気づくとちいかわは、また冒険者ギルドに立っていた。
暖炉の火の音。
受付嬢の笑顔。
人のざわめき。
さっきと“まったく同じ”だ。
だけど胸の奥には、
さっき味わった恐怖と絶望の痛みだけが、生々しく残っている。
夢じゃない。
あれは、確かに“死”だった。
けれど、世界は巻き戻っている
「……ゆ、夢じゃ……ない…………っ」
涙が落ちる。
足が震える。
誰も気づいてくれない。
「……また……はじまった……」
ちいかわは、震える手で刺股を抱きしめた。
今度こそ、誰も死なせない。
あの女神官も、青年剣士も、女武闘家も、女魔術師も。
胸の奥で、何かが固く結ばれた。
そんな中。
「あなた、冒険者登録したばかりですか?」
「依頼、一緒にどう?」
女神官と、青年剣士。
続いて、女武道家、女魔法使いも声をかけてくる。
青年剣士の声。
女神官の微笑み。
女武闘家の軽口。
女魔術師の冷たい視線
全部、知っている。
全部、もう一度やり直せる
「……いっしょに……いく……!」
ちいかわは、前よりも強い声で言った。
青年剣士は嬉しそうに笑い、
女神官は安心したように頷き、
女武闘家は「いいじゃん!」と肩を叩き、
女魔術師は「足手まといにならないでよね」とそっぽを向いた。
その全てが、懐かしくて、痛かった。
まるで最初から「この結末」しか知らないみたいに、
優しい顔でちいかわの肩を抱く。
「大丈夫。私もそばにいますから」
「君は僕たちといれば安心だよ」
「気楽に行こうよ。初心者は誰だって緊張するけど」
「そんなに怖がらなくていいわ。私が指示を出すから」
……全部、前にも聞いた言葉。
胸がきゅっと痛む。
でも、ちいかわは知っていた。
このまま行けば、また全滅する。
だから聞いた。
「みんなはどんな事が出来るの?」
みんなのことを知る事。
それがみんなが生き延びるために必要な事だから。
***
## ■ 未来を変えるための“最初の一手”
森へ向かう道すがら、青年剣士が説明を始める。
「俺たちの依頼は、村の近くの洞窟に棲みついたゴブリンの討伐だ」
前回と同じ言葉。
同じ道。
同じ空気。
だが、ちいかわは違う。
「……まえ……この冒険で……しんじゃった……」
ぽつりと漏れた言葉に、仲間たちが振り返る。
「え……?」
「夢……だったかも……でも……いやな……ゆめ……」
青年剣士は困ったように笑った。
女武闘家は「緊張してるだけだよ」と肩を叩いた。
女神官は心配そうに手を握ってくれた。
女魔術師は「変な子ね」と呟いた。
それでもいい。
伝わらなくてもいい。
未来を変えるのは、他の誰でもない、ちいかわの行動だ。
ループは避けられない。
抗おうとしても、 足は森へ向かう道を歩いてしまう。
誰かに引っ張られたわけでもないのに、 知らない力に誘導されるように。
けれど、今回は少し違う。
ちいかわは——覚えている。
洞窟の中で死ぬ。
洞窟の中で隊列が崩れる。
女魔法使いは背後を取られる。
青年剣士は囲まれる。
女武道家は最後に倒れる。
絶望した女神官は祈りを途切れさせてしまう。
気づけば洞窟の入口。
風が止む。
鳥が鳴かなくなる。
ちいかわの呼吸が浅くなる。
「……また……ここ……」
洞窟の前に立つと、前回と同じ悪臭が鼻を刺した。
「ここが……ゴブリンの巣か……」
隣では、青年剣士が意気揚々と剣を抜く。
女武道家が拳を鳴らす。
女魔法使いが詠唱の準備をする。
女神官が祈りを始める。
ちいかわだけが、震えている。
ちいかわは深呼吸し、震える声で言った。
「……まえ……ここで……みんな……しんじゃった…… 。
だから……洞窟に、入ったら……まわりを、よく見て……!
後ろ……き……気をつけて……。」
仲間たちが驚いた顔で見つめる。
ちいかわは、勇気を振り絞って言った。
ちいかわの指は白くなるほどさす股を握りしめていた。
何度も何度も、 「ここで背後から来る」「ここで隊列が崩れる」
その映像が、嫌でも重なる。
でも今回は違った。
ループで積み上げた記憶が、体を動かす。
大事なのは三つだ。
* 女魔法使いと女神官を中央に配置して囲まれないようにする
* 女魔法使いと女神官を女武道家とちいかわが守る
* 女神官の祈りが途切れないよう、ゴブリンを寄せ付けない。
皆に伝える。
「……洞窟の……おくで……別れちゃって……死んじゃった……
だから……絶対……はなれないで……一緒にいて!」
ちいかわの真剣な表情を見て、皆は真面目にうなずいてくれた。
「……後ろ……みて……」
女武闘家が目を丸くした。
「ちいかわ……わかった。まかせて」
「……魔法……使い過ぎないで……たいせつに」
女魔術師は眉をひそめたが、
「……まあ、悪い提案じゃないわね」と呟いた。
「……いのり……つかって……光と守り」
女神官は小さく頷いた。
「……わかりました。気をつけます」
青年剣士に伝える。
「……天井……気をつけて……振り回したら……危ない」
青年剣士は笑って、ちいかわの頭を軽く撫でた。
「よし! みんなで気をつけて行こう!」
「……絶対……死なせない……!」
その小さな叫びは悲鳴のようでもあった。
ちいかわだけに見える、不吉な光。
黒い流れ星。そして、囁く声。
**——まだ怖い?
でも、あきらめないんだね。**
返事はしたくない。
けれど、胸の奥が冷たくなる。
**——本当に救えるなら、見せてみて。
その小さな手で。**
仲間の動くたび、「死ぬ瞬間」の記憶が重なる。
一瞬視界が揺れ、手が震える。
「ちいかわ? 顔色が悪いわ……」
女魔法使いが気遣う
「だ、だいじょうぶ……っ。まえ……見てて……!」
息が苦しいのに、止まれない。
しくじれば、また誰かが死ぬ。
洞窟に入ると、前回と同じように暗く、湿っていた。
だが、ちいかわは違う。
「……とまって……!」
ちいかわが叫ぶ。
青年剣士が振り返る。
「どうした?」
「……そこ……おとしあな……!」
青年剣士が足元を見ると、
薄い土の下に隠された落とし穴があった。
足を引っかけて転ぶだけの簡単なものだが、やはり罠には違いなかった
「うわっ……! 本当だ!」
女武闘家が感心したように笑う。
「すごいじゃん、ちいかわ!」
女魔術師も驚いた顔で呟く。
「……まさか、本当に……?」
女神官は胸に手を当てて祈るように言った。
「神の導き……でしょうか……?」
違う。
これは“死の記憶”だ。
## ■ 分断の回避
前回、青年剣士と女武闘家は先行しすぎて分断された。
だから、ちいかわは叫んだ。
「……まって……! いっしょに……いくから……!」
青年剣士が振り返る。
「そ、そうだな。みんなで行こう」
女武闘家も頷く。
「置いてくつもりはなかったけど……気をつけるよ」
女魔術師は小さくため息をついた。
「……まあ、合理的ね」
女神官は微笑んだ。
「一緒に行きましょう」
**分断は起きなかった。**
そして、洞窟の奥から——
**ギギ……ギギギ……**
影が、ゴブリンが現れた。
前と同じ“数”。
前と同じ“動き”。
前と同じ“絶望”。
ちいかわは、さす股を構えた。
「……や……やるしか……ない……!」
たとえまた負けるとしても、
たとえ何十回でもここに戻るとしても、
仲間を失いたくなかった。
前回、挟み撃ちで後衛が伏兵に襲われた。
だから、ちいかわは耳を澄ませた。
「……くる……!」
「えっ?」
「うしろ……!」
女魔術師が振り返る。
「きゃっ!」
だが、今回は違う。
ちいかわが刺股で伏兵を弾き飛ばす。
「やぁっ……!」
女武闘家がすぐに追撃。
「ナイス、ちいかわ!」
青年剣士が正面のゴブリンから後衛を守り、
女神官が聖なる光の祈りを紡ぐ。
「いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私共に聖なる光をお恵み下さい!
祈りと共に顕現した聖なる強烈な光が闇を駆逐し暗がりに慣れた小鬼達の目を焼いた。
目がくらみ悶絶する小鬼達に光を背にした女武闘家とちいかわが襲い掛かる
**伏兵は間違いなく全滅した。**
ちいかわは、選択を知らない。
この「ループ」は何なのか。
ちいかわには分からない。
ただひとつ分かるのは、この世界は残酷で、やり直しのたびに「同じ惨劇」を用意している。
でも。
小さな体でそれに立ち向かおうとする心だけは、
誰にも折れない。
このループに意味があるのか。
救える未来があるのか。
それとも——救えない“現実”を見続けるだけなのか。
答えは、まだ誰も知らない。
そして新しい戦いの幕が上がる。
「青年剣士! 今そっち行くから! ちゃんと持ちこたえなさい!」
叫びながら女武闘家は青年剣士に向かって走る。
だから、ちいかわは叫んだ。
「気を付けて!
おく……奥に……大きい怪物……いる……!」
女武闘家が目を見開く。
「……あんた……見えるの……?」
「うん……だから気を付けなくちゃ」
青年剣士が剣を構える。
「じゃあ、全員で力を合わせるんだ!」
ホブゴブリン戦──“全員で挑む”
洞窟の奥から、
前回と同じ咆哮が響く。
「ギギ……ギャァァ……!」
ホブゴブリンが姿を現す。
だが、今回は違う。
戦いの中でちいかわたちは一致団結している。
女魔術師はちいかわの提案に従い魔力を温存している。 いつでも火矢を放てる状態だ。
女武闘家は無傷だ。そして冷静に周りを注意しながら戦う事が出来ている。
女神官は祈りを唱え続け光を追い払っている。彼女の祈りが続く限りちいかわ達に死角は生まれない。
青年剣士は長剣を大きく振り回すことなく、細かく丁寧に戦う事で長剣をぶつけることなく皆と力を合わせて戦っている。
そして何より、ちいかわは恐怖を知っている。 小鬼の悪辣な手口を、仲間を失うきっかけを、仲間を守る対処法を知っている。
青年剣士が叫ぶ。
「このまま全員でかかるぞ!」
女武闘家が前に出る。
「こっちは任せな!」
女魔術師が宣言する。
「大きい怪物は私に任せて! みんな無茶しないで!」
女神官が祈る。
「いと慈悲深き地母神よどうか我らをお守りください!」
そして、ちいかわは叫んだ。
「……守る……! 今度こそ……護る!!」
刺股がホブゴブリンの足を絡め取る。
女武闘家の蹴りが顎を砕く。
青年剣士の剣が胸を貫く。
女神官の祈りが仲間を守る。
女魔術師の火矢がホブゴブリンを吹き飛ばす。
そして——
**ホブゴブリンは倒れた。**
洞窟に、静寂が訪れた。
ちいかわはへたり込み、涙があふれた。
「……みんな……生きてる……っ」
青年剣士が笑って駆け寄る。
「当たり前だろ? 君が守ってくれたんだ」
女神官は胸に手をあて、ほっと息をこぼす。
「今日は……何かに導かれていた気がします。
あなたの言う通りにしてよかった」
女武道家は親指を立て、
女魔法使いは微かに笑って言った。
「これなら、いつかの竜殺しも夢じゃなさそうね」
初めて。
本当に初めて、誰も死ななかった。
でも、ちいかわの胸は嬉しさと同じくらいに痛んだ。
もしかしたら——
ほんの少しだけ未来が変わったのかもしれない。
でも、その瞬間。
また、黒い流れ星が落ちた。
今度は、はっきりと声が聞こえた
*——よかったね。
未来を変えられた。
その代わり……
“少しだけ”、置いていったよ。**
「……え……?」
胸の奥が、凍りつくように空っぽになる。
何を失ったのか分からない。
でも、何かが確実に消えた。
思い出せない“感情”のようなもの。
大切だったはずの“何か”。
黒い光だけが、
空から静かに落ち続けていた
この巣穴には ゴブリンシャーマンはいませんでした。 群れが巨大になり統制が効かなくなったところでホブゴブリンに下剋上を起こされたのです。
この四方世界はパラレルです。