第三十三話【クレイジー・クレイジー】
シャイン: 「カヲス……。僕の勝ちだ」
シャインは、勝利を確信した狂信者の如き瞳で、二つの「神の原石」をカヲスへ突き出した。
それを見たカヲスの
――『禁断の融合』。
二つの欠片が一つとなり、N・G・ライトが再びこの世に姿を現そうとしている。
カヲス: 「…………っ!」
カヲスは残された右腕と脚部のブースターを励起させ、シャインの元へと地を蹴った。
阻止しなければならない。だが、物理的な距離は絶望的だった。カヲスの機動力がシャインに届くよりも早く、彼女の掲げた両の手が重なり合う方が、遥かに早かった。
そして。
融合が始まった。
白メダリアを組み込まれたコスモスのメダルが、内側から激しく脈動し、純白の閃光を撒き散らした。
光の奔流は次第に激しさを増し、周囲の夕焼けを白濁した輝きで塗り潰していく。一瞬にして、フユーンの頂上は真昼のような明るさに支配された。シャインはその神々しき光を、うっとりとした、陶酔の表情で見つめていた。
ついに、神が復活する。
世界が再び、あの白銀の指導者の手に委ねられる。
しかし。
輝きが最高潮を迎え、天蓋を震撼させたその刹那。
―――ピ、ィィィィィィン……。
張り詰めていた緊張を嘲笑うかのように、光はピークを超えた途端、力なく減衰していった。
辺りには、再び夕闇が舞い戻ってきた。風の音さえも死に絶えた、静まり返った広場。遠くでカラスが鳴く声だけが、あまりにもあっけない幕引きを強調していた。
シャイン: 「な……。何故……。復活しない……!?」
呆然と立ち尽くすシャイン。
そこには、眼前の現実を受け入れられぬ哀れな狂女と、それを欠落した左腕を晒したまま冷徹に見守る、一機の龍だけが残されていた。
シャイン: 「何故だ!? 全てのピースは揃ったはず……。これで神は……。何故だ……何故……何故ぇ……!!」
シャインの音声出力が、断絶した回路のように激しくノイズを撒き散らした。彼女は震える手元にある、沈黙したままのメダルを凝視し、狂ったように叫び続ける。
カヲス: 「私にとっても……意外だったな……」
カヲスは、焦熱の風を浴びながら冷静に言い放った。
だが、その冷徹な仮面の下では、コスモスのメダルの安否を想うあまり、内部フレームが焼き切れるほどの熱量を帯びていた。彼は溢れ出しそうになる激情を演算の奥底へと押し込み、かつての親友の「意志」を読み解こうとする。
カヲス: 「私の理論でも……それでライトは復活する……はずだった。……もしかすると……」
カヲスは重い瞼を閉じ、しばしの沈黙を置いた。
その言葉を口にすることさえ、別れを再認するようで、彼の論理回路には耐え難い負荷がかかっていた。カヲスは僅かに発声部を震わせた後、再び目を開いてシャインを射抜いた。
カヲス: 「……ライト自身が……復活を……拒んでいるのかもしれない……」
N・G・ライト。その名を知らぬメダロットはこの世に存在しない。人類を滅ぼした狂王か、あるいは新世界の創造主か。かの英雄ジョーカード以上に、彼は極端な二極の評価を背負ったまま歴史に刻まれていた。
かつての指導者たちが築き上げた「N・G・ライトは死亡した」という公式記録。それこそが、彼を崇める狂信者と、彼を憎む反発派の間の、薄氷の平和を維持してきたのだ。
もし今、彼がこの世に再び降臨すれば、築き上げられた世界の均衡は一瞬で崩壊するだろう。彼の意志に関わらず、世界は再び彼を奪い合うための、終わりのない泥沼の戦争へと叩き落とされる。
そして、それこそが、N・G・ライトという男が最も嫌う光景であった。
すべてのメダロットたちが手を取り合い、助け合い、争いのない楽園を築くこと。それが、あの男が自らの手を汚してまで求めた理想。
自分一人の「生」のために、愛した同胞たちが再び殺し合う――。そんな不条理を、あの孤高の神が許容するはずがない。
カヲスの推論は、九年間にわたる隠棲の果てに辿り着いた、あまりにも皮肉で、あまりにも「らしい」真実だった。
シャイン: 「そ、そんな……神……! 神……、神……神……神……神……神……神ぃぃぃ」
激しく落胆し、崩れ落ちるシャイン。
カヲスは、ただ静かに、冷めたアイセンサーの光を狂女へと向け続けていた。
空中要塞の床板を、シャインのひしゃげた装甲が激しく叩く。
「神」への執念が断絶された彼女のアイセンサーは、もはや焦点を結ぶこともなく、ただ狂気的な光を撒き散らしていた。
カヲス: (激しいライトへの執念……。狂っているな……)
カヲスは冷めた視線を狂女へと向けていた。だが、その光景を処理する彼の思考の中に、一つの古い記憶が混入した。
目的を失い、ただ一つの影だけを求めて彷徨うその姿。それは、二年前。ひたすらN・G・ライト復活のために研究に没頭した、自分自身の残像と重なった。
カヲス: (フッ……。私も……相当、狂っているな……)
カヲスは何かを悟ったような静かなため息を吐くと、何気なく西の地平線を仰ぎ見た。
沈みかける夕日。あと数分もすれば、世界は等しく闇に飲み込まれるだろう。すべてが終わったような、奇妙な平穏が彼の頭を支配した。
シャイン: 「 違 う ! ! 」
沈黙を切り裂く絶叫。
シャインが、怒りに燃え上がる
シャイン: 「お前だ! お前が神の復活を邪魔しているんだぁ!! お前が……お前がぁぁぁ~~~~!!!!」
シャインは最後の力を駆動系へと注ぎ込んだ。
左腕のクサナギソードを構え、一心不乱に、ただ眼前の敵を屠るためだけの弾丸となって突撃する。
カヲスもまた、先の『ゴースト・インパクト』の反動で機体はボロボロだ。だが、彼は逃げなかった。残された全闘志を右腕のゴースト・ソードへと集束させ、真正面から迎え撃つ。
シャイン: 「はあぁぁぁああああぁあぁぁぁああぁーーーー!!!」
カヲス: 「ぬぅん……!!!」
―――ズ、ガァァァァァァンッッ!!!!!
全力を込めた一撃の交差。
出力の差は、僅か。だが、コスモスを守り抜くというカヲスの執念が、シャインの妄執を僅かに上回った。
競り負けたシャインの機体が、フユーンの上を激しく擦りながら後方へと吹き飛び、力なく倒れ込んだ。
シャイン: 「ク……ククク……クククク……」
仰向けに倒れたまま、シャインは不気味なノイズ混じりの笑い声を漏らした。
震える指先で手刀を持ち上げようとするが、もはや関節を繋ぐマッスルケーブルは焼き切れている。
カヲス: 「無駄だ……。もう……貴様に私は……貫けない」
コスモスのメダルは、依然としてシャインのひしゃげた掌の中にあった。
カヲスは、引導を渡すべく、彼女へと歩み寄った。
シャイン: 「クククク……クァア~ハァ~ハッハッハハ!!! ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! フヒヒキャッキャッキャッ!!!」
静寂を塗り潰したのは、鼓膜を直接掻き毟るような高周波の笑い声だった。
シャインは頭部ユニットをガクガクと不自然に揺らし、レンズの奥に濁った燐光を宿して狂い笑う。もはや、そこには数刻前までの雅な面影は一片も残されていない。
その異様な豹変に、カヲスは思わず足を止めた。
シャイン: 「クククク……。僕は……僕は、なんて愚かだったのか……。クヒヒヒッ、ヒヒヒ……」
直後、シャインは自らの左腕――鋭利な『クサナギソード』を、自身の腹部へと迷いなく振り下ろした。
―――ガギィィッ! ガガガギィィッ!!
耳を
オイルが血のように噴き出し、火花が散る。それでも彼女の顔は、至上の悦びに満たされたかのように恍惚としていた。
シャイン: 「クククク……魂……メダル……へへ、ヒャヒャヒャ、ヒヒヒヒ、クカカカカッ!!」
シャインは、白メダリアと重なり合いながらも沈黙を続けていたあのメダルを、愛おしげに見つめた。
シャイン: 「最後に必要なのは『体』さ!! 神よ!! クククク……僕の……僕の体をお使いください!!」
絶叫。
シャインは自らの手刀で抉じ開けた腹部の暗穴へ、その光の結晶を強引に叩き込んだ。
瞬間。
シャインの機体全体が、爆発的な輝きを放ち始めた。
―――シ、ィィィィィィィィン……ッッ!!!!!
重力を拒絶するように、彼女の身体が音もなく宙へと浮かび上がる。その輝きは、先ほどの融合の比ではない。シャインという個体の輪郭は眩い白光の球体へと溶け、もはや何が起きているのか視覚センサーでは捉えきれない、超常的なエネルギーの渦と化した。
光が世界を白濁した虚無へと塗り潰していく。
丁度その時だった。
西の空に留まっていた夕日の最後の一片が、地平線の向こう側へと没したのは。
夜が来た。
神の如き威光がフユーンの天蓋を震わせる。
月が昇る……一点の欠落も、一点の曇りもない。残酷なまでに美しい、完全なる満月が。
第三十三話【クレイジー・クレイジー】終わり