第四十四話【God Knows...】
果てもなき白い空間。
そこに、白銀の翼を休ませた一機の神が、コスモスと向かい合っていた。
彼は自らを、〝Night・God・ライト〟と名乗った。
コスモス:「ま、まさか……N・G・ライト……!?」
コスモスは思わず身を
いつか、N・G・ライトが自らの身体を奪い、自分という人格が消えてしまうのではないか。
彼女はずっと、そう恐れていた。
N・G・ライト。
全人類を滅亡へと追いやり、かつてエデンの頂点に君臨した存在。
当然、コスモスに彼と直接会った記憶などない。
だが。
目の前に立つその姿は、彼女が想像していたものとは随分違っていた。
そこにいたのは、穏やかに微笑む一機の老紳士だった。
ライト:「現エデン国女王コスモス。カヲスによって復元された、かつての私のメダルに宿りし新人格……。これで相違ないかな?」
コスモス:「はい……。間違いありません。……驚きました、随分と詳しいのですね」
ライト:「……貴殿の『父』であるからな」
コスモス:「…………」
一瞬。
コスモスは呆気に取られた。
そして、小さく笑った。
コスモス:「貴方は、私の想像していたN・G・ライトとは随分違うようですね」
ライト:「失望したかね?」
コスモス:「いいえ。むしろ……貴方には好感が持てそうです」
ライトは満足げに頷いた。
そして、静かに本題へ入る。
ライト:「コスモス殿。貴殿はこのところ、自らの身体を神である私に奪われること。そして貴殿という個の存在が消滅することを、ひどく危惧しておられたな?」
コスモス:「……! 本当に、何でも知っているのですね」
コスモスが驚く。
ライトは一瞬だけ得意げに笑ったが、すぐに表情を戻した。
ライト:「だが、本日をもって、貴殿はその心配から解き放たれるだろう。……神である私は、もうじき〝完全に〟この世を去る」
コスモス:「……ッ!!」
〝完全に〟。
その言葉に込められた意味を、コスモスは感じ取った。
今度こそ。
本当の別れなのだと。
コスモス:「それにしては……随分と落ち着いていらっしゃるのですね」
ライト:「いや。真の落ち着きは、これから得るところだ」
コスモス:「……?」
コスモスが首を傾げる。
ライトは右手を胸元へ添え、恭しく頭を下げた。
ライト:「エデン国女王。そして、神である私のメダルに宿りし魂、コスモス殿。……貴殿に、これからのメダロットの世界を託したい」
コスモスの表情が強張る。
ライト:「神である私の、後継者となっては頂けないだろうか?」
コスモス:「そ、そんな……! 私のような失敗作には、とても……!!」
ライト:「いや。貴殿にこそ頼みたい」
ライトは真っ直ぐにコスモスを見る。
ライト:「数奇なる運命の下、私と同じメダルを共有し、そして同じようにエデンを率いる立場となった貴殿にこそな」
コスモスは思わず視線を逸らした。
世界を背負う。
その重さを思うだけで、自分があまりにも小さく感じる。
そんな彼女を、ライトは静かに見つめていた。
ライト:「確かに、世界を背負うとは中々に難儀なことだ。……できることなら私が代わってやりたいのだが、あいにく私にも新しい『仕事』があってな」
コスモス:「……仕事?」
ライトが、どこか少年のように笑った。
ライト:「子守りだ」
コスモス:「こ、子守り……!?」
ライト:「私を復活させるために命を落とした三人の忠実なる僕たち。かつて全メダロットを消滅させようとした不届きな男。そして……その妻と言い張る、これまた強情な人間の女」
コスモス:「…………」
ライト:「奴らの子守りは、中々に骨が折れるぞ。貴殿であっても、おそらく不可能だ。……先ほども、そのうちの一人に激しく斬りつけられたところでな」
コスモスは困ったように笑った。
ライトはその頭へ、大きな掌をそっと乗せる。
ライト:「辛苦を抱えるのは、貴殿だけではない。神である私も、カヲスも、すべての者がそれぞれに何かを背負っている」
コスモスが顔を上げる。
ライト:「そして、それを誰かと分け合っても構わないのだ。いつ、誰に頼ろうともよい。……だから、頼まれてはくれぬだろうか?」
ライトは手を離し、再び頭を下げた。
コスモスはしばらく、その姿を見つめる。
そして。
差し出された手を、力強く握り返した。
コスモス:「分かりました。……私一人だけでは無理かもしれません。ですが……皆と協力して、世界を守り抜きましょう」
ライト:「感謝の極みだ。……これでようやく、安心してこの世を去れる」
その言葉と同時に。
N・G・ライトの足元が、白い霧のように揺らぎ始めた。
身体が少しずつ、下から上へと白い空間へ溶けていく。
コスモス:「いよいよ、お別れなのですね……」
ライト:「あぁ。この世でやり残したことはもう無い。頼んだぞ、コスモス殿。……〝全てのメダロットに愛を〟だ」
ライトが満足げに笑う。
コスモスも、自然と笑みを返した。
ライト:「そうだ……」
消えゆく身体が肩口まで達した時。
ライトが思い出したように言葉を続ける。
ライト:「ついでにカヲスのことも頼みたい。あれはまだ、少年の如き純粋すぎる心を持ち合わせているからな。……貴殿のような者が傍にいてくれると、あいつも救われるだろう」
コスモス:「勿論、喜んで。……しかし、一つだけ言わせていただくならば。それは〝ついで〟ではありません」
コスモスは、まっすぐライトを見る。
コスモス:「私にとっては、この世の何よりも大切な最優先事項です」
ライト:「ハッハッハ……!! 貴殿も中々の物好きだな」
その言葉を最後に。
N・G・ライトの姿は、完全に白の中へ消えていった。
再び訪れた、静寂。
だが。
その静けさの中に。
次々と声が響き始めた。
『コスモス!』
『コッスモーーース!』
『コスモス……』
『……………コスモス……………』
『コスモスさーーーーん!!』
『さぁコスモス、覚醒の時は訪れた……君の心を再び世界という鏡の中へと映す時が……』
『コスモスさん……』
『コスモーーーース!! さり気に目を覚ませぇぇ!!』
コスモス:「皆さん……。ありがとうございます。本当に……」
どこから聞こえているのか。
どうして届いているのか。
そんなことは分からない。
それでも。
コスモスには、その声が誰のものなのか分かっていた。
そして。
『コス……モス…………』
最後に一つの声が届いた。
途切れ途切れで。
今にも消え入りそうで。
それでも誰よりも強く、自分を呼んでいる声。
コスモス:「あぁ……。この声……」
コスモスの表情が、ゆっくりと綻んだ。
その身体が、白い空間の中をふわりと浮かび上がる。
どこか遠く。
光のある方向へ。
コスモス:「そんなに心配しなくても……。今、すぐに、行きますよ」
コスモスは昇っていく。
神との約束を果たすために。
託された世界を守るために。
そして――。
他でもない、自らの幸せを掴み取るために。
白き深淵が、現実の光へと塗り潰されていった。
第四十四話【God Knows...】終わり