第三十話【時を越えた仲人】
メダロポリスの空で次元の狭間に消えたメッシュ。その時空の彼方では、未だに不毛かつ熱い闘争が続いていた。
メッシュ: 「ファッファッファッファ! なかなかやるな!」
???: 「ヒャホーゥ!!! お前こそなかなか強いぞ!」
六本の腕を風車のように回転させ、荒れ狂う火柱を背負う男。
メッシュは赤いマントを翻し、手に握った『斬鉄剣』に全エネルギーを注ぎ込んだ。
メッシュ: 「うりゃ!」
メッシュが力任せに双剣を振り下ろす。対する六本腕の男は、その六本の腕を蜘蛛の脚の如く器用に交差させ、頭上で刀身を受け止めた。
しばらくの間、互いに力比べで火花を散らしていたが、不意に六本腕の男がその剛腕を解き、距離を取った。
???: 「あ! そうだメッシュ、これを見ろ」
六本腕の男はどこから取り出したのか、サンタクロースが担ぐような巨大な袋をガサゴソと弄り始めた。メッシュが訝しげにアイセンサーを明滅させる中、彼が袋から引き抜いたのは、鈍い金色の輝きを放つ一つの右腕パーツだった。
???: 「これぞ! 開発時威力調整前、非売品版! 伝説の右腕〝リボルバー〟だ!!」
メッシュ: 「何ぃーーーーーーー!!?」
メッシュは十二使徒に名を連ねる前、世界各地の秘宝を求めるトレジャーハンターであった。お宝という言葉に反応する回路は、次元を越えても健在だ。伝説のパーツを前に、激しく昂揚する。
???: 「今なら……何と八万円で譲っちゃうぞ」
メッシュ: 「何ぃーーーーーーー!!?」
オークションに流せば一千万円は下らない至高の逸品が、まさかの八万円。破格という言葉すら生温いその提案に、メッシュのテンションは一気に沸点へと達した。
だが。その狂喜の渦に、冷や水を浴びせるような三つの声が同時に割り込んだ。
カリパー&キドゥ&ゲンジ: 「……つかそれ、リボル『パ』ーじゃね?」
メッシュ: 「……………………」
???: 「……………………」
――沈黙。
よく見れば、パーツケースに刻印された文字の「B」の箇所が、極めて巧妙な工作技術で「P」に書き換えられている。
メッシュ: 「何ぃーーーーーーー!!?」
???: 「バレたぁーーーーーー!!」
六本腕の男は「あとちょっとだったのに!」と悔しそうに地面を叩き、地団駄を踏んだ。メッシュの背後でカリパー、キドゥ、ゲンジの三機は、あきれ果てていた。
メッシュ: 「貴様!! よくも騙してくれたな!!」
???: 「うるせー! 俺ッ様だって、このパーツに関してはあの女に騙されたんじゃーー!!」
積年の怨みか、あるいは転売の失敗か。
激昂した二機は、再び殺気のボルテージを最大まで引き上げた。
メッシュ: 「喰らえ!! 次元剣技……」
???: 「阿修羅六式道技……」
一瞬の静寂。
メッシュ: 「 〝
???: 「 〝 炎 柱 〟 ! ! 」
メッシュは右手の剣をカリパーへと持ち替えると、背負っていたゲンジを壁代わりに蹴り飛ばした。
対する六本腕の男は、自身の足元から天を貫く巨大な紅蓮の柱を噴き上がらせた。
―――ズ、ドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
激突。
凄まじい衝撃波が次元の壁を震わせ、両者は後方へと激しく弾き飛ばされた。
――シュゴゴゴゴゴゴ……。
運命の悪戯か、あるいは激突の衝撃に時空が耐えかねたのか。
吹っ飛ばされたメッシュの真後ろに、新たな次元の出口が出現した。
メッシュ: 「あーれー!!」
メッシュの絶叫と共に、出口は彼を飲み込むと瞬時に閉塞した。色彩を失った狭間の中心に、六枚の腕を空しく広げた六本腕の男だけが取り残された。
―
「はぁ……」
夜の静寂が降りる公園。街灯の光も届かぬベンチの片隅で、一人の少女が重いため息を吐き出していた。
少女といっても、その佇まいは十代後半から二十代前半といったところだろうか。深夜の公園に人影はなく、ただ遠くの路地で野良犬が遠吠えを上げる声だけが、冷たい夜風に乗って響いていた。
――シュゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
空気を物理的に捩じり切るような、奇妙な異音。
少女は訝しげに右を向き、次いで左を向いた。だが、そこにあるのは夜の闇に沈む遊具の影だけ。
では、音はどこから響いているのか。
少女がその答え――「頭上」に気づき、顔を上げたその瞬間だった。
メッシュ: 「うわあぁぁぁぁぁ!!!」
―――ゴッチーーンッ!!
凄まじい衝撃。天から降ってきた赤いマントの塊と、少女の額が正面から衝突した。
「痛っつつつつつ……」
少女は火花が散る視界の中で頭を抱え、
メッシュ: 「ファファファ……悪かったなお嬢さん。次元の狭間の出口はランダムなもんでな」
「……次元の狭間ぁ?」
聞き慣れぬ単語に、少女は目を丸くしてキョトンとメッシュを見つめた。
カリパー: 「いや……もっと詳しく説明したほうがいいと思うよ」
「お、剣が喋った」
喋る剣『カリパー』を興味深そうに凝視する少女。次元を旅して二年。この手の反応には慣れっこのカリパー、キドゥ、ゲンジの三機は、手際よくメダチェンジを解除し、各々の機体を人型へと展開した。
少女の反応を見るに、
それを確認して、メッシュたちは、自らが別の世界から次元を越えてやってきたメダロットであることを手短に話した。
少女もまた、この世界のありようを静かに語ってくれた。
人間とメダロットが相棒として共存する世界。だが、かつてのような温かな絆は失われつつあり、メダロットを単なる道具として酷使する人間も増えているという。
メッシュ: 「ふむふむ……ところでお嬢さん。こんな所で何してたんだ?」
少女は気まずそうに視線を伏せ、ブランコの鎖を小さく揺らした。
「パートナーと……ケンカしちゃって……」
メッシュ: 「……ケンカ?」
少女はぽつりぽつりと話し始めた。
近々開催される大きなロボトルの大会。彼女は一機のみのパートナーと共に挑もうとしていたが、パートナーからは戦力不足を案じて「新しい仲間を加えよう」と提案された。それが口論の火種となり、家を飛び出してきたのだという。
「向こうの言うことが正しいのは分かってるんだけどね……」
メッシュ: 「で……何でアンタ、新しい仲間を加えたくないんだ?」
メッシュの問いに、少女の顔が急速に曇り、その瞳から光が消えた。
「あたしの両親、メダロットに殺されたの」
メッシュ: 「!? 」
「交通事故だけどね。運転してたメダロットが整備不良だったんだって。……昔はね、メダロットなら何でも好きだった。勉強して、自分でもメダロットのレプリカパーツを作ったりしてさ……。でも今はね、パートナー以外のメダロットは昔ほど好きじゃない。信用……できないかも……」
絞り出すような独白。俯き、震える少女の肩。
メッシュの論理回路が、最大級の緊急アラートを鳴らした。
メッシュ: 「(やばい! 多分俺、何気に聞いちゃいけないこと聞いちまった!!)」
カリパー:「 (メッシュ! なんか笑わせなきゃ!)」
キドゥ: 「(明るい話題! 明るい話題!)」
メッシュ: 「(よ、よし! 任せろ……!)」
メッシュは意を決すると、少女の前に歌舞伎役者の如くドシンと構え、天を突く指を掲げて叫んだ。
メッシュ: 「メッシュの爆笑ショートコントォ!!」
「……?」
唐突な奇行。少女が呆然と顔を上げた瞬間、メッシュが最大のボリュームでタイトルをコールした。
メッシュ: 「タイトル……〝交通事故〟」
キドゥ: 「 い や 、 そ の タ イ ト ル 駄 目 だ ろ ! ! 」
メッシュ: 「あ、そうか。じゃあ……タイトル〝お葬式〟」
カリパー: 「 だ か ら 、 全 然 笑 え ね ー よ ! ! 」
カリパーとキドゥの必死のツッコミ。
慌てて少女に謝罪しようと向き直ったメッシュたちが見たのは、意外な光景だった。
「アハハハハハハハ! ヒ、ヒィ……お……おなか痛い……死ぬ……笑いすぎて死んじゃう。ハハハハハ……!」
少女は腹を抱え、涙を流しながら、今までの陰鬱さが嘘のように爆笑していた。
カリパー: 「爆笑じゃん……」
キドゥ: 「このお姉さん、結構変な人かもしんない……」
少女はしばらくの間笑い転げていたが、ようやく息を整えると、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見た。その様子を、ゲンジが静かな駆動音を鳴らして問いかけた。
ゲンジ: 「お嬢さん、我輩たちもメダロットなのだが……どうしてそんな大事な話をしてくれた?」
「何でだろ……? あたしにもわかんないや。ハハハ……」
他機を信じられないと語った彼女が、何故、次元の迷子たちにだけ心を開いたのか。
メッシュ: 「ファッファッファッファ……。それは、オレたちがトランプメダだからだ!」
「え?」
メッシュ: 「何故なら、トランプメダは皆良いヤツなのだー!」
根拠も論理もありはしない。だが、メッシュが胸を張って言い放ったその言葉は、不思議と少女の心を軽くさせた。彼女が問い返そうとした、その時だった。
――シュゴゴゴゴ……!!
再び大気が震え、夜の闇を食い破るように次元の狭間が口を開いた。
キドゥ: 「早ッ!」
ゲンジ: 「まだこの世界に来て三十分くらいしか経ってないぞ!」
友たちの抗議も虚しく、裂け目は抗いがたい吸引力をもってメッシュたちの身体を吸い込み始める。赤いマントが激しく舞い、メッシュは慌てて少女へと向き直った。
メッシュ: 「しまった……! オレとしたことが、まだ名乗ってなかったな! オレの名前はメッシュ! こっちはカリパー、キドゥ、ゲンジだ! ……アンタの名前は?」
メッシュの姿が時空の彼方へと消えゆく間際。
少女は一歩前へ踏み出し、天へと向かって、その名を力いっぱい叫んだ。
「ルク! 宝条ルク!!」
その名を耳にしたメッシュは、満足げに大きく頷き、最後の手を振った。
宝条ルク。彼女が後に、ある一機の『死神』にとってかけがえのない存在となり、すべての物語の始まりとなる少女であることを、今の彼は知る由もない。ただ、どこか放っておけない一人の少女の名前を、旅人はその記憶に刻み込んだ。
メッシュ: 「ルク! パートナーと仲直りしろよ! あと、新しい仲間探しも頑張れよ! ……それでは皆さん、ご一緒に!!」
メッシュ&カリパー&キドゥ&ゲンジ: 「あーーーれーーー!!」
その間抜けな、けれど晴れやかな絶叫を最後に、メッシュたちの影は完全に消失した。
夜の公園に、再び静寂が戻る。ルクは、光の消えた虚空を、名残惜しそうに、けれど清々しい微笑みを湛えて見つめていた。
ワンダ: 「おーい、ルクちゃーん!」
向こうの方から、彼女を捜していたパートナーの声が響いた。青い天使型メダロット――ワンダである。
ルク: 「ワンダ!」
ワンダ: 「ごめん……。さっきは、私が言い過ぎたわ。だから……」
申し訳なさそうに肩を落とすワンダ。だが、振り返ったルクの瞳には、先ほどまでの頑なな拒絶の色は欠片も残っていなかった。
ルク: 「ワンダ! 新しい仲間は、トランプメダにしよう!!」
ワンダ: 「……え? あ、うん」
突然の心変わりに、ワンダは混乱のあまりフリーズしかけた。だが、ルクが自分の提案を受け入れてくれたのだと理解し、それ以上の追及を飲み込んだ。
ワンダ: 「でも、なんでトランプメダなの?」
ルクはクスリと笑うと、先ほど去っていった旅人の口真似をして、高らかに胸を張った。
ルク: 「何故なら、トランプメダは皆良いヤツなのだー! ファッファッファ!」
当然、ワンダには何のことやら意味がわからない。だが、この強情な主人が時折意味不明なことを言い出すのには慣れっこだった。彼女は苦笑しながら、以前から耳にしていた『噂』を口にした。
ワンダ: 「あ、そういえば……。隣町に〝不幸のメダロット〟って呼ばれてる、トランプのジョーカー型メダロットがいるって聞いたけど――」
―――もしかすると、運命の歯車はこの時、回り始めたのかもしれない。
第三十話【時を越えた仲人】終わり