第三話【立ち上がる人々】
エデン国の女王コスモスのメダルが強奪されるという未曾有の事態――後に『女王襲撃事件』と呼ばれる悲劇から、三日の月日が流れた。
平和への歩みを始めたばかりの世界にとって、その一報はあまりにも残酷な断絶だった。
動揺は通信網を伝って瞬く間に広がり、エデン国のみならず、隣国ラヴド、さらには辺境の集落に至るまで、新世界は再び言いようのない混乱と疑心暗鬼の渦に叩き落とされた。
しかし、沈黙が支配する街の裏側では、この異常事態を収拾すべく、あるいは己の流儀を貫くべく立ち上がる者たちがいた。
――例えば、とある街の治安維持局にて。
安物の洗剤と、古い紙の匂いが停滞する受付カウンター。
その向こう側で、清楚な制服型パーツに身を包んだ女性職員が、事務的な手つきで札束を差し出した。
「それでは、こちらが今回の賞金十万円となります。ご確認下さい」
カウンターの前に立つのは、一機のカブトムシ型メダロット。リーブ――かつては『十二使徒』の一員として戦ったメタル・ビートルだ。
彼は受け取った紙幣を慣れた手つきで数え、枚数が揃っていることを確認すると、無機質な光学センサーを柔らかく細めた。丁寧な動作で、女性職員へと軽く会釈を返す。
リーブ: 「おねえさん、おおきにな」
女性職員は一瞬、目を丸くして驚きに肩を揺らした。
賞金首を狩り、その報酬で日銭を稼ぐ『賞金稼ぎ』と呼ばれる者たちは、往々にしてその獲物である犯罪者と見紛うほどに粗暴で、下品な輩が多い。
だが、目の前のこの男はどうだろう。丁寧な挨拶、にこやかな振る舞い。殺伐としたこの事務所にはおよそ似つかわしくない、奇妙なほど愛想の良い賞金稼ぎだった。
リーブは札束を懐へ収めると、出口付近で影のように佇む相棒の元へと歩み寄った。
相棒の名はレッド。深紅の装甲を纏ったブロッソメイルの少女は、リーブと組んで数ヶ月になるが、相変わらず極端に口が重い。一日に二、三言も話せば多い方という徹底した沈黙の守護者。
リーブ: 「ラッキーやったな、レッドさん。たまたま賞金首に出くわすなんてな」
リーブの軽やかな声にも、レッドは反応を見せない。
彼女の視線は、壁の掲示板に並んだ『指名手配』の書面に釘付けになっていた。
リーブがその視線を追うと、先ほどまでの穏やかな表情が、瞬時に戦士のそれへと鋭く書き換えられた。
リーブ: 「せやな……。僕らがホンマに捕まえなアカン奴らはこいつらやな」
掲示板の中心。そこには、世界を揺るがした三機の襲撃者のデータが、法外な懸賞金と共に踊っていた。
【ジーヴァス】
・機体名:アンビギュアス2
・罪状:女王襲撃事件実行犯
・賞金:一億円
【マイル】
・機体名:エイシイスト2
・罪状:女王襲撃事件実行犯
・賞金:一億円
【F・G・シャイン】
・機体名:F・G・シャイン
・罪状:女王襲撃事件実行犯および首謀
・賞金:二億円
合計四億円。それは、単なる犯罪の報奨金ではなく、世界を救うために支払われる代償の重みそのものだった。
リーブ: 「せやけど、どう動いたらええんか全然わからへんな~。取り合えず……お竜さんにでも相談してみます?」
レッドは無言のまま、掲示板から視線を外し、ゆっくりと踵を返した。その僅かな足音の中に、秘められた闘志が静かに鳴り響いていた。
――一方、街の喧騒から隔絶された一角にある、古びた探偵事務所。
薄暗い室内には、幾重にも並べられたモニターの青白い光が揺らめき、冷却ファンの乾いた唸り音が絶え間なく響いている。かつて『十二使徒』として戦場を震撼させた二機のメダロットは、今、ここで静かな、けれど熱い火花を散らしていた。
タイン: 「竜!!!なんでさり気に何も動かないんだ!!コスモスがやられたんだぜ!!」
激昂し、床を強く踏み鳴らすのはグレインのタインだ。全身の駆動系が熱を帯び、センサーが激しく明滅している。
それに対し、デスクの前で極端な猫背を晒しているブラックスタッグの竜は、一瞥もくれずに淡々とキーボードを叩き続けた。
竜: 「粗大ごみは黙っていて下さい……動くって一体、何処へ何をしにいくんですか……?」
その声は、氷のように冷徹で、感情の起伏が一切削ぎ落とされていた。
探偵としての推理はすべて彼女が担い、タインはあくまで力仕事担当。普段から彼を「粗大ごみ」呼ばわりする彼女のサディスティックな言動は、この平穏な日常においてはいつもの光景だった。
タイン: 「決まってるだろ!!コスモスを助けにナントカカントカシャインの所へさり気にいくんだ!!!」
竜: 「馬鹿ですね……」
突き放すような一言に、タインの怒りは頂点に達した。彼は竜の胸ぐらを強引に掴み上げ、至近距離で怒鳴りつける。
タイン: 「んだとテメェー!!?」
それでもなお、竜の表情はぴくりとも動かなかった。焦点の定まらない瞳で、鏡のような無機質な声を出す。
竜: 「何も分かっていないのに、何の考えもなくただ我武者羅に動くのが馬鹿だと……そう言ったんです……」
タイン: 「友人のために何もしないヤツの方がさり気に馬鹿だ!!!」
竜: 「たとえ行動しても……結果的にその友を助ける事ができなければ…………それはただの役立たずです!!!」
―――ッ!!
静寂を切り裂くような、竜の鋭い一喝。
そのあまりに意外な爆発に、タインは掴んでいた手を緩め、石像のように固まった。
普段は感情を一切表に出さず、機械的な棒読みで他人を嘲る彼女が、これほどまでに声を荒らげることなど、かつての十二使徒時代を含めても一度としてなかった。
タインは悟った。彼女の冷徹な沈黙は、無関心から来るものではない。彼女は、彼女なりにコスモスを案じていて、それゆえの焦燥なのだと。
タイン: 「スマン……。」
消え入るような声で謝罪するタインを、竜は再び無視した。彼女は自身で改造を施した特製のスーパーコンピュータに向き直り、凄まじい速度で文字列を打ち込み始める。
竜: 「とにかく情報が足りなすぎる……エデンとラヴドのデータベースにハッキングをかけてみます……ですから産業廃棄物は黙っていて下さい……」
タイン: 「いや、産業廃棄物ってさり気に酷すぎだろお前……。」
軽口を叩きつつも、タインの胸には僅かな安堵が宿っていた。竜が本気になった。それだけで、絶望的な戦況に一筋の光が差し込んだように感じられたからだ。
だが、何もしないままその背中を見ていることには耐えられず、彼は再び問いかけた。
タイン: 「竜……何かオレにできる事ってさり気にないか?」
竜: 「タインにできる事ですか……?」
竜は指を止め、口元に手を当てて考え込む。猫背と相まって、どこか歪で、それでいて思慮深い仕草。
竜: 「そうですね……では地面に這い蹲って『私は薄汚い豚です』と叫んで、私を喜ばせてください……」
タイン: 「こ、こんの……ドS女がぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」
絶叫。
不気味なほど静まり返った街の中で、この事務所だけは、かつての戦友たちの絆と、変わらぬ騒がしさに包まれていた。
――国境の風が吹き抜ける、聖・ヴァレン教会の静かな礼拝堂。
そこは木造の梁(はり)が軋む音と、野花の香りが漂う安らぎの場。だが、その平穏な空気の下で、一機のメダロットが旅の仕度を整えていた。
ナギサ: 「では、行って来るよワンダ」
ワンダ: 「うん。情報が入り次第、連絡頂戴ね」
ナギサの宣言に、ワンダは短く応じた。彼女も本心では同行を望んでいたが、今はこの場所を離れるわけにはいかなかった。
地下の「檻」に潜む男――カヲス。
コスモスのメダルが強奪された報を聞いて以来、かつてのエデンリーダーは平穏をかなぐり捨て、外に出せとしきりに要求し続けていた。
暴走しかねない彼の監視の為には、ここを留守にするわけにはいかない。
ナギサ: 「旅立ち……新たなる道の始まりであり、そして古き道の終焉……誰もがその時、不安と期待を交差させる……フフフ……そして――――」
ワンダ: 「ナギサさん。 行くなら早く行ってくれる?」
ワンダの冷ややかなツッコミが礼拝堂に響く。
パーティクルのナギサ。彼の語彙回路は常に詩的な情緒で満たされており、ひとたび口を開けばその言葉は際限なく溢れ出す。何よりの問題は、彼が極度のマイペースであり、周囲の時間が止まっているかのような錯覚を覚えるほど、空気というものを読み損なう点だった。
ナギサ: 「おや、ついつい話し込んでしまったよ。時の流れとは恐ろしく早いね……そして長い……この長い時の流れの中のほんの一瞬にすぎない僕という存在は……」
ワンダ: 「だから! ナギサさん! ベラベラ喋ってないで早く行かなきゃ!!!」
ワンダが声を荒らげるが、ナギサの微笑みは微塵も揺らがない。彼はさらに深遠なる物語を紡ぐように、その穏やかな視線を遠くへと向けた。
ナギサ: 「その通りさ。コスモス……僕らの友を救うため、何より大きな使命を胸に秘めて僕は旅立つのさ……悲しみの連鎖を断ち切るために……すべての悲しみは……」
ワンダ: 「行けやコラァ!」
――それから、四十分が経過した。
ナギサの独白を無理やり断ち切り、ワンダが半ば背中を押し出すようにして、ようやく彼は教会の門をくぐった。ナギサの足取りは、その長い前置きとは裏腹に、迷いなく事件の起きた場所――ビッグブロックへと向けられていた。
彼が去った後の教会の静寂の中で、ワンダは地下から伝わる微かな駆動音を感じ、静かに拳を握りしめた。
一方、新たに建設されたばかりの『ラヴド国』本部。
王室の間は、磨き上げられた大理石の床が天井の灯火を撥ね返し、静謐な空気が張り詰めていた。広大な円卓を囲むのは、現在の世界の均衡を憂う五機のメダロットたち。
エデン国女王直下諜報部『トゥルース』から、セルヴォ、ビート。そして彼らの上官、主任デュオカイザー。
対するは、この城の主。ラヴド国の頂点に君臨する国王ビーストマスターと、その右腕であり最凶の格闘機ブラックメイル。
かつて死闘を演じた者たちが一堂に会するこの場に、和やかな気配は微塵もなかった。
ビーストマスター: 「『神様のため』たしかにF・G・シャインはそう言ったのですね?」
国王の冷徹な問いに、セルヴォが重く頷く。ビーストマスターの視覚センサーが、驚愕と警戒の色を帯びて僅かに細められた。
ブラックメイル: 「それを言ってコスモスのメダルを奪ったなら、考えられる事はひとつだけだぁ~…ぞッ。」
ブラックメイルが、苛立ちを隠さぬ駆動音を鳴らしながら断言した。
デュオ: 「……N・G・ライトの復活ねぇぃ。」
デュオカイザーの艶めかしい、けれど毒を孕んだ言葉が王室に響く。
N・G・ライト。かつて「メダロットこそが神」と主張し、人類を滅ぼした伝説の狂王。十一年前、ラヴドの手によって完全に抹消されたはずのその影が、再び世界を塗り替えようとしている。
ビーストマスター: 「ですが、もう一つの重要なパーツ、白メダリアはラヴドで保管しています。」
ビーストマスターは努めて冷静に告げた。N・G・ライトの力の結晶である『白メダリア』は、現在この本部の最深部で厳重な管理下に置かれている。建軍間もないこの本部は兵の数こそ十分ではないが、その防衛システムはビーストマスター自らが監修した鉄壁の代物だ。奪取など、本来であれば不可能に近い。
セルヴォ: 「さて、奴らの戦闘力は半端ねぇ。だから俺達はここの警備をもっと強化するように警告しに……」
セルヴォが危惧を口にした、その刹那だった。
―――ビーーー! ビーーー! ビーーー! ビーーー!
静寂を切り裂き、耳を劈くような非常警報が全館に鳴り響いた。赤色の警告灯が激しく明滅し、王室の平穏を無慈悲に粉砕する。
『侵入者発見。侵入者発見。』
合成音声の無機質な警告が、最悪の事態の到来を告げた。ビーストマスターが椅子を蹴って立ち上がる。
セルヴォ: 「さて、……言わんこっちゃない!」
頭を抱えながらも、セルヴォの目は既に戦闘モードへと切り替わっていた。
再び訪れた不条理。白メダリアを狙う「牙」が、ついにラヴドの心臓部へと突き立てられた。
第三話【立ち上がる人々】終わり