第三十五話【血の気の多い若造】
ライト: 「それにしても……素晴らしい世界だ」
N・G・ライトは、自分を包囲するワンダ、ローラ、ディストの三機からあえて目を離した。
空中要塞フユーンの天蓋。そこから見下ろす新世界を、彼は愛おしげに、四方すべてを順番に見渡していく。
ライト: 「神……すなわちメダロットたちがお互いに助け合い、愛し合う平和な世界! これぞ、かつて神である私が求めた楽園――エデンだ。……残念なのは、これを神である私自身の手で完成させられなかったことぐらいか」
懐かしき現世の姿に、偽りのない感嘆を漏らすライト。その陶酔を、ローラの冷徹な一喝が断ち切った。
ローラ: 「悪いが、その素晴らしき世界はもう貴様を必要としていない」
相手は、かつて人類を滅ぼしたあの破壊神だ。この不用意な発言が怒りを買い、瞬時に自分たちが消し飛ばされる可能性すらある。ローラは右腕のダブレストに全力を込め、その覚悟を以て言い放った。
だが、神の反応は意外なほどに穏やかだった。
ライト: 「分かっておる。……いや、それどころか。神である私の存在そのものが、再び凄惨な戦争を巻き起こす火種になることも否定できん」
静かな肯定。
ワンダもローラも、そのあまりにも理知的な回答に拍子抜けし、一瞬だけ目を泳がせた。その沈黙を破ったのは、一歩前へ出たディストだった。
ディスト: 「だったら……貴方にはここで死んでもらわなきゃ、僕たちは困るんだ。……ごめん」
ライト: 「フッ……」
ディストが最期に漏らした、戦いには不釣り合いな「ごめん」という言葉。それに反応し、ライトの黄金の瞳が僅かに和らぎ、一瞬だけ笑った。
その刹那。
ワンダ&ローラ&ディスト: 「うおぉぉぉ!!」
三機の気合が重なり、フユーンの静寂を叩き割った。三方向からの同時攻撃。決戦の火蓋が切られた。
ライト: 「来るがいい!!」
N・G・ライトの目が、獰猛なまでの輝きを宿す。
かつての神を倒した英雄の意志を継ぐ者たちと、再臨した絶対者。
時を越えた「神殺し」の物語が、今、再び動き出した。
先陣を切ったのはローラとディストだった。二機は左右から挟み込むように、鋭い踏み込みと共に正面からの格闘攻撃を繰り出す。
だが、N・G・ライトは微動だにせず、その「神の腕」を解放した。
突如として彼の右手が液状化したかと思うと、膨張し、蛇のようにしなやかに、そして爆発的な速度で伸長する。伸縮自在の駆動系。細く伸びた手は一瞬にして五メートルを超え、巨大な平手打ちとなって二機を襲った。
ローラとディストは、激突の寸前で機体を捻り、紙一重の回避を見せる。最初からこの反撃を予測していたかのような、一分の隙もない制動。
その間に、ライトの背後――死角となる上空には、既に最大出力までレーザーを充填しきったワンダが滞空していた。
ワンダ: 「いっけー! 最大出力ぅ!!」
放たれたのは、細い光条などではない。メダロットの胴体ほどもある極太の熱線。直撃すれば機能停止は免れず、たとえ掠めただけでも装甲を蒸発させる必殺の一撃。
だが、N・G・ライトは振り返ることさえしなかった。
ライト: 「……フンッ」
ライトが片腕を無造作に振り上げた。その装甲が不気味な赤黒い光を帯び、周囲の大気が震えとなって「ブルブル」と唸り声を上げる。
ライト: 「デストロイッ!」
振り下ろされた腕の軌道上に、空間を叩き割るようなエネルギー波が走った。
次の瞬間、真正面から迫っていたワンダのレーザーが、その衝撃波に飲み込まれ、霧散するように相殺された。
ワンダ: 「な、なんてデタラメなパワーしてんのよ……!」
絶叫。だが、ワンダの決死の攻撃は無駄ではなかった。わずかな「隙」。ディストはその刹那を逃さず、左腕の『エアスト』を突き出して突進した。
――ガシッ!
確かな手応え。しかし、ディストの猛攻は、ライトの片手によっていとも容易く、赤子の手を捻るように受け止められていた。
ライト: 「うむ……。良いパワーだ」
ディスト: 「ク、クソッ……! 攻撃が当たっても、ビクともしないよ……!」
ディストは即座にバックステップを踏み、追撃の圏外へと離脱する。
あろうことか敵から称賛に近い慰めを受け、ディストの内部回路は焦燥に焼かれた。自分たちは文字通り全力。対する神は、いまだ準備運動の範疇。
ライト: 「悪いが、あまり長引かせたくは無い……」
ライトの、先ほどとは逆の片腕が眩い白光を放ち始めた。
彼はゆっくりと、祈りを捧げるかのような動作でその手を天へと掲げる。腕が完全に純白の光へと化した、その瞬間。
ライト: 「サクリファイスッ!!」
―――ッ、ドォォォォォォォォォン!!
先ほどのワンダのレーザーなど比較にならないほどの、絶対的な破壊の光。
超高速の光軸がローラを射抜く。回避は不可能。ローラは咄嗟に「ダブレスト」を掲げたが、フォーパーツの誇る防御性能すら、神の一撃を前にしては脆弱な硝子細工に等しかった。
ローラ: 「な……っ!?」
衝撃波が障壁を貫通し、ローラの機体を後方へと激しく吹き飛ばす。
その弾き飛ばされた先。フユーンの天蓋の端――そこから先は、雲海へと続く虚空だった。
ディスト: 「ローラァーー!!」
ディストが絶叫し、地面を蹴った。
三機の中で最も速い自慢の脚部を励起させ、奈落へ消えゆく白銀の影を追う。間に合うか。いや、たとえ間に合ったとしても、その先には――。
ローラ: 「妾のことは気にするな! 今は目の前の敵に集中しろ!!」
ディスト: 「嫌だ! たまには〝僕が〟ローラを守るんだ!!」
命令の拒絶。ディストは加速を緩めない。
ローラの機体は既に要塞の端から五メートル以上外側の、宙空へと投げ出されていた。手を伸ばしたところで届くはずもない断絶。
ディスト: 「うおぉぉ!!」
ディストは、迷わず跳んだ。
放物線を描き、空中でローラの身体をがっしりと抱き留める。
ローラ: 「何をしている! これではお前も一緒に落ちてしまうぞ!!」
ディスト: 「僕がローラの下敷きになって落ちる! そうすればローラは無事だ!」
ローラ: 「それではディストが……」
ディスト: 「いいから!!」
激しい一喝。
これまでのディストであれば、ローラの言葉に諾々と従うだけだった。だが、今の彼の瞳には、一人の自立した戦士としての、そして「男」としての揺るぎない意志が宿っていた。
ローラ: 「…………馬鹿者が……」
ディストの抱擁の熱さと、その確かな成長を感じながら、ローラは落下を受け入れた。
二機の影は重なり合い、満月の下、白い雲海の底へと吸い込まれていった。
ワンダ: 「ディストォォ!! ローラァァ!!」
空を舞うワンダの悲鳴。
N・G・ライトは、残光を引いて消えた二人を感情のない瞳で見送り、冷淡に言い放った。
ライト: 「一応言っておくが、あれはあのディストスターしか間に合わなかっただろう。空中型の自分が行けばよかったなどと、自分を責める必要はないぞ」
無機質な慰め。ワンダは怒りに震え、神を激しく睨みつける。その射抜くような視線の奥に、ライトは何十年も前の、ある記憶の断片を見出した。
ライト: 「ん? ……思い出したぞ。たしか貴様は、宝条ルクのところにいた……あの忌々しい道化と同郷という事か」
―――メダロポリス。
ブラックメイル: 「しっかし、困ったもんだぁ~……ぞッ」
瓦礫の山と化した中央広場。ブラックメイルは、破壊された『英雄ジョーカード像』の大きな破片を片手に、深く重いため息を吐き出した。
ロケットランチ: 「さっきの空の光のことっスか?」
そのすぐ傍らで、復興作業の指示を待っていたロケットランチが、心配そうに空を仰いだ。彼が指しているのは、数刻前にフユーンの頂上から放たれた、N・G・ライト復活の衝撃。
だが、当然ながら地上にいる彼らには、あの光が「神の再臨」を告げるものであることまでは知る由もない。
ロケットランチ: 「う~ん……。一体、何が起こったんスかねぇ?」
ブラックメイル: 「違う、違う。オレが言ってんのは、この像のことだぁ~…ぞッ」
ブラックメイルの言葉に、ロケットランチは不思議そうに首を傾げた。像が粉々になったのは不幸な事故だが、平和になればまた作り直せばいい。そう言いかけようとしたロケットランチに対し、ブラックメイルは苦々しい声で「真実」を告げた。
ブラックメイル: 「この像にはな……二年前に死んだある男のメダルを、粉末にして材料に混ぜてあるんだぁ~…よッ」
ロケットランチ: 「二年前、死んだ……? まさか、ある男って……」
ロケットランチの目が驚愕に細まる。
この像は単なる石像ではない。かつて世界を消し去ろうとした道化――ヴァレンという男の、文字通りの『墓標』であり『器』であったのだ。
ブラックメイル: 「あぁ。だから破片は、絶対に漏れなく回収しなきゃならねぇんだ……って、ぬあ!?」
その時。ブラックメイルの懐に仕舞われていた『アレ』が、突如として咆哮を上げるかのように震えた。
装甲の隙間から漏れ出すのは、周囲の光をすべて飲み込むほどに濃厚な漆黒の輝き。それは意思を宿した生き物のように、ブラックメイルの手を振りほどいて宙へと浮かび上がった。
ロケットランチ: 「ブラックメイルさん!! こ、これは一体……!?」
ブラックメイル: 「くッ……黒メダリア! 何かの役に立つかも知れないっつって、エデンを出る前にビーストマスターに持ってけって言われたんだぁ~…ぞッ」
激しい放電。
宙に浮く黒メダリアを中心に、広場に散らばっていた英雄ジョーカード像の欠片が、磁石に吸い寄せられるようにして渦を巻き始めた。石の破片が幾重にも重なり、直径五十センチほどの巨大な黒い球体へと膨れ上がる。
―――シ、ィィィィィィィィン……ッッ!!
空間を圧迫するような重低音を残し、黒き光の塊は、南西の空――フユーンが浮かぶ方向を目指して、音速を超えた速度で飛翔した。
ブラックメイル: 「な、なんかヤバイィ~…ぞッ!!」
ブラックメイルの叫びを置き去りにして、黒い彗星は夜の帳を切り裂き、決戦の地へと向かって突き進んでいった。
―――空中要塞フユーン、天蓋。
仲間を失い、月光の下で独り取り残されたワンダは、絶望的な戦力差を前にしてもなお、その戦意を絶やしてはいなかった。
ワンダ: 「レーザー!!」
渾身の射撃。だが、放たれた黄金の熱線は、N・G・ライトが片手を僅かに動かすだけで、霧散するように打ち消された。
ライト: 「無駄だ」
ワンダ: 「私は諦めない……! アンタにだって、弱点や隙は絶対にどこかにあるはずよ!!」
排熱ファンを限界まで回し、ワンダが叫ぶ。対する神は、慈悲深い聖母のような、それでいて冷酷な笑みをその顔に浮かべた。
ライト: 「残念だが。パワー、スピード、知略……。神である私に、欠けたるところなど何処にも無いのだよ」
神の絶対的な完全性の宣言。
だが、その言葉がフユーンの静寂を塗り潰そうとしたその刹那、北東の空から「不吉な黒」が飛来した。
それは、大気を切り裂く轟音を伴い、流星の如き速度で迫り来る。
N・G・ライトは、その黒き光の正体を瞬時に悟ったかのように、ニヤリと口端を吊り上げた。
ライト: 「フッ……。来たか。〝血の気の多い若造〟が」
次の瞬間。
黒い光は回避の余地すら与えず、ワンダの機体へと一直線に突っ込んだ。
ワンダ: 「な……に……よ、これ……っ」
激しい放電。
ワンダの青い装甲が、渦巻く漆黒の粒子に包み込まれていく。その光景は、先ほどシャインが白き光に包まれた瞬間と対照的でありながら、同質の神々しさを放っていた。
黒き光はワンダを核として空中に留まり、夜の闇よりもなお深い輝きを放ち始める。
不意に。
その光の深淵から、かつての戦友たちが決して忘れることのなかった「声」が響いた。
『欠けたるところなど何所にも無い……? 嘘をつくな。お前にだって、欠けたるところはあるぜ』
N・G・ライトはその声を聞いても、驚きを見せなかった。
むしろ、この物語の最後のピースが揃うのを、心待ちにしていたかのような落ち着き払った態度で問いかける。
ライト: 「ほう。神である私に欠けたるところがあると? フン……それは何だ?」
ライトの小馬鹿にしたような問いかけに対し。
ワンダを包む黒き光は、静かに、けれど不敵に突きつけた。
『…………〝何気さ〟』
第三十五話【血の気の多い若造】終わり