第二十一話【天来】
セルヴォ: 「だらぁーーー!!」
ビート: 「ぬん!!」
メダロポリスの中央広場。再建された都市の象徴たる石畳を爆ぜさせ、セルヴォとビートが同時に地を蹴った。
セルヴォの放つ力任せの打撃と、ビートの銃口から吐き出された殺意の弾丸。しかし、対峙する襲撃者たちは、それを嘲笑うかのような滑らかな制動で回避すると、左右へと大きく散った。
瞬時の分断。
広場に展開されていた「二対二」の戦端は、意図的な誘導によって強制的に「一対一」の決闘が二箇所で同時に行われる形へと書き換えられた。
それはトゥルースの二機にとって、最悪の盤面であった。彼らは本来、阿吽の呼吸による連携こそが最大の武器。しかも、ビッグブロックでの戦いにおいては、その連携を維持した状態でなおマイルとジーヴァスの暴力に苦戦を強いられていたのだ。
冷静さを保てば、今の自分たちに勝機がないことは考えるまでもなく明白。だが、プライドを傷つけられた焦燥が、彼らの論理回路を焼き、ドツボという名の奈落へと追い込んでいた。
セルヴォ: 「さて、お前ら一体何がしてーんだよ!?」
セルヴォが吠える。右腕のソードと左腕のハンマーを交互に繰り出し、猛烈な連撃を浴びせる。しかし、悲しいかなタイマンでの機体性能の差は歴然だった。空気を物理的に切り裂く「シュシュシュシュ……」という空虚な破断音だけが響き、マイルの装甲をかすめることすら叶わない。
エイシイスト2の優雅な機動。マイルは残像すら置き去りにする身のこなしで連撃をいなすと、無防備なセルヴォの脇腹へ強烈な一蹴を叩き込んだ。
セルヴォ: 「だぁーーーー!!」
凄まじい衝撃。セルヴォの身体が石畳を激しく擦り、金属とアスファルトが削れる嫌な悲鳴を上げながら後方へと吹っ飛んだ。摩擦熱で装甲の底が赤熱し、十メートルもの距離を滑ってようやく機体が止まる。
マイル: 「分かってるんだろぉ? 神様を復活させるんだぁ。全く……大人しく神様を渡せばこんな事にはならないのに……お前らは愉快なヤツらだなぁ」
マイルの声は、どこまでも平坦で、それゆえに狂信的な響きを帯びていた。セルヴォは泥に汚れた機体を無理やり跳ね起きさせると、再びマイルに向かって全力疾走を開始した。
セルヴォ: 「さて、誰が愉快だっつう……のぉ!!!!」
絶叫。言葉の終わりと同時に、全エネルギーを込めた左拳を振り下ろす。だが、マイルはその打撃が着弾する寸前、柳の枝のようにしなやかに身体を反らし、その隙間から「クスクス」と挑発的な笑い声を漏らした。
セルヴォの激情が沸点に達する。
もはや戦術もデータも存在しない。剥き出しの怒りに任せ、遮二無二ハンマーとソードを振り回し続ける。
セルヴォ:「さて、神様だの……何だの……正気かよ!」
セルヴォの動きは、怒りによって徐々に精細さを欠き、無駄な排熱が関節部の挙動を僅かに鈍らせていく。その「潮時」を、マイルの目は冷酷に捉えていた。
マイル: 「正気だろうと、狂気だろうと、俺たちは神様に会うんだぁ!!!」
セルヴォ: 「おぅ!!?」
パーツに蓄積されたエネルギーを込めた、本物の格闘攻撃。それは先ほどまでの通常の蹴りとは、物理的な質量も熱量も全くの別物だった。
セルヴォの機体は、地面とほぼ水平に、砲弾のごとき弾道を描いて吹き飛ばされた。空を切る断末魔の駆動音と共に、彼の影が急速に遠ざかっていく。
―
一方、広場の対角線上では、ビートとジーヴァスによる、静と動の極端な狙撃戦が繰り広げられていた。
おしゃべりな相棒とは対照的に、ビートは沈黙を守り、ただ獲物の動静を冷徹に追っていた。対するジーヴァスは、自らの勝利を確信しているかのように、ギャアギャアと耳障りな声を撒き散らしている。
ジーヴァス: 「なんだ!テメーの実力その程度か!」
ジーヴァスは、ビートが放つ正確無比なガトリング弾を、嘲笑うような機動で回避しながら叫んだ。
ジーヴァス: 「へへーん。こんな弾、かわすなんて簡単だゼ!!」
ビート: 「………」
ビートは無言のまま、機体各所の排熱を抑え、センサーの焦点をジーヴァスの関節部の僅かな挙動に絞り込んだ。ジーヴァスもマイルも、その戦闘力はかつての『十二使徒』に匹敵する怪物。だが、目の前の緑の機体は、その饒舌さが仇となり、時折思考の優先順位が言葉に吸われる一瞬の隙が生じている。
ビートは、その瞬間を、石像のような忍耐で待ち続けた。
そして――今だ。
ビート: 「今」
呟きと同時に、頭部パーツからミサイルが射出された。ビートの武装の中でも最高峰の命中精度を誇る一弾が、空気を切り裂き、逃げ場を失ったジーヴァスの正面へと着弾する。
―――ドドォォォォォンッ!!
広場に爆煙が立ち込める。視界が遮られた刹那、ビートの回路に確かな手応えが走った。
ビート: (やったか?)
だが、その希望は背後から忍び寄る「死」の気配によって一瞬で霧散した。
ジーヴァス: 「まだまだ甘いゼ!!」
爆煙の向こうからではなく、視界の外――真後ろからジーヴァスの声が響く。本能的な瞬発力。ジーヴァスは爆風を利用して回り込み、ゼロ距離からガトリングの嵐を浴びせた。
ビートは咄嗟に腕を交差させて防御したが、至近距離での衝撃は装甲を強引に削り取り、内部の精密基盤に火花を走らせる。
ビート: 「ちッ」
ジーヴァス: 「さっさと観念しちまった方がいいゼ! 俺たちは神様を復活させる事が出来れば、あとは何でも良いんだ」
ビート: 「断る」
ビートは短く拒絶を突きつけた。彼のメダルに刻まれたプロの矜持が、世界の均衡を乱す「神」の再来を断じて許さなかった。
二機が互いの急所を睨みつけ、再び均衡が張り詰めようとした、その時だった。
セルヴォ: 「だあぁぁぁーーーー!!!」
ビート: 「な!?」
頭上から降ってきたのは、マイルの一撃によって弾丸と化した相棒だった。
―――ゴッチーーーン☆
あまりにも無慈悲で、不格好な衝突。
セルヴォの頭部がビートの側頭部へクリーンヒットし、二機はもつれ合うようにして石畳へ転がった。装甲がぶつかり合う鈍い音が広場に空虚に響き渡る。
ジーヴァス: 「な……?」
マイル: 「おやおやぁ? 凄い事になったなぁ」
呆気に取られるジーヴァスの背後から、悠然とマイルが現れた。「マイルがやったのか」と状況を納得した様子のジーヴァスを余所に、地面に伏したトゥルースの二機は、どっこいしょと重い腰を上げた。
情けない姿を互いに晒したことで、逆に冷静さを取り戻したのか。セルヴォは自身の身体にこびり付いた煤汚れをパンパンと払いながら、極めて不遜に、挑発的な一言を投げかけた。
セルヴォ: 「さて、お前ら〝神様!〟〝神様!〟って……ただの白い玉っころじゃねえか」
その言葉が、略奪者たちの逆鱗を真っ向から踏み抜いた。
ジーヴァス: 「んだと!?」
マイル: 「神様を侮辱するなぁ!」
ジーヴァス: 「取り消せ!! 懺悔しろ!!」
逆上。これまでの余裕は消え失せ、二機のセンサーが激しい怒りで血のように赤く染まった。
ビート: 「そうか……それはすまなかった」
セルヴォ: 「さて、俺も悪かったぜ……なんて誰が謝るかよ!!!」
不敵な笑みと共に、二機の装甲の隙間から青白き燐光が溢れ出した。メダフォースの励起。
ビート: 「一斉射撃!!」
セルヴォ: 「たて、一閃!!」
―――ッ、ド、オォォォォォォォォォォンッ!!
計算し尽くされたタイミング。
ビートが放つ最大火力の弾幕がジーヴァスの防御を打ち砕き、同時にセルヴォが放った青白く輝く光刃が、マイルの装甲を真っ向から一閃した。
先ほどのセルヴォ同様、今度はマイルとジーヴァスの二機が地面を引きずりながら、後方へと激しく吹き飛ばされていった。
セルヴォ: 「へへッ」
ようやく果たした反撃に、セルヴォは満足げな声を漏らした。ビートと力強くハイタッチを交わし、一時の勝利を分かち合う。
しかし。プロらしからぬその「油断」を、地獄の淵から這い上がってきた略奪者たちは見逃さなかった。
神を侮辱され、完膚なきまでに叩き伏せられた屈辱をのせた、マイルとジーヴァスの重い一撃がセルヴォとビートを襲う。
セルヴォ: 「グァッ……!?」
ビート: 「ぬ……!?」
跳ね起きた二機の猛攻をまともに浴び、今度はセルヴォとビートが空中を低空飛行する。数十メートルもの距離を摩擦で滑り、その衝撃で機体各部のサーボモーターが悲鳴を上げる。
マイル: 「もう許さないぞぉ」
ジーヴァス: 「殺すっきゃないゼ!」
挟み撃ち。
満身創痍で立ち上がろうとするトゥルースの二機を、絶望が包囲する。有利に傾いたはずの天秤は、一瞬にして死の側へと大きく振れていた。
セルヴォ: 「さて、……ちょ~っとばかし……ヤバイかもな」
ビート: 「あぁ……」
死を覚悟したその瞬間。二機のアイセンサーが、空から降りてくる「それ」を捉えた。
そこにあるのは、目の前のマイルやジーヴァスが撒き散らしていた安っぽい殺気などではない。底知れぬほど純粋で、かつ凍てつくような『怒り』の波動。
白き巨躯。三本の漆黒の角を持つ龍が、大気を押し潰しながら、彗星の如き速度で地上へと肉薄する。
マイルとジーヴァスがその異様な重圧に気づき、顔を上げた時には、既に手遅れだった。
―――ドガァァァァァァァンッ!!
着弾の衝撃。白き龍は地を踏みしめることさえせず、その強靭な右腕でマイルを、左腕でジーヴァスを、抵抗の隙すら与えぬ力任せの挙動で鷲掴みにした。
絶叫を上げる暇もなく、三本の漆黒の角を持つ龍は、再び全推力を解放。獲物を掴んだまま、天空へと急上昇を開始した。
地上に取り残されたセルヴォとビートは、自分たちを蹂躙していた強敵が連れ去られていく様子を、呆然と見上げるしかなかった。
セルヴォ: 「さて、何でアイツがここにいるんだ?」
ビート: 「分からん。だが、助かったな」
相棒の冷静な一言に、セルヴォは僅かに乾いたため息を漏らした。カヲス――二年前、自ら命を絶つように地下へ消えたはずの者が、何故いま、これほどの殺気を帯びて現れたのか。
遥か上空。
雲海が足元に広がる高度まで昇り詰めると、カヲスは上昇をピタリと止めた。
鋼の指先が食い込み、マイルとジーヴァスの装甲がミシリと悲鳴を上げる。カヲスは、腕の中で藻掻く二機を、感情の欠落した双眸で射抜いた。
マイル: 「クッ……貴様、何者だぁ?」
ジーヴァス: 「こいつヤバイゼ!! 目がイッちゃってるゼ!!」
死を目前にしたジーヴァスの戦慄。
カヲスの瞳の奥には、もはや論理も慈悲も存在しなかった。あるのは、愛する者を奪われたことによる、灼けつくような憤怒のみ。
カヲスはマイルの問いを無機質に黙殺し、地を這うような、逃れようのない重圧を込めた問いを返した。
カヲス: 「コスモスは……どこだ……?」
その一言が、高高度の希薄な大気を震わせ、二機の狂信者に死の予感を刻み込んだ。
第二十一話【天来】終わり