第十四話【ワンダ、死闘】
タインたちが探偵事務所でシャインの猛攻を退け、メッシュがビッグブロック近郊でマイルを退けた、まさにその頃のことだ。
国境付近、聖・ヴァレン教会。
午後の柔らかな陽光が色鮮やかなステンドグラスを透過し、礼拝堂の床に幾何学模様を描いていた。シスターのワンダは、静かな礼拝堂でいつものようにモップを動かしている。
お昼時ということもあり、礼拝に訪れるメダロットの姿もなく、教会には穏やかな時間が流れていた。
そのはずだった。
――ガチャンッ!
突然、教会の重い扉が乱暴に開け放たれた。
逆光の中に立っていたのは、緑色の装甲を纏ったタマムシ型のメダロット。その左右対称の腕部に、ワンダは見覚えがあった。
ワンダ:「あ、すいません。神父のナギサは今出かけているので、本日は礼拝のみしかできませんが……」
ジーヴァス:「おっと、オレは迷える子羊じゃないゼ!」
その声と姿を見て、ワンダの脳裏に世界指名手配犯の名が浮かんだ。
アンビギュアス2の『ジーヴァス』。女王襲撃事件の実行犯である。
ワンダは手にしていたモップを捨て、すぐに後ろへ跳んで距離を取った。
戦闘態勢に入った彼女を見て、ジーヴァスが不敵に笑う。
ジーヴァス:「へへッ、その顔を見る限り、オレが誰か分かったらしいな。それなら話は早えぇ。白メダリア……神様を隠していないか?」
「神様」という妙な呼び方に、ワンダは眉をひそめた。
ワンダ:「ここには無いわよ」
嘘ではない。
だが、ジーヴァスがその言葉だけで引き下がるはずもなかった。
ジーヴァス:「まぁ仮に持っててもそう言うだろうな……悪いがねーちゃん、ひと暴れさせてもらうゼ!!」
――ダダダダダダッ!!
宣言と同時に、ジーヴァスの左腕『リンクス』が火を噴いた。
ガトリング弾が礼拝堂を走り抜け、ワンダの脇をすり抜けて背後の椅子を粉砕する。
ワンダは弾幕をかわし、そのまま左腕のフォーパーツ『ソウス』を突き出した。
ワンダ:「させないッ!!」
黄金の環が輝き、蓄えられた回復の力が攻撃エネルギーへと変換される。
高出力のレーザーが一直線に放たれた。
しかし、ジーヴァスは上半身を大きく逸らし、紙一重で熱線をかわした。
ジーヴァス:「これが伝説のフォーパーツか? ……面白いゼ!」
ジーヴァスは間を置かず、右腕のライフルと左腕のガトリングで攻撃を続けた。
二種類の銃撃が、逃げ場を削るようにワンダを追い詰めていく。
ワンダは飛行能力を活かして礼拝堂の中を飛び回ったが、なかなか反撃の機会を掴めない。
ソウスのレーザーは強力だが、ライフルやガトリングほど気軽に連射できるものではなかった。
ワンダ:(このままじゃ、じり貧ね……。だったら!!)
ワンダは戦い方を変えた。
弾幕の隙間を縫い、今度は後ろへ逃げるのではなく、真っ直ぐジーヴァスへ向かっていく。
接近戦用の武装など持っていないはずのワンダが、なぜ自分から距離を詰めるのか。
ジーヴァスが一瞬その意図を読みかねた、その隙だった。
ワンダ:「ナギサさんのツッコミ役を舐めるなーーー!!」
ワンダは勢いのまま、右拳を振り抜いた。
――ドガッ!!
拳がジーヴァスの顔面を正面から捉える。
まともに一撃を受けたジーヴァスは後方へ吹き飛ばされ、床を滑るようにして倒れ込んだ。
ジーヴァス:「おいおい……接近戦もできるなんて聞いてないゼ」
瓦礫の間から、ジーヴァスがどっこいしょと立ち上がった。
緑色の装甲にはワンダの拳を受けた跡が残っていたが、まだ戦える。
ジーヴァスは両腕を構え直し、頭部の赤いセンサーを鋭く光らせた。
ジーヴァス:「うっし!! 本気で行くゼ!!」
――ドドドドドドドドッ!!
再び左腕のガトリング『リンクス』が唸りを上げる。
さらに右腕のライフル『スコッチ』が加わり、ワンダの進路へ次々と弾丸が飛んできた。
先ほどまでよりも、明らかに狙いが鋭い。
ワンダの回避先を読んで撃ち込まれる連射に、とうとう一発の弾丸が脚部装甲を掠め、火花を散らした。
ワンダ:(……っ! 避けきれない! だったら、相打ち覚悟で!!)
ワンダは回避をやめた。
空中で狙いを定め、左腕の『ソウス』へ力を集中させる。
動きを止めた彼女へ、ジーヴァスの銃弾が容赦なく飛んできた。
肩や脇腹の装甲が撃ち抜かれ、衝撃が全身を走る。
それでも、ワンダは攻撃を止めなかった。
――シ、ィィィィィィィィンッ!!
黄金のレーザーが放たれた。
至近距離からの一撃が、ジーヴァスの右腕『スコッチ』を真っ向から捉える。
熱線に貫かれた装甲が焼け、右腕パーツ『スコッチ』は完全に機能を失った。
ワンダは床へ降りると、すぐに右腕の回復パーツを起動しようとした。
受けた損傷を少しでも修復し、戦いを立て直すためだった。
だが、その僅かな時間をジーヴァスは待っていた。
ジーヴァス:「待ってたゼ! この時を!」
ワンダ:「!?」
ワンダが振り向くより早く、ジーヴァスは背後へ回り込んでいた。
右腕を失いながらも構わず踏み込み、鋭く突き出した頭部をワンダの背中へ向ける。
頭部パーツ『フォーリー』。
直撃したパーツを、その装甲の厚さにかかわらず破壊する――デストロイ。
――ドドォォォォォォォォォンッ!!!!!
背後から強烈な衝撃を受け、ワンダの身体が大きく吹き飛んだ。
頭部パーツが砕け、視界が一瞬でノイズに埋め尽くされる。
そのまま礼拝堂の奥へ弾き飛ばされたワンダは、教会を支える太い主柱へ激突した。
そして、その直後だった。
――バリッ……!
ワンダが主柱へ激突した衝撃と同時に、教会の地下深くで異常な電流が走った。
――ウィィィィィン……。
足元から、低い駆動音が響いてくる。
何重にも掛けられていた電子ロックの一部が、次々と異常を起こしていた。
ジーヴァス:「あん? ……地下から何かが聞こえるゼ?」
ジーヴァスが床へ視線を向けた。
そのときだった。
――ドンッ!!
礼拝堂の正面扉が、勢いよく開いた。
ディスト:「ワンダ!!?」
室内へ飛び込んできたのは、ディスト、セルヴォ、ビートの三機だった。
三機の目に飛び込んできたのは、主柱の傍らで動かなくなっているワンダと、その向こうに立つジーヴァスの姿だった。
ディストの表情が一変する。
ジーヴァス:「おっと。こりゃあ……分が悪いゼ!」
ジーヴァスはすぐに状況を判断した。
ワンダとの戦いで右腕を失い、機体にもかなりの負荷が掛かっている。
それに対し、目の前に現れたのはディストと、トゥルースのセルヴォとビート。
この状態で三機をまとめて相手にする気はなかった。
ジーヴァスは左腕のガトリングを天井へ向ける。
――ドドドドドドッ!!
連射された弾丸が屋根を撃ち抜き、大きな穴を開けた。
ジーヴァス:「じゃあな!」
ジーヴァスは壁を蹴り、軽快に跳ねながら上へと逃れていく。
そのまま屋根の穴を抜け、昼下がりの空へと消えていった。
ディスト:「ワンダ!」
ディストはすぐにワンダへ駆け寄り、その身体を抱き起こした。
頭部パーツは大きく破壊され、ワンダは完全に機能を停止している。
だが、メダルそのものは無事だった。
スラフシステムも正常に働いている。
それを確認し、ディストは安堵した。
しかし、すぐに表情を引き締める。
シャイン、ジーヴァス、マイル。
あの三機が白メダリアを求め、この世界で暴れ続けている。
そして今、仲間であるワンダまで傷つけられた。
ディスト:「セルヴォ、ビート……ワンダをお願い」
セルヴォ:「さて? ……お前はどうする気だ?」
ディスト:「フユーンに行く!!」
ディストは勢いよく立ち上がると、そのまま出口へ向かおうとした。
だが、ビートが無骨な腕を伸ばし、その進路を塞ぐ。
ビート:「待て。一人で行った所でやられるだけだぞ」
ディスト:「それでも早く止めなきゃいけないんだ!!」
ディストは強引に3PMCシステムを起動した。
一瞬で流線型の車両形態へ変形すると、加速の勢いでビートの腕を振り切り、そのまま教会の外へ飛び出していった。
セルヴォ:「さて、しょうがねぇ。ワンダをホテルまで運ぶぜ」
セルヴォはディストを追おうとはせず、負傷したワンダを担ぎ上げた。
ビート:「……ディストはいいのか?」
セルヴォ:「さて、巻き込まれて全滅……任務失敗なんてゴメンだぜ。あのクソガキ、〝勇気〟と〝無謀〟、〝正義感〟と〝自己中心〟を勘違いしてやがる……」
セルヴォは呆れたように、ディストが去った方向を見た。
それでも、腕の中のワンダを落とさないようにしっかりと支えながら、ビートと共に教会を後にした。
―
――しばらく後。
ジーヴァスが去り、ディストも姿を消し、セルヴォとビートがワンダを運び出した後。
聖・ヴァレン教会には、再び静寂が戻っていた。
その地下深く。
ワンダが主柱へ激突した際の衝撃によって異常を起こした電子ロックは、正常な封鎖機能を失っていた。
これまで外側から解除されなければ開かなかった鋼鉄の扉。
その先で二年間、自ら外へ出ることなく暮らしていた一機のメダロットが、ゆっくりと顔を上げる。
三本の漆黒の角。
白い龍を思わせる身体。
雲を象った脚部。
カヲスだった。
彼は開かれた扉を見つめ、しばらくその場に立っていた。
そして、やがて地下室から一歩を踏み出す。
迷路のような地下通路を抜け、長い階段を上り、カヲスは無人となった礼拝堂へ姿を現した。
二年間、一度も自ら出ようとしなかった場所の外。
静かな教会の中で、カヲスは自分の白い手を見つめた。
そして、ゆっくりと拳を握る。
カヲス:「……待っていろ…………コスモス……」
第十四話【ワンダ、死闘】終わり