第十話【異世界】
二年前のあの日、空を焦がした爆炎の中で、男は確かに死を覚悟した。
眼前に立ちはだかる強敵を道連れにするため、自らの
機体が、魂が、物理的な衝撃によって粉々に砕け散り、意識が急速に冷たい虚無へと沈んでいく。もう二度と、あの騒がしい戦友たちの声を聴くことも、月光を反射する自らの装甲を見ることもないだろう。男はそう確信し、永い眠りを受け入れた。
しかし、男は目覚めた。
再起動し、最初にとらえたのは、現実世界の論理を完全に無視した色彩の空間だった。
それが、メッシュと『次元の狭間』の出会いだった。
次元の狭間――そこは、無数の世界と時代が複雑に絡み合い、万華鏡のように明滅する摩訶不思議な空間だ。入り口と出口は因果律を無視してアトランダムに現れ、特にその「先」がどこへ繋がっているのか、旅をするメッシュ自身にも全く見当がつかない。
そんな混沌の海を渡り歩く男の前に、今日もまた、新たな境界の裂け目が口を開いた。
メッシュ: 「ファファファ…今度はどんな世界に出るかな?」
期待と不安を僅かに煽るような笑みを浮かべ、赤いマントを翻して、男は一歩を踏み出した。
―――バチャーーンッ!!
境界を越えた瞬間に襲ってきたのは、冷たい衝撃と激しい水しぶきだった。
いきなりの洗礼に、メッシュは慌てて手足を動かし、液体の底から這い上がる。
メッシュ: 「あぁびっくりした……」
赤いマントを滴る水で重くし、ファーストエースの『メッシュ』が岸辺へと辿り着く。背後には、彼の魂の片割れとも言える『カリパー』の剣、『キドゥ』の杖、『ゲンジ』の盾が、旅の装備として静かにマウントされていた。
彼らはまず、濡れた機体を乾かしながら、新しく辿り着いた異世界の様子を探るべく、周囲の闇へとセンサーを研ぎ澄ませた。
メッシュ: 「……で? ここはどんな世界なんだ?」
次元の旅人にとって、環境の把握は生存に直結する。知性体の有無、物理法則の差異、支配的な世界情勢。それらを確認すべく、メッシュは周囲を見渡した。
辺りは深い夜の帳に包まれている。どうやら彼らが降り立ったのは、広大な池を中心とした石造りの遺構のようだった。
水面に突き立つ四本の石柱。縁から中心へと伸びる細い突堤。その幾何学的な構造に、メッシュは既視感を覚えた。かつて自分の故郷で、『スバル』や『マーブラー』が発掘された古代遺跡と、その様式があまりにも酷似していたのだ。
もしや、故郷の過去か未来へ帰還したのか。期待に胸を躍らせながら散策を続けると、古びた立て看板が目に入った。
『フォンタナ遺跡』。
その名を目にした瞬間、メッシュの期待は霧散した。故郷にそのような名の遺跡は存在しない。やはりここは、似て非なる異世界なのだ。
一行は看板の近くに放置されていた、トロッコに乗り込んだ。
メッシュ: 「おわッ! なんだなんだ、勝手に動き出したぞ」
何かのスイッチを入れたわけでもないのに、トロッコは磁力に引かれるように滑り出し、暗いレールの先へと疾走し始めた。
トロッコに揺られること数分。遺跡の湿った冷気が、次第に文明の熱量を含んだ風へと変わっていく。辿り着いたのは、それほど栄えているとは言い難い、ひなびた町だった。
トロッコの終着点からすぐの場所に、一軒のコンビニエンスストアが建っていた。奇妙なことに、民家を挟んですぐ隣にも、全く別の看板を掲げたコンビニが並んでいる。
熾烈な商圏争いに、かつて平和だった時代を思い出しながら自動ドアをくぐると、レジの奥で眠そうな目をこすっていた『人間』の店員が、こちらを見て硬直した。
人間だ。どうやら、彼らがこの世界の主役らしい。
今まで様々な異世界を渡り歩いて分かったことだが、人間の滅んだメッシュの故郷は特異であり、むしろ人間たちが世界の支配者として闊歩していることの方が多いようだ。
店員が気だるげな顔を上げ、メッシュの姿を網膜に捉えた瞬間、その表情が恐怖に歪んだ。
「う、う、宇宙人だぁぁぁ!!!!」
メッシュ: 「ファ!?」
あまりの絶叫に、メッシュは反射的に店を飛び出し、夜の路地へと逃げ込んだ。
宇宙人。
確かに、ファーストエースという機体は、かつて人間が想像した異星人の特徴を記号化したようなデザインだ。だが、故郷の世界であれば、どれほど奇抜な見た目でも「宇宙人っぽい見た目のメダロット」として認識される。彼を見てパニックを起こした店員の反応は、この世界に「メダロット」という概念自体が存在しない可能性を示唆していた。
メッシュは暗がりに身を潜めながら、一つの結論を下した。ここは、人間だけが繁栄し、機械の相棒を持たない世界なのだと。
しかし、その推論は、数分後に現れた「影」によって劇的に覆されることになる。
いたのだ。
街灯の届かない路地裏、あるいは公園のベンチの陰。人間と連れ立つこともなく、自律して行動する者たち。
野良メダロットだ。
だが、その姿はメッシュの定義していた『メダロット』とは決定的に異なっていた。
角張った金属の質感や重厚なメカニズムは影を潜め、ポップでカートゥーンライクな、曲線主体の柔らかなフォルム。アート的な記号化を極限まで突き詰め、まるでアニメのキャラクターがそのまま実体化したかのような異質な造形。
その、あまりにもキャラクター性の強い「新しいメダロット」たちの姿に、メッシュの脳裏にかつてエデンで見た、あの特殊な機体たちの残像が重なった。
メッシュ: 「な、なんか……『トゥルース』のやつらみたいな見た目のメダロットがメッチャいるーーーーー!!!」
そこは、メッシュたちの故郷では『Truth-Type-Medarot』と呼ばれた規格外の機体たちが、当たり前に闊歩する世界だった。
次元を越えた「旅行」は、このポップで不条理な異世界で始まろうとしていた。
第十話【異世界】終わり