第十一話【新人メダロッター、メッシュ】
翌朝、街の至る所で配られた新聞の見出しは、昨夜の喧騒を扇情的に伝えていた。
『メダル発掘記念公園に「宇宙人」現れる!』
メッシュ: (あそこ公園だったのか……普通に民家とかコンビニとかあったから町だと思ってたぞ……)
瓦礫の影でその紙面を盗み見たメッシュは、思わず漏らした本音と共に自身のアイセンサーを僅かに明滅させた。
これ以上の露見は命取りになる。メッシュは決意を固めると、次元を渡る旅の中で手に入れた深紅のマントを広げ、ファーストエースの鋭利な機体を包み込むように全身にぐるぐる巻きにした。
幸いにして、彼のシルエットは小柄であり、機体を完全に覆い隠してしまえば人間に見えなくもない。ギリギリ、放課後の小学生の男の子がマントを纏って「変装ごっこ」に興じている……あるいは、そう見えてほしいという切実な願望と祈りを胸に、彼は再び表通りへと踏み出した。
それにしても、剣の形をした『カリパー』、杖の『キドゥ』、そして盾の『ゲンジ』。その三振りの異形な荷物を抱えて歩く姿は、不審人物そのものであることに変わりはなかった。道行く人々は、すれ違う度にその奇妙な「大きな荷物」を抱えた少年に怪訝な視線を向けては振り返っていた。だが、それでも昨晩のように「宇宙人だ!」と指を差されて騒がれることはなく、変装は薄氷の成功を収めていた。
しばらく歩き回り、周囲の様子を観察することで、メッシュはこの世界の「理」をようやく理解し始めていた。
ここでは人間がマスターであり、メダロットという機械の知性体を「飼い」、あるいは「相棒」として共に暮らす世界であった。
また、『ロボトル』という名の競技でメダロット同士を戦わせることが流行しており、人々の娯楽と生活の核心に根ざしている。その文化は、人類が滅ぶ以前のメッシュの故郷と驚くほどよく似ていた。
故郷の過去に迷い込んだかのような環境は、メッシュにとっても適応しやすいはずのものだった。だが、肝心のメダロットたちのデザインが、彼の知る機能美を追求した「メカ」ではなく、どこか記号化された「キャラクター」のような曲線を描いている。そこだけが、彼の感覚にとってはどうしようもなく厄介な違和感であった。
昨晩の騒動があった遺跡やメダル発掘記念公園からできるだけ遠ざかろうと、メッシュは歩を進めた。
巨大な昆虫博物館の横を通り過ぎ、大陸一の賑わいを見せる『カラクリ・タウン』の喧騒を足早に抜ける。辿り着いたのは、『ベント・デル・マーレ』と呼ばれる潮風が香る閑静な住宅地だった。
ようやく安全圏まで来たと安堵したメッシュは、公園のベンチに腰を下ろして一休みすることにした。咲き誇る鮮やかな花畑を眺め、心を癒やしていたその時、茂みの向こうから複数の声が響いてきた。
「だからおれたちが練習相手になってやるって言ってるだろっ」
「……だろっ」
「嫌よ!わたしはロボトルの練習がしたいんだから、あんたたちみたいな卑怯なやつらとはやらないの!」
ただならぬ気配を感じ、メッシュはこそこそと物陰に身を隠して様子を窺った。
見れば、ポニーテールの女の子が三人の少年たちと激しい言い争いをしていた。
三人の少年の構成は、ひょろりと背が高いリーゼントの男の子、丸々と太ったオーバーオールの男の子。そして、背後で手を組み、高みの見物といわんばかりに状況を見守っている金髪の女の子。三人とも、その身長から察するに、十歳から十二歳ほどの子供たちだった。
(なんだ、子供のケンカか)
メッシュはのんきに、その光景を眺めていた。
「あねご、何とか言ってやってくださいよ」
背の高い男の子が、後ろに控えるボス格と思われる金髪の女の子に声をかける。
「アイリスさぉ……。ロボトルの練習っていうなら、あたしとピョロリ、ボヨヨの三人なら申し分ないと思うけど?」
金髪の女の子の言葉を聞き、メッシュは心中で毒づいた。
どうやら男の子二人の名は、ピョロリとボヨヨというらしい。どちらがどちらなのか一目瞭然すぎるその名。彼らの両親が一体どんな気持ちでこの名を付けたのか、メッシュは次元を越えた他人事ながら、そのセンスが気になって仕方がなかった。
そして、詰め寄られているポニーテールの少女の名はアイリスのようだ。
アイリス: 「マスキー、そんなこと言いながらロボトルに勝ったらパーツを奪うつもりなんでしょ?」
金髪の少女――マスキーは、獲物を追い詰めた猟犬のようなニヤリとした笑みを浮かべて答えた。
マスキー: 「当たり前でしょ。公式ルールなんだから」
その言葉が、メッシュの耳を打った。瞬間、彼は弾かれたように物陰から飛び出した。
メッシュ: 「なにぃ!? 勝ったらパーツをもらえるのか!!?」
予期せぬ乱入者に、一同が驚愕の視線を一斉にメッシュへと向けた。
赤いマントを身体にぐるぐる巻きにした、異様な風体の男を前に、マスキーたちは露骨にいぶかしんだ顔をした。
マスキー: 「誰だ!?テメー!!」
凄むマスキーの眼圧。まだ子供でありながら、その声の「どす」の利き方に、メッシュは(怖い!)と直感した。だが、今さら後に引くことは次元の旅人としての矜持が許さない。
メッシュ: 「ファッファッファ……。見つかってしまったなら仕方ない。我が名はメッシュ!ロボトルの相手は俺がしようではないか!」
勢いに任せてメッシュはアイリスの前に立ちはだかり、マスキーたち三人組と対峙した。
その口実は「女の子を三人がかりでいじめるなど許せん」という騎士道を装っていたが、その本音は異世界の見たこともない珍しいパーツを、公式に合法的に手に入れられるという強烈な好奇心に支配されていた。
マスキー: 「なんだか知らないけどやってやろーじゃん!……ピョロリ、ボヨヨ!」
マスキーが号令を下すと、三人はそれぞれ左腕の腕時計型デバイスを構えた。
この世界の『メダロッチ』。
瞬間、三体のメダロットが実体化して現れた。
かつての故郷のマゼンタキャットに酷似しながらも、より記号的な意匠を持つ『ユナフィ』。
ブルースドッグを思わせる、カートゥーン調のデザインが特徴的な『チェインブル』。
そしてキースタートルの面影を残した、曲線主体の『ベイザハート』。
そこで、メッシュに致命的な問題が突きつけられた。
マスキー: 「さぁ、お前もメダロットを出しな」
メッシュ: 「え?あ、あーーー……」
ロボトルである以上、当然「メダロットの転送」が求められる。
普段の癖で自分自身が戦う気満々だったメッシュは、いま自分が「人間のふり」をしていることを完全に失念していたのだ。
メッシュが狼狽していたその時、背負っていた杖――友人のキドゥが耳元で静かに囁いた。
キドゥ: 「(仕方ないわね。アタイ達で何とかするか)」
カリパー: 「(そうだね。オイラ達の出番かな)」
メッシュ: 「え?……え???」
ゲンジ: 「(いいから。メッシュは『メダロット転送!』とだけ言えばいい。後は我輩達に任せろ)」
言葉の真意を量る間もなかったが、武器形態の間は滅多に口を開かぬ友人たちが、わざわざ事態に介入してきたのだ。何か確かな勝算があるに違いない。メッシュは意を決し、彼らの言う通りに腕を振り上げた。
メッシュ: 「えっと……じゃあ、メ ダ ロ ッ ト 転 送 ! !」
次の瞬間、彼の背後から放たれたカリパー、キドゥ、ゲンジが、空中で一斉にメダチェンジを解除。それぞれの機体を人型へと展開し、メッシュの前に毅然と立ち塞がった。
その様子が、対峙するマスキーたちの目には、あたかも見えないメダロッチからメダロットが転送されたかのように……見えていることを、カリパー達は切に願った。
ピョロリ: 「な、なんだよ。その変な形のメダロット!?」
マスキー: 「新型か……? 面白れぇ、そのパーツ、いただくよ!」
ボヨヨ: 「……よっ」
やはり、この世界の住人にとっては、メッシュたちの姿こそが『異形』に映るらしい。
後ろではアイリスまでもが、驚愕に目を大きく見開き、カリパーたちの威容を凝視していた。
メッシュ: 「あ、なるほど、オレがメダロッター役になるわけだな」
メッシュはようやく、この場における自身の「役割」を飲み込んだ。
こうして、新人メダロッターを演じる時空の旅人と、傲慢な悪ガキ三人組による、不条理にして熱きロボトルの火蓋が切られた。
アイリス: 「え~っとじゃあ、……ロボトルファイト!!」
なりゆきで審判役を任されたアイリスが、自らの役割に戸惑いながらも開戦を告げた。その甲高い声が静かな住宅街に響き渡ると同時に、マスキーが鋭い指示を飛ばす。
マスキー: 「速攻だ! ユナフィ!」
開始の合図とほぼ同時、猫型のユナフィが四肢を躍動させ、最短距離でゲンジへと肉薄した。狙いは明確、リーダー機を早期に沈めることによる電撃勝利。
普段はメダチェンジ形態でメッシュの『盾』として振る舞っているガンキングのゲンジだが、かつてエデン軍の最前線で地獄を見てきた『十二使徒』の格は伊達ではない。
この程度の突進を捌くことは容易だった。しかし、彼は回避行動を取らなかった。この世界のメダロットがどのような「質」の攻撃を繰り出すのか、その好奇心が勝ったのだ。ゲンジは重厚な右腕を持ち上げ、真っ向からその衝撃を受け止める構えを取った。
ゲンジ: 「……!?」
しかし、その判断は瞬時に「誤り」と分かった。
ユナフィの打撃そのものは、ゲンジの誇る特殊装甲を凹ませることすら叶わなかった。だが、接触した瞬間、ゲンジの内部フレームを激しい高電圧が駆け巡った。火花が散り、ゲンジの体が強制的に停止する。
『サンダー攻撃』。故郷の世界でマゼンタキャットが得意とした、機能停止行動。
これによりゲンジの姿勢制御はロックされ、一歩も動けぬまま立ち往生を強いられた。ゲンジは両腕や脚部の装甲こそ通常のメダロットの五倍を超える堅牢さを誇るが、一点、頭部パーツの防護だけは致命的に脆い。リーダー機が回避も防御もできず、急所を無防備に晒す。それは戦場において「敗北」に直結する事態だった。
ピョロリ: 「チャンスだ!チェインブル、ライフル!!」
好機を逃さず、後方に控えていたチェインブルが銃口を跳ね上げた。放たれたライフル弾が、無防備なゲンジの頭部を正確に狙い撃つ。
カリパー: 「ゲンジ!」
叫んだのはジャッカルのカリパーだ。即座に頭部パーツ『コアヘッド』を起動。至近距離で爆ぜたナパーム弾が、飛来する弾丸を空中で強引に叩き落とした。さらにカリパーは攻撃の手を緩めず、ゲンジの眼前で追撃を狙っていたユナフィを、右腕のビームで狙い撃つ。
マスキー: 「後退だユナフィ!」
だが、マスキーの指揮もまた的確だった。ビームが着弾する寸前、ユナフィは身軽な動きで後方へ転進し、射線を逃れた。カリパーの放った熱線は、誰もいない虚空を灼いただけに終わる。
ボヨヨ: 「……ベイザハートっ」
亀型のベイザハートが長いエネルギー充填を終えた。重厚な砲身が咆哮を上げ、高出力のレーザーが真っ直ぐにゲンジへと放たれる。重火器を連射し、放熱に時間を取られたカリパーに、その光条を撃ち落とす術は残されていない。
キドゥ: 「まったく仕方ないね!」
メイクイーンのキドゥが呆れたような声を上げた。刹那、彼女の機体が駆動音と共に組み換わっていく。
メダチェンジ。
人型から優美な杖の姿へと変貌した彼女は、瞬時にゲンジの正面へと割って入った。直後、直撃したはずのレーザーはキドゥの周囲で光の粒子となって霧散し、彼女の装甲を僅かに焦がすことすら叶わなかった。
ドライブB、光学無効。レーザーやビームといった光学兵器を完璧に無効化する絶対の壁。
ゲンジ: 「……むぅ。まさか我輩が守られてしまうとは、二人ともスマン」
ようやく停止の症状が解けたゲンジが、苦渋の混じった声で友人に謝罪した。
だが、その光景を目の当たりにしたマスキーたちは、驚愕のあまり目を見開き、言葉を失っていた。
ピョロリ: 「な、な、何だあのメダロット!! 変形したぞ!!」
ボヨヨ: 「……したぞっ!!」
その過剰な反応に、メッシュの側もまた困惑の色を隠せなかった。
メッシュ: (え、この世界『メダチェンジ』が存在しない世界線なの!?)
思いもよらぬ「異質」の証明。これ以上の注目は不利益を招く。ボロが出る前に、圧倒的な実力でこの場を収めるべきだ。メッシュはマントの下で、鋭い号令を発した。
メッシュ: 「隙ありだぁ!一気にリーダーを叩け!」
実際には、彼が命じるまでもなく友たちの連動は完成していた。
メッシュの言葉が終わるより速く、キドゥは変形を解除してユナフィの背後へ回りこんでいた。元・十二使徒の練度は、子供たちの遊びとは次元が違う。キドゥは左腕の『インクリーズ』を繰り出し、強力なホールド攻撃でユナフィの駆動系を力任せに縛り上げる。
カリパー: 「トドメはオイラが!」
機動力を奪われたリーダー機に対し、カリパーが左腕の『ホールハンドル』を向けた。狙撃にも似た精密なプレス攻撃。
慌ててチェインブルとベイザハートが援護に回ろうとするが、マスキーがそれを遮る。
マスキー: 「ピョロリ、ボヨヨ、あたしはいいから、相手のリーダーを集中砲火だ!!!」
自らの敗北を覚悟した上での、捨て身の相打ち狙い。リーダー機ユナフィが撃破される寸前、味方の全火力をゲンジの脆い頭部へと集約させる。
ピョロリ: 「わかったぜあねごっ!」
ボヨヨ: 「……ねごっ!」
二機の砲火が同時に火を噴き、ゲンジの頭部を捉えんとする。同時に、カリパーの放った重力弾がユナフィを襲う。
―――ドドーーーンッ!!
土煙が舞い上がり、フィールドを覆い隠す。
静寂が訪れ、砂埃が晴れた後に響いたのは、硬質な金属の脱落音だった。
――ガチャンッ。
頭部を粉砕されたユナフィが、崩れ落ちるように沈黙した。
対するゲンジはといえば、その場に悠然と立ち続けていた。
ゲンジ: 「完全無効……ふむ。盾としての汚名返上だな」
マスキーたちの攻撃が着弾する寸前、ゲンジは再びメダチェンジを敢行。ドライブAの『完全無効』を発動し、降り注いだすべての砲火を無機質に弾き飛ばしていたのである。
アイリス: 「勝負あり! えっと……メッシュ?だっけ?……の勝ち!」
アイリスが勝利を宣言した瞬間、マスキーたちは現実を受け入れがたい様子で後ずさった。
マスキー: 「な、なんなんだこのメダロット達は!」
ピョロリ: 「こんなのズルだろ!みとめねえからな!」
ボヨヨ: 「……からなっ!」
悪ガキ三人組は吐き捨てるように叫ぶと、機能を停止したメダロットを強引に回収し、一目散に走り去っていった。
メッシュ: 「あ、待てコラ! パーツは!?」
メッシュの叫びは、逃げ足の速すぎる彼らの背中に届くことはなかった。
メッシュ: 「……まぁ、いいか」
苦笑いを浮かべながら、メッシュはカリパー、キドゥ、ゲンジ達の背中を見守った。
メダロッターを演じた奇妙なデビュー戦は、白星という形で幕を閉じた。
パパパパ~~パ~ラ~パッパパ~♪
どこからともなく、輝かしい勝利のファンファーレが耳の奥で鳴り響いたような気がして、メッシュは少しだけ誇らしげに鼻を鳴らすのだった。
第十一話【新人メダロッター、メッシュ】終わり