小さくて可愛い冒険者   作:狂胡椒

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じゃア、やろうか。 ……討伐。



ファーストクエスト
小さな冒険者、最初のパーティ


只人向けに作られた冒険者ギルドの扉は、矮小で非力な獣人であるちいかわには重たかった。

 

冒険者ギルドとは冒険者――堅気の人々が無法者や破落戸、野盗予備軍をお上品に言い表した表現である――を管理する完全国営の役所である。

 

補足しておくと今まで商人ギルドが管轄する日雇い労働のみを生業としていたちいかわにとってはだいぶ縁遠い場所でもあった。

 

朝早く商人ギルドに顔を出して賃金単価が高く資格が存在するが日雇いの草むしりの労働か、常設労働であるシール貼りを行い昼はオフィスグリコで友人と昼食を共にするのがちいかわの今までの日常であった。

 

冒険者ギルドの中は――労働者の多くが出払った商人ギルドの昼と違い――人がごった返し混雑している。

 

ギルドの中は、鉄と革の匂いが混じり合い、どこか血の匂いも漂っていた。

背の高い冒険者たちが笑い声をあげ、酒場の隅では誰かが報酬の取り分でもめている。

ちいかわは、誰にもぶつからないように、そっと体を縮めながら歩いた。

 

ちいかわは、さす股を抱えるように胸にぎゅっと抱えながら、

人の波に流されるまま受付へとたどり着いた。

 

「一人前のぼうけんしゃ……なりたい……!」

その言葉の奥には、ただの憧れだけじゃない、

どこか“変わりたい”という願いが込められていた。

いつも誰かの後ろに隠れていた自分を、少しでも前に進めたくて。

だから、今日だけは、勇気を出してみたかった。

 

「だいじょうぶだよ、ちいかわ。僕たちならきっと、立派な冒険者になれるよ!」

ハチワレはそう言って、ちいかわの背中をぽんと押した。

「ぼくはちょっと別の列で冒険者手続きをしてくるね。終わったら、ここでまた会おう!」

ちいかわは不安げにうなずいたけれど、ハチワレの笑顔に少しだけ勇気をもらった。

 

複数ある受付窓口はどこも冒険者志望の人々で長蛇の列だった。

同じ列に固まって並ぶよりも別々の方がスムーズに手続きできるだろう

ハチワレは人ごみに紛れてすぐに見えなくなってしまった

 

受付の順番を待つ間、ちいかわは背伸びして周囲を見渡した。

背の高い冒険者たちの間を縫うように、さまざまな声が飛び交っている。

 

「おい、聞いたか? 峠の向こうでマンティコアが出たらしいぞ」

「またかよ……あそこ、前にも出たじゃねえか」

「今度のは尾が二股だったって話だ。 毒も二倍だな、誰が上手いこと言えとって話だが」

 

「都の北門、封鎖されたってよ。魔神の巣窟が現れたとか……」

「またか。あの辺、最近やたらと“歪み”が多いらしいな」

「魔術師ギルドの連中が調査に入ったって話だが、戻ってきたのは半分だけだってさ……」

 

「そういや、見たか? 昨夜の空……」

「おう、あの黒い光の筋だろ。流れ星ってにはしては、なんか……変だったな」

「願い事、叶えてくれるどころか、見たやつが次々に頭がパーになってるって噂だぜ」

「ははっ、バカ言えよ。そんなのただの迷信だろ」

「……いや、でもよ、あれを見たって言ってた奴、ほんとに次の日から来てねぇんだよな……」

 

ちいかわは、思わずそちらに目を向けた。

けれど、話していた冒険者たちはすぐに別の話題に移ってしまい、

まるで“それ以上は口にするな”とでも言うように、声を潜めていった。

 

ちいかわは胸に抱えた刺股をぎゅっと握りしめた。

何か、胸の奥がざわりとした。

けれど、それが何なのかは、まだ分からなかった。

 

やがてちいかわの受付の番がやってきた

「い、一人前のぼうけんしゃに……なりたいです……!」

 

受付嬢は、ちいかわの目線に合わせて少しかがみ、

「大丈夫ですよ。あなたのような方も、立派な冒険者になれます」

と、微笑んだ。

 

「ところで文字の読み書きは出来ますか?」

ちいかわは、字を書いたことがない。 草むしりやシール貼りの労働では必要なかったからだ。

字を書けたら草むしり検定を受ける事が出来たかもしれない。

 

「読む……は出来ます。 多少」

「ではこちらで記入いたしますね。 分からない部分があったら聞いてください」

 

冒険記録用紙(アドベンチャーシート)には金色の綺麗な文字――読みづらいから飾り文字(おきぞくさまのもじ)だろう――が並んでいる。

記入事項自体は案外簡単なものだった。 こんなものでいいのか。と思うほどには。

渡された書類は、羊皮紙のような質感で、端が少し焦げていた。

ちいかわは、震える手で拇印を押す。

朱肉に触れた指先が、ほんのり冷たかった。

 

受付嬢は慣れた手つきでペンを持ちインク壺に浸すと几帳面に文字を綴った後、銀の尖筆を手に取る。

それを用いて彼女は白磁の小板に柔らかな筆致で文字を刻みつけていった。

 

「はい、これがあなたの登録証です」

小さな金属板に、ちいかわの名前が刻まれていた。

それは、ちいかわにとって初めての“肩書き”だった。

 

「身分証明書も兼ねているんですがいわゆる能力査定(ステータス)というものですね」

目をぱちくりさせるちいかわに受付嬢はクスリと声を漏らした。

「何かあった時に、身元を証明する時にも使いますから、無くさないように」

 

 

こうして――

ちいかわは正式な冒険者となった。

 

しかし、振り返ると。

 

「……ハチワレ……? どこ……?」

 

混雑したギルドの中で、友人を――ちいかわの背中を押してくれたを――背の低いちいかわはすぐに見失ってしまったのだ。

不安で耳をぺたんと倒していると、背後から控えめな声がした。

 

「もしかして、新人さん……でしょうか?」

 

ちいかわが振り向くと、そこには

白い法衣に身を包んだ女神官と、若く精悍な青年剣士が立っていた。

 

「君も、冒険者登録したばかりのようだね」

青年剣士がやわらかく笑う。

 

ちいかわは、こくこくとうなずいた。

 

「やっぱりか!いや、実は今からゴブリン退治に行くんだけど人手が足りなくてさ。今日の依頼、一緒に行かない?」

青年剣士が膝を折って目線を合わせてくれる。

 

「わ、わたしも彼らと簡単な依頼を受けるつもりなんです。

 もし、よかったら一緒に……」

 

女神官も続けた。

 

「それに、その得物……刺股? 扱いが難しい武器だ。

 誰かと組んだ方がいい」

 

ちいかわは胸に抱えた刺股を見つめた。

貯金をはたいて買った、ちょっと年季の入った中古のやつ。

でも、気に入っている。

 

ちいかわは――意外かもしれないが――武闘家である。

元々は街に住む世間知らずな無頼の出身であった。

街に住む全身鎧の篤志家の後ろ盾で堅気の生活を送っていたのだ。

 

貯金をはたいて刺股を十二分に扱えるように武術教室にも通った。

 

力は弱いが足手まといになる気は全くなかった。

 

「い、いっしょに……行ってもいい……?」

 

「もちろん!」

 

二人は声をそろえて笑った。

 

こうして——

ちいかわは、初めてのパーティを得た。

 

声をかけてきたのは同じく駆け出しらしき4人組。

村から出てきたばかりだという青年剣士、その幼なじみだという武闘家の女の子、都の賢者の学院の出だという女魔術師、地母神の神官からなる一党だ。

 

一瞬、女魔術師がちいかわを見て眉をひそめた。

けれど、女神官がそっとちいかわの肩に手を置くと、

「この子、きっと……誰よりも真剣です」

その言葉に、女魔術師はふっと息をついて、

「……まあ、足手まといにならなければ、ついてきてもいいわよ」

と、視線を逸らしながら言った。

 

彼女は平民でありながら都の学院で学び首席で卒業した才媛だ。常に冷静沈着で動じない、少し皮肉屋なのは学院内で勝ち抜いてきたゆえだろうか。

身に着ける紅玉の杖と宝石の付いた首飾り――魔法の発動体だ――のように自信で輝いている。

「まぁ、私の期待を裏切らないでよね」

その言葉の裏に、ほんの少しの優しさがにじんでいた。

 

背に長剣を背負い堅革鎧を身に纏う青年剣士。

彼は街の近所に存在する村の鍛冶屋の息子で、剣の腕はまだ粗削りながらも、仲間を守ろうとする気持ちは人一倍強い。

「俺、まだまだ未熟だけど……いつか竜退治をする英雄になるんだ! ちいかわも一緒に強くなろうな」

そんな言葉に、ちいかわは小さくうなずいた。

 

「竜退治の英雄? いつになったらかなうんだか」

幼なじみの剣士をからかいながらも、女武闘家は誰よりも仲間思い。

口調はきついが、戦闘中は冷静で的確な判断を下す。

「あんた、ちっこいけどいい筋してんじゃん。気に入ったよ」

と、ちいかわの頭をくしゃっと撫でた。

 

女神官は地母神に仕える、まだ若い神官だ。

祈りの言葉に込める想いは、誰よりも純粋で敬虔な強さを持っている。

「私達が無事に帰れるように、ずっと祈っています」

その声は、ちいかわの震える心にそっと寄り添った。

 

冒険者ギルドを出て、陽光の下に立つ。

ちいかわの影は小さく、ふるえていたが、

隣には頼もしそうな人たちがいた。

 

「よし、それじゃ出発しようか」

青年剣士が剣の柄に軽く手を置きつつ歩き出す。

 

女神官は振り返りながら、ちいかわに優しい声をかけた。

 

「だいじょうぶ。危ない時は、私が守りますからね」

 

その言葉に、ちいかわの胸がじんわりと温かくなった。

 

「私達なら何も問題ないわ」

 

女魔術師の自信に満ちた一言。

 

ちいかわは思わず、さす股をぎゅっと握った。

 

これが、冒険者としての“最初の冒険”の始まりだった。




なんだ、もう朝かと
ひとりごつ
焼けた麺麭に牛酪ぬりぬり
止んだ雨は何か湿って
生乾き
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