第三十二話【BLAZE OF GLORY】
空中要塞フユーンの頂上。そこは、この星で最も空に近い、神々の処刑場だった。
夕日は既に地平線へと沈みかけ、蒼穹は赤と紫が混ざり合う、不吉なまでのグラデーションに染まっている。薄く冷たい大気が、二機のメダルから発せられる熱量に震えていた。
シャイン: 「クククク…」
シャインが静かに左腕を掲げた。山吹色の装甲が異様な輝きを放ち、その先端が研ぎ澄まされたナイフのような、鋭利な刃へと変貌していく。
カヲス: 「ゴースト・ソード……」
カヲスの低く重厚な声。二年前の戦火以来、一度も使われることのなかった超越的な能力が再起動する。彼の両腕から溢れ出した紫の燐光――怨念の質量たるゴーストが、カヲスの意志に従って螺旋を描き、一振りの漆黒の剣へと固形化した。
カヲスはその柄を右手で力強く握りしめ、静かな怒りを宿した瞳でシャインを見据えた。
刹那。
―――ゴォォォォォンッ!!
響き渡ったのは、金属同士の甲高い衝突音ではない。まるで巨大な丸太で、古びた大鐘を打ち鳴らしたかのような、重く低い衝撃音だった。
カヲスの漆黒の刃と、シャインの黄金の手刀が激突し、火花が二機のレンズを照らし出す。至近距離。互いの駆動音を聴きながら、視線が交差した。
シャイン: 「クククク…カヲスといえば、二年前、英雄の手で死んだと言われているあのカヲスだね。……その名前、神であるN・G・ライト様に名付けて頂いたというのは本当かい?」
カヲス: 「あぁ……本当だ……」
カヲスは右腕に力を込め、シャインを強引に弾き飛ばした。数メートルの距離が空く。
シャイン: 「クククク…その名は『神が手を加える前の混沌とした宇宙』――すなわちカオスを由来とした名前さ。そんな名前を授けるということは、神様は君なんかとは接したくなかったんじゃないのかい?」
シャインはカヲスを見下すように、さらに高度を上げた。要塞の天蓋を遥か眼下に、戦場はさらなる高空へと移る。
カヲス: 「……違うな」
カヲスもまた、雲を象った脚部を微動させ、シャインよりもさらに高い場所へと浮上した。
カヲス: 「……あいつが私にこの名をつけたのは……。アイツと私が『同格』だという……証だ……」
シャイン: 「……!?」
シャインが僅かに顔を伏せ、機体を細かく震わせた。
次の瞬間。
シャイン: 「クククク…君が、神様と同格だって? ハッハハハハ……ッ!! ――ふ ざ け る な あ ぁ ぁ ! ! ! !」
爆発。シャインの顔が激しい怒りに歪む。彼女の背負った八本の筒から、蛇竜の如き形をした紅蓮の炎が一斉に噴き出した。それはまさしく、空に顕現した八岐の大蛇。
シャイン: 「神はすべてを超越された究極の存在! 誰一人として神の価値の足元にも及ばない、そんなお方だ! その神と……N・G・ライト様と同格の存在など、この世のどこにも存在するはずがないだろうがぁぁぁ!!!」
咆哮と共に、炎の蛇竜たちが一斉にカヲスへと牙を剥いた。カヲスは冷静に左腕を掲げ、噴き出すゴーストを同じく八頭の蛇へと変化させ、迎撃のために放った。
計十六頭の竜が空を埋め尽くし、喰らい合う。
夕焼けの残光か、あるいは衝突するエネルギーの輝きか。見分けることすら叶わぬ極彩色の爆炎が天蓋を覆い、やがてすべてを飲み込んで霧散した。再び訪れた空白の空間に、二機の影だけが浮かんでいた。
シャイン: 「君は神を侮辱した!!」
爆炎が晴れるよりも早く、シャインが空を滑った。
カヲスの背後を瞬時に奪い、黄金の手刀をその首筋へと叩き込む。だが、カヲスの反応もまた神速であった。放出したゴーストを強固な「
間髪入れず、カヲスは空いた左手をシャインの眼前に突き出した。
カヲス: 「………………」
至近距離でのゴースト弾。零距離で炸裂した衝撃がシャインの胸部を叩き、彼女の雅な機体を大きく仰け反らせた。
シャイン: 「グッ……」
シャインは不快なノイズを漏らしながら、体勢を立て直すべく一旦距離を取る。夕闇に照らされた彼女のレンズが、狂気的なまでの熱を帯びて赤く明滅した。
シャイン: 「神を侮辱した罪は、万死に値する……」
機体構造が駆動音を立てて変化する。背負った八本の筒が高速回転を開始し、その砲門から一斉に火炎が噴射された。
炎はシャインを中心とした渦となり、やがて彼女の全身を完全に包み込んだ。空に浮かび上がったのは、巨大な炎の球体。灼熱の火炎を纏ったその姿は、まさしく地上へ降臨した不吉な『太陽』そのものであった。
カヲス: 「勝手なヤツだ……。私はライトを……侮辱してなどいない……」
シャイン: 「だまれぇ!!」
咆哮。小さな太陽と化したシャインが、火球となってカヲスへと突進した。
カヲスは両腕から溢れるゴーストを最大出力で励起させ、前面に巨大な『大盾』を創造した。怨念の質量を幾重にも重ねた、鉄壁の防壁。
しかし。
カヲス: 「……ッ!?」
想定を遥かに超える熱量。
シャインの放つ炎は、カヲスのゴーストさえも蒸発させていた。大盾は接触した瞬間にドロリと黒い
シャイン: 「うおおおぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に、光の塊がカヲスの体を通過した。
―――ズ、ガァァァァァァンッッ!!!!!
カヲス: 「チィッ……!」
衝撃波が雲海を吹き飛ばす。
熱気が収まった空に浮かぶカヲスの姿は、無残の一言であった。
白銀に輝いていたボディは無残に薄黒く焦げ付き、機体からは焼けたオイルの異臭が立ち昇っている。何より、防御を試みた左腕は肩の付け根から消失し、残された右腕や脚部の装甲も、飴細工のように歪んで原型を失いかけていた。
シャイン: 「クククク…哀れな姿だ。君は神を侮辱し、あんなくだらない女の命を優先した……。その報いさ!!」
シャインはカヲスの惨状を指差し、歓喜のままに狂笑した。
カヲスの視覚センサーが激しく明滅し、基盤からは絶縁破壊の火花が散る。だが、その深淵に宿る意志の光だけは、より一層暗く、深く、静かに燃え上がっていた。
カヲス: 「くだらない女……だ……と……?」
カヲスの排熱ダクトから、地を這うような重低音のノイズが漏れ出した。
ボロボロに損壊したフレーム。だが、その内部に眠る
カヲス: 「……おい貴様。コスモスを……悪く言うな」
―――シュゥゥゥゥ……。
カヲスの欠落した左腕の付け根から、霧状のゴーストが溢れ出した。
それはこれまでの剣や盾のような形を成すことはなく、意思を持った紫の深淵となって、空気を急速に侵食していく。ほんの数十秒。フユーンの頂上は、光さえも減衰させる濃密なゴーストの霧に覆い尽くされた。
シャイン: 「クククク…目眩ましかい? だが、これでは君だって何も見えないんじゃないのかい?」
シャインは警戒を強め、周囲を鋭く走査する。視界はゼロ。頼みの綱である熱源感知も、周囲に漂う高エネルギーの霧によって掻き消されていた。静寂。耳を
だが、その静寂は一瞬にして、暴力的な衝撃へと反転した。
――シュン。
空気が弾けるような、微かな破断音。
それがシャインの聴覚回路に届いた時には、もはや全てが終わっていた。
カヲス: 「ゴースト・インパクト」
シャイン: 「ガ……ぁ……!?」
霧の中から突如として現れた巨大な「六角形」の質量。
凝縮されたゴーストの結晶が、シャインの胴体を真っ向から捉えた。
カヲスの頭部――『フォー・ブレイン』は、この暗闇と同義の霧の中であっても、敵の急所をミリ単位で正確に捕捉し続けていた。そして、ゴーストをジェットエンジンへと変質させた爆発的な機動力。
それは十二使徒のレッドにも匹敵する、音速の壁を突破する加速。
光と音。その決定的な速度差こそが、カヲスの狙いだった。
視覚情報として攻撃を認識したとき、まだシャインの耳には機動音すら届いていない。反応する猶予など、一分《いちぶ》の隙も残されてはいなかった。
全身を貫く、逃れようのない衝撃。
シャインの機体各所から凄まじい電磁火花が散り、姿勢制御ユニットが完全に破綻する。
カヲスが念じると、戦場を覆っていた紫の霧は一瞬にして霧散した。
シャインは糸の切れた人形のようにフラフラと高度を落とし、空中要塞の床板へと、ガタンと音を立てて無様に叩きつけられた。
カヲス渾身の『ゴースト・インパクト』を浴び、力なく床に転がったシャインの機体からは、不規則な放電の火花がパチパチと飛び散っていた。沈黙。カヲスが勝利を確信した、その刹那だった。
シャイン: 「ク、クク……。クククク…」
不気味な笑い声。
シャインはひしゃげた関節をギチギチと鳴らしながら、スローモーションのような挙動で立ち上がった。いや、もはや立ち上がる脚力すら残されていないのか、その身体は磁力に引かれるようにフラフラと、幽霊のように宙へと浮き上がった。
シャイン: 「クククク…。月が天頂へ昇るまで……ま、待ちたかったけれど……。そんなことは……言ってられないね……」
シャインの視覚センサーが、狂おしげにカヲスを捉える。彼女の損傷は極めて深刻だ。装甲の半分は剥がれ落ち、右腕の回復パーツも高負荷で焼け付いている。だが、その機体からは、死を目前にした生物特有の、濁った熱量が溢れ出していた。
シャインは自身の懐へと手を回し、二つの「光」を取り出した。
右手には、周囲の闇をすべて払い除けるような、清浄な輝きを放つ純白の珠――『白メダリア』。
そして。彼女の左手の指先に慎重に
カヲス: 「コス……モス……?」
カヲスの排熱ファンが、恐怖に近い律動で跳ね上がった。
あれは、間違いなく彼女のメダル。
二年前、自らの身体が砕けるのも厭わずにカヲスが守り抜き、そして今、自分が命を懸けて探し求めていた、この世で最も大切な魂。
シャイン: 「クククク…。神様、見ていてください。今、貴方のために、最高の舞台を整えますから……」
白き珠と、最愛のメダル。
全ての因果が揃い、狂信者の指先が重なり合う。
世界を終わらせるための最悪の儀式が、ついに始まろうとしていた。
第三十二話【BLAZE OF GLORY】終わり