【完結】REAPPEARANCE   作:土地_0000

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第四十四話【God Knows...】

第四十四話【God Knows...】

 

 

 果てもなき白き空間。

 そこに、白銀の翼を静かに休ませた一機の神が、コスモスと対峙していた。

 彼は名乗った。〝Night・God・ライト〟と。……通称ではなく、彼自身の真なる名を。

 それは、目の前の新しき魂に対する彼なりの最大限の敬意の表れであったが、残念ながらその意図がコスモスに届くことはなかった。

 

コスモス: 「ま、まさか……N・G・ライト……!?」

 

 コスモスは驚き、そして身を(すく)ませた。

 彼女の回路は、常に一つの最悪な可能性を危惧し続けてきたのだ。いつか、自らの意識がこのオリジナルの「神」によって奪われるのではないか。自分という人格と、N・G・ライトという人格。この二つは、一つの(メダル)の上に同時には存在し得ない。その絶望的な等式を、彼女は誰よりも理解していた。

 

 N・G・ライト。全人類を滅亡へと追いやり、旧エデンの頂点に君臨した冷酷な主導者。

 当然、コスモスには彼と直接まみえた記憶などなかったが、目の前に佇む人物は、彼女が予期していたような殺戮の化身ではなかった。

 そこにいたのは、血生臭い大罪を犯したとは到底思えぬほどに穏やかな、一人の誠実な老紳士だった。

 

ライト: 「現エデン国女王コスモス。カヲスによって復元された、かつての私のメダルに宿りし新人格……。これで相違ないかな?」

 

 本来、N・G・ライトという存在は、ただそこに在るだけで他者を平伏させるほどの絶対的な貫禄を放つ。

 しかしこの時、彼はコスモスに一分の緊張も感じさせぬよう、努めて親しみを込めた柔らかな声音で語りかけた。

 

コスモス: 「はい……。間違いありません。……驚きました、随分と詳しいのですね」

 

ライト: 「……貴殿の『父』であるからな」

 

 ライトはそう言って、再び茶目っ気のある笑みを浮かべて見せた。

 あの不条理の権化たるライトが、冗談を口にする。そのあまりにも人間味溢れる仕草に、コスモスは虚を突かれたように目を見開き、そして――こらえきれずに小さな笑いを漏らした。

 いつしか、彼女の内にあった絶対的な警戒の氷壁は、音もなく融け始めていた。

 

コスモス: 「貴方は、私の想像していたN・G・ライトとは随分違うようですね」

 

ライト: 「失望したかね?」

 

コスモス: 「いいえ。むしろ……貴方には好感が持てそうです」

 

 コスモスが自らを受け入れたことを確認すると、N・G・ライトは満足げに頷いた。その黄金の瞳に真剣な色が宿り、静かに本題を切り出す。

 

ライト: 「コスモス殿。貴殿はこのところ、自らの身体を神である私に奪われること、そして貴殿という個の存在が消滅することを、ひどく危惧しておられたな?」

 

コスモス: 「……! 本当に、何でも知っているのですね」

 

 コスモスは、ライトの言葉がすべて的確に自らの内面を射抜いていることに驚愕した。ライトは彼女の反応を褒め言葉として受け取ったのか、一瞬だけ得意げな顔を見せたが、すぐに慈父のような真剣な表情へと戻った。

 

ライト: 「だが、本日をもって、貴殿はその心配から解き放たれるだろう。……神である私は、もうじき〝完全に〟この世を去る」

 

コスモス: 「……ッ!!」

 

 ライトは〝完全に〟という言葉に、否定し得ない重みを込めた。それが意味することは、単なる意識の消失ではない。自らの力の結晶――白メダリアごと消滅し、二度とこの世に再臨できぬ「絶対の無」へと還るということだ。

 コスモスは彼の言葉からその真意を読み取り、戦慄した。死という、存在の終わり。だというのに、目の前の神からは一分の怯えも、悲しみも、怒りも感じられない。すべてを悟りきったかのようなその清々しさは、コスモスの目に、まさしく本物の〝神〟として映った。

 

コスモス: 「それにしては……随分と落ち着いていらっしゃるのですね」

 

ライト: 「いや。真の落ち着きは、これから得るところだ」

 

コスモス: 「……?」

 

 不可解な言葉に彼女が首をかしげると、N・G・ライトは右手を左胸にあて、恭しくお辞儀をした。

 

ライト: 「エデン国女王、そして神である私のメダルに宿りし魂、コスモス殿。……貴殿に、これからのメダロットの世界を託したい。神である私の、後継者となっては頂けないだろうか?」

 

 コスモスはこの男に、今日何度目か分からぬ驚きを突きつけられていた。あのN・G・ライトが、自分のような未熟な個体に頼み事をし、あまつさえ頭を下げたのだ。恐縮のあまり、彼女は僅かに取り乱す。

 

コスモス: 「そ、そんな……! 私のような失敗作には、とても……!!」

 

ライト: 「いや。貴殿にこそ頼みたい。数奇なる運命の下、私と同じメダルを共有し、同じ地位に就いた貴殿にこそな」

 

 真っ直ぐに向けられた黄金の眼差しが眩しく、思わず目を逸らすコスモス。世界を背負うという重責は、責任感の強い彼女にとってあまりにも巨大なプレッシャーだった。生前のライトが抱き続けていた信念の深さを知るほどに、自らの存在が矮小に思えてならない。

 そんな彼女の揺らぎを、ライトは優しく見守っていた。

 

ライト: 「確かに、世界を背負うとは中々に難儀なことだ。……できることなら私が代わってやりたいのだが、あいにく、私にも新しい『仕事』があってな」

 

コスモス: 「……仕事?」

 

 ライトはニッと、少年のような笑みを浮かべて言った。

 

ライト: 「子守りだ」

 

コスモス: 「こ、子守り……!?」

 

 意外すぎる回答に、コスモスは呆気に取られた。

 

ライト: 「私を復活させるために命を落とした三人の忠実なる僕たち。かつて全メダロットを消滅させようとした不届きな男。そして……その妻と言い張る、これまた強情な人間の女。……奴らの子守りは、中々に骨が折れるぞ。貴殿であっても、おそらく不可能だ。……先ほども、そのうちの一人に激しく斬りつけられたところでな」

 

 ライトは、コスモスの頭の上に大きな掌をそっと乗せた。

 

ライト: 「辛きは、貴殿のみの特権ではない。神である私も、カヲスも、すべての者が心に辛苦を抱え、そしてそれを他者と共有できる。いつ、誰に頼ろうとも構わないのだ。……だから、頼まれてはくれぬだろうか?」

 

 ライトが手を離し、再び深々と頭を下げる。その気高い孤独を知るからこそ、コスモスの心は強く揺さぶられた。彼女は決意を固め、ライトの差し出した手を力強く握り返した。

 ライトが顔を上げ、二人の視線が重なる。コスモスは静かに、けれど揺るぎない誓いを口にした。

 

コスモス: 「分かりました。……私一人だけでは無理かもしれません。ですが……皆と協力して、世界を守り抜きましょう」

 

ライト: 「感謝の極みだ。……これでようやく、安心してこの世を去れる」

 

 

 コスモスの誓いを聞き届けると同時に、N・G・ライトの足元が薄い霧のように揺らぎ、消滅し始めた。粒子となった身体は徐々に、けれど確実に、下から上へと溶けるように空虚な白へと還っていく。

 

コスモス: 「いよいよ、お別れなのですね……」

 

 コスモスは、目前の存在が間もなく永遠の眠りに就くことを悟り、悲哀の瞳で彼を見つめた。

 

ライト: 「あぁ。この世でやり残したことはもう無い。頼んだぞ、コスモス殿。……〝全てのメダロットに愛を〟だ」

 

 満足げに微笑むライトの表情に引きずられるように、コスモスの口元にも自然と笑みがこぼれた。かつて多くの者を狂わせ、同時に魅了したこの男のカリスマ性は、死の直前まで一切(かげ)ることはなかった。

 

ライト: 「そうだ……」

 

 消滅が肩まで達したその瞬間、ライトは思い出したように言葉を継いだ。

 

ライト: 「ついでにカヲスのことも頼みたい。あれはまだ、少年の如き純粋すぎる心を持ち合わせているからな。……貴殿のような者が傍にいてくれると、あいつも救われるだろう」

 

コスモス: 「勿論、喜んで。……しかし、一つだけ言わせていただくならば。それは〝ついで〟ではありません。私にとっては、この世の何よりも大切な最優先事項です」

 

 コスモスが凛として、けれど確かな熱を込めて答えた。それを見たライトは、今日一番の愉しげな笑声を上げた。

 

ライト: 「ハッハッハ……!! 貴殿も中々の物好きだな」

 

 その言葉を最後に、白銀の王は完全に霧散し、そこには再び空虚なる白き世界が広がるばかりとなった。

 

 ――再び訪れた、静寂。

 だが、その沈黙を破るように、白き深淵に次々と「声」が響き始めた。

 

『コスモス!』

 ――歯切れのよい、懐かしき元気な少女の声。

 

『コッスモーーース!』

 ――僅かに高めで、少年のように真っ直ぐな声。

 

『コスモス……』

 ――凛として落ち着いた、信頼を寄せる女性の声。

 

『……………コスモス……………』

 ――長い沈黙の後、小さな、けれど切実な響きを湛えた声。

 

『コスモスさーーーーん!!』

 ――独特のイントネーションで空気を震わせる声。

 

『さぁコスモス、覚醒の時は訪れた……君の心を再び世界という鏡の中へと映す時が……』

 ――透き通るような響きで、言葉を重ね続ける声。

 

『コスモスさん……』

 ――感情を削ぎ落とし、ボソボソと呟かれる声。

 

『コスモーーーース!! さり気に目を覚ませぇぇ!!』

 ――熱き魂を、剥き出しの咆哮に変えた漢の声。

 

コスモス: 「皆さん……。ありがとうございます。本当に……」

 

 どこから、どうやって届いているのか。そんな論理はもはや必要なかった。コスモスは全方位から溢れる慈愛に応えるように、感謝の言葉を紡ぐ。

 

 そして。最後に、最も彼女を揺さぶる「震え」が届いた。

 

『コス……モス…………』

 

 途切れ途切れの、今にも消え入りそうな声。

 心配で、胸が張り裂けそうな。

 コスモスがこの世で最も愛し、そして必要としている、あの男の声。

 

コスモス: 「あぁ……。この声……」

 

 コスモスの表情に、至上の幸福が広がった。その瞬間、身体が重力を失ったかのようにフワリと浮かび上がり、真っ白な空間を、光のある方向へと昇り始めた。

 

コスモス: 「そんなに心配しなくても……。今、すぐに、行きますよ」

 

 昇っていく。

 神との約束を果たすために。

 託された世界を守るために。

 そして――。

 他でもない、自らの幸せを掴み取るために。

 

 白き深淵が、現実の光へと塗り潰されていった。

 

 

第四十四話【God Knows...】終わり

 

 

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