第二十二話【殺してやる】
かつて新世界の経済と平和を象徴した巨大都市メダロポリスは、今や見る影もなく瓦解していた。
空気を物理的に震わせる重厚なパイプオルガンの旋律――『DancingMad』。その狂気的な音響は、建物に反響して不気味な不協和音を奏で、避難を急ぐ民衆の耳を劈いている。
上空からは、光を吸い込むような半透明の影『心ない天使』が雨のように降り注ぎ、逃げ惑う人々の背後から無機質な殺意を突き立てていた。
広場の中央、街の誇りである英雄ジョーカード像の足元では、絶望的な防衛戦が繰り広げられていた。
ワンダ:「駄目……っ! これじゃ、キリがない……!!」
当初は民衆の避難誘導に奔走していたワンダだったが、地獄を止めるには元凶である『三頭神像』を破壊するしかないと判断し、戦列に加わった。
だが、目前にそびえ立つそれは、かつてエデン本部で各個撃破したはずの三闘神が一つに縫い合わされた異形の巨像。単純な三倍以上の出力を誇るその威容に、挑みかかった一般兵たちは次々と沈黙し、装甲を剥き出しにした死骸となって路面に転がっている。
『心ない天使』たちの個々の動きは鈍い。だが、それらを背景に従える三頭神像の猛威が、すべての希望を塗り潰していた。
ワンダ:「……強い。強すぎるわ」
ワンダと共に立ち向かっていた数十名の兵士部隊は、わずか数分のうちにリタイアを余儀なくされ、いまや戦場に残っているのは、過負荷で駆動系を軋ませる数名のみ。
それでも、彼らは退かなかった。
「英雄の像を……これ以上、汚させるな!!」
「機能停止しても構わん、一撃でもいいから叩き込め!!」
メダルさえ無事なら、いつかスラフシステムで蘇れる。その望みだけを燃料に、ボロボロの機体たちが無謀な突撃を繰り返す。
三:「グガアアアアアアアアーーーーッ!!!」
三頭神像の喉元から、獣のような咆哮が響いた。
左側に据えられた『鬼神像』の暴力性が、戦場の血の匂いに共鳴している。巨像は、肉薄する兵士たちを見下ろすことさえせず、丸太のような太さの腕を、乱暴な駆動音と共に振り下ろした。
――ガガガガガッ、ドォォォォォンッ!!
アスファルトが捲れ上がり、土煙が舞う。兵士たちが爆風に呑み込まれようとした、その刹那だった。
タイン:「うおぉぉーー!! 『さり気なる漢拳』!!」
一陣の風と共に、強烈な打撃が三頭神像の脇腹に炸裂した。
重厚な金属の激突音。衝撃波が渦巻き、タインが放った渾身の右ストレートが、山のような巨像の体勢を強引に右へと傾かせる。
リーブ:「ライフル! ガトリング! ついでにミサイルや!!」
間髪入れず、火線の嵐が降り注いだ。
リーブの全砲門から放たれた弾丸が、怯んだ三頭神像の首元を正確に穿ち、装甲の隙間から激しい電磁火花を散らせる。
レッド:「…………デストロイ…………」
レッドが紅い残像となって死角へと滑り込む。
その細腕から放たれた不可視の衝撃が、三頭神像の駆動関節を内側から食い破り、巨像は苦悶の叫びを上げた。
ワンダ:「タイン!! リーブさん!! レッドさん!!」
かつて死線を共にした十二使徒たちの参戦に、ワンダの受像回路が歓喜に震えた。
タインの暑苦しいほどの闘志、リーブの正確無比な掃射、レッドの冷徹な一撃。
地獄の広場に、反撃の狼煙が上がった。
三頭神像の巨躯が震え、その四本の腕から青白い放電がほとばしる。
石の肌に食い込む蔦が脈動し、中央の女神、左右の鬼神と魔神、三つの顔が同時に異なる怨嗟を吐き出していた。タインたちの加勢により一時的に攻勢に転じたものの、その神々しくも禍々しい威容が放つプレッシャーは、依然として広場を支配している。
瓦礫の山を避け、一機の影がワンダの背後から静かに歩み寄った。
竜:「今や経済の中心地として復興を遂げた大都市メダロポリス……。ここを戦火に包み、シャインたちを誘い込めば、ラヴドもエデンも国家として動かざるを得なくなります。……任務の完遂のためならば、犠牲をも厭わぬトゥルースの主任であれば、そう考えてもおかしくは無い。……ここまで完璧に推理が当たると自分で怖いです……」
猫背を深く折り曲げ、自らの思考の海に浸るようにブツブツと独白を漏らすのは、ブラックスタッグの竜だった。彼女は周囲の爆音など耳に入っていないかのように、冷徹な分析を言葉として吐き出し続ける。
ワンダ:「お竜さん!」
竜:「ワンダさん、お久しぶりですね」
竜は視線だけを動かし、極めて事務的な、温度を感じさせない会釈を一度だけ返した。
その直後、戦場のすすけた風を切り裂き、場違いなほど澄み渡った声が響き渡る。
ナギサ:「僕は教会を離れ、友の命を救うべく、荒野へと旅立った……。そこに君という名の安息を置き去りにしてね。……嗚呼、辛く険しき旅路の途中、僕は何度その安息を恋しく思っただろうか。……だが、その祈りは届いたようだ。このような混沌の只中で、再び君と巡り会うことになるなんて。……フフフ、これこそが運命……デスティニー。そう感じずにはいられないよ」
夕闇の光を背に負い、パーティクルのナギサが優雅な足取りで現れた。戦場にあるまじき穏やかな笑みを湛え、陶酔したように詩を詠むその姿は、周囲の地獄絵図から浮き上がっている。
ワンダ:「ナギサさん! ビッグブロックに行ったんじゃなかったの? ……あと、状況考えて! もっとセリフを簡略化して!」
ワンダの切実なツッコミ。しかし、ナギサはその要求を心地よい春風を浴びるかのように受け流し、話を先へと進めた。
ナギサ:「あぁ、行ったけれども、そこには求める答えはなかったよ。……ただ、収穫がなかったわけじゃない。僕はそこで、〝彼ら〟と運命的な再会を果たしたのさ」
ワンダ:「〝彼ら〟……?」
ワンダは怪訝そうに眉をひそめ、ナギサの背後を伺った。だが、そこには崩れたビルの影があるだけで、同行者の姿は見当たらない。
おかしい、と問い質そうとしたその瞬間――。
広場の中央にそびえる『英雄ジョーカード像』。その頭頂部から、雷鳴のような咆哮が降り注いだ。
メッシュ:「青~い空……白~い雲……こんな良い気分に浸っている私の邪魔をするのは……誰だーーーーーーー!!!」
風に真紅のマントを激しくなびかせ、ファーストエースのメッシュが像の頂点で仰々しくポーズを決めていた。その姿は、夕日を背負って輝く奇妙な守護者のように見えた。
ワンダ:「あ、あ、ああああアンタは!!2年前ビッグブロックでヴァレンに倒された……名前は確か…………バッツ!!」
メッシュ:「メッシュだ」
ワンダ:「セフィロス!!」
メッシュ:「だからメッシュ」
ワンダ:「ピカチュウ!!」
メッシュ:「メッシュ…」
ワンダ:「デスタムーア第三形態!!!」
メッシュ:「お前わざとやってるだろ」
不毛な押し問答が広場に響き渡る。ワンダは一瞬だけ、俯いて沈黙した。戦火に包まれた絶望的な戦場。あらゆる思考が交差した後、彼女は顔を上げ、魂の叫びをぶつけた。
ワンダ:「私だってたまにはボケたいわ」
メッシュ:「真顔で言わないで怖い」
緊張感の欠片もないやり取り。メッシュの傍らで控えていた二機の思念が、呆れを伴って空中で重なった。
カリパー:(フッ…オイラ達は華麗に無視か)
ゲンジ:(まぁ、慣れてるけどな)
メッシュとワンダの漫才を前に、自らの影の薄さを再認識した二機は、深い溜息の代わりに排熱ファンを回した。
緊急事態において漫才を続行されてはたまらないと、状況を俯瞰していた竜が鋭い声で二人を制した。
竜:「とにかく……何故あなたが生存しているかは知りませんがメッシュさんと…あとその他のお三方、力を貸していただけますね……」
その事務的な呼びかけに、カリパー、キドゥ、ゲンジの三機は同時にずっこけそうになった。
カリパー&キドゥ&ゲンジ:(〝その他〟扱い!?)
とはいえ、目立つ友人と共に歩む旅路において、この程度の扱いは今に始まったことではない。
メッシュ:「ファッファッファ!!望むところだ!!」
竜:「ナギサさんも……」
ナギサ:「勿論、協力させてもらうよ」
ナギサとメッシュたちは、爆煙が立ち込める三頭神像の足元へと駆けていった。それを見送り、竜はワンダへと向き直る。その無機質な目の奥に、確かな目的を宿していた。
竜:「ワンダさん……おそらくこの街のどこかにF・G・シャインがいるはずです……。三頭神像は私達にまかせて、ワンダさんはF・G・シャインの捜索をお願いしたいのですが……」
ワンダ:「私、1人で?」
ワンダの声が不安に揺れる。ジーヴァスに一度敗れた記憶が思考を掠めた。
竜:「私の考えが正しければ、F・G・シャインと共にデュオカイザーがいるはずです……戦闘になったとて決して不利ではないと思いますよ…」
竜はやはり、いつものように感情を排した棒読みで断言した。この無表情さがどれほど相手を心細くさせているか、彼女自身は微塵も理解していない。だが、ワンダは彼女が合理的でない嘘を吐かないことを知っていた。
ワンダ:「分かったわ。頑張ってみる」
ワンダは力強く頷き、瓦礫の山を飛び越えて広場を離脱した。
―
一方、三頭神像が咆哮を上げ、六本の腕で周囲を蹂躙する最前線。
メッシュ:「ファーーーーーファッファッファッファ!!!俺も助太刀するぞ!!」
ナギサ:「再び君達と共に戦うことになるなんて、運命…デスティニーを感じるね」
ナギサとメッシュたちが、猛攻を凌いでいたタインたちの横へと滑り込む。
タイン:「おぉ!ナギサと……メッシュ!?さり気に生きてたのか!?」
タインは驚愕し、思わず戦いの手を止めてメッシュを凝視した。
ゲンジ:(やはり我輩達は無視か……)
背後に控えるゲンジが、ため息と共に寂しげに心の中で呟く。だが、その直後、リーブの放った言葉が彼らの基盤を熱くさせた。
リーブ:「久しぶりですなぁナギサさん。それに、生きたはったんですね!メッシュさん!カリパーさん!キドゥさん!ゲンジさん!」
カリパー:(ほーら、やっぱりまた無s………え?)
キドゥ:(い、今…名前呼ばれた…。)
カリパー&キドゥ&ゲンジ:( リ ー ブ は 良 い ヤ ツ ! ! ! )
自分たちを一人の友人として、その名を持って呼んだリーブの誠実さに、三機は歓喜の火花を散らした。その傍らでは、遅れて到着した竜が静かに歩を進めていた。
瓦礫の山。鉄の匂い。
九機の元・十二使徒たちが、激突する巨像を前に一箇所へと集結した。
竜:「3名ほど欠けていますが、かつて十二使徒に所属していた者達がここに集結したわけですね……。みなさん……勝ちましょう」
タイン:「三頭神像、相手にさり気に不足無し!!!」
レッド:「………………破壊……………………」
リーブ:「皆さん、力合わして頑張りましょー!!」
メッシュ:「行くぞ!わが友カリパー、キドゥ、ゲンジ!!勝ったら高級オイルをおごるぞ!」
ナギサ:「三頭神像……僕の愛して止まぬ平和を崩壊させるためだけに生み出されし者……。悲しみの連鎖に組み込まれ、決してそこからは逃れる事が出来ないように作られてしまった者…。人もメダロットもどうして他者を傷つける事をやめないのだろう……それが自らを破滅へと導く悪魔だと気付かずに…。フフフ…体を1つにした三頭神像と心を1つにした僕ら、どちらが強いかは一目瞭然。僕はこの悲しみで繋がった鎖を断ち切る」
カリパー:(ナギサだけ長すぎだろ!)
キドゥ:(空気読みなよ!)
ゲンジ:(相変わらずだな……)
―――ギ、ギギィ、ッッ!!
各機の駆動音が戦場を震わせる。
三頭神像VS元・十二使徒。
かつて最強の名をほしいままにした者たちの、総力戦が幕を開けた。
―
地上の喧騒が遠い過去の出来事のように感じられる、上空は、絶望的な金属の軋み音によって支配されていた。
吹き荒れる凍てつく風。希薄な大気が機体の排熱ファンを虚しく空転させる中、白い龍――カヲスが、二機の獲物をその両腕に吊り下げていた。
ジーヴァス:「くそ!放せよ」
マイル:「お前ぇ、よく見たら2年前死んだはずのカヲスじゃないかぁ」
藻掻く二機の装甲に、カヲスの鋼の指が深く食い込んでいく。ミシリ、ミシリと不快な破砕音が響き、内部フレームに致命的な圧力が加わった。
カヲスの感情を排した目は、獲物ではなく、その背後にある「虚空」を見据えている。
カヲス:「……コスモスは……どこだ………?」
低周波の地鳴りのような声。それは先程から数え切れないほど繰り返されてきた、最後通牒。
カヲスはマイルとジーヴァスの装甲を、まるで紙屑のように握り潰さんとする勢いでさらに指を締め上げた。放電が走り、二機のセンサーに激しいノイズが走る。
ジーヴァス:「お……お前……だからオレらの話聞けって!!」
ジーヴァスの悲鳴に近い訴えも、今のカヲスの耳には届かない。
花の世話をしていた穏やかな隠居者の顔は、そこにはなかった。愛する者を奪われ、理性を焼かれた「かつてのエデンリーダー」の顔。
カヲス:「吐くなら……楽に…殺してやる………」
カヲスの漆黒のアイセンサーの奥底から、血のように濁った禍々しい紅い光が射した。
深淵から覗き込む死神の如きその瞳に見据えられれば、並のメダロットであれば恐怖で自己崩壊を起こしかねない。
カヲス:「吐かないのなら……地獄の痛みの中で殺してやる……」
夕日に照らされた白き龍は、慈悲のかけらも無い残酷な宣告を、二機の略奪者へと冷徹に突きつけた。
第二十二話【殺してやる】終わり