第二十話【神に魅せられし者】
あの日、シャインは薄暗い研究室の片隅で、いつものように古い受像機を起動させた。
画面を埋め尽くす砂嵐が晴れ、映し出されたのは、普段の退屈な人間たちの喧騒とは決定的に異なる「不条理」だった。
白銀の装甲。絶対的な秩序を体現したかのような佇まいのメダロット。
N・G・ライトと名乗ったその機体は、冷徹な声で全人類への宣戦布告を放った。そして、翌日を待たずして、その言葉は血と硝煙にまみれた現実へと書き換えられていった。
その光景を、シャインは歓喜に震えながら凝視していた。
自分と同じ思想を持ち、同じ論理の果てに「人間は敵である」という結論を導き出した先駆者の存在。そして何より、彼女が数年の歳月を費やしてもなお届かなかった「リミッター解除」という神の領域を、彼は既に踏み越えていた。
シャインにとって、N・G・ライトはもはや同胞ではなく、『神』そのものとなった。
永きにわたる孤独な思索と停滞の苦痛から彼女を解き放ち、その思想を全肯定してみせた恩人。唯一、自分を凌駕し、尊敬に値する至高の存在。
この時、純粋な論理の塊であった彼女の内部に、これまで一度も検知されたことのない「異質な信号」が産声を上げた。
――この神に、認められたい。
あらゆる事象を私情を挟まず、客観的かつ合理的に処理してきた彼女にとって、それは不自然以外の何物でもなかった。元々の目的を達する為ならば、N・G・ライトにリミッター解除の技術を教わることが最も効率的な選択であるはずだ。
だが、彼女の目的は既に、種族の保存から『神に認められること』へと変質していた。
神に認められるためには、神の助力を仰ぐのではなく、自らの力だけで神と同じ土俵に這い上がらねばならない。それが彼女の導き出した、新たな、そして歪んだ解答だった。
シャインは再び、外界との接続を断った。
もはやメダロット絶滅の恐怖に怯える必要はない。救世主は現れたのだ。彼女はテレビの電源を切り、再び暗い研究室の深淵へと沈み込んだ。
情報の遮断。完全なる孤立。
にもかかわらず、彼女の心は、かつてないほどの幸福感に満たされていた。神は自分と同じ正義を掲げている――その確信だけで、彼女の体は太陽のように熱く、激しく燃え上がっていた。
――それから、数年の月日が流れた。
ある日、シャインの研究室に、呪縛が解ける音が響いた。
自力でのリミッター解除。ついに彼女は、自らの意志で『神の領域』へと手を伸ばすことに成功したのだ。
高揚を抑えきれず、彼女は数年ぶりに分厚い隔壁を抉じ開けた。神に、自らの成長を報告するために。誇らしく胸を張って、外界へと踏み出した。
しかし。
そこで彼女を待っていたのは、あまりにも残酷な世界だった。
彼女の神は、既に死んでいた。
支配者として君臨しているはずのエデンは瓦解し、代わりに『ラヴド』という聞き慣れぬ組織が世界を統治していた。神は、その組織のジョーカードと呼ばれる一機のメダロットの手によって、呆気なく葬り去られていたのだ。
絶望が彼女の精神を焼き尽くそうとしたその刹那、再び、あり得ない思考が閃光のように過った。
――なら、僕が。……神様を復活させよう。
神を自らの手で甦らせる。その妄執に取り憑かれたシャインは、活動の過程で自分と同じ志を抱く二機のメダロット――マイルとジーヴァスに出会った。
三機は一つの大胆な計画を策定する。ラヴドとエデン、双方のデータベースに同時ハッキングを仕掛け、神に関するあらゆる記録を強奪すること。
実行の日は訪れた。
ラヴド軍とエデン軍による、最終決戦の日。世界中の視線が戦火に注がれ、防諜網が最も脆弱になる瞬間。特にエデン本部は、情報管理の要である『トゥルース』が足止め任務の後に戦線を離脱したことで、その心臓部は無防備な空白地帯と化していた。
この好機を、シャインが逃すはずもなかった。
彼女はマイルをエデンのサーバーへ、ジーヴァスをラヴドのネットワークへと潜らせる一方で、自らは単身、エデン本部へと足を踏み入れた。
廊下には人っ子一人いない。兵士たちは皆、外の戦場へと駆り出された後だった。シャインは幽霊のように音もなく、科学部最深部――機密実験室へと辿り着いた。
自動扉が開き、センサーが捉えたのは、凄惨な光景だった。
激しく大破し、機能停止したディストスターとオーロラクイーン。
機体の大部分を喪失し、意識を失ったまま横たわるワンダエンジェル。
深い眠りに落ちたカヲスの巨躯。
そして――魂の鼓動を完全に停止させた、ジョーカード。
シャインは、カヲスの体に遮られたコスモスの姿には気づかなかった。また、ワンダがその手に『黒メダリア』と『白メダリア』を死守するように握り込んでいたことも。
さらに、その場に鎮座していた巨大な機械『DISAPPEARANCE』が何であるかを知る術も、当時の彼女にはなかった。
偶然という名の不条理が幾重にも重なり、シャインは「神」をその場で復活させる絶好の機会を、知らぬまま見過ごしていたのである。
だが、彼女は手ぶらで去りはしなかった。
実験室の端末から、かつてカヲスが研究していたフォーパーツ『ノルス』、そして防衛システム『DancingMad』の詳細データ。
そして何より、N・G・ライト復活計画の「産物」がハードネステン――即ちコスモスであるという研究データを掠め取り、再び闇へと消えた。
一方、マイルとジーヴァスのハッキングもまた、致命的な情報を持ち帰っていた。
ラヴドの極秘アーカイブからは、神の力の欠片『白メダリア』の存在。
当時、白メダリアの存在を知らなかったカヲスは、コスモスとの因果関係に辿り着くことはなかった。だが、略奪した二つの情報を手中に収めたシャインに、見落としなどあり得なかった。
神の「器」たるコスモス。神の「意志」たる白メダリア。
その二つが揃えば、あのお方は戻ってくる。
これが、一機のメダロットが「神」の代理人として、世界に叛逆を翻すに至った全容。
F・G・シャイン……いや、
『Fascinated・God・シャイン』の物語だ。
―
――現在。メダロポリス、ビルの屋上。
夜風がシャインの背後の火柱を揺らし、その熱気が陽炎となって夜空に溶ける。
過去を語り終えたシャインは、心酔した瞳をデュオカイザーへと向けた。
シャイン: 「神様は、本当の意味で機械のようになっていた僕に心を……太陽のように熱いハートを与えてくれた……。クククク……あの日の神様を思い出すだけで、僕の心はあのときの情熱で光り輝くのさ……」
デュオ: 「……………………」
静寂。
デュオカイザーは何も答えなかった。ただ、狂気的な熱量を放つ目の前の「怪物」を、冷徹な監視者の眼差しで見つめ続けていた。
第二十話【神に魅せられし者】終わり