。
加えて、随分と音を立てていた──透明化にかまけていたのか、隠密行動は苦手らしい。
となると、そりゃどこにいて、何をしようとしているかなんて、目に見えていたも同然と言えるだろう。
「……何か、アンタに聞いた私が間違っていたわね、これは……」
「何で!? ちゃんと説明したじゃん……!」
そう叫ぶと、「はぁ~、やれやれ」みたいな感じで肩を竦めるあーちゃんだった。
な、納得いかねぇ……。
俺がどう説明すれば分かるんだ……? と腕を組めば、あーちゃんが難しそうに眉を顰めた。
「それより、この人って……」
「レムナントだな──って言って、ごめん、分かるか?」
「あら、もしかして今私、馬鹿にされてたりする?」
「いやしてないしてない! 一応の確認だから!」
宙央同盟がそういう組織であること。
非人道的な行いを、今なお行っていること。
その過程で生み出されたレムナントが、このように利用されていることは、この世界においては常識だ。
というか、常識じゃないとやばいだろ……。
基本的にただのテロリストだからね、この人たち。
ただでさえ、俺たちは星間連盟に所属してる訳だしな。
「ふぅん……でも、実物を見るのは初めてね。閑は?」
「俺も直接相対するのは、四、五回目ってところかな」
パイロットとはいえ、長いこと軍人をやってれば、白兵戦に巻き込まれることが時折ある。
つまりはそういうことだった──てか、そうでもないと、流石にここまで動けない。
透明になる敵なんて、当然だけど、初めてだったしな。
しかもあの感じだと、透明化している間は、センサーの類には一つも引っかからないのではないだろうか──そう考えれば、ここまで侵入してきたことにも、説明がつく。
だから、ある意味では、ここで仕留めることが出来て良かった。
いや、まあ、何でかは知らないが、目的が俺だったからなんだけど……。
「てか、透明化って。ネビュペンかよ……」
ネビュペン──ネビュラペンドラ。
アルマ・ステラの誇るクソボスの一つであり、第三面のボス。
クソボスランキングTOP5には必ず入るそいつは、ムカデ型の巨大な星骸だ。
何がクソって言えば、まずは透明化することだよな。
目視だと何となく分かるのだが、アイギスのセンサーにはまず映らない。
だから、攻撃に対して警報が鳴らないし、ロックオンもできないので、かなりの腕を要求される。
攻撃自体も、基本的には不可視の音波攻撃なので、普通は専用装備が必要……という感じだ。
とはいえ、その代わりとでも言うように、火力は低めで、かなりやわいし、HPも低めに設定されているのだが……。
節の一つ一つがコアなので、だから何? という感想しか出てこないのだった。
何か……百個あるんだよね、コアが。
ムカデ──百足、百本の足。だから節も百で良くね? という論理らしい。良い訳ないだろ。
しかも、チンタラしてたら再生するし。
もう意味が分からん。
ゲームで初めて相対した時も、流石に「なんて?」しか言えなかったもん。
だから、実際に戦うとなったら、相当な長期戦を要求される──油断をしていたら、そりゃ誰かを死なせたっておかしくはない。
そしてそれが、あーちゃんだった、ということなのだろう……うん?
……そうだ。
ネビュラペンドラの特徴はその通り、透明化する以外に、
「──しまっ」
「m,mmmmmmmmaヌ、ケ、ガ!」
絶叫が響いて、鋭く手を叩き上げられた。
握っていた銃が弾き飛ばされる──手首から上が、痺れて動かない!
まずいまずいまずいまずいまずい!!
「くっ、うおおおおあああ!?」
「a,aアア! ア!? ゴッ!? ガッ、Gi!?」
突き出してきたナイフを横合いから弾き、突進するように肩から全身でぶつかった。
そのまま肘打ちして距離を作りあげ、頭から腹までを満遍なく殴り倒す。
「かっ……たいなぁ、おい!」
半透明の青白い肌は、しかしその見た目に反して、異様に硬化している。
何度も殴打してたらこっちの手がイカレそうだ──でも、問題ない。
いやぁ、本当に銃持ってきといて良かったな……。
「あーちゃん! 頭! それから心臓! そんで腹!」
レムナントが怯んだところを蹴り飛ばす。
真っ直ぐよろめいたレムナントの姿が、あーちゃんから良く見えるように、横に跳びのいた。
「──任せて」
瞬間、銃声が三度響いた。
高速で宙を裂いた銃弾は、過たずレムナントを穿つ。
頭、心臓、腹。
三つの穴が空き、鮮血が噴き出した。
「──ァ」
小さく、短い断末魔の後に──再度、レムナントが頽れた。
膝を地について、そのままゆっくりと正面に倒れ伏す。
今度こそ、本当に死んだだろう──殴った時に確認した、こいつに移植されていたコアは、全部撃ち抜かれてる。
わざわざ全身でぶつかってまで、どこに何個あるのか確認したんだから、他にコアはないだろう。
……な、ないよね? ちょっと不安なんだけど。
「あー、ビビった……。マジで心臓止まるかと思った……。ナイッショ、あーちゃん」
「ゲームみたいなコメントしてんじゃないわよ……も、もう、動かないのよね?」
「多分な、コアは全部潰したから──や、本当に助かった、ありがとう」
あんなに気合を入れ直したはずなのに、自分がまだ油断していたことが分かって、冷や汗が止まらない。
弾かれた俺の銃とか完全に壊れてるし、最悪、長期戦に入っていた。
こいつは──ネビュラペンドラのコアを移植された、レムナントだ。
能力を見た時点で、察するべきだった。俺にはそれが出来たのだから。
透明化で満足してるなんてチョロいね~wとか思っていた、さっきまでの俺、超張り倒してぇ……。
「いや、反省は後にするか──オペさん、聞こえる!? 聞こえるよね!?」
『──はい、廿楽木特務士官。こちらは緊急回線ですが、間違いありませんか?』
「ない。学園内に侵入者あり、宙央同盟のレムナントだ。目的は俺の捕獲らしいが、ブラフの可能性もある。一人は排除したけれど、複数いる可能性は否めない」
『──即時対応します!』
「頼んだ」
瞬間、警報が鳴り響いた。学園中に響いていることだろう。
これで連絡は済んだ、となれば次にするべきことは──
「……ひより。ひよりはまだ、アンタの部屋にいるのよね? アンタが目的ってことは──」
「そうなるよな!? あー、もう!」
食堂の扉を蹴破るように飛び出した。
そりゃそうだ。
本当に俺を狙っているというのなら、俺の部屋はもう襲撃されていると考えるのが自然である。
いつも通りであれば、一人部屋なのだから「あー……部屋とか荒らされてんのかなあ、ちょっとエッチな本とか見つかって、机の上に置かれてたら嫌だなあ……」と憂うだけの余裕があったのだが……。
「あーちゃん! ひよりと連絡とれるか!?」
「試してるけど繋がらない!」
「こっちもだ……!」
走りながら、嫌な予感が加速する。
肌が粟立つような不快感が全身に広がって、薄っすらとした吐き気が這い上がってきていた。
ひよりに、何かあったら、俺は──
「ふんっ!」
「いっだぁ!? え、何? あーちゃん!? 何でケツ蹴った!?」
「アンタがひっどい顔してるからでしょ。最悪の想像ばっかしてんじゃないわよ──ひよりは強い子よ。それは、記憶がなくなったって変わらないでしょ」
「……だな」
それが、楽観的な思考であることは多分、お互いに分かっていた。
分かっていた上で、少しだけ切り替える──不安はそのまま握り込んで、突入時のシチュエーションをシミュレートする。
完膚なきまでに、助けられるように。
「──はい、これ。閑、アンタの方が上手く使えるでしょ」
「助かる……俺の合図があるまで、あーちゃんは外で待機な。ただし、五分経っても俺から合図がない場合、撤退して外に連絡すること」
部屋の前まで来たところで、あーちゃんから銃を受け取った。
すぐに撃てるようにしてから、慎重に部屋内の様子を探る──耳朶を叩く、くぐもったような声。
音を立てずにそっと、扉を押し開けた。
「ふぅ……」
ゆるりと息を吐く。
本来、二人部屋であるところを特別待遇として、一人で使わせてもらっているこの部屋は、サイズに比べて物が少なく、見通しが良い。
そのことを念頭に置き、間取りを思い浮かべてルートの再確認をする──うん、問題ない。
そのまま滑るように、無音のまま部屋内へと侵入し──
「動くな」
──ベッドの上で横倒しにされて、くぐもった声を出しているそれを、抑えつけていた人物を拘束した。
背後からヘッドロックするように片腕を回し、こめかみには銃口を押し付けて──美しい、銀色の髪が揺れる。
……え?
「あ、あれ? ひより?」
「……のどかさぁ、ひよりを何度もこうやって拘束するの、楽しい? あ、それとも、こういうのが趣味ってこと~? それじゃあ、仕方ないかぁ。はい、どーぞ」
「何もどうぞではないし、仕方なくもない! おい、身を委ねるな! 受け入れるまでの判断が早すぎるだろ!?」
「えっへっへ、それはほら、惚れた弱味とでも言いますか……」
「俺の知らないところで勝手に弱味を握らされている……」
というか、え? じゃあ、下のこいつは誰なんだよと良く見てみれば、半透明の青白い肌が見えた。
レムナントが──俺が普段使っている、布団やタオルで巧妙に、ガッチリと拘束されている。
……え、えぇ?
シレッとオペさんには連絡しつつ、五度見くらいする。
「のどかを探してるって言うからね、取り敢えず捕まえといたんだ~。えへへ、正解だった? 多分、敵かな~って思ったんだけど」
「や、そりゃ正解かどうかって言ったら、大正解ではあるんだが……」
朗らかに笑うひよりを前に、思わず声が震える。
いや、あの……知らなかったかもしれないんですけど、人って殺すより、無傷で捕らえる方が、ずっと難しいんですよ……。
相当な実力差がないと、普通はありえないことなんですよ。
え? じゃあひよりって、普通に俺より強いってこと……?
俺の知ってるひよりも確かに、それなりの実力を誇っていたが、流石にここまでではなかった──となれば、未来で相当鍛えたのだろう。
仮にそれを忘れていたのだとしても、身体が覚えている……と考えるのが自然か。
……こ、今度から、ひよりには逆らわないようにしとこっと……。
あんまり嘗めたことをしたら、こうしてグルグル巻きにされる未来が、ありありと目に浮かぶ。
俺はまだ、そういうプレイには目覚めたくない……。
「……お前は天才だ、ひより」
「えー? えへへ、そう? もっと言ってー、もっと!」
「最強! 可愛い! 美人! 天才!」
「わは~! 気持ちよ~!」
生存本能に従い、ひよりの機嫌取りをする方向に舵をきる俺だった。
情けないって? ふん、世渡り上手と言って欲しいな。
「……はぁ、アンタらね。気が抜けたらすぐに漫才するのはやめなさいよ、何があったのかと思って、慌てちゃったじゃない」
「あ、ごめん、あーちゃん」
「あーちゃん……あ、この子が例の?」
ひよりが小さく、得心いったようにそう呟く。
瞬間、あーちゃんが少しだけ緊張したのが分かった──お、俺が間に入らねば!
「あー、えっと、その。うん、まずは──」
『廿楽木特務士官、緊急出撃命令です! 2番格納庫にアイギスは配備済み、すぐに出撃してください!』
「うぇえ!?」
『防衛部隊が2部隊とも壊滅! 現在、アルテマリア特務士官が戦闘中ですが、増援が必須とのこと!』
「──ッ、了解」
あまりにもコミュ力がなさすぎて、滅茶苦茶もごもごしていたら、出撃命令が下ってしまった。
アルテマリアが増援を呼ぶくらいだ──イレギュラーと考えていいだろう。
となれば、考えられるのは、やはり三面ボス……。
「ご、ごめん。出撃してきます……」
「謝ってる場合? ほーら、早く行ってきなさい」
「そうそう、のどかにしか出来ないことなんだから。こっちは大丈夫だよ」
呆れた顔をした二人に背中を押される。
まあ、俺よりよっぽどコミュニケーション能力に優れた二人だもんな。
俺の仲介なんざ必要ないというか、むしろ邪魔なまであるのかもしれない。
それじゃ、と急いで走りだそうとしたところで、
「ああ、でも、閑」
「あ、でもね、のどか」
足を止めた。
既に背中を向けていたから、振り返ると二人が言った。
示し合わせた訳でもないのに、自然と声を重ねて。
『──気を付けて、いってらっしゃい』
「──はは、行ってきます」
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