雷門中学校。
そう彫られた校門の前で1人の少女は真新しい制服の襟元を指で整え、それから空を見上げる。
雲一つない青空、まさに絶好の登校日和だ。
「よーし」
小さく気合いを入れ、いざ雷門中への一歩を踏み出そうとする。
「あれ、キミ見ない顔だね?」
不意に声をかけられはっと顔を上げれば、教師らしい男が不思議そうにこちらを見ていた。
「はい、一年の
不意の声掛けに驚くも一瞬でいつもの笑顔を作り、ぴしっと背筋を伸ばして挨拶をする。自分でも驚くくらい、元気な声に教師は少し面食らったように目を丸くした後、「あ、ああ」と頷く。
「随分と元気な子だねぇ、なんだか円堂君を見てるみたいだ。」
「円堂……もしかして、円堂守さんですか!?あの雷門サッカー部の!」
「あぁ、そうだが……もしかしてキミ、サッカー部入部希望?」
「はい!ってことは、まだ雷門サッカー部はあるんですね!?うわぁ良かった!私、ずっと雷門サッカー部に入りたくて入りたくてウズウズしてたんです!けど廃部の噂もあるって聞いてすっごい焦ってたんですよー!うわぁほんと良かったぁー!」
そう言って少女――雛月零は一人歓喜の声を上げる。男性教師は唖然と困惑が混じった表情を浮かべているが、彼女は気付かない。
いや気付く気付かない以前に、気にするような事じゃないのだろう。
「そ、そうなんだ……けど、キミも物好きだねぇ。部員も少ない廃部寸前の弱小サッカー部に入部希望なんて。」
「それがいいんですよ!最初から最強なんてつまんないですし!」
「ほ、本当に変わった子だな……そう言えば、どの学校から……」
少し興味を抱いた教師が前まで通っていた学校名を聞き出そうとした時、学校のチャイムが全体に響き渡る。
「……あ、いけない!職員室に行かなきゃだった!すみませんがお先失礼します!」
チャイムの音を聞いて用事を思い出したのか、雛月はぺこりと頭を下げてそのまま勢いよく駆け出した。
校門を潜ると同時に、まだ見慣れない校舎の景色が視界いっぱいに広がる。
校舎の壁は白く、朝の光を浴びてきらきらと輝いていた。廊下からは疎らだが生徒の声が聞こえてくる。
初めての場所の筈なのに、不思議と胸の奥がワクワクして落ち着かない。
(やっと来れたんだ、雷門中に……。)
零は廊下を駆けながら胸の前で拳を握り、その名前を心の中で呟く。
たったそれだけで胸が高鳴り、心が躍る。
雷門中サッカー部。
あの人の話通り、かつての栄光はとっくに過去の物となった今、弱いだとか部員が少ないだとか、今はただの名ばかりのサッカー部だとか。散々な言われようだけど、僕はそれでいいと思う。弱小だからこそ面白いんじゃないか。
ボロボロで、ぐちゃぐちゃで、文字通り何もない。そこから強くなる方が、ずっとワクワクする。
最初から完成されたチームなんてつまらない。
「ゼロから強くなるのが、いっちばんワクワクするんだから!」
この日が、彼女と雷門サッカー部が大きく変わっていく始まりの日になるとは、当時は誰も思わないだろう。
「あっ、ちょっ!は、早っ……!?なんて足の速い子なんだ……。」
校内へと入っていく彼女の小さくなっていく後ろ姿を、男性教師はぽかんと口を開けたまま見送る事しか出来なかった。
まるで韋駄天。そう表現しても可笑しくない程の足の速さだった。
その足の速さならサッカー部じゃなくても、他の運動部に入れば重宝される事だろう。特に陸上部ならあの風丸とも並ぶレベルになれるだろうに。何故、あそこまであの弱小サッカー部に入ろうとしているのか。
「そう言えばあの子の苗字、どっかで聞き覚えがあったような……まぁ、似た苗字の子は沢山いるし、気のせいか。さっ、俺も職員室に行くとするかな。」