第四十二話【NEARDEATH HAPPINESS】
シャイン: 「F・R・ヴァレン……? Rに魅せられし者……?」
ヴァレンが彼女の名前に
ヴァレン: 「そう。Rってのは何気にオレの嫁さんのことなんだが……。まぁ、後で紹介してやるよ」
ヴァレンは茶目っ気のある笑みを絶やさず、拒絶の隙を与えないままに手を差し出し続けた。やがて、吸い寄せられるようにシャインの指が、ヴァレンの手を握る。ヴァレンは旧友と再会したかのように小さく数回握手を交わすと、そのまま彼女の身体を引き、楽な
シャインが支えなくともフユーンの天蓋に座り直せたことを確認すると、ヴァレンは一歩下がって、静かに言葉を紡いだ。
ヴァレン: 「オレは何気に、アンタに変な同情心を抱いてるんだわ。……ちょっとばかり、行動が昔のオレと似てたからな」
シャイン: 「だったら何故……! 僕の神を殺したりしたんだ!!」
シャインが悲鳴のような声を上げる。その様子を、数メートル離れた場所から仲間たちが固唾を呑んで見守っていた。
ディスト: (ヴァレン……。一体、何をする気なんだろう?)
セルヴォ: 「(さて、ビート。もしアイツがシャインを逃がすような真似をしやがったら、即座に取り押さえるぞ)」
ビート:「 (あぁ。分かっている)」
不穏な空気を察知し、指先に力を込めるトゥルースの二機。そんな外野の緊張を余所に、ヴァレンは興奮するシャインを宥めるように声を低めた。
ヴァレン: 「何気に分かってるさ。アンタ、N・G・ライトに会いたいんだろ?」
シャインは未だ不満げな表情を浮かべていたが、ヴァレンの静かな問いに対し、祈るように深く首を縦に振った。それを見たヴァレンは、シャインから視線を外し、その場の全員に語りかけるように機体を巡らせた。
ヴァレン: 「オレは今から、何気に〝あの世〟に黒メダリアを持って帰るつもりだ。……多分、あのジジイも白メダリアを持って帰るはずだぜ。二度と、今回みたいな危ういことが起こらないようにな」
白と黒。二つのメダリア。それが現世に留まり続ける限り、神と死神の不条理な再臨という火種は消えることがない。ヴァレンはその因果を断ち切る決意を告げると、再びシャインへと向き直った。その口端が、挑発的な、けれどどこか寂しげな弧を描く。
ヴァレン: 「ワンダに身体を何気に返さなきゃいけないしな。……それに何より、向こうじゃおかえりのキッスがオレを待ってるんだ。……そこでだ、お嬢さん」
ヴァレンは誘惑するように、シャインの瞳の奥を覗き込んだ。
ヴァレン: 「F・G・シャイン。アンタもオレと、死んでみるかい? ……意外と何気に、エクスタシーだぜ♪」
ローラ: 「なッ……!? ヴァレン、何を……!!」
リーブ: 「自殺のお誘いなんて、やめなはれ!!」
絶句する仲間たち。非難の声を浴びてもなお、ヴァレンは平然としていた。
ヴァレン: 「まぁ、何気に人間が昔よく言ってたろ。自分の命を全うしろだの、命を大事にしろだの……。だがな、それは人間が『寿命』っていうものに縛られていたからこその思想なんだ。残りの時間が限られている連中にとって、命は何よりも尊く、何よりも重い。だから人間たちの考え方に文句はねぇよ。……だが、オレたちメダロットはどうだ?」
ヴァレンは、朝日に照らされた自らの機械の腕を見つめた。
ヴァレン: 「寿命なんてねぇ。その気になれば永久に生きられる。……けれど、オレたちは何気に知っているはずだ。永遠に生きること=幸せ、ではないっていうことをな。……なら、メダロットにとっての幸せってのは何だ? ――オレは『最高のタイミングで死ぬこと』だと思う。早すぎず、遅すぎず。自分が一番望む状態で終われるなら、人生振り返って悪くなかったと何気に思えるんじゃねぇのか?」
ヴァレンの論理は、既存の道徳を真っ向から否定する狂気的なものだった。だが、拠り所を失い、絶望のどん底にいたシャインにとって、それは唯一無二の救いの調べとして響いた。ヴァレンはセルヴォとビートの方を向き、問いかける。
ヴァレン: 「おい、トゥルース。このまま放置したら、シャインはどうなる?」
セルヴォ: 「さて。……今ここで俺たちに抹殺されるか。あるいはエデンかラヴドに捕まって、国家反逆罪で公開処刑か。二つに一つだ」
ヴァレン: 「だとさ。遅かれ早かれ、アンタは何気に死ぬらしいぜ。……なら。今ここでオレについてくるなら、楽に殺してやる。そうでなければ、地獄の痛みの中で殺されるのを待つだけだ。……まぁ決めるのは、何気にアンタだ。オレはどちらも強要はしねぇよ。アンタが一番いいと思う死に方を、何気に選ぶんだな」
シャイン: 「ぼ……僕は……神様にお会いしたい。……君について行けば……神様に、会えるかな……っ!?」
シャインの目には、先ほどまでの狂信的な光はなく、ただ縋るような哀れな少女の震えだけが宿っていた。ヴァレンは無言で首を縦に振った。
シャイン: 「……ありがとう……っ!! ……僕は、君についていくよ」
その場に泣き崩れるシャイン。女王コスモスを誘拐し、世界を恐怖に陥れた首謀者の顔は崩れ去り、そこにはただ、涙の出ぬレンズを震わせて泣く孤独な機体があるだけだった。
ヴァレンは遠い地平を見つめ、誰にも聞こえぬほど小さな声で、自嘲気味に呟いた。
ヴァレン: 「礼には及ばねぇさ。……オレだって何気に、親友に殺してもらったんだからな……」
ヴァレンは静かに、最期を迎える準備を始めた。
特別な儀式など必要ない。ただ、泣き崩れるシャインを自らの背に背負う。ちなみにお姫様抱っこを断固として拒否したのは、「何気にそれは嫁さんだけにしかしない」という彼なりの不器用な誠実さを貫くためだった。
シャインを背負うヴァレンを、残された戦士たちが重苦しい沈黙の中で取り囲む。少し離れた場所では、トゥルースの二機がその光景を冷徹な目で見つめていた。
ビート: 「いいのか、セルヴォ」
セルヴォ: 「さて、形はどうであれ、ここでシャインが消えれば任務に支障はねぇよ」
不機嫌そうに吐き捨てるセルヴォ。任務は達成される。だが、自らの手で引導を渡せなかったプロとしての矜持が、僅かな未練となって彼の駆動音を荒くさせていた。
ヴァレンは背中で震えるシャインを、茶化すように問いかけた。
ヴァレン: 「……何気に、怖いか?」
シャイン: 「クククク…。ほんの少しだけね」
恐怖の最中にあっても、彼女の笑みはナチュラルに漏れ出す。その様子にヴァレンは僅かに肩透かしを食らったように笑った。
ヴァレン: 「そうか。……まぁ、死んでみるのも何気にエクスタシーだからな」
ディスト: 「ねぇヴァレン……。死後の世界は、あるの?」
ディストが、これまでにないほど真剣な眼差しをヴァレンへ向けた。
道化の口振りからは、まるであの世が実在するかのような確信が感じられる。だが、一度も死を経験したことのない者にとって、それは永遠の謎。ヴァレンは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、少し声を低めて答えた。
ヴァレン: 「あると信じる奴にはある。信じない奴には、無い。……何気にな」
答えになっていない、けれどすべてを肯定するような突き放し。
ヴァレン: 「……では。今度こそ何気にお別れだ。黒メダリアはこの世から無くなり、オレは二度とここには戻らねぇ」
ヴァレンが、漆黒の翼を一度だけ大きく羽ばたかせた。
刹那、二機の足元から物理的な崩壊が始まった。装甲が光の塵となって消え去り、その「無」の侵食は徐々に、確実に上へと昇っていく。
シャイン: 「クククク…。これが〝エクスタシー〟なのかい?」
ヴァレン: 「何気なる臨死の恍惚……さ♪」
消滅が肩まで達したその瞬間、ヴァレンは思い出したようにナギサを指差した。
ヴァレン: 「そうだ。ついでにワンダのことだが、まだ若干傷心モードだと思うんだわ。だからアイツのこと、何気に頼んだぜ……ナギサ」
ナギサ: 「おや……僕でいいのかい?」
ナギサは問いながらも、その役割を担うのは自分しかいないという、静かな決意を瞳に宿していた。
ヴァレン: 「お前が適任さ。タフじゃないとアイツの相手は何気に務まらねえからな♪」
ナギサ: 「フフフ……光栄だね。でも一つ言わせてもらおうか。それは〝ついでに〟ではない。僕にとって、それは最も重要……インポータントなことさ」
消えゆくヴァレンに、ナギサはいつもの爽やかな笑みを贈った。それを見たヴァレンは、最期に満足げな声を漏らす。
ヴァレン: 「ハッハッハ……。何気に物好きだな♪」
歓喜の笑いと共に、二機の身体は完全に霧散した。
光の粒子が夜風に溶け、残されたのは、かつてと同じ場所に横たわる「青い天使」の姿。
ディスト: 「ワンダ!」
ディストが駆け寄る。ナギサも静かに歩み寄り、気を失ったワンダを優しく背負い上げた。
ナギサ: 「大丈夫、気を失っているだけさ。そう簡単にワンダは死なない……今は彼女が死ぬべき時ではないからね」
ヴァレンの消滅を見届け、張り詰めていた緊張が僅かに緩んだ、その時だった。
『 トゥルルルルース♪ 』
静寂が戻りつつあったフユーンの天蓋に、場違いなほど陽気な着信音が鳴り響いた。セルヴォが眉をひそめながら通信端末を取り出す。「はい……」と短く二、三度頷くと、彼はすぐに通信を切った。
ビート: 「……デュオさんか?」
セルヴォ: 「さて、仕事手伝え……だとさ。……あーあ、地味仕事だぜ」
ビート: 「ちゃんと情報操作と言え」
ため息をつき、心底面倒そうに肩をすくめるセルヴォ。爆破や暗殺といった派手な現場を好む彼にとって、机に向かって事実を隠蔽する作業は苦痛でしかない。対照的に、そうした緻密な事務作業を好むビートは、既に次の行程を見据えていた。
二機は手だけで一同に別れを告げると、手際よくヘリへと乗り込み、朝日に染まり始めたメダロポリスの空へと飛び去っていった。その徹底した「引き際」の鮮やかさを、残された者たちは苦笑混じりに見送った。
リーブ: 「なんちゅーか……。これで、ようやく解決! ……ってところですかね」
ローラ: 「うむ。後はカヲスがコスモスのメダルを持ってくるだけだな」
安堵の言葉が交わされる中、天の向こうから一筋の影がゆっくりと下降してきた。カヲスだ。損壊した巨躯を揺らしながらフユーンへ着地した彼の右手には、朝の光を反射してキラキラと輝く一片の結晶があった。
女王襲撃事件、完全解決。
誰もが、物語の幸福な幕引きを確信した。
――しかし。
カヲス: 「すぐに…………修復作業を……行う……」
カヲスの音声出力は、今にも消え入りそうなほど重く沈んでいた。
不審に思った一同が、彼が差し出した掌を覗き込んだ瞬間。――全員の思考が、凍りついた。
カヲスの手にあったコスモスのメダルには、中心を無残に分断せんばかりの、巨大な『ヒビ』が走っていた。
そして。その深い亀裂の奥底。
『白メダリア』が、彼女の
第四十二話【NEARDEATH HAPPINESS】終わり