フィオラ・アルテマリアの人生は、劇的に彩られてきたものであった。
6歳の頃、宙央同盟による第2コロニー襲撃によって、囚われの身となってから、日々休むことなく──3年間続いた、星骸への適合実験。
そこから内部の手助けによって脱出し、打ち捨てられていたアイギスへと乗り込み、戦い続けることで、生き永らえてきた2年。
星間連盟に拾われてから、ひたすらに勝利を重ねることで、今の地位を勝ち取るまで至った、この5年。
多くの痛みと、少しの幸せが、彼女の人生を彩ってきた。
少しの出会いと、多くの別れが、彼女の人生を彩ってきた。
少しの幸せを積み重ねるように得ることこそが、彼女の人生を彩ってきた。
多くの障害を乗り越え続けた先で、得たものこそが、今の彼女を象っている。
それは事実だ。
だから、フィオラ・アルテマリアは、こう思っていた──あらゆるものは、乗り越える為にあるのだと。
否、乗り越えられるように、できているのだと。
あらゆる苦痛も、障害も、全ては試練であり──だからこそ、その先にあるものこそに、価値があるのだと。
人生とは、その先にある、本当の幸いを手に入れる為の、過程であるのだと。
故にこそ──初めて、
フィオラ・アルテマリアという人生における、最大の壁。最大の障害。最大の試練。
それが、彼であるのだと、悟ったのだ。
それ以降、狂ったように廿楽木閑について調べ上げた。
一から十までログを遡り、寝食忘れるほどに見返した。
彼の戦闘データを元にしたシミュレーターに、任務以外の時間は全て没頭し──その度に
見れば見るほど理解した。
考えれば考えるほど理解させられた。
アイギスの制動一つとっても敵わない。
白兵戦における踏み込みだって、どういう動きになっているのかさえ、まるで分からなかった。
思考速度、並列思考能力、判断速度、射撃精度、状況整理、全てが遥か上。
思い知らされる、理解不能。
圧倒的な規格外──それは、ああ、それは!
幾度となく廿楽木閑と自分を比べ、その度にプライドがへし折られても。
数え切れないほど廿楽木閑の動きを模倣して、どうやっても真似できないことを悟っても。
何度心を砕かれても、何度自信を失くそうとも──フィオラ・アルテマリアが、諦めることはなかった。
必ず廿楽木閑と同じ景色を見てみせる。
そしてその次に、彼を飛び越えるのだと、分不相応に思い直した。
フィオラ・アルテマリアをこれまで無数にへし折ってきた、廿楽木閑の戦闘。
そのほとんどが──手加減されていたものだと知った時。
やはり、彼女の心は大きく砕け──
「──ああ、ああ、ああ! 良かった、本当に良かった……壁は、高ければ高いほど良いですからね……!」
──安堵と感嘆の息を吐いたのだ。
イレギュラー:ヘカントクラウケン討伐の際に芽生えた、「今の私であれば、並び立つことも不可能ではないのかもしれない」という、淡い期待と自尊心は砕かれて、その上で、心の底から彼女は笑みを浮かべたのだ。
それは、あるいは、感謝でさえあったのかもしれない。
未だ尽きることのない挑戦が、山ほどあることに。
乗り越えるべきものが、天にも届く高さであることに。
その果てにある、確かな幸福を想って。
フィオラ・アルテマリアは感謝したのである。
貪欲に、ただ高みを目指すその姿勢と、必ず踏破してきたという実績。
あらゆる状況、あらゆる敵、あらゆる障害を前にして、諦めるという選択肢を一度たりとも取らなかった、その結果である。
「いや、それはもう、ただの変なマゾ女なんじゃない……?」
とかなんとか、事情を知れば、どこかの誰かさんは、そんなことを言うかもしれないが。
それはさておいて──フィオラ・アルテマリアが取るべき行動は、その時に決まった。
イレギュラー星骸、ネビュラペンドラ。
フィオラ・アルテマリアにとって、それの攻略方法は幾つかあった。
けれどもそれは、入念な事前準備と装備を整えた、覚悟の上での長期戦プラン。
その全てに掠りもしない、ただの実力差によって、ものの十数秒で滅した男を前に、多くのことを思い出す。
かつて過ごしていた、平和な生活。
一転して、宙央同盟での人体実験。
その一環による、非人道的な訓練。
脱出してから始まった、闘いの日々。
そして、廿楽木閑を知ってから、今に至るまで続いた、心折の道。
──さあ、立ち直りましょう。
いつも通りに。
その先に至るために。
この高い高い壁を登りきるために。
その為に──最も手早く事を、進めましょう。
「廿楽木特務士官様──貴方に、決闘を申し込みます。もちろん、受けてくださいますよね?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
星間連盟所属:独立遊撃特務士官──それは、星間連盟が特別に認めた、絶対権利を保持する者であることを意味する。
単独かつ独断での出撃・戦闘が許可されており、星間連盟が所有するコロニー内であれば、一定以上の権限と自由が保障されている。
そして、その権限と自由の中には──同じ特務士官であれば、アイギスによる私闘を許可する、というものがある。
名目上、訓練であるならば、シミュレーターではなく実際のアイギスと実際の武装を以って、戦闘を行うことを許可されている──ということだ。
これを用いた身内での戦闘を、『決闘』という。
何故ならば──特務士官同士の本気の戦闘は、必ずしも死者を出さないとは限らないから。
片方が死んでもおかしくはない。両方死ぬこともあるだろう。
そうでなくとも、二度と戦闘に出られない身体になっても、おかしくはない。
とはいえ、それは本来であれば、お飾りの権利であったはずなのだ。
特別性を与える為だけに追記された、無意味なルールであった──何故なら、独立遊撃特務士官になれるような人間は、これまで同じ時代に、二人と存在しなかったのだから。
もっと言えば、自ら己の命を落としかねない真似を好んでするような人間は、いるはずがないのだから。
──だが、ここに例外が存在した。
フィオラ・アルテマリアは、例外たる人間だった。
彼女はあの時、ちゃんと心を折られ、砕かれて──一週間かけて、いつものように、繋ぎ合わせた。
そうしてニコニコと、廿楽木閑に決闘を申し込み──
「え、えぇ……? 普通に嫌だけど……」
「あ、あれぇ……?」
──普通にフラれていた! 当たり前だろ!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「え、えぇ~!? どうしてですか!? 廿楽木特務士官様!」
「どうもこうもなくない!? やる意味ないだろ、普通に……」
「あります! 大有りです! 私にとって、今後の人生を決めかねないほどに!」
「益々受けたくなくなる情報が出てきた! 生じる責任がデカすぎるだろ」
ネビュペンを倒してから、ざっと一週間。
何だか落ち込んでそうな雰囲気をずっと出していたアルテマリアに、さてどう声をかけたものか……と悩むだけ悩み、コミュ障らしく、結局”見”に徹していたところ、彼女が結構やばいタイプの人間であることが判明してしまった。
本当にどうしちゃったわけ?
そんな死に急ぎ野郎じゃなかったと思うんだけど……。
今更、原作がどうこう言いたくはないが、一応言及しておくと、感情なんてもうないです、みたいなキャラだったからね。本当に。
少なくとも、俺の部屋に乗り込んできて、決闘を申し込んでくるような命知らずではない。
「──私に、廿楽木特務士官様という壁の高さを、直に実感させてほしいのです。そして、その先にあるものを感じさせて欲しいのです」
「何だかヤバそうなこと言い始めたな……え、大丈夫? 正気を失ってたりとかしてないよね?」
「ええ、問題ございません。私は誓って正気です──ただ、やはり何事も戦闘を通してでしか、得られないものがありますし……」
「時代錯誤の侍みたいなこと言い出したー! ま、末期だ……」
山奥に住んでるやばい戦闘狂の爺みたいなことを口走るアルテマリアであった。怖すぎる。
どこで何があったら、そんな人格になっちゃう訳?
普通に心配になってきた。星骸の影響とか受けてないよね?
「ひ、必要とあらば、お礼として、この身を捧げるのも吝かではないのですが……」
「何で!? 吝かしかなくない!? もっと自分のことは大事にしろよ……」
「ですが、廿楽木特務士官様は好色ですよね?」
「そんな訳ないだろ……普段の俺が、アルテマリア特務士官には、どう見えてるんだよ……」
「童貞・恥ずかしがり屋・友人は少ない・異性への興味はそれなり以上・私を目で良く追っている・他人の気配に敏感・コミュニケーション力はやや不足・語頭に"まあ"や”あっ”が良くつく……」
「本当にごめんなさい」
新手の拷問を前にして、即座に心が折れた。
そんな指折り、俺の欠点を押し並べるなよ……。
あ、ちょ、やばい、何か普通に泣けてきた。
「他にもありますが──何より、絶対的強者であること」
「他にもあるのかよ……まあ、それだけは光栄な評価だな」
「そして私は、その強さに叩きのめされたいのです」
「…………ッ!」
反射的に出そうになった、「ドマゾの方なの?」という言葉を気合で飲み込んだ。
やばい。
気軽に身体を交渉材料にできる、戦闘狂のドマゾ女は本当に字面に問題がありすぎる!
全年齢じゃなくなっちゃいますよ!
アルマ・ステラは健全なゲームです!
「……も、目的は何なんだ?」
「ですから、廿楽木特務士官様に倒されることです。その強さを改めて、私は理解したいのです」
「意味分かんねぇ~……」
本当に同じ言語を用いているのか不安になってきた。
ただでさえ、こっちは最近、ひよりとあーちゃんの関係新築と、ひよりの持ってきたメッセージを、どうやったら読めるのかという問題で、手いっぱいだというのに……。
新たな問題を持ってこないでほしい。
今のところ、言葉巧みに性的嗜好を満たそうとしてる、異常者にしか見えないからね?
結構ちゃんとドン引きした俺に、しかしアルテマリアは、控えめに笑った。
それだけ切り取れば、まるで一つの絵画にだってなりそうなくらい、整った微笑みのまま、耳を疑うようなことを言う。
「廿楽木特務士官様の強さを知って、解像度を上げたいのです。この身で味わって──隔絶した実力差を、理解したいのです。あと何歩歩めばそこに行けるのか、どれだけ進めば超えられるのかを、知るために」
「──……超える、ね」
「ええ、はい。廿楽木特務士官様を超えた、その先へと行くために」
──本当に、俺は耳を疑ったのだ。
ただしそれは、彼女を変態だと断じるようなものではなくて──一人のアイギス乗りとして。
俺と並び立つ、その次に超える。
その目は、その言葉は、確かな自信と真実に彩られていた。
それが、あまりにも新鮮で──初めてのことだったものだから、俺は耳を疑ったのであり。
「……ははっ」
だから、思わず笑いがこぼれてしまったのも、仕方のないことだった。
俺は──俺の強さに自覚的である、つもりだ。
初めは違ったけれど、流石に百回、二百回と戦場を経験すれば、否が応でも理解することになる。
多分なんだけど、俺が天才パイロットすぎるのだ。
敵機も星骸も、とても脅威だと感じたことはなかった。
俺に教えようとしたアイギス乗りは、片っ端から自信を喪失して辞めるか死んだ。
星間連盟は、すぐに俺を最高戦力として認めた。
戦場で出会った敵を前に、緊張することだってしなくなった。
何故なら、必要がないから。
ゲームで幾度となく俺を苦しめた、星骸だってこの通りだ──まあ、だから慢心を積み上げちゃったんだけど。
それを今、取っ払おうと努力していたんだけど。
「いや、そう考えれば、良い機会でもあるのか……?」
今更言うまでもないのだが、『決闘する』だなんてイベントは、原作では一回もない。ある訳がない。
だから、仮にこれを受けたら、この先どうなるか分かったものではない。
ただでさえ、知らない話になってきているのだから、下手な刺激は与えない方が良いのかもしれない。
でも、だけど──
「私に、廿楽木特務士官様を乗り越えさせてほしいのです」
──真っ直ぐ見つめてくる、その虹色の瞳を前に、何故だか期待してしまう。
無駄な期待であると、理性的な部分が判断していてなお、少しだけ気が向いてしまう。
主人公であれば、あるいは、と。
じゃあ、もう仕方がないよな。
きっと何とかなるさ。
「……条件がある」
「っ! や、やはり身体ですか……?」
「アルテマリア特務士官は、俺のことを性欲モンスターだと思ってないか……?」
だとしたら、マズ過ぎる誤解なので、改めてほしいと切に思う。
違うのですか!? と反応したアルテマリアに「本当の本当に違います……」と訂正してから、コホンと咳ばらいをした。
「決闘終了後、一つお願いを聞いてもらう」
「命令とは言わないのですね」
「そこまで堅苦しいもんじゃないからな──ただ、専門家の知識が必要なんだ」
専門家──つまり、星骸の力の行使について、詳しく教えてもらいたかった。
どうせ、いつかは協力してもらわないといけなくなる訳だしな。
ひよりを交えて事情の共有も兼ねて、色々と教えてほしい。
ただでさえ、ひよりの瞳は元を正せば、アルテマリアのものでもあるのだから。
ひよりに細かい扱いが分からないのであれば、アルテマリアに聞くのが道理というものだろう。
そういう論理を後から一生懸命付けて、組み立てて、良しと頷いた。
これなら建前上もおかしくない、と。
「分かりました。私の知ることであれば、全てをお話しすることをお約束いたします──交渉成立ですね」
「だな、日取りはどうする?」
「無論──廿楽木特務士官様がよろしければ、本日にでも」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──時間にして、15秒。
異例の決闘は宇宙にて、人知れず始まり、人知れず終了した。
開始直後。
アルテマリア機が虹色に発光──数にして、784発の光弾が、既存兵器を遥かに上回る追尾性能と火力を以て、廿楽木機に殺到。
開始2秒、廿楽木機が光弾の雨を被弾0で突破。
開始7秒、空中戦にてアルテマリア機の片腕が切断。
その3秒後に、アルテマリア機の片足が切断。
瞬時に撃ち放たれた虹色の閃光は、先んじて放たれていた、三条のビームライフルにより、目的を穿てぬまま消滅。
直後、機体を虹色に輝かせ──物理法則を無視した速度で移動した、アルテマリア機の頭部が損壊。
虹色に彩られ、巨大化したビームサーベルは振るわれることなく、肩ごと切断された。
この時点で、12秒。
残った片足が切断されたアルテマリア機は、直接コックピットをこじ開けられ──パイロットであるフィオラ・アルテマリアが、廿楽木機によって、傷一つなく摘まみ出されたところで、決闘は終了した。
──記録上ではあるが。
フィオラ・アルテマリアはやはり、得も言われぬ笑みを浮かべていたとされている。
感想・評価・ここすき、ありがとうございます~!
いつも励みになっています。
『フィオラ・アルテマリア』
・清楚系に擬態していた。変態ドマゾ女。
・諦めないという言葉の擬人化。