第二十七話【A good believer would have known 】
―――ウィィィィン……ガタンッ。
不機嫌な機械音と共に、視界を塞いでいたハッチがスライドした。マイルは意識の覚醒を検知すると、自身のセンサーが狭いカプセル状の装置内に閉じ込められていることを悟った。
ジーヴァス:「おぉ、目を覚ましたな! 待ってな、今開けてやるゼ!」
聞き慣れたジーヴァスの声。ほどなくして、外部からの手動操作によって機械の蓋が静かに開放された。
そこは、医療施設だった。スラフシステムでも修復しきれない深部損傷の緊急治療、外装の再塗装、複雑な関節の精密整備、さらには高純度の薬用オイルの販売まで、メダロットの機体保全におけるすべてが揃う場所。
現在、マイルが身を横たえていたのは、本来であれば機能不全に陥ったスラフシステムを外部から励起させるための高負荷修復装置だ。平時であれば莫大な費用を要する延命処置だが、 Dancing Mad による混乱で無人となった今、この施設は彼らにとって絶好の「タダ乗り」の修理場と化していた。
マイル:「なるほどぉ。考えたなぁ」
マイルは再構築されたばかりの頭部装甲の感触を確かめ、淡白な感想を漏らした。
ジーヴァス:「まぁな。つか早くシャインのところに戻ろうゼ! ひょっとしたらデュオカイザーの始末に手こずってるかも知れないゼ!」
二機は冷却ファンの唸りを最小限に抑え、足早に無人の病院を後にした。
――――――――――
ローラ:「……ん?」
ディスト:「どうしたのローラ?」
メダロポリスの瓦礫に紛れて移動していたディストが、不意に足を止めたローラの視線を追った。
ローラ:「アレを見てみろ」
ローラは機敏な動作でディストとワンダをビルの物陰へと押しやり、前方にある巨大な医療施設を指差した。自動扉が吐き出したのは、先ほどまで戦場から消失していた二つの熱源――マイルとジーヴァスの姿だった。
ワンダ:「あ! アイツら……」
ローラ:「……気付かれぬように追うぞ」
ディストはローラとワンダの質量を背負い直すと、駆動音を殺した隠密走行で、略奪者たちの背後へと滑り出した。
―――一方、シャインとデュオカイザー。
シャイン: 「クククク……限界。その通りだね。君の生きる術はもう無いも同然だ」
シャインの額に刻まれた太陽の印が、殺意を孕んだ燐光を放った。
直後、彼女の背後に並び立つ八本の柱が、機械的な駆動音と共に一斉に可動。その砲門のすべてが、逃げ場のないデュオカイザーへと照準を合わせた。
業火が解き放たれ、すべてが
デュオカイザーの機体が、しなやかに動いた。
彼女は自身の背中へと手を回すと、メダル装着部のハッチを強引に開放した。ハッチの隙間に潜り込んだのは、彼女の両腕――指を持たぬ代わりに肩部から伸びる、自在にうねる『触手』。
その触手の先が、メダルの補助スロットに深く嵌め込まれていた〝ある物〟を、無造作に引き抜いた。
シャインの視覚センサーが、あり得ない「光」を捉えて静止した。
デュオカイザーの触手に握られていたのは、周囲の闇を清浄な輝きで塗り潰す、純白の結晶。
ラヴドから託されて以来、トゥルースが「安全な場所に隠した」と
神の断片――『白メダリア』が、今まさに彼女の眼前で、挑発的に拍動していた。
シャイン: 「 神 ぃ ! ! 」
シャインの双眸がこれ以上ないほどに見開かれ、狂信的な輝きを放つ。その顔は驚愕に歪み、絶叫がビルの屋上に木霊した。
対するデュオカイザーは、勝ち誇ったような冷徹な薄ら笑いを浮かべ、獲物を
デュオ: 「遅いのよ……。信仰心が足りないわね」
直後。
デュオカイザーは、自らの手中にあった白メダリアを、ビルの屋上の外側へ向けてポイッと放り捨てた。
シャイン: 「 か ぁ ー ー ー み ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ー ー ー ー ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
理性が、一瞬で蒸発した。
シャインは後先を顧みず、手すりを越えて虚空へとダイブした。
重力に引かれるまま、夜の底へ墜ちていく白き珠。彼女はただそれだけを追い、真っ逆さまに落下を開始する。
もっとも、彼女は浮遊タイプの脚部を持つメダロット。地面に激突して全壊することはない。
だが、何の警戒もなく無防備な落下姿勢を選んだことは、致命的な悪手であった。
デュオカイザーは、手すりから身を乗り出し、墜ちていくシャインを見下ろしてニヤリと笑う。
その瞬間の彼女は、先ほどまでの冷徹な〝真のデュオ〟をどこかへ置き去りにし、いつもの不敵でおちゃらけた〝偽りのデュオ〟へと回帰していた。
デュオ: 「ぁ~ら。素敵なダィブねぃ♪……でもぁたしはここから……ね・ら・ぃ・ぅ・ちぃ~♪」
シャインの死角。
デュオカイザーは、白メダリア以外の一切が目に入っていない無防備な背中へ向け、無慈悲な一斉掃射を開始した。
ミサイルとレーザーの火線が、落下するシャインを執拗に追い詰める。
一発、二発、三発――。
爆煙が装甲を焼き、衝撃がフレームを震わせるが、シャインは回避の動作すら取らない。その目は、自分と共に墜ちていく白き珠一点のみを凝視していた。
シャイン: 「……ク、クク……神……!!」
損傷を厭わぬ狂気の執念。シャインが空中で指先を伸ばし、白メダリアをその掌に収めた瞬間、デュオカイザーが四発目の引き金を絞ろうとした。
―――ッ、乾いた銃声。
直後、デュオカイザーの右腕に弾丸が着弾し、火花と共に狙撃が中断させられた。
デュオ: 「ッ!?」
視線を地上へ投げれば、ビルの真下にマイルとジーヴァスの姿があった。銃口から白煙を上げ、不敵な笑みを浮かべるジーヴァスが吠える。
ジーヴァス: 「そうはさせないゼ」
デュオカイザーは苦々しく舌打ちを漏らした。想定以上の帰還の速さ。迎撃の手を緩めた一瞬の隙を突かれた格好だ。
デュオ: 「ビルの真下から頂上のぁたしを撃つなんて、やるじゃなぃのさ……」
だが、略奪者たちが勝利を確信した刹那、その背後の闇から三つの殺気が爆ぜた。
ワンダ: 「あんた達には……」
ディスト: 「白メダリアは……」
ローラ: 「渡さぬ!!」
隠密追跡を続けていた三人衆が、満を持して躍り出る。
ディストのビームとローラの拳がマイルたちを急襲。不意を突かれた二機が跳躍して回避行動を取る間に、屋上のデュオカイザーは再び自由を手に入れていた。
デュオ: 「ょくゃったゎょん!! それでゎ……レーーーザァーーー!!!」
デュオカイザーの左腕から、最大出力の熱線が放たれた。
白メダリアをキャッチし、滞空状態にあったシャイン。先ほどの被弾状況からすれば、難なく直撃するはずのタイミング。
しかし――シャインは、あり得ないほどの急制動でその光条をかわしてみせた。
シャイン: 「クククク……これで全ては揃った。後は神様が再臨なさるのに相応しい場を準備するのみ……」
シャインは恍惚とした表情で、自らの手に握られた純白の珠を見つめていた。
彼女の背中に円状に並んでいた八本の柱――『オクトバーン』が、一斉に駆動音を立てて位置を変える。全ての砲門が一方向に束ねられ、巨大な『多段式ブースター』の如き形へと変貌を遂げた。
―――ゴォォォォォォォォォォッ!!
柱の穴から爆発的な火力が噴出される。
シャインの身体は文字通りジェット機のような速度で夜空を切り裂き、光の尾を引いて地平線の彼方へと飛び去っていった。
ローラ: 「……しまった! ディスト、ワンダ、追うぞ!!」
ローラの鋭い号令に応じ、ディストは即座に3PMCシステムを励起。ローラとワンダを車体に乗せて再加速を図る。
だが、その進路を塞ぐように二つの影が立ち塞がった。
マイル: 「おっとぉ!」
ジーヴァス: 「行かせないゼ!」
立ちふさがるマイルとジーヴァス。
メダロポリスのビル街で、逃走を許さぬための足止め戦が再び幕を開けようとしていた。
デュオ: 「チッ……! ャバィゎねぃ……」
屋上の手すりを握りしめ、デュオカイザーが焦燥の声を漏らした。
シャインの逃亡。そして、それを追える飛行戦力がこの場にいない絶望的な状況。白メダリアが略奪者の手に渡った今、N・G・ライトの再臨という最悪のシナリオは、もはや回避不能な現実に思えた。
彼女が次の一手を求めて演算を加速させた、その時だった。
高いビルよりもさらに高い場所から、地鳴りのような重低音が降り注いだ。
『……私に…………任せろ……』
デュオ: 「え?」
デュオカイザーが弾かれたように仰ぎ見た頃には、既にそこには誰もいなかった。
視線を遠く、空の果てへと投じる。そこには、『ゴースト』を巨大なジェット噴射機の形へと変質させ、脚部パーツに装備した白き龍の姿があった。
カヲス。
かつて世界を震撼させた指導者が、紅蓮の尾を引くシャインの光を追って、音速の壁を突破していく。
デュオ: 「カヲス!? なんでここに……!? っていぅか……こんな大都市に来てたんなら、 絶 対 誰かにみられてるゎょねぃ……」
戦慄。それは管理すべき「情報」が崩壊することへの危機感だった。
カヲスは公式記録上、二年前の決戦で戦死したことになっている。その彼が、多くのメダロットの目が集まるメダロポリスで公然と姿を晒したのだ。もしこの事実が広まれば、エデン国とラヴド国が結んだ平和条約の前提――徹底した情報操作の嘘が露呈し、世界は再び疑心暗鬼の渦に叩き落とされる。
デュオ: 「シャインはカヲスに任せて、下の二人はぁの子達に任せて……。……ぁたしは一仕事しなきゃいけなぃゎねぃ……」
デュオカイザーは不敵な笑みを口元に戻すと、ハッチから端末を取り出した。
戦士たちが命を懸けて戦う裏側で、影の支配者は、世界を「平和」という名の虚像に留めるための、孤独な戦いを開始した。
第二十七話【A good believer would have known 】終わり