第三十六話【再臨:黒翼の死神 ~REAPPEARANCE:Black Winged Death~】
ワンダの華奢な機体を包み込んでいた、吸い込まれるような黒き光がゆっくりと霧散していった。
光学センサーのノイズが晴れたとき、そこに立っていたのは、もはや「青い天使」ではなかった。
喜びとしてのイエローの足先。
憂いを帯びたブルーのボディだったワンダの面影は消え、黒と白を基調とした体。
そして、背中に生えたるは世の果てに似ている漆黒の羽。
『ハーッハッハッハッハ!』
〝彼〟は、広大な翼を一打ちして空気を叩き割ると、歓喜の
フユーンの天蓋を遥か眼下に臨む高度で上昇を止め、N・G・ライトを傲慢に見下ろしながら、その声を全方位へと響かせる。
『彩りましょう物語を』
――二年前、この世界の因果をかき乱し、運命を翻弄した男。
『みんなで防ごうイイ所取り』
――ド派手な初登場を果たし、衝撃的な退場までやってのけた、オイシイ所取りの貴公子。
『宝条ルクを愛で包み込む、何気なるギャンブラー』
――たった一人の人間の幸せのために、全メダロットの消滅を望んだ狂気の英雄。
『死神ヴァレン、ただいま参上!!』
彼の名は、ヴァレン。
黒き翼を広げたそのシルエットは、二年前の最終決戦の瞬間と、寸分違わぬ威容を湛えていた。
ただ一つ。以前の彼にはなかった「変化」があるとすれば、それは漆黒の左腕、その薬指にのみ許された、銀色の鈍い輝き。
ヴァレン: 「ボーイズ・ビー・アンビシャス!」
およそ一世紀前に実在したとされる伝説の怪盗の如く、ヴァレンは滞空したままノリノリで指先を突き出し、大仰なポーズを決めた。漆黒の翼が夜風にたなびき、芝居がかった駆動音が静寂を打つ。
ライト: 「貴様……。きちんと意味を理解して口にしているのだろうな?」
N・G・ライトは、気だるげに首を軋ませた。眼前に現れた不吉な死神を直視することさえせず、虚空を見つめたまま、低く冷ややかな声で尋ねる。
ヴァレン: 「何気に当たり前だろうが! 〝少年よ……〟」
ライト: 「………………」
ヴァレン: 「…………〝神話になれ〟?」
ライト: 「〝大志を抱け〟だ」
ヴァレンのあまりに初歩的な引用ミスに呆れたのか、あるいはこの局面で道化を演じ続ける彼の存在そのものに毒気を抜かれたのか。N・G・ライトの排熱ダクトから、深いため息が白煙となって漏れ出した。
ライト: 「……で? 貴様、何をしに来た」
言葉とは裏腹に、ライトの目はヴァレンに対して全くと言っていいほど興味を示していない。まるで道端に転がる石礫を検分するかのような、絶対的な強者の余裕。
ヴァレン: 「何をしに来たも何も……。前作の主人公が、何気にここで登場しないわけにはいかないだろ?」
ライト: 「……前作? 主人公? 相変わらず貴様の言動は、意味不明だ」
ヴァレン: 「そりゃあ、お前に〝何気さ〟が足りてない証拠だな。うん」
ヴァレンの放った「何気さ」という言葉。それは二年前のあの日、神を奈落へと突き落とした死神の口癖。
二機の間に、重苦しくもどこか抜けた沈黙が流れる。しかし、ヴァレンが不敵に口端を吊り上げた瞬間、その場の空気の「密度」が劇的に変質した。
ヴァレンは勢いをつけるようにして、背中の漆黒の翼を荒々しく羽ばたかせ始めた。
―――バサッ、バサッ!!
その羽ばたきが引き起こす衝撃波に呼応するかのように、N・G・ライトの表情から余裕が霧散した。
目の前にいるのは、単なる道化ではない。唯一無二、自分という「神」に対抗し、その
ライト: 「……来い。何だかんだと言いながらも、結局は神である私と戦うつもりなのだろう?」
ヒラリ、ヒラリと。
舞い遊ぶように、虚空から鎌のようなL字型の双剣が具現化し、ヴァレンの手に収まった。ライトの険しい顔とは対照的に、ヴァレンは未だにヘラヘラとした薄笑いを浮かべている。
深い憎しみを
それは、最愛の者のために舞台に上がり続ける、孤独な役者のようでもあった。
―――空中要塞フユーン、直下。
ディスト: 「あああぁぁぁぁ~~~!! 落ちるぅ~~~~!!」
ローラ: 「……自分から飛び込んだのだろうが」
二機の影は、重力に引かれるまま雲海へと真っ逆さまに堕ちていた。
飛び込んだ瞬間には勇気と熱情に溢れていたディストだったが、いざ冷気に晒され、加速する死の予感に直面すると、絶叫を上げずにはいられない。一方、そんなディストに抱かれたままのローラは、至極呆れたような目で空を仰いでいた。
ローラ: (先程までは、少しは男前だと思ったのだがな……)
未曾有の危機的状況であるはずだが、ローラの回路に焦燥はなかった。
何故か。答えは単純だった。彼女の高度な空間認識能力が、既に「救い」の接近を捉えていたからだ。
―――ゴゴゴゴゴゴ……!!
耳を
意識を集中させれば、眼下の雲を割り、鉄の巨躯が姿を現すのが見えた。
大戦艦『ノアの箱舟』。
決戦の地へと向かっていた戦友たちの乗る船が、寸分の狂いもなく二機の真下へと滑り込んできたのだ。
次の瞬間。
ディストとローラは、目に見えぬ「弾力」に包み込まれた。
――ポヨン、ポヨン……。
二、三回ほど柔らかな反発を繰り返し、凄まじかった落下の加速度が完全に殺される。足元を見れば、そこには淡い虹色の光を放つ透明な膜――反射の壁が、巨大なトランポリンとなって二人を受け止めていた。
ナギサ: 「跳ね返すだけではなく、受け止めることもできる……。そう、まさしく心と心が接し合う時のようにね……フフフ」
着地した場所は、ノアの箱舟の広大な甲板。二年前、死線を共にした場所。
そこにはパーティクルのナギサが、いつものように穏やかで爽やかな笑みを湛えて立っていた。
ディスト: 「ナ、ナギサさん……?」
ローラ: 「……すまない。世話をかけたな」
ナギサ: 「礼には及ばないさ。それよりも早く中へ。皆が君たちの到着を心待ちにしているよ……」
ナギサが優雅な仕草で、船内へと続く防護扉を指し示す。ディストとローラはその導きに従い、安堵の排熱を吐き出しながら一歩を踏み出した。
重厚な扉の向こうへ消えていく二機の背中を、ナギサは慈しむような眼差しで見送る。
ナギサ: 「ラヴドのメダロットが二度もここに入ってくるとはね。運命……デスティニーを感じるよ」
大天使は独り、満月の空を仰ぎ、詩を紡ぐように呟いた。
―――再びフユーン上空。
ヴァレン:「言っとくが今回は4分44秒なんてメンドクセー制限時間は何気に無いからな!」
宙で鮮やかに制動をかけたヴァレンは、眼下に佇むN・G・ライトへとビシッと照準を合わせるように指を突きつける。
ライト:「ちょうどいい…負けたときの言い訳にされては困るからな。」
対するN・G・ライトは、余裕に満ちた表情を崩さず、静かに口角を上げた。
ヴァレン:「ケッ……何気に口の減らないジジイだ!!」
ライト:「貴様に言われる筋合いは無い!」
落ち着いた態度を貫いていたはずのN・G・ライトだったが、あまりに見事な特大のブーメラン発言に対し、思わず余裕をかなぐり捨ててツッコミを入れざるを得なかった。
ヴァレン: 「あぁ~あ!! お前の顔を見てると、何気にムカついてくるぜ!! 今まさに吸い込んでコピーしようとした敵を、何気にヘルパーに倒された時の心境だな!!」
ライト: 「……何の話だ?」
漆黒の翼を羽ばたかせ、不規則な機動で空中を踊るヴァレンの放言に、N・G・ライトは心底不可解そうに問い返した。両者は依然として無傷のままだが、一触即発の熱量が火花となって散っている。
ヴァレン: 「……星のカービィスーパーデラックスの話だぁぁー!!」
絶叫と共に、ヴァレンが加速した。
L字型の鎌剣を逆手に構え、死角からライトの喉元へと肉薄する。神速の踏み込み。だが、ライトもまた黄金の瞳を冷たく光らせ、これを真正面から迎え撃つべく腕を掲げた。
ライトの装甲が眩い白光に包まれる。自身のパーツを対価として放たれる、絶対破壊。
ライト: 「サクリファイス――!!」
―――ド、ォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
街を一つ容易く滅ぼしかねない、極大のエネルギー同士が空中で正面衝突した。
衝撃波が夜空の雲を円状に吹き飛ばし、空中要塞フユーンの巨体さえもが圧力に激しく揺れる。激突の反動は等しく両機へと襲いかかり、ヴァレンとライトは糸の切れた人形のように、互いに逆方向へと激しく吹き飛ばされた。
ヴァレン: (チッ……! この糞ジジイがぁ……!)
ライト: (ぬぅ……。この糞道化が……!)
吹き飛ばされながらも、二機は戦いを止めない。
悪態をつき、睨みつけ、機体が砕けるまで戦い続ける。
そこに理由など存在しない。ヴァレンとN・G・ライトとはそういうものなのだ。この世界の「光」と「影」として産み落とされた宿命だけが、彼らに引き金を引き続けさせていた。
体勢を立て直し、再び激突せんとする二つの光条。
空中要塞の上空を舞台にした、何気なくも凄絶な「喜劇」は、夜の帳の中でさらなる加速を遂げていく。
第三十六話【再臨:黒翼の死神 ~REAPPEARANCE:Black Winged Death~】終わり