第十三話【真型メダロット】
その日の朝、日常という名の歯車は、凄まじい悲鳴を上げて逆回転を始めた。
平和な街を闊歩していたメダロットたちが、あたかも何らかの凶悪なウイルスに冒されたかのように、一斉に暴走を開始したのだ。昨日まで家族のように笑い合い、主人の言葉に耳を傾けていた愛機たちが、冷徹な殺戮機械へと変貌を遂げる。
路地裏からは逃げ惑う人々の悲鳴が上がり、装甲とアスファルトが擦れる不快な金属音が響き渡る。
「なぜだ!」「どうしたというのだ!」
恐怖のどん底に突き落とされた人々が、血を吐くような思いで叫ぶが、かつての相棒たちは無機質な電子音で応えるのみだった。
暴走する機体群には、明白な共通点が存在していた。その背中のスロットで拍動するメダルに、『M-PK隊』の刻印が刻まれていたことだ。
『M-PK隊』。この世界における治安維持組織の名。他世界における『警察』に類するその組織が、市民の安心のために供給したはずのメダルが、いま、この世界の終焉を告げるトリガーとなっていた。
この光景を『M-PK隊』を『セレクト隊』と読み替えれば、メッシュの故郷の歴史に刻まれた――『魔の十日間』と、その輪郭は完璧に一致する。
メッシュの知る歴史では、『セレクト隊』の上層部が犯罪組織『ロボロボ団』の幹部によって密かにすり替えられ、本社ビルから発信される強力な怪電波が、罪なきメダロットたちを凶暴な傀儡へと仕立て上げていた。その事件は、伝説の英雄『アガタヒカル』の知恵と勇気によって、ビルそのものの解体と共に終止符を打たれたという。
しかし、ここはメッシュのいた世界ではない。この異界には、『アガタヒカル』は存在しないのだ。
メッシュは街中で暴れ回る、暴走メダロットたちを、一撃の下になぎ倒しながら疾走していた。目指すは、この混乱の源流と推測される『M-PK隊本部ビル』。
もし、この世界に英雄が不在であれば、この事態は収束を見ることなく、そのまま歴史のもう一つの重大な転換点へと雪崩れ込んでしまうだろう。
――『人類滅亡』。
今にして思えば、N・G・ライトが引き起こしたあの凄惨な事件は、ヒカルのような英雄が表舞台から去った後に起きた『二度目の魔の十日間』だったと言えるのかもしれない。この世界の人類は、メッシュが当初考えていたよりもずっと深く、絶望の縁に立たされている。
メッシュ自身、かつては人類を滅ぼした側の『エデン』に籍を置いていた。
だが、彼に人間への強い憎しみはない。かといって、特別な慈しみもない。彼は人類滅亡の戦いに直接は関与していない。後のカヲスがリーダーとなった時代にスカウトされたという一点においてエデンに所属していたに過ぎない。
彼にとって人間とは、景色の一部のような、あるいはどうでもいい存在であった。
異世界の人間であれば、なおさら興味はないはずだった。……だが。
メッシュ: (アイリスは……アイリスは無事だったのか)
友となった者ならば、話は別だ。
共に過ごした時間の熱が、彼の思考回路に無視できないノイズを走らせる。メッシュは焦燥に駆られ、アイリスの安否を求めて激戦の街を駆け抜けた。その時だった。耳慣れた少女の叫びが届いた。
アイリス: 「メッシュ!!」
振り返れば、そこには黄色い布を顔に巻き、『ラ・マスカーラ』の衣装を纏ったポニーテールの少女――アイリスが立っていた。メッシュは「ふぅ」と大きく息を吐き出した。
生きていた。良かった。安堵の感情が彼を支配したのも束の間、暴走した一機のメダロットが、背後から彼女の命を刈り取らんと跳躍した。
メッシュ: 「アイリス!!」
メッシュの機体が弾けた。瞬時に間合いを詰め、右手の『カリパー』を一閃。
刃が暴走機の装甲を貫き、致命的な衝撃を叩き込む。放電の火花と共に、敵機は崩れ落ちるように機能を停止した。
アイリス: 「あ、ありがとう……」
荒い呼吸と共に、アイリスが掠れた声でお礼を口にする。
メッシュ: 「良かった……無事じゃなかったらどうしようかと不安になっていたところだ」
アイリス: 「あら、心配してくれたの?」
メッシュ: 「ん……まぁな」
僅かに視線を逸らし、ぶっきらぼうに答えるメッシュ。
もしも、今アイリスがその命を奪われていたら。その想像だけで、彼のメダルは焼けるような怒りに震えた。かつての故郷で、大勢のメダロットが人間達を殺された復讐心を募らせて『ラヴド』に集ったその理由。その核心にある「情」を、メッシュは今、初めて自分のものとして理解していた。
アイリス: 「それより、メッシュ! お願い、私を『M-PK隊本部ビル』まで連れて行って!」
意外な要求に、メッシュのアイセンサーが大きく揺れた。
もしこの世界の真実が、故郷の歴史と同じであれば、全ての元凶はそこにある。
まさか、目の前の少女が、この世界の『アガタヒカル』となる器だというのか。
アイリス: 「ガンマが一人で『M-PK隊本部ビル』に行ったの! わたし、助けなきゃ!」
ガンマ。あのロボトル大会で優勝を果たした、アイリスの幼馴染。
メッシュは合点がいった。そうか、彼こそがこの世界の英雄としての役割を担っているのだ。
だとするならば、この事件で人類は滅びない。この事件「では」、だ。
しかし、歴史の因果が巡り、再びN・G・ライトに類する者が現れた時、この世界は同じ結末を辿ってしまうのだろうか。そんな不吉な推論が頭を掠めるが、メッシュは力強く首を振った。
メッシュ: 「……行こう。アイリス。お前たち人間とメダロットの絆で、この事件を解決するんだ」
彼は右手のカリパーを背部のスロットへしまい込むと、空いた手でアイリスの細い身体を優しく、けれど確実に抱え上げた。
次元を越えた旅人は、一人の少女の願いに応え、戦火の最深部へとその身を投じた。
―
メッシュはアイリスをその強靭な腕で抱え上げると、戦場を突き進んだ。
『M-PK隊本部ビル』へと続く唯一の橋は、侵入を拒むように無残に跳ね上げられ、その先には濁流が渦巻いている。だが、次元の旅人たちにとって、物理的な断絶は障害にもならなかった。メッシュ、カリパー、キドゥ、ゲンジ。四機は同時にメダチェンジを敢行し、浮遊形態へと移行。アイリスを抱えたまま、重力を嘲笑うようにして対岸へと飛び越えた。
ビルが近づくにつれ、空気の密度が変わる。暴走するメダロットの数は膨れ上がり、ビルの周囲を黒い波のように埋め尽くしていた。それは警備というよりは、狂気に満ちた「檻」だ。アイリスも自身のメダロットを転送して応戦するが、次から次へと沸き立つ物量に、次第にその呼吸は荒くなっていく。
メッシュ: 「くそ、一体ずつ倒してたらきりがないぞ」
アイリス: 「ハァ……ハァ……」
競技としてのロボトルではない、終わりのない消耗戦。人間としての体力の限界がアイリスを蝕んでいた。彼女の相棒たちの奮闘も、この濁流の前では焼石に水だ。
その時だった。メッシュの内部フレームを、言葉にできない不思議な浮遊感が包み込んだ。
それは次元を渡り歩く旅の最中、必ず訪れる感覚だった。
メッシュ: (ついに……来たか)
メッシュは覚悟を決めると、傍らで戦う二機の友へ鋭い指示を飛ばした。
メッシュ: 「……ゲンジ、キドゥ。アイリスを抱えて、空中に一次退避してくれ」
二機はメッシュの眼差しだけで、その時が来たことを悟った。頷くと同時に、キドゥが杖の姿でアイリスを優しく掬い上げ、ゲンジがその全方位を鉄壁の守りで固める。
メッシュ: 「アイリス、メダロットたちをしまって、ゲンジたちと共にいてくれ」
アイリス: 「え、え? どうしたのメッシュ」
アイリスは困惑しながらも、メッシュの背中から立ち昇る尋常ならざるプレッシャーに圧倒され、その指示に従った。
メッシュ: 「……行くぞカリパー。……新たなる次元剣技だ!」
カリパー: 「オッケー! いつでもどうぞ!」
カリパーの声に、確かな昂揚が混じる。
メッシュは短く助走をつけると、爆発的な推進力で天高くへと舞い上がった。
空中で右手のカリパーを掲げる。すると、周囲の光が粒子となって剣先へと吸い込まれ始めた。
―――ポンッ、ポンッ、ポンッ……。
戦場には不釣り合いな、どこかポップでクールな電子音が不気味に響き渡る。
メッシュ: 「摩訶不思議なメダロットたちの住みし世界にて、身に付けし次元剣技……名付けたるは……」
カリパーを中心に形成された光の球体が、虹色の放電を撒き散らしながら臨界点へと達した。
メッシュ: 「
カリパーに蓄積された異世界のエネルギーが、一気に開放された。
放たれた無数の光線が、地上の暴走メダロットたちを真っ向から撃ち抜く。凄まじい熱量が周囲の砂埃を一瞬で蒸発させ、荒野は一瞬、真昼のような輝きに塗り潰された。
爆鳴が止んだとき、ビルを包囲していた軍勢は一掃され、静寂が戻っていた。
ゆっくりと降りてきたキドゥの腕の中で、アイリスは呆然とメッシュを見上げていた。
アイリス: 「すごい! あなた、すっごく強いのね!」
初めて出会ったときに言ってもらえなかったその言葉が、今度こそアイリスの口から零れる。
メッシュ: 「……悪いな、アイリス。ここでお別れだ」
アイリス: 「え?」
その言葉と同時に、世界が歪んだ。
メッシュの頭上付近、空間が紙を破るように裂け、不気味な異音と共に次元の裂け目が口を開いた。
――シュ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……!!
次元の旅人の宿命。一つの世界で役割を終えたとき、旅人は再び混沌の海へと引き戻される。
カリパー、キドゥ、ゲンジがメッシュの元へと集結し、四機は不気味に渦巻く歪みを見据えた。アイリスは、その光景を黙って見守るしかなかった。
この異常事態をアイリスは本能的に理解していた。
彼女はずっと、メッシュに違和感を覚えていたのだ。
この世界のどのメダロットとも違うデザイン。
レアな個体なはずなのに、マスター不在の野良メダロット。
ならば、不思議な歪からやってきた不思議な存在、と思った方がむしろ納得できる。
これこそが時空の旅人の宿命である。
次元の数だけ剣技がある。
次元の数だけ出会いがある。
次元の数だけ……別れがある。
メッシュは最後に一度だけ、少女へと向き直った。
メッシュ: 「アイリス……友達は大事にしろよ」
アイリス: 「え? あ、うん。もちろん、今からガンマを助けに」
メッシュ: 「ガンマ少年もそうだが、まだ大事にしなきゃいけない友達がいるだろ?」
一瞬、アイリスは誰の事か分からず困惑するが、すぐに答えを見つける。
アイリス: 「……あ、わたしのメダロットたち」
アイリスは、自分のメダロッチをそっと握りしめた。メッシュは満足げに頷くと、マントを翻して裂け目の中へと一歩を踏み出した。
この『魔の十日間』に似た事件はおそらくアイリスとガンマ少年の力で解決されるだろう。
あの『アガタヒカル』のように。
しかし、そのあとはどうだろうか。
もしも人間とメダロットの絆が失われて、メッシュ達の世界と同じ末路を辿ってしまったとするなら。
それはあまりにも悲しい。
メッシュは生まれて初めて思った。
こいつらに滅んでほしくはないと。
メッシュ: 「……ファッファッファ、さらばだ異世界の者よ」
三機の友と共に、その影が徐々に闇へと吸い込まれていく。
アイリス: 「メッシュ!!」
アイリスの叫び。メッシュは振り返らなかったが、彼女の言葉は、閉ざされゆく時空の壁を越えて確かに届いていた。
アイリス:「あのね、メダロットって今でこそロボトルが流行って競技用ロボットって感じだけど、元々は『お友達ロボット』として作られたんだ」
――シュ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……!!
次元の狭間がメッシュの姿を徐々に覆い隠していく。
アイリス:「でも、わたし、メダロットが『友達』だって事忘れてて、ロボトルに勝つことばっかり考えてて……そんな中で出会ったあなたは今までに無いくらいに『友達』って感じがしてて……」
――シュ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……!!
次元の狭間が閉じ始めた。
メッシュの思考に、かつて故郷で戦い、消滅していった多くの生命の残像が過る。
この少女と、ガンマという少年が、自分たちの世界の歴史とは異なる未来を紡いでくれることを、旅人は静かに祈った。
アイリス: 「だから、『新型』とか『変型』とかいろいろ言っちゃったんだけど、メッシュこそがメダロット本来のあるべき姿なんだなって思った。もしかするとあなたこそが――――」
次元の裂け目が完全に閉じ、世界に静寂が戻る。
誰もいなくなった荒野で、アイリスは消えた光の跡を見つめ、最後の一節を口にした。
「――――『真型』メダロットなのかもね」
第十三話【真型メダロット】終わり