第十八話【戦闘曲:Dancing Mad】
巨大都市メダロポリス。
ワンダはその日の昼まで、この活気に満ちた街で過ごしていた。先のジーヴァスとの激闘により、半壊してしまった聖・ヴァレン教会。その修復に必要な木材やレンガの調達――それが、今日の彼女の目的だった。復興の槌音が響く資材置き場を回り、手続きを終えた頃には、空は既に柔らかな夕刻の朱に染まり始めていた。
そろそろ教会へ戻らなければならない。そう思い、重い足取りで広場を横切ろうとしたワンダの目に、一つの巨大な影が映った。懐かしく、そして何よりも悲しい、鋼鉄の残影。
ワンダ: 「……ヴァレン」
『英雄ジョーカード像』。
噴水の上に聳え立つその姿は、あまりにも勇ましく、堂々としていた。世界を救った救世主として祀り上げられたその造形は、実際のヴァレンが持っていた「何気ない」不器用さや、内側に秘めていた繊細な闇とは、まるで別人のように乖離している。
その歪な「英雄」の顔は、ヴァレンがもうこの世にいないという事実を、ワンダに突きつけた。そして――彼に最期の引導を渡したのは、他でもない自分自身であるという、消えることのない罪の意識が、彼女の心を疼かせた。
ワンダは、祈るように立ち尽くしていた。
そのために、周囲の空気が急速に冷え込み、異様なざわめきが広がっていることに気づくのが、遅れてしまった。
ふと我に返れば、自分以外にも大勢のメダロットたちが、噴水の周りに集まっていた。だが、彼らの視線は「英雄」への敬意ではなく、剥き出しの怒りと恐怖に染まっている。
よく見れば、ジョーカード像の根元、その大理石の台座に二機の影が取り付いていた。
マイル: 「ふむ……結構、頑丈だなぁ」
ジーヴァス: 「こりゃ、一発デカイのいこうゼ!!」
エイシイスト2のマイル。アンビギュアス2のジーヴァス。
女王襲撃事件の実行犯たちが、あろうことか白昼堂々、この街の象徴であるジョーカード像を解体しようとしていたのだ。そのあまりの暴挙に、観衆の一人が怒号を上げた。
「おい!! お前たち何でこんな事をするんだ!?」
追及を浴び、ジーヴァスが不敵な笑みを浮かべて答える。
ジーヴァス: 「それはな! ここに神様を隠したってデュオカイザーが言ってたからだゼ!!」
「神様」――即ち白メダリア。
彼らは潜伏中であったはずのデュオカイザーを捕捉し、拷問か、あるいは何らかの取引の末にその居場所を聞き出したのだという。だが、事情を知らぬ民衆にとって、それは理解不能な妄言にしか聞こえなかった。
「ふざけるな!!」「意味わからねえよ!」「くだらない事はもうやめろ!!」
降り注ぐ罵声。だが、マイルは「やれやれ」と大袈裟に肩をすくめると、冷徹な所作で天へと手をかざした。
マイル: 「DancingMad……起動ぅ」
―――ジャ、ァァァァァァァンッ!!
瞬間、ワンダの耳に聞き覚えのある、重厚で狂気的な旋律が飛び込んできた。
バロック調のパイプオルガン。プログレッシブなリズム。二年前、エデン本部の地獄で流れていたあの防衛曲が、スピーカーの限界を超えた大音響でメダロポリス全域に響き渡った。
直後、空が割れた。
上空の雲から、半透明の、闇を切り取ったような影が雨となって降り注ぐ。
ワンダ: 「こ、心無い天使……!?」
曲が流れる限り活動を続け、いかなる破壊を受けても再生する不死の軍勢。
ジーヴァス:「ハッハッハ!!二年前、エデンから盗んだデータからシャインが作り直したんだゼ!!」
ワンダ:「心無い天使がいるという事は…三闘神像も…?」
マイル:「……勿論だぁ」
そして、空中に姿を現したのは、それらを統べる巨大な動く神像だった。
全長五メートル。巨大な翼を広げたその神像は、二年前、精鋭たちが各個撃破したはずの「鬼神」「魔神」「女神」の首を一つに束ねた、文字通りの『ケルベロス』と化していた。
マイル: 「……三闘神像を一つにまとめた『三頭神像』さぁ」
禍々しい旋律の中、心無い天使たちが牙を剥き、観衆へと襲いかかる。
平和を謳歌していた広場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌し、ワンダはその圧倒的な「悪夢の再来」に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
そんなワンダの肩を、鋭い声が叩いた。
セルヴォ: 「さて、ワンダ。お前は一般民衆の避難誘導をしてくれるか?」
ビート: 「ラヴドとエデン双方のメダロポリス支部から軍隊を要請した。協力してやってくれ」
現れたのはセルヴォとビート。数時間前にホテルで激しい議論を交わしたばかりの二機だが、その身のこなしには一点の私情も混じっていない。プロの冷静な指示に、ワンダは弾かれたように頷いた。
ワンダ: 「セルヴォ!? ビート!? ……わ、分かったわ!!」
今は意地を張る時ではない。ワンダは二機に広場の対処を任せ、民衆を守るために駆け出した。
ワンダが去ったのを確認し、セルヴォは不敵な笑みを消すと、像を破壊し続けるマイルとジーヴァスを睨み据えた。
セルヴォ: 「さて、お前ら何やってんだ?」
マイル: 「見ての通り、ジョーカード像の解体ぃ」
ビート:「どうしてだ?」
ジーヴァス:「ここに神様を隠したってデュオカイザーが言ってたからだゼ!!」
そのセリフを聞いてセルヴォが一瞬怯む。
セルヴォ:「デュオさんが、だぁ……?」
その様子を見たマイルが、かなり挑発的に言った。
マイル: 「その顔だと、お前達には神様の居場所を伝えていなかったようだなぁ。つまり……ヘボにはそういう重要な情報は与えられないって事だなぁ」
「ヘボ」。その侮蔑の響きに、セルヴォの内部フレームが激しく軋んだ。
かつてビッグブロックで煮え湯を飲まされた相手。プライドを懸けた「トゥルース」の矜持を、最も屈辱的な形で踏みにじられたのだ。
セルヴォは怒りに燃える目をマイルへ向けた。
セルヴォ: 「あぁ……?」
その顔は語っていた。――『殺すぞ、貴様』。
セルヴォはそのまま、隣のビートを無言で睨む。
――『おいビート、聞いたか今の? 何か言ってやれよ!』
ビートは気まずそうに、そっと視線を逸らした。
再び、セルヴォはマイルを睨みつける。
――『ヘボだと? 俺たちはエリート中のエリートだぞ』
そしてまた、ビートを振り返る。
――『おい、お前も内心キレてるんだろ!? ガツンとかましてやれ!!』
ビートは、やはり無言で視線を逸らし続けた。
三度、四度と繰り返された、滑稽かつ一触即発のアイコンタクト。その沈黙が臨界点に達した瞬間、二機の駆動音が爆発した。
セルヴォ: 「……だらぁーーーーー!!」
ビート: 「……ぬん!!」
セルヴォがマイルの顔面へ肉薄し、静かだったビートも容赦のない銃弾をジーヴァスへと放つ。
その背後では、三闘神を統合した巨大な影が、着々と『英雄』を粉砕する作業を進めていた。
―
一方、地上五十メートル。
メダロポリスを見下ろすビルの屋上に、二機の女帝が対峙していた。
シャイン: 「神様の居場所を吐く代わりに、自分の命の保障を要求……クククク……君は賢いねぇ、デュオカイザー」
シャインの鋭利な脚部が、デュオカイザーの首筋に触れる。少しでも力を込めれば装甲を断ち切る死の刃。だが、拘束されたデュオの瞳に、怯えの色は微塵もなかった。
デュオ: (……この大都市でこれだけの事が起これば、軍が動かざるを得なぃ……。そぅすれば何とか、こぃつ等を……)
冷徹な逆転の計算。彼女は薄笑いを浮かべ、挑発的に問いかけた。
デュオ: 「分かってるゎょ♪ ところで町中で暴れまわってぃるァレはDancingMadょねぃ? どぅしてシャインちゃんがァレを持ってるのかしら? ぅぅん……そもそもなんでシャインちゃんがN・G・ライトの復活を望むかすらぁたしは知らないゎねぃ。……ぉ・し・え・て・ほ・し・ぃ・な♪」
油断か、それとも語らねばならぬ執念か。シャインの表情が僅かに歪んだ。
シャイン: 「………たまには……昔話をするのもいいかな…。クククク……じゃあ話してあげようじゃないか」
街に響く絶望の合奏をBGMに、「神」の復活を目論む略奪者の過去が、今、紐解かれようとしていた。
第十八話【戦闘曲:Dancing Mad】終わり