第十五話【単身突入、そして】
深い闇に沈む荒野の只中に、その巨大な墓標は屹立していた。かつて空中要塞として歴史に名を刻んだ遺構『フユーン』。深夜の冷気にさらされた岩肌と鉄の骨組みは、鳥さえも近寄らぬ不気味な静寂に支配されている。
ラヴド軍一級兵士ディストは、自身の駆動音を最小限に抑えながら、その鉄の胃袋へと足を踏み入れていた。
―――ギィ、……。
時折、古い建材が風に揺れて軋む音が響く。
ディストは、死角に潜む監視カメラや哨戒兵の有無をアイセンサーでくまなく走査し、慎重に歩を進めた。とはいえ、単身で敵の本拠地へ乗り込むという行為そのものが、もはや「慎重」という言葉の定義を逸脱していることを、彼は自覚すらしていなかった。
外観こそ風化が進んでいたが、一歩足を踏み入れれば、そこには異質な光景が広がっていた。壁面は真新しい強化装甲で補強され、随所にエネルギー伝導パイプが張り巡らされている。もし、かつて浮力の源であった『フユーンストーン』がここにあれば、この巨体を再び空へと押し上げるに十分な剛性を備えている――。そう確信させるほどに、内部は「戦場」として磨き上げられていた。
迷宮のような通路を奥へと進むにつれ、どこからか複数の話し声が漏れ聞こえてきた。ディストはさらに気配を殺し、壁の影へと身を潜める。
ディスト: 「この声……もう少し奥だな……」
ディストは氷を撫でるような足取りで、ゆっくりと、確実に声の主へと近づいていく。そして、吹き抜けとなった広間へと辿り着いた瞬間、その光景を捉えた。
三機のメダロットが、円を描くようにして集まっていた。
タマムシ型のジーヴァスと、カミキリムシ型のマイルは地面に腰を下ろしていたが、中央のシャインだけは、あぐらをかいた不遜な姿勢のまま、空中に静止して浮遊している。背後の火柱が、闇を朱く染めていた。
ジーヴァス: 「シャイン!あの教会には神様はいないようだったゼ!……多分だけど」
マイル: 「すまない、ビッグブロックに行く前に邪魔が入っちまったんだぁ。詳しくは調べられなかったが、警備の様子からあそこはないと思うぜぇ」
マイルが深いため息を漏らす。彼らが追っている「神様」――白メダリアの捜索が、各地での妨害により難航していることが窺えた。だが、シャインの仮面のような顔に焦りの色はなかった。
シャイン: 「クククク…僕は有力な情報を手に入れたよ。トゥルースの主任デュオカイザーが最近姿を見せていないらしい。」
ジーヴァス: 「じゃあ次はデュオカイザーのところに行こうゼ!」
マイル: 「……場所はわかるのかぁ?」
シャイン: 「クククク…デュオカイザーが最後に発見されたポイントは山の麓……まではわかっているよ」
盗み聞きを続けていたディストの背筋に、冷たい緊張が走った。標的はデュオカイザー、そして山の麓の隠れ家。
だが、作戦の全容を把握するよりも早く、広場の空気が劇的に変質した。
シャイン: 「クククク…ところで……さっきから隠れてる君~そろそろ出てきてくれるかい?」
ディスト: 「!? 」
シャインの言葉に、マイルとジーヴァスの殺気が、一斉にディストが潜む柱の影へと収束した。
逃げ場のない深夜の要塞。若き英雄の孤独な戦いが、今まさに始まろうとしていた。
シャインの冷徹な宣告が、広間の空気を氷点下まで引き下げた。
ディストは一瞬、思考回路を「逃走」へと向けた。自慢の推進力を全開にすれば、この場を切り抜けることは可能だ。だが、彼の胸の奥で拍動するメダルが、その選択を即座に却下した。守るべき仲間、救うべき王女。それらを背負って逃げるなど、今の彼にはあり得なかった。
ディストは柱の陰から、音を立てて姿を現した。
シャイン: 「クククク…ようこそ、僕らのアジトへ」
シャインの余裕に満ちた笑みを、ディストは射抜くような眼差しで跳ね返す。
ディスト: 「君達を捕まえに来た。そして、コスモスを迎えに来た」
シャイン: 「クククク…やってみなよ、出来るならね!!」
言葉が終わるより速く、マイルが地を蹴った。エイシイスト2の鋭い刃がディストの喉元を狙う。ディストは左腕に宿る『エアスト』の爪を振るい、火花を散らしてその一撃を弾き飛ばす。
だが、休む暇はない。後方に控えていたジーヴァスが、精密な射撃でディストの四肢を削りにくる。
ディスト: 「そこだッ!!」
ディストはマイルと剣を交えながら、頭部の『バックビーム』と右腕の『アウェイビーム』を起動させた。近接戦でマイルを抑えつつ、計算された射角でジーヴァスの弾丸を空中で迎撃し、そのままカウンターの熱線を叩き込む。
接近戦と遠距離戦。その両立を可能にするのは、かつての経験と、一級兵士へと至った彼の類まれなる処理能力の賜物だった。
しかし、多勢に無勢である事実に変わりはない。三機の連携が、徐々にディストの回避スペースを奪っていく。
ディスト: (……一点突破だ。まずはリーダーを叩く!!)
ディストは強引にマイルを突き放すと、ジーヴァスの掃射を最小限の動きで回避。そのまま全推力を一点に集束させ、宙に浮くシャインへと肉薄した。
流星の如き突撃。だが、シャインは回避の動作すら見せなかった。
―――ガキンッ!!
重厚な衝撃音が響く。シャインはあぐらをかいたまま、突き出した両の白い腕でディストの突進を真正面から受け止めたのだ。激突の負荷でシャインの両腕の装甲が激しく砕け、火花が散る。それでもなお、彼女の浮遊高度は一ミリたりとも揺るがなかった。
ディスト: 「な!? 」
シャイン: 「クククク…このくらい止めれなきゃ神様に認めてもらえないだろ?」
シャインの額に刻まれた太陽の紋章が、不気味に発光した。
直後、彼女の背後に並ぶ八本の柱から、臨界点を超えた業火が解き放たれる。
シャイン: 「『オクトバーン』……!!」
―――ゴォォォォォォォォォッ!!
逃げ場のない至近距離。ディストは咄嗟に身を捻ったが、全方位から押し寄せる熱波を完全に殺しきることはできなかった。装甲が赤熱し、内部フレームを過負荷が駆け抜ける。ディストの機体から、耐え難い高熱の白煙が上がった。
ディスト: 「……クソッ。 (コイツらを捕まえなきゃいけないのに……コスモスを助けなきゃいけないのに……!)」
膝を突き、センサーの光を不安定に揺らすディスト。三対一の戦場に、敗北の二文字が重くのしかかる。
その時だった。
O n … G y a a a a a ◆ $ ☆ Λ ε ※ ー ー ー ー ー ー ! ! ! ! !
―――ッ!?
空間が物理的に振動するほどの、凄まじい「叫び」が要塞を震わせた。
ノイズまみれの絶叫。それは聴覚を直接焼き切らんばかりの不快な雑音となり、ディストの思考回路を激しく掻き乱した。あまりの苦痛に頭部を押さえてのたうち回るディスト。
だが、苦しんでいるのは彼だけではなかった。シャインも、マイルも、ジーヴァスも。三機ともにその場に縫い付けられたように、異形な叫びの波形に身を悶えさせていた。
土煙を切り裂き、一機の影が走り込んでくる。
手にした巨大な盾――かつてとは異なる、燃え上がるような「赤」の右腕が、月光の下で鮮烈に輝いた。
そのメダロットは流れるような動作でディストの前に立ち塞がると、盾を構えて透明なエネルギー障壁を展開した。
不思議なことだった。彼女の背に隠れた瞬間、あれほど脳を劈いていた雑音が、嘘のように凪いで消えたのだ。
ディストは、潤んだ目をゆっくりと押し上げた。
見上げた背中は、二年前よりも一回り大きく、そして誇り高い。誰かを守るための炎を宿した守護者。
彼女の毅然とした声が、闇に閉ざされた要塞に新たな希望を灯した。
『まさかこのような形で再会する事になるとは……。フッ……だがディストよ、妾は嬉しいぞ』
第十五話【単身突入、そして】終わり