第三十九話【 Night・God VS Nanigenaru・Gambler 】
もはや、己の力を秘匿し、抑え込む段階はとうに過ぎ去っていた。
空中要塞フユーンの天蓋。そこで繰り広げられる一撃一撃は、重厚な装甲を紙細工の如く歪ませ、その機動は残像さえも置き去りにする。
九年前、人類を終焉へと導いた神。そして、その神を深淵へと突き落とした死神。
二神の完全なる再臨が、月光の下で結実していた。
その神域の決戦を見守る、さらなる観測者がいた。
戦域の外縁、高度を保ちながら旋回する一台の軍用ヘリ。ローターの低く唸る音を背景に、青と黄色の二機の影が、眼下の惨状をアイセンサーに収めていた。
先刻、高速道路の出口を爆破し、二つの命を「削除」してきたばかりの、エデン国諜報員である。
セルヴォ: 「さてさてさてさて……。一体、どうなってやがんだ、ビート?」
ビート: 「……知らん」
数分前、ノアの箱舟のブリッジにいた者たちと全く同じ、救いようのない困惑。
だが、トゥルースのプロフェッショナリズムは、驚愕を長引かせることを許さない。セルヴォは僅か一秒で、目の前の異常事態を「任務」の枠組みから除外した。
セルヴォ: 「さて、まぁいいさ。俺たちの任務はあくまで〝F・G・シャイン〟の抹殺だ。N・G・ライトが甦ろうがジョーカードが舞い戻ろうが、何気に……いや、直接的には関係ねぇ」
冷徹なまでの実利主義。だが、その合理的判断を、現状の不透明さが阻んでいた。
セルヴォ: 「さて、……。しかしだ。肝心のターゲット、F・G・シャインは何処にいやがる?」
ビート: 「……知らん」
セルヴォ: 「デュオさんの話じゃ、カヲスもこの近辺にいるらしいんだが。そっちはどうだ?」
ビート: 「……知らん」
何を聞いても、返ってくるのは録音された音声の如き単調な拒絶。セルヴォは怠そうに戦場へと視線を戻した。セルヴォが持たぬ情報をビートが持ち合わせている道理はない。分かってはいても、その「知らん」の響きは、この不条理な状況への焦燥を煽った。
セルヴォ: 「さて、この仕事を始めて随分経つが……。ここまで意味の分からねぇ事態は、初めてだな、おい」
ビート: 「……知r……そうだな」
セルヴォ: 「…………。今、『知らん』って言いそうになったろ?」
ビート: 「……知らん」
セルヴォ: 「………………」
沈黙。
ヘリのキャビンに漂う無機質な空気。
その遥か高みでは、神と死神が、ついに殺し合いのボルテージを極限へと引き上げていた。
―
ヴァレン: 「何気に行くぜ! この
ヴァレンがパチンと軽快に指を弾くと、空間が不自然に歪み、彼の身の丈を越える巨大なトランプ数枚が魔法のように現れた。もう一度指を鳴らすと、カードは意思を宿したように整列し、一斉にN・G・ライトを包囲すべく突撃を開始した。
ライト: 「下らぬ芸だ」
ライトは眉一つ動かさず、白銀の右腕を静かに構えた。
ライト: 「所詮は道化のやる事だなッ!!」
ライトがその場で
だが、それが死神の仕掛けた『
ヴァレン: 「ナニゲラーーース!!!」
咆哮と共に現れたヴァレン。彼はカードの影を潜り抜け、ライトの脳天目掛けて鎌剣を振り下ろす。
ライト: 「フン……」
ライトは背後の気配を完全に読み切っていた。振り返ることなく、騎士剣の如き形状の腕でヴァレンの刃を真正面から受け止める。
金属の軋む音が響き、均衡が保たれたかに見えた。
ヴァレン: 「まだまだぁーー!!」
ヴァレンは不敵に笑うと、剣を押さえたまま右腕『マーブラー』をライトの脇腹へと押し当てた。
――ガシュンッ!!
マーブラーの装甲の下から、隠されていた複数の銃口が牙を剥く。
―――ドドドドドドドドドドッ!!
至近距離から放たれた無数の弾丸が、神の装甲を叩き、火花を散らせた。流石のN・G・ライトも、この密着状態での連射には抗いようがなく、その機体を僅かに揺らした。
ライト: 「チッ……!」
ライトは左腕を突き出し、ヴァレンを串刺しにせんと指先を伸ばす。だが、ヴァレンは既に背後に具現化した巨大なトランプの中へと滑り込み、その姿を消していた。
数メートル離れた空域に再びトランプが現れ、そこからヴァレンが何事もなかったかのように飛び出す。
神速の回避。だが、ライトはヴァレンが実体化した瞬間を見逃さなかった。彼の人差し指が弾丸のような速度で伸長し、ヴァレンの
ライトの腕は伸縮自在。遠距離においても、並の射撃機を凌駕する殺傷能力を維持していた。
ヴァレン: 「お~っとぉ!」
ヴァレンは空中で身を捻り、紙一重でその刺突を回避。
緩急をつけた機動でライトの周囲を飛び回り、
撃ち出されるマーブラーの弾丸、投げつけられるトランプ。だが、ライトはそのすべてを最小限の挙動で相殺し、死神の「大道芸」を冷徹に封じ込めていた。
ヴァレン: 「ラァーー!!」
ヴァレンが右腕を振り抜き、巨大なL字型の鎌剣を豪快に投げ放った。だが、その切っ先はN・G・ライトを向いてはいない。彼の正面に浮遊する巨大なトランプ――その絵柄の中へと吸い込まれるように、刃は消失した。
直後。ライトの周囲を囲むように展開された数枚のトランプから、投げられたはずの鎌剣が突如として飛び出した。
ライト: 「……ッ!」
ライトは最小限の機動でそれを回避する。しかし、空を切った刃は対角線上にある別のカードへとブラックホールの如く吸い込まれ、再び別の死角から、ランダムなタイミングで飛び出してくる。
さらにヴァレンは止まらない。手近なトランプの裏側へ向け、『マーブラー』のガトリングを斉射。放たれた弾丸の雨はカードの表面を突き抜ける代わりに別のカードへ転送され、ライトの機体各所を全方位から叩き始めた。
ライト: 「大道芸ならばよそでやれ!!」
ライトは幾分かの着弾による火花を散らしながらも、空間を舞う鎌剣の柄を、文字通り「神」の如き反応速度で掴み取った。そのまま力任せに腕を振るい、視界を遮るトランプの群れを一気に薙ぎ払う。
ヴァレン: 「この大道芸の代金は、何気に高いぜ!!」
トランプの残骸を切り裂き、ヴァレンが真正面から肉薄した。
その左腕には、純白の長刀『スバル』が抜身で握られている。漆黒の翼を畳み、加速の衝撃を乗せた一閃。鎌剣に比べれば威力は劣るが、その剣速はライトの予測を僅かに上回る。
ライトは自ら奪い取ったL字剣で『スバル』を受け止めた。激しい金属音が響き、均衡が保たれたかに見えた瞬間、ヴァレンは空中で身を翻し、奪われた自らの得物を力いっぱい蹴り飛ばした。
宙を舞う鎌剣。ヴァレンは即座に翼を広げて跳躍し、空中で再びその柄を自らの手に取り戻す。
パワーのN・G・ライト。
スピードのヴァレン。
比較すればそう分類できるが、実際には二機とも、この世界のあらゆるメダロットが到達できぬ次元の頂で、互いの鎬を削り合っていた。
ヴァレンは一気に急降下へと転じた。
狙うは不動のまま眼下に佇むN・G・ライトの正中線。
彼の頭脳では、この刹那に数千通りのシミュレーションが弾き出されていた。
――避けられた後の次撃。
――受け止められた際のカウンター。
――サクリファイスによる相打ちを仕掛けられた場合の、最小ダメージでの離脱。
いかなる盤面になろうとも、「勝ち」へ繋げる道筋は既に見えている。
だが。
この時、ヴァレンの予測は、唯一つの『不条理』だけを想定の枠外へと弾き出していた。
それは、自身の攻撃を遥かに上回る、文字通りの神威。
ふいに、N・G・ライトの身体を、静かな、けれど逃れようのない重圧を伴った青白いオーラが包み込んだ。
ヴァレン: 「……?」
その光を目にした瞬間、ヴァレンの脳裏に未知の寒気が走った。
かつてコスモスが、自らの身を砕いて放った究極の自壊奥義。
だが、今ここで発動されようとしているそれは、規模も、密度も、込められた意志の重みも、全く別の次元にあった。
ライトが黄金の瞳を細め、静かにその名を口にする。
ライト: 「 ジ ・ バ ク ! ! ! 」
―――シ、ィィィィィィィィン……ッッ!!!!!
夜の帳が、白濁した虚無へと塗り潰された。
第三十九話【 Night・God VS Nanigenaru・Gambler 】終わり