第三十八話【英雄】
傍観する。
かつての戦友であるヴァレンと、不倶戴天の敵N・G・ライト。その双方が、今の自分たちにとっては等しく排斥すべき『敵』である。竜が投げつけたその冷徹な宣告に、ディストは真っ向から食ってかかった。
ディスト: 「お竜さん……傍観って、ただ黙って見てるだけだよね?」
竜: 「はい……。見ているだけです」
極めて淡白に、そして
ディスト: 「なんでだよ!? じゃあ、僕たちは何をしにここまで来たんだ!!」
竜: 「では逆にお尋ねします。今、ここで私たちがあの中へ乱入したとして……。一体どちらが『味方』なのですか?」
ディスト: 「………………ヴァレン、じゃないの……?」
ディストの声は、歯切れが悪かった。それはかつてのチームメイトへの信頼からくるものではなく、単にN・G・ライトへの底知れぬ嫌悪感が消去法で選ばせた答えに過ぎない。竜はその揺らぎを、冷ややかな正論で斬り伏せた。
竜: 「……人間一人の幸せのために、私たち全メダロットを無に還そうとした男が、味方ですか? それならば……同胞を愛するがゆえに過激な行動へ走ったN・G・ライトの方が、まだマシというものです」
ディスト: 「で、でもさ!! 全てのメダロットを愛しているからライトが善人だって言うのは、変じゃないかな!? 会ったこともない、話したこともない。どこにいるかすら分からない誰かのために行動するなんて、僕には理解できないよ。……ヴァレンは確かに極端すぎた。でも……好きな人一人のために必死になって無茶しちゃう奴の気持ちの方が、僕は共感できるし……それが普通だと思うんだ!!」
竜: (……やれやれ、感情論ですか。ですが、一理ありますね……)
竜は猫背を僅かに折り曲げ、内心の毒を飲み込んでから答えた。
竜: 「そうですね……。身近な者と世界中の見知らぬ人々を天秤にかけたとき、大切な一人の方へと心が傾いてしまう。それは至極真っ当な情動でしょう。……逆に、会ったこともない相手さえも愛せるという者は、我らメダロットにとってはむしろ異端であり、時に予測不能な危険行動へと走る
ディスト: 「う……うぅ……」
論戦は、竜に軍配が上がった。ディストは自身の言葉によって、逆に竜の「どちらも救えない」という論理を補強する形となり、言葉を失って拳を握りしめた。
ディスト: 「タ、タイン……!」
ディストはすがるような思いで、唯一自分と同じく傍観に疑問を抱いているであろう男へと助けを求めた。
だが、グレインのタインは、腕を組みながらモニターに映る凄絶な火花を静かに凝視していた。そのセンサーの奥には、いつもの軽薄さはなく、一人の武人としての厳格な光が宿っている。
タイン: 「
ディスト: 「えっ?」
タイン: 「これはヴァレンとN・G・ライト……二人だけの、魂を懸けた漢の戦いだぜ。……この勝負を邪魔することは、俺はさり気に認めねぇ」
唯一の味方と信じていたタインからもたらされた、拒絶の美学。ディストはガックリと肩を落とし、拠り所を失って
その時。長い沈黙を貫いていた、深紅の悪魔が口を開いた。
レッド: 「…………コスモス…………」
リーブ: 「え?」
十二使徒の中でも一際口数の少ないレッドが発した、掠れた電子音。ブリッジにいた全員の視線が、一斉に彼女へと集中した。
レッド: 「…………目的…………」
コスモス。目的。
わずか二言。だが、それで十分だった。彼女と死線を共にしてきた相棒のリーブには、その言葉の裏にある「執念」が痛いほど伝わっていた。
リーブ: 「……せやな。レッドさんの言う通りや。僕らの目的は世界を救うこととちゃいます。……コスモスさんを取り戻すことや!」
ナギサ: 「おや? 皆の心の中にはコスモスしかいないのかい……? もしそうだとすれば、僕は悲しみの空へ投げ出されてしまうことになるね」
ローラ: 「ワンダも……だな」
ナギサのポエム交じりの嘆きを、ローラが低く重厚な声で補足した。救うべき対象。守り抜くべき絆。大義名分を剥ぎ取った後に残る、最も純粋な動機。
竜: 「その目的を果たす上では……。ヴァレンさんも、N・G・ライトも、排除すべき障害に過ぎません。……ディストさん、分かってください」
再び、全員の視線が最年少のディストへと注がれた。
ディストは顔を伏せたまま、震える拳を力任せに握りしめていた。迷いと、葛藤。やがて彼は、恐る恐る上目遣いでローラの顔を仰ぎ見た。
ローラ: 「ディスト……」
これまでにないほど、優しく穏やかな響き。
普段は厳格な戦士として、あるいは不器用な母性を持って接する彼女の顔に、この時だけは慈愛に満ちた柔らかな笑みが宿っていた。
その微笑みに、ディストの
守るべき者のために、情を捨てる。それが戦士としての「成長」なのだと、彼は理解した。
ディスト: 「分かったよ……。コスモスとワンダのために……。N・G・ライトと、ヴァレン……。二人を『敵』だと……思うようにするよ」
完全に納得できたわけではない。それでも彼は、自分に言い聞かせるように、震える声で決別を口にした。
―――空中要塞フユーン上空。
ヴァレン: 「ところでN・G・ライト。バグ技で『けつばん』を作る方法、何気に知りたいか?」
ライト: 「 ど う で も い い わ ! ! 」
月光を背負い、死闘を繰り広げているはずの二機だが、いまだその熱量は「本気」の域に達していなかった。むしろヴァレンの不真面目な振る舞いには拍車がかかり、N・G・ライトの苛立ちは限界を迎えようとしていた。
ライト: 「神である私にとって、この戦いは無意味だ。……そろそろ、目的を遂行せねばならぬ」
ヴァレン: 「じゃあ、さっさとオレに斬られろよ♪」
ヘラヘラとした薄笑いを浮かべたまま、ヴァレンが鎌剣を振り乱して突っ込む。ライトは眉間のアイセンサーを不快げに歪めると、滞空姿勢を強引に崩して急加速した。
ライト: 「……だが。本気でない貴様に、後れを取るつもりも無い!」
神の速度。ライトの右腕が、迎え撃つヴァレンの腹部を正確に捉え、物理的な衝撃がその内装フレームを叩いた。
ヴァレン: 「グッ……!!」
ヴァレンは後方へと大きく吹き飛ばされたが、空中で漆黒の翼を激しく羽ばたかせて制動をかける。
ヴァレン: 「ヘッ……。さっきから何気にポカスカ殴ってくれちゃってよ。……悪いが、全部何気にエクスタシーだぜ」
損傷の痛覚さえも愉悦に変える死神の不気味さ。ライトは溜息を吐き出すと、自身の胸元――器となっているシャインの機体を指差して、問いかけた。
ライト: 「貴様にも、目的があるのではないか? ――〝この女〟に、かつての貴様の姿を重ねて、興味が湧いたのではないかな?」
ライトが指す「この女」とは、自らに身体を提供しているF・G・シャインのことだ。主を復活させようと狂奔し、その器となった彼女の献身。それは、ルクという一人の人間のために世界からメダロットを消そうとしたヴァレンの過去と、残酷なまでに酷似していた。
ヴァレン: 「興味~? 馬鹿言ってんじゃねえよ。……オレの興味を何気に惹くのは、愛しの妻……」
ヴァレンが鎌剣を正眼に構える。
ヴァレン: 「……宝条ルクただ一人だ!!」
刹那、ヴァレンは手にしていた剣をライトに向けて力任せに放り投げた。ライトがそれを最小限の動きでかわすと、彼の背後の空間に、色彩豊かな巨大なトランプが具現化した。投げられた剣は吸い込まれるようにカードの中へと消え、ヴァレンが指をパチンと鳴らすと、再び彼の手元へと転送される。
戻ってきた剣をキャッチしたヴァレンは、左手の薬指に光る銀色のリングを、神へと見せつけるように掲げた。
ライト: 「……フン。その迷惑な女のお陰で、全メダロットが消えかけたというのに。だが、神である私はここで、貴様との共通点を見出したぞ。……貴様も悟ったのだろう? 人間とメダロットの共存は不可能だ。いずれにせよ、どちらかが消える運命なのだとな」
ヴァレン: 「人類だのメダロットだの……何気に興味ねぇよ。どっちも勝手に滅んどけ」
ヴァレンは翼を一打ちし、再び空高くへと舞い上がった。
ヴァレン: 「ルクが幸せなら、何気にそれだけでいいのさ!!」
急降下。愛という名の妄執を乗せた一撃。だが、感情を排したライトの黄金の瞳が、その隙を冷徹に射抜いた。
ライト: 「愚かな……」
ライトは紙一重でヴァレンの突進をかわすと、ガラ空きになった背中へと容赦なくデストロイの衝撃を叩き込んだ。
ヴァレン: 「ぐッ……!!」
ヴァレンの身体が垂直に叩き落とされ、フユーンの天蓋を貫いた。
轟音。要塞の上部構造が粉砕され、火花が夜の闇を照らし出す。動力源であるノルスのエネルギーにより浮上は維持されているものの、フユーンの傷跡は深まる一方だった。
ライト: 「どうした? ……〝ラヴドの英雄ジョーカード〟」
N・G・ライトは、自身が叩き落とした穴の底――瓦礫が山を成すフユーンの内部へ向けて、慈悲なき言葉を投げかけた。彼は再生を終えたばかりの白銀の腕を掲げ、不敵な笑みで眼下を見下ろす。
その時。暗い崩落跡の奥底から、地を這うような低い声が響いた。
ヴァレン: 「……俺を、その名前で呼ぶな」
―――バ、ガァァァァァァァンッ!!
爆発的な機動力で瓦礫を弾き飛ばし、漆黒の翼が暗闇から躍り出た。
再び天蓋へと舞い戻ったヴァレン。その瞳のセンサーは、先ほどまでのヘラヘラとした道化の光を完全に消失させていた。仮面の奥で燃え上がるのは、機体温度の急上昇による赤熱ではない。それは、あらゆる論理を焼き尽くすほどの、純粋な『殺意』と『愛』の炎。
ヴァレン: 「〝ラヴドの英雄ジョーカード〟は……二年前、何気に死んだぜ」
ヴァレンが鎌剣の柄を、指の金属が軋むほどに強く握りしめる。彼の周囲の空間が、溢れ出すメダフォースの余波で歪んで見えた。
ヴァレン: 「今、お前の目の前にいるのは……。〝宝条ルクただ一人の英雄、ヴァレン〟だッ!!!」
絶叫。
ヴァレンの身体が、一瞬で消失した。
初速から音速を突破した衝撃波がフユーンを揺らす。一筋の黒き閃光と化した彼は、ライトの予測さえも置き去りにする速度で肉薄した。
ライト: 「……ほう。それは失礼したな」
ライトの黄金の瞳が、歓喜に細まる。彼もまた全出力を解放し、迎え撃つべく加速した。
―――ズ、ドドドドォォォォォォォォンッッ!!!!!
満月を背景に、神と死神の全力が真っ向から正面衝突した。
凄まじい爆鳴と激しい光の濁流。衝突の衝撃波だけで空中要塞フユーンの巨体が高度を数メートルも沈ませ、周囲を旋回していた大戦艦『ノアの箱舟』が、物理的な圧に押されて強制的に後退させられるほどの猛烈な突風が吹き荒れた。
たった二体のメダロットによる激突。
それはもはや個体の決闘ではなく、小国と小国が全戦力を持って激突する「戦争」そのものの光景を、夜空のキャンバスに描き出していた。
決着の
第三十八話【英雄】終わり