第二十三話【まさかの再登場】
メダロポリス全域が未曾有の混乱に呑まれる中、三つの影が街の境界を越えて滑り込んできた。
先陣を切るのは、燃えるような紅い車体を低く構えた車両形態のメダロット。そのルーフには、白銀の装甲を纏った凛々しき雪女型と、幼子の如きフォルムを持つ赤ん坊型の機体が、一分の隙もなく身を預けている。
ローラ:「街中に流れるこの曲……そして、空を埋め尽くす心ない天使たち。間違いなく、これはDancing Madだ」
ベビー:「この音……。街の中心部から聞こえてくるでしゅよ」
ローラとベビーは、街を支配する不協和音の音源を冷静に分析していた。
二機を背に乗せたディストは、過負荷を厭わずエンジンを唸らせ、瓦礫の散乱するアスファルトを疾走する。
ローラ:「ディスト、街の中央に向かうぞ! スピードを上げろ!!」
ディスト:「分かった!!」
全速力。ディストの車輪が火花を散らして回転を上げた。
行く手を阻むように襲いかかる『心ない天使』の群れ。だが、それらがディストの機体に触れることはない。接近する影はことごとく、ローラの放つ凍てつく炎に焼かれるか、ディストの放つ精密なビームによって中心核を射抜かれ、塵となって背後へ消えていった。
英雄ジョーカード像の立つ中央広場まで、あと数ブロックという地点。
直進を続けていたディストが、不意に機体を震わせた。
ディスト:「あっ!」
――キキィィィィッ!!
猛スピードのまま強引な減速。ディストはタイヤを軋ませてスピン気味に方向転換すると、広場とは別の方向へと、迷いなく走り出した。
ローラ:「こらディスト! 何をしている?」
目的を目前にした不可解な挙動に、ローラが厳しい声を飛ばす。
しかし、その叱責が届くより早く、ディストが急停止した場所を見て、ローラは自身の疑問に対する答えを悟った。
そこは、街の深部へと続く大通りの一つ。
避難が完了した後の静まり返った街並み。かつての賑わいが嘘のように消え去った無人の大通りに、ただ一機、空を仰ぐようにして立つ青い天使の姿があった。
ディストは車両形態を解く間も惜しむように、大声でその名を呼んだ。
ディスト:「ワンダ!」
呼びかけに応じ、ブルーの機体がクルリと軽やかに回転した。驚愕に目を見開いた彼女が、三機の姿をレンズに捉える。
ワンダ:「み、みんな!?」
―――メダロポリス上空。
冷たい静寂の中で、カヲスは獲物を締め上げる腕にさらなる力を込めた。
ギチギチ、と強固な装甲が悲鳴を上げる不快な金属音が、薄い大気を震わせる。指先から伝わる圧力が内部フレームを歪ませ、マイルとジーヴァスの危機感は最高潮に達していた。
ジーヴァス:「ガ……ァ……。ヤバイゼ……。ここは吐いた方がよくね……?」
マイル:「そ、そうかもなぁ……」
絶望的な実力差。マイルとジーヴァスは、死の深淵を覗き込むようなカヲスの眼差しに抗いきれず、互いに目配せを交わした。生き延びるための、苦渋の選択。二機はついに、秘匿していた情報を解き放った。
マイル:「シャインだぁ」
ジーヴァス:「向こうの方のビルにシャインがいるはずだ……。ハードネステンのメダルはシャインが持ってるゼ!」
その瞬間、カヲスのアイセンサーを灼き焦がしていた紅い殺気が、不気味なほど静かに収束した。
辺りを支配していた、機体を物理的に押し潰さんばかりの重圧が霧散する。カヲスは無機質な声音で、死の儀式を告げる神官のように囁いた。
カヲス:「そうか……よく言ってくれた。それでは………目を閉じ……全身の力を抜け…………楽に殺してやる……」
ジーヴァスとマイルは、その冷徹な指示に従うかのように、一瞬だけ全身の駆動系を休止させた。
だが、それは死を受け入れた沈黙ではない。カヲスが情報を得た確信から、僅かに指先の拘束を緩めた――そのコンマ数秒の隙を狙った賭けだった。
ジーヴァス:「けっ! 誰が死ぬかよ!!」
マイル:「神様に会うんだからなぁ!」
二機は同時に全出力を解放し、カヲスの巨大な手を力任せに振り払った。
重力に身を任せ、弾丸のような速度で垂直落下を開始する。
カヲスは追いかける素振りも見せず、眼下を遠ざかっていく二つの火線を、冷ややかな目で見下ろしていた。
カヲス:「馬鹿な……。上空100m以上だぞ…………。まぁいいだろう……」
カヲスにとって、既に去った二機など道端の石ころに等しい存在だった。
今の彼の全演算領域を占めているのは、ただ一つの事実。
カヲス:「……F・G・シャイン……が……この街に………いる……の……か……」
カヲスは自身の超越的な索敵能力を起動させた。
漆黒の角が微かな放電を伴って震え、全方位へ走査信号が放射される。ジーヴァスたちが指し示した方角――メダロポリスの摩天楼の影に潜む「光」を捕捉すべく、白き龍は静かに宙を滑り出した。
―――その頃、エデン国にて。
通常であれば、エデンの象徴たる女王コスモスが、凛とした佇まいで政務に当たっているはずの執務室。だが今、そこにあるのは優雅な静寂ではなく、重苦しく、そして不機嫌な駆動音だった。
豪華な装飾が施された女王の椅子に、これ以上なくダルそうに背を預けているのは、漆黒の悪魔――ブラックメイルである。
ブラックメイル: 「……退屈だぁ~…ぞッ」
女王コスモス、そして実務の要であるトゥルース主任デュオカイザー。二名の重要人物が同時に不在となった緊急事態を受け、ラヴドの副王である彼が急遽その席に座ることになったのだ。
エデンは独立国家としての体裁を整えつつあるものの、敗戦国としての立場は未だ根深く、防衛や統治の根幹にはラヴドの手が及んでいる。その歪な支配構造が、本来ならば最前線で暴れているべき「最凶」の格闘機を、この退屈な椅子へと縛り付けていた。
ブラックメイル: (……偉くなったのはいいけどよぉ~。こういうの、オレにはこれっぽっちも向いてねぇぇ~…よッ)
ブラックメイルは、自身の巨大な拳を無聊を慰めるように見つめ、項垂れた。
国境付近のメダロポリスで、歴史を揺るがす大事件が起きていることなど、今の彼は知る由もない。
その時。
壁一面を占める大型モニターが、鋭い電子音と共に発光した。
――ピー。
自動で受信された通信。画面に映し出されたのは、ラヴド本国に座す王、ビーストマスターの姿だった。その厳格な表情を一目見るなり、ブラックメイルの目が鋭い光を宿した。
ビーストマスター: 「メダロポリスにシャイン達が現れました」
その一報。
ブラックメイルは弾かれたように椅子から飛び起きると、戦士の顔を取り戻してモニターを凝視した。
ビーストマスター: 「今すぐに『ノアの箱舟』へエデン兵を乗船させ、メダロポリスに向かってほしいのです」
その言葉の重みに、部屋の空気が一変した。
ノアの箱舟。かつてはエデン軍最強の戦闘集団『十二使徒』専用の戦艦として空に君臨した、最大級の空中移動要塞だ。二年前、組織の解体と共にエデン国諜報部『トゥルース』の管理下に置かれたが、平和を享受したこの二年の間、その巨体が日の目をみることはなかった。
だが、この伝説の戦艦を動かすには、致命的な問題があった。
あまりに巨大かつ複雑な制御系を誇るこの艦の操縦技術。それを知る者の大半は二年前の戦争で戦死しており、現在ではトゥルースのメンバーや元・十二使徒を除けば、片手で数えるほどの者しか残っていないのだ。
ブラックメイル: 「ノアの箱舟だぁ~? 操縦できるヤツはいるのぉ~…かッ?」
ブラックメイルの懐疑的な問いに、ビーストマスターは微動だにせず答えた。
ビーストマスター: 「ご心配なく。トゥルースと親密な関係を持つ男がエデンにいるとの調べがつきました。その男のデータを後ほど送ります。そして……」
ビーストマスターは僅かに言葉を切り、一段と低い、凄みを帯びた声で告げた。
ビーストマスター: 「そして……『アレ』を持った上であなたも箱舟に乗船してください。何かの役に立つかもしれません」
『アレ』。
具体的な名は出されなかった。だが、その一言だけでブラックメイルにはすべてが通じた。
エデンに保管された先の戦争での重要アイテムである。
ブラックメイルの口端が吊り上がり、凶悪な笑みがその顔に刻まれた。
ブラックメイル: 「『アレ』を持ち出すのぉ~…かッ? 楽しい事になってんじゃねえぇ~…のッ」
ビーストマスター: 「それでは、操縦士のデータはそちらに送っておくのでよろしくお願いします」
ビーストマスターの姿がノイズと共にモニターから消え、静寂が戻った。
直後、ブラックメイルの手元の端末に一通のデータファイルが着信する。彼は逸る気持ちを抑え、そこに記された「操縦士」の名を読み上げた。
ブラックメイル: 「なになに? 運搬部部長の……ロケットランチ?」
第二十三話【まさかの再登場】終わり