REAPPEARANCE   作:土地_0000

17 / 22
第十七話【トゥルース、ひねくれ者】

第十七話【トゥルース、ひねくれ者】

 

 

 目覚めは、唐突だった。

 視界を覆っていた暗濁色のノイズが晴れ、再起動したアイセンサーが捉えたのは、聖・ヴァレン教会の高い天井でも、色鮮やかなステンドグラスでもなかった。

 無機質で清潔な壁紙。機能性を重視した簡素な調度品。窓の外から微かに聞こえる都市の喧騒。

 ワンダは、自分が教会の主柱に激突した後の記憶が完全に脱落していることに気づき、困惑と共に視線を彷徨わせた。

 

ワンダ: (……ここは……どこ? 何故、私は生きているの……?)

 

 問いかける言葉さえ、精神の乱れによって声にならない。混乱する彼女がベッドの傍らに気配を感じて顔を向けると、そこには二機の影が壁に寄りかかっていた。

 一機は青、もう一機は黄。

 かつては敵として、または一時的な協力者として言葉を交わした、エデンの諜報員セルヴォとビートの姿だった。

 

 ワンダの混乱はさらに加速した。何故、自分の目の前にこの二機がいるのか。ジーヴァスとの死闘はどうなったのか。自分をここへ運んだのは彼らなのか。

 疑問が溢れ出し、彼女のセンサーが激しく明滅を繰り返す。その様子を眺めていたセルヴォは、面倒そうに首を鳴らした。

 

セルヴォ: 「さて、何がなんだか分かってねー顔だな。しゃあねぇ、説明してやるか。……ビート頼んだ」

 

 セルヴォの声は、いつもと変わらぬ軽薄な響きを帯びていた。

 だが、その背後に立つビートの沈黙からは、ワンダをここまで運び込み、メンテナンス・ベッドを確保するまでに費やした、諜報員らしい迅速で冷徹な苦労が滲んでいた。

 

 教会の崩壊、ディストの到着、そしてジーヴァスの逃走。

 断絶された記憶の糸を、ビートは淡々とした言葉で繋ぎ合わせ始めた。

 

 

 ―

 

 

 一方、月光に照らされた空中要塞『フユーン』。

 風化した石壁が深夜の寒気に冷え、随所で断絶した通路が、奈落のような闇を覗かせている。かつて空を統べたその遺構の片隅で、ローラ、ディスト、ベビーの三機は、焚き火のような淡い明かりを囲んで今後の行方について言葉を交わしていた。

 

ローラ: 「取り合えずは再度トゥルースと合流すべく、メダロポリスへ向かうのが良いと思うのだが」

 

ベビー: 「同感でちゅね」

 

ディスト: 「よし!そうと決まったら今すぐ行こう!!」

 

 ディストが車両形態へと変形しようと地を蹴ったが、ローラの鋭い一喝がその衝動を制した。

 

ローラ: 「ま、待てディスト。先の戦いの傷がまだ完全に癒えておらぬだろう?明朝まで待ち、その後出発する」

 

 相変わらずの一直線なディストの気性を、ローラは呆れ混じりに、けれどどこか眩しそうに見つめていた。傍らではベビーが既に眠りに落ち、小さな駆動音を静寂に響かせている。

 一行は明朝の出発を決め、夜を明かすことにした。

 

 空を仰げば、街では決して見ることのできないほど鮮明な星々が、漆黒の天蓋を埋め尽くしている。ディストはその輝きを目に焼き付けながら、ずっと胸に仕舞い込んでいた問いを投げかけた。

 

ディスト: 「ねぇローラ……この二年間どうしてずっと音信不通だったの?」

 

 二年前、ラヴドを脱退してからの彼女の足取りは、常に砂塵に隠されていた。各地で貧しき者を救っているという噂は届いていたが、実際に向き合って語らう機会は一度として無かった。何故、一度も連絡をくれなかったのか。

 ローラの視線が、僅かに夜の彼方へと泳いだ。

 

ローラ: 「すまぬな……だが、世界は妾が思っていた以上に貧しかったのだ。次から次へと現れる不幸な者達の相手をするのにいそがしく、中々顔を出す暇がつくれなくて……」

 

ディスト: 「でも……せめて電話とか、メールとかいろいろ手段はあるだろ?」

 

 ディストが少し拗ねたような声で食い下がる。すると、月明かりに照らされたローラの白銀の装甲が、僅かに熱を帯びたように赤らんだ。

 

ローラ: 「それは……その……妾はそういった類の物の使用法が分からんのだ……」

 

ディスト: 「……は?」

 

 あまりにも予想外の、そして彼女の威厳を揺るがす告白。ディストの声が裏返り、夜の静寂に反響した。

 

ローラ: 「だから……手紙等の手段も考えたのだが、まだ戦後で郵便が完全に機能しておらぬだろう……?」

 

ディスト: 「もしかして……携帯電話とかの通信機的なものは……?」

 

ローラ: 「…………持ち合わせておらぬ」

 

 ローラは、恥ずかしそうに視線を逸らし、自身の右腕を見つめた。かつてのラヴドで輝かしい功績を持つ元軍人。その彼女が、子供ですら使いこなす通信端末一つに手を焼いている。

 その人間味溢れる――いや、メダロット味溢れる一面に、ディストは堪えきれずクスリと笑い声を漏らした。

 

ローラ: 「わ、笑うでない!」

 

 顔を背けるローラの抗議。だが、ディストの笑みはさらに深まった。この二年間、英雄として、一級兵士として走り続けてきたディストにとって、この夜の語らいは、何よりも心を癒やす柔らかな時間となった。

 

 セルヴォから語られた事の顛末――教会の惨状と、そこから独りで飛び出していったディストの行方。それを聞き終えたワンダの目が、激しい怒りと焦燥に染まった。

 

ワンダ: 「それでディストを放って来たの!?」

 

 思わず叫んだ彼女の頭の中には、かつての戦友がシャインたちの暴力に晒され、解体される最悪のイメージが渦巻いていた。

 

ビート: 「すまん。ディストを止めることはできなかった」

 

 ビートの声は低く、淡々としていた。それは事実だった。あの瞬間、彼らにディストの爆走を止める手段など無かった。

 だが、ビートは敢えて語らなかった。セルヴォが教会の門前でディストへ投げかけた、あまりにも冷酷な突き放しの言葉については。

 しかし、セルヴォ本人は隠すつもりなど毛頭なかったらしい。

 

セルヴォ: 「さて、放っておいて当然だろ。あんな無謀なヤツにかまってたら、任務の遂行に支障をきたす」

 

 「任務」という絶対の天秤の前では、ディストの命すら重石にならない。その徹頭徹尾な実利主義に、ワンダの怒りは沸点へと達した。

 

ワンダ: 「あんた! 仲間を見捨てるなんて最低ね! ……私達とあんた達とはもっと仲が良いと思ってたのに……」

 

セルヴォ: 「さて、一応言っておくが、俺はお前らの事を認めているぜ? ディストのヤツも良い奴だと思う。……だがそれは俺の〝プライベート〟での話だ」

 

 セルヴォの言葉は、まるで鋼鉄の壁で仕切られているかのように冷たく、明快だった。

 友情や信頼、共感といった熱い感情は、すべて個人の領域へ。ひとたび「仕事」の看板を背負えば、それらはすべて演算から切り離されるノイズとなる。

 

ワンダ: 「でもいくら任務が大切だからって……少しくらいは仲間のために無理をしたって……」

 

セルヴォ: 「さて、俺たちトゥルースはプロフェッショナルだ……そしてプロフェッショナルには必ず義務がある。ボディガードには主を守る義務、連載小説家には物語が完結するまで小説を書き続ける義務、ホステスには客を喜ばせる義務。それらと同じように俺たちトゥルースにも絶対に任務を遂行する義務がある」

 

ワンダ: 「………」

 

セルヴォ: 「さて、知ってるか? 昔のトゥルースは今よりもっと人数が多かったんだ。だが今となっちゃたったの3人。何故だか分かるか? ………お前達みたいな甘い馬鹿が多かったからだ」

 

 剥き出しの真実が、鋭利なナイフとなって突き刺さる。

 命を賭した任務の最中に「情」を挟んだ者たちが、どうなったのか。消えていった数多の「仲間」たちの影が、セルヴォの無機質な言葉の裏側に透けて見えた。

 

ワンダ: 「もういい!!」

 

 ドン、と乾いた打撃音が響いた。ワンダは拳で机を叩き、セルヴォから目を背けた。

 生きてきた世界が違う。見据えている現実の深さが違う。激しい憤りを感じながらも、ワンダの胸の奥には、彼の言葉が持つ否定し難い「正論」への重みが沈殿していた。

 彼女は怒りをぶつけるように出口へ向かって歩き出す。扉を思い切り閉めて、この救いのない正論から逃げ出してしまおう――。だが、真鍮のノブに手が触れる直前、彼女の足が止まった。

 

 脳裏に過ったのは、薄暗い教会で意識を失う寸前、自分を抱き上げた誰かの腕の感触だった。

 

ワンダ: 「で、でも……あんた達が私を助けてくれたのは事実だし、一応お礼は言っとくわ。……ありがと」

 

 ワンダは振り返らなかった。その声には、必死に絞り出した素っ気なさと、隠しきれない感謝の熱が混ざり合っていた。

 

 

 ――ガチャン。

 

 静かに扉が閉まる。残された室内には、再び重苦しい静寂が戻った。

 

 ワンダが去った後の室内は、重い沈黙が澱んでいた。

 セルヴォは、窓から差し込み始めた薄明の光を遠い目で見つめ、何事かを反芻するように指先を動かしていた。傍らでは、ビートがその背中を無言で見守っている。任務を最優先し、情を切り捨てる。それは彼らにとって生存のための鉄則だが、その「正解」を突きつけられた後の後味は、常に苦い。

 

セルヴォ: 「さて、ビート。正直に答えてくれ……俺は間違ってたか?」

 

 セルヴォの声は、いつもより僅かに低く、湿っていた。

 己の美学のみを信じ、自由奔放に振る舞うこの男が、他者に意見を仰ぐことなど滅多にない。ビートは相棒のその「揺らぎ」を敏感に察知し、トゥルースの一員としての厳格な響きを声に乗せた。

 

ビート: 「……俺はお前は正しかったと思う」

 

 その最短の肯定。セルヴォは、自らとその相棒を皮肉るように、僅かに鼻で笑った。

 

セルヴォ: 「へッ……お互いひねくれちまったもんだ」

 

ビート: 「それがトゥルースだ。任務に支障をきたす時は仲間でも見捨てるしかない。たとえどんなに心配でもな」

 

 ビートにしては珍しい、長い言葉だった。

 過酷な任務を完遂するためには、心に鍵をかけ、私情という名の不純物を排さねばならない。それができぬ者は、既に歴史の闇に消えていった。生き残った彼らは、そうして自分たちの心を少しずつ捻じ曲げ、氷の如き冷徹さを身に纏ってきたのだ。それは一種の職業病であり、彼らなりの悲しき生存戦略でもあった。

 

セルヴォ: 「さて、あの馬鹿……なんとか生き残ってるといいが」

 

 天井を見つめるセルヴォの呟きは、誰にも届かぬ祈りに似ていた。

 やがて、彼は未練を断ち切るようにスッと立ち上がると、いつものように飄々とした仮面を被り直した。

 

セルヴォ: 「さて、じゃあ行きますか♪……相棒」

 

ビート: 「あぁ……そうだな。相棒」

 

 窓からは、夜の帳を押し流すような鮮烈な日の光が差し込んでいた。気が付けば、世界は既に新しい朝の光に包まれていた。

 

 ――同じ頃。

 

 街の喧騒から遠く離れた、荒廃した廃ビルの一角。

 ここにも一人、ひねくれ者がいた。

 彼女は女王襲撃事件以来、人目を避けて潜伏地を転々としていた。追跡の目を眩まし続け、ようやく手に入れた安寧の時。だが、その静寂は無慈悲に破られた。

 

 闇を裂いて現れたのは、三つの禍々しい熱源。

 その中央、鮮やかな装甲を揺らめかせた雅な機体が、不気味な笑みを浮かべて彼女を見下ろしていた。

 

シャイン: 「クククク…トゥルース主任デュオカイザーだね?探したよ」

 

 絶体絶命。しかし、包囲された女帝は、動揺の一欠片も見せずに艶やかな声を響かせた。

 

デュオ: 「ぁら~。見っかっちゃったゎねぃ♪」

 

 最強の略奪者と、影の支配者。

 白メダリアの行方を左右する、新たなる激突の火蓋が切られようとしていた。

 

 

第十七話【トゥルース、ひねくれ者】終わり

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。