第十二話【型破り少女、アイリス】
異世界での記念すべき初ロボトル。
鳴り止まぬ砂塵の舞う中、メッシュは戦利品としてのパーツこそ手に入れ損ねたものの、かつての戦友たちと共に勝利を掴んだという充足感に浸っていた。
冷却ファンが静かに唸りを上げ、機体から熱気が逃げていく。
アイリス: 「すごい! あなたのメダロット、すっごく強いのね」
メッシュ: 「そこは『あなた、すっごく強いのね』って言ってほしかった」
戦いの一部始終を見届けていたアイリスが、興奮気味に声を弾ませた。だがその称賛の矛先は、メッシュ本人ではなく、並び立つカリパー、キドゥ、ゲンジに向けられている。
心なしかセンサーの輝きを落として落胆するメッシュとは対照的に、背後でそれぞれ休んでいた三機は、これ以上ないほど誇らしげな「ドヤ顔」を浮かべていた。
アイリス: 「あ、ごめんごめん。でも見たことないメダロットなんだよね。何型なの?」
屈託のないアイリスの問い。メッシュの思考回路が瞬時に「逃げ」の演算を開始した。だが、その結果として出てきた声は、およそ旅人としての風格を感じさせない、不自然極まりない代物だった。
メッシュ: 「え~っと、マァ、チョット諸事情ガアッテ型式不明ナンダ」
感情を完全に欠落させた、文字通り機械的な棒読み。
隣で聞いていたカリパーたちは、思わず天を仰いだ。(嘘をつくにしても、もう少しマシな演技はできなかったのか?)と、友人たちの呆れを含んだ沈黙がメッシュの背中に突き刺さる。
アイリス: 「え、どういう事?」
メッシュ: 「……ン、マ、マァ、チョット諸事情ガアッテ非売品を持ッテイテナ。諸事情デ事情ヲ話セナインダ。諸事情デ」
繰り返される「諸事情」。
(これほど便利な言葉もないな……。だが、これだけ連呼すれば胡散臭さを通り越して怪しさしか残らないぞ、やめてくれ)、と三機は内心で頭を抱えていたが、幸いにして、目の前の少女は驚くほどに寛容だった。
アイリス: 「……何から何まで、不明ね。まぁいいわ! ねぇあなたちょっと付き合ってくれない?」
メッシュ: 「……ん?」
唐突な誘いに、メッシュがマントの隙間から目を丸くする。
アイリスが語るには、近々この地区でロボトルの大会が開催されるのだという。彼女も出場を決めているのだが、最近、自分より後に競技を始めた「ガンマ」という幼馴染が、目覚ましい勢いで実力を伸ばしてきているらしい。
負けず嫌いの彼女にとって、後から始めた相手に追い抜かれることだけは、何としても避けたい事態だった。
練習相手を求めて街を歩いていたところを、先ほどのマスキーたち悪ガキ三人組に絡まれてしまった、というのが事の真相であった。
アイリス: 「あなただったら実力的にも、ちょうどいいし、何かいい人っぽいし。練習に付き合ってくれると嬉しいんだけど」
アイリスは僅かに首を傾げ、潤んだ瞳で上目遣いにメッシュを窺った。
少女特有のあどけなさと、必死な懇願。単純なメッシュの自尊心があっさりとその依頼を許容した。
メッシュ: 「ファッファッファ! いかにも俺はいいメダ……人だッ! その練習とやら、付き合ってやろうじゃないか」
「メダロット」と口走りそうになるのを強引にねじ伏せ、メッシュは豪快に笑った。
こうして、次元の旅人メッシュは「メダロッター」として、一人の少女の指南役を引き受けることになった。
特訓は、座学と模擬戦を織り交ぜながら、丸一日かけて行われた。
メダロッターを装うメッシュであったが、そのアドバイスは驚くほど論理的で、かつ鋭いものだった。攻撃の予備動作を最小限に抑えるタイミング、関節の可動限界を逆算した回避の角度、そして防御の衝撃を反撃の推進力に変える重心移動。
それはかつて『十二使徒』として、血を洗う戦場で数多の機体を解体してきた猛者のみが知り得る、命の削り合いの技術だった。
ただ一つ、奇妙な点があるとすれば、その指導の矛先だった。メッシュはメダロッターであるアイリスに対し「こう指示を出せ」と言うのではなく、常に彼女のメダロットたちに対し、「お前はこう動け」と直接語りかけるように指南していたのである。
だが、その異質さがかえって功を奏した。
アイリスは最初こそ、メッシュの「メダロット目線」すぎる指導に目を白黒させていたが、耳を傾けるうちに、自らの愛機の強みと弱みをこれまでにない深さで理解し始めていた。メッシュの要求を愛機が実行するには、どのような言葉で、どのようなタイミングで指示を送るべきか。その「逆算」こそが、彼女に『メダロットの心』に寄り添う、新たな戦い方を教えたのである。
―
時はあっという間に過ぎ、住宅街ベント・デル・マーレの空は、燃えるような橙色へと染まっていた。
長く伸びた影が公園の芝生を侵食し、遠くの電柱からはカラスが「カァ、カァ」と、芝居がかったような、あまりにベタな鳴き声で一日の終わりを告げていた。
アイリス: 「……ふぅ。なんだかすっごい勉強になったわ。メッシュってメダロットの事すごい分かってるのね」
メッシュ: 「ファッファッファ。そうだろうそうだろう」
腕を組み、心地よい排熱と共に満足げに笑うメッシュ。その様子を、アイリスは黙って凝視していた。あまりにも真っ直ぐに向けられた観察の視線に、メッシュは焦燥感を覚える。(まさか、メダロットだと……人間じゃないとバレそうなのか!?)、と。
緊張に目を強張らせた瞬間、アイリスがぽつりと、意外な言葉を零した。
アイリス: 「その布を巻くのかっこいいわね……」
彼女の視線の先にあったのは、メッシュが全身に巻き付けていた深紅のマントだった。正体隠しのための苦肉の策が、多感な少女の目には異国情緒溢れるファッションとして映っていたらしい。メッシュは安堵のあまり、「ふぅ」と大きく息を吐き出した。
メッシュ: 「ファッファッファ。そうだろうそうだろう」
アイリス: 「顔を隠した正体不明の謎の美少女メダロッター……いいわね。ちょっと貸して!」
メッシュ: 「……ん?」
問い返す間もなかった。アイリスはメッシュが巻いていたマントの端を力任せに掴むと、そのままグイッと自分の方へ引き寄せた。
マントに包まれていたメッシュの機体は、独楽のように回転した。
メッシュ: 「あーれー」
あまりにも無慈悲な回転運動。剥ぎ取られたマントを、アイリスは自らの肩へと手際よく巻き付け、夕景を背にバシッと決めポーズをとる。
アイリス: 「……名付けて、ラ・マスカーラ! ……これでガンマもわたしに釘付けよ」
ドヤ顔でメッシュへと向き直ったアイリス。だが、彼女の瞳に宿っていた自信の光は、次の瞬間、凍りついたような戦慄へと変わった。
マントという隠れ蓑を失い、白日の下に曝け出されたメッシュの姿。
夕闇の中で鈍く光る金属の肌、人間の解剖学的構造を無視した鋭利な機体フレーム、そして不気味な輝きを放つピンクの瞳――。
アイリス: 「う、宇宙人!?」
静かな公園に、アイリスの悲鳴が木霊した。
―
「宇宙人」という悲鳴に、メッシュは慌てて両手を振り回した。腰を抜かして震えるアイリスを宥めながら、彼は自身がメダロットであるという事実を文字通り「かくかくしかじか」と説明し始めた。
メッシュ: 「……というわけだ。俺は決して、地球を侵略しに来た宇宙人なんかじゃない。れっきとしたメダロットだ」
メッシュは証拠を見せるべく、マントを剥がされた背中をアイリスに向けた。装甲の隙間に精密に組み込まれた六角形――「メダル」の輝きを直接目にしたことで、アイリスはようやく呼吸を整え、恐怖を驚きへと変えた。
また、マントは自分のアイデンティティに関わる大切なものだから返してほしいと頼むと、彼女は「ごめんなさい」と顔を赤らめて、丁寧に布を返してくれた。その素直な謝罪に、メッシュは(この子は根は本当にいい子だな!)と感銘を受けた。
アイリス: 「……で、だとするなら何型メダロットなの? その特殊なフォルムは『新型』超えて『
メッシュ: 「俺はトランプ『エース』型メダロットだ。『変型』は普通にやめてくれ」
アイリス: 「『変型』についてはマジでごめん。でも、そんな型のメダロット聞いたことないけど」
彼女の知るメダロット学の範疇を大きく逸脱した造形に、アイリスはしばらく疑わしげな視線を送り続けていた。だが、やがて何かを諦めたように長く息を吐き出すと、パッと顔を上げて明るく言い放った。
アイリス: 「まぁ、何はともあれ、今日はメッシュのおかげでロボトルの特訓できたし! メッシュがいい人……いいメダロットって事は分かったから今は気にしないでおくね」
彼女なりの信頼の証。騒ぎにならなかったことに心底安堵し、メッシュは去りゆく少女の背を見送った。彼女の大会が、特訓の成果に相応しいものになることを、次元の旅人は心から願っていた。
――後日。
現実は非情であった。アイリスによると、彼女は例の幼馴染ガンマを相手に、激闘の末に一歩及ばず負けてしまったらしい。
しかし、メッシュのアドバイスを受けて黄色い布で自作した『ラ・マスカーラ』の衣装は観客の目を惹き、本人的には「コスプレがバッチリ決まった」と満足げであった。アイリスは丁寧に結果を報告し、メッシュはその努力を認め、まだ見ぬガンマ少年の健闘を称えた。
メッシュ: 「素晴らしいぞ、今後も何度も戦うといい! そして二人は永遠の
アイリス: 「うん。よく分かんないけどありがとう」
異世界の少女には伝わらなかった名作ゲームの例え。人知れず思考の片隅に寂寥感を覚えるメッシュを余所に、アイリスは本大会へ出場するガンマの応援に向かうため、再び踵を返した。
なぜか『ラ・マスカーラ』の衣装を纏ったまま、意気揚々と去っていく背中。メッシュは確信した。(あの子、コスプレに完全にハマったな……)と。
そんな、どこか長閑な日常の断片が、粉々に砕け散ったのはその数日後だった。
―
ロボトルの本大会が閉幕して間もなくのこと。
空気が凍りつき、世界の電圧が狂ったように乱れ始めた。
その光景を、メッシュは震える目で見つめていた。
目の前で起きている事態。それは、かつてメッシュの故郷で語り継がれ、歴史に消えない傷跡を残した、あの事件と、あまりにも、あまりにも酷似していたのだ。
メッシュの故郷の世界において、その悪夢はこう呼ばれていた。
―――『 魔 の 十 日 間 』、と。
第十二話【型破り少女、アイリス】終わり