最終話【 I 】
「あの戦争を引き起こした罪を償わせるべきだ!!」
「隠密裏に処刑すべきではないか?」
「待て、今回の襲撃事件における彼の功績をどう評価するつもりだ」
「彼が動かずとも、いずれコスモス女王は救われていたはずだ」
「楽観的な。メダルの精密修復を行える技術者など、今の世界には彼をおいて他にいないのだぞ」
「いずれにせよ、公式には死亡したと公表されている身。ならば、その記録に従って死んでもらうのが最も合理的ではないかね」
エデン国、ラヴド国双方の上層部から、矢の如き意見が飛び交う。
傍聴席に座る十名の戦士たちには、この場での発言権は与えられていない。彼らにできるのは、中央に立つ白き龍の背中を、固唾を呑んで見守ることだけだった。
そして。現エデンの象徴たるコスモスもまた、実質的な発言権を封じられていた。カヲスに命を救われた当事者である彼女が、どれほど正当な弁護を試みても、上層部からは身内を
議論が紛糾し、処刑へと天秤が傾きかけたその時。
この場において最も強大な権限を持ち、かつ最も「不実」な男が、静かに口を開いた。
ビーストマスター: 「その前に。……大切なことを我々はまだ聞き及んでいませんね。カヲスさん、貴方はこの二年間、一体どこで何をしていたのですか?」
その問い。真実を知る傍聴席の面々からすれば、滑稽なまでの茶番であった。
そもそも、敗戦後のカヲスを教会の地下に隠居させ、事実上の幽閉を決断したのは、他でもないビーストマスターその人だ。コスモスによる必死の嘆願があったとはいえ、最終的な
ビーストマスターが彼の所在を知らぬはずはなく、カヲスもまた、目の前の王がすべてを把握していることを知っている。
つまり、これは「嘘をつけ」という王からの指令。
カヲスに公的な発言の機会を与え、法廷を「望ましい結末」へと誘導する。それがビーストマスターの描く、勝利の方程式であった。
カヲス: 「……各地を転々としながら…………姿を
ビーストマスター: 「なるほど。では、何故今回はその沈黙を破り、姿を現したのですか?」
カヲス: 「……エデンの危機を…………聞きつけてな……」
ビーストマスター: 「つまり。祖国のために、純粋なる善意で行動を起こしたというわけですね」
ビーストマスターは、淀みない
絶対的な権力者による、有無を言わせぬ論理の蹂躙。会議は瞬く間に、カヲスに有利な判決へと向かって加速していく。
ブラックメイル: (……うわぁ。こいつ、マジですげぇ~……なッ)
隣でその様子を眺めていたブラックメイルは、内心で舌を巻いた。
ちなみにこの人は強い発言力を持つが頼りにならない人だ。
「ちょっと待った!!」
だが、勇気あるエデンの重役が、ビーストマスターの言葉を遮って声を張り上げた。
「今回、どれほど活躍したとしても……。あの戦争を引き起こした『罪』はどうなるのですか!? それを不問にするわけにはいかない!!」
正論。カヲスが今回挙げた手柄は、過去の「大罪」を帳消しにするにはあまりにも足りない。
しかし、ビーストマスターは微塵も怯まなかった。それどころか、彼はレンズの奥に宿る眼光をより一層鋭くさせ、本心からの叫びを相手にぶつけた。
ビーストマスター: 「戦争を起こした罪、ですか。……では、問わせていただきたい。戦争とは一体、誰が起こすものなのですか? 戦争には必ず『相手』が必要です。……決して、カヲスさん一人の意志で起こせるものではない」
「うっ……」
ビーストマスターは圧倒的な眼圧で相手を縛り付け、さらに言葉を研ぎ澄ませる。
ビーストマスター: 「貴方も、この私も。傍聴席にいる彼らも。……ここに集った者全員が、あの戦争に加担し、火を
沈黙。
ビーストマスターが「共犯」としての責任を突きつけた瞬間、カヲスの無事は確定的なものとなった。苦し紛れに、一人の男が最後の方策を口にする。
「……しかし。世間では既に戦死したとされている彼を、一体どこに住まわせるというのです」
ビーストマスターは、待ってましたとばかりに不敵に口端を吊り上げた。
ビーストマスター: 「ラヴド国で引き取っても構いませんが、誰にも悟られぬよう連行するのは手間がかかる。……ですが。エデン国にはここ以外に、もう一箇所。ここにいる上層部の皆様しか立ち入れぬ、完璧な聖域が存在しますね?」
一瞬、誰もが首をかしげた。だが、その中でたった一人だけ。その場所の真の意味に気づいた者がいた。
コスモス: 「……エデン女王のプライベートルーム、ですね」
ビーストマスター: 「その通り。……ただし。必然的にコスモス女王が、カヲスさんの厳重な『監視役』を担うことになりますが……よろしいですか?」
――この後。
問われた女王が、頬を僅かに染め、どのような返答を返したか。
それはビーストマスターでなくとも、この場にいる全員が容易に想像できることであった。
あえてここに、野暮な記録を記す必要もあるまい。
――――エデン国・女王プライベートルーム。
かつてこの部屋は『エデンリーダー室』と呼ばれていた。カヲスが研究用の巨大な機材を持ち込み、無機質なケーブルがのたうつだけの、冷え切った殺風景な空間。
しかし今は、女王のプライベートルームへとその名を変えている。コスモスの手によって丹念に手入れされた色鮮やかな装飾品や、地下の檻で育てられていたあの秋桜が飾られ、柔らかな光を反射していた。部屋の隅には、カヲスがかつて使用していた私物がすべて大切に残されており、新旧の時間が穏やかに混ざり合っている。
その室内には今、カヲスとコスモス。そして傍聴席にいた十名のうち、先に戦後処理へと回ったトゥルースを除く八名の戦士たちが集まっていた。数十分ほどかけてカヲスの無事を祝い、ようやく宴が御開きになろうとしていた。
カヲス: 「ビーストマスターには…………いずれ……借りを返さねば…………な……」
コスモス: 「ええ。本当に、彼には頭が上がりませんね」
カヲスが淡白な言葉の裏に深い感謝を滲ませ、コスモスがそれに微笑んで応じる。そんな二機の「新生活」を象徴するようなやり取りを、ワンダが茶目っ気たっぷりの目で眺めていた。
ワンダ: 「ま、とにかく愛し合うお二人で暮らせることになって、本当によかったわね♪ ――誰かさんと違ってさ」
ワンダはいじわるな笑みを浮かべると、あからさまな動作で隣のディストを横目で見た。
ディスト: 「な……!? ワンダさぁ、ちょっと愛する人と暮らせるようになったからって、調子に乗ってない!?」
ワンダ: 「別にぃ~。……っていうか、愛する人ってなによ、誰のことよ!?」
顔を真っ赤にして言い争う二人。殴り合いこそしないものの、唸り声を上げながら威嚇し合うその姿は、まるで近所の犬の喧嘩だ。その様子を見ていたローラが、困惑したように眉をひそめた。
ローラ: 「こら、喧嘩は止めぬか。……そもそも、一体何が原因で争っておるのだ?」
ワンダ&ディスト: 「 あ ん た だ よ ! 」
ローラ: 「……はぁ?」
ローラがこの二人の言わんとすることを理解する日は、相当先になりそうであった。あるいは、そんな日は一生来ないのかもしれない。
竜: 「では、一件落着ということで私たちは帰りますね。……行きましょうか、欠陥だらけのポンコツ」
タイン: 「おい。そりゃもしかして、オレのことか?」
竜: 「他に誰がいるんですか。……ゴミ屑以下」
普段ならばここでタインの怒号が響くところだが、彼はふと、ずっと不思議に思っていた疑問を竜へ投げかけた。
タイン: 「……お前さ、いつも散々オレのことをボロカスに言いやがるけど。オレがお前の家に居候してることには、さり気に文句はないのか?」
竜: 「別にありませんが……」
タイン: 「でも普通、ここまでボロカスに言ってて居候を許すとか、さり気におかしくねぇか? なんでなんだよ?」
タインの真っ直ぐな、けれどあまりにも鈍感な問い。竜は賢い。タインが分からないことを尋ねれば、いつも悪態をつきながらも完璧に解説してくれる。
だが、今回だけは違った。
竜: 「……教えたくありません」
タイン: 「ん?」
竜: 「自分で気づくべきですね」
竜はそう言い捨てると、走るような早歩きで部屋を後にした。
タイン: 「あ、おい! さり気に待てよ!!」
慌てて後を追うタインの足音が廊下に遠ざかる。その背中を見送り、リーブが愛想よく笑った。
リーブ: 「ほな、僕らもそろそろ行かせてもらいますわ」
レッド: 「……………バイバイ……………」
リーブとレッド。仲良く肩を並べて出口へと歩む二人。コスモスが、その睦まじい姿に目を細めた。
コスモス: 「相変わらず、仲が宜しいですね」
リーブ: 「コスモスさんとカヲスさんには負けますわ。ほな、またお会いしましょ~!」
ほぼ同時に手を振り、二機は晴れやかな顔で去っていった。
ディスト: 「……すごく、爽やかな二人だね」
ワンダ: 「あの二人だけは、ギャグ色に染まらないことを祈るわ」
少しだけ羨望の眼差しを向けるワンダ。そこへ、ナギサがいつもの煌めくような笑顔で歩み寄ってきた。
ナギサ: 「では、僕らもそろそろ帰ろうか。教会の修復……リペアもしなくてはならないからね」
一周回って神々しさすら感じるナギサの微笑。ワンダは一瞬だけ気圧されるが、すぐに小さな拳を作って威勢よく返した。
ワンダ: 「まっかせなさい! 〝なおす〟ことは私の得意分野なんだから!」
ナギサ: 「フフフ。楽しみだね。君が何かに一生懸命になる姿は、本当に美しい。……まさにビューティh――」
ワンダ: 「 き ゃ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ! ! ! 」
―――ドガッ!!
ワンダの照れ隠しの右ストレートが炸裂した。
ナギサの頭部パーツに70のダメージ。装甲が破損。ナギサは笑顔を浮かべたまま、その場で機能を停止した。
ディスト: (照れ隠しで、
ワンダ: 「あッ…………! オ、オホホホホ! オーーーッホッホッホ!!」
顔を沸騰せんばかりに赤らめたワンダは、奇怪な高笑いで誤魔化しながら、動かなくなったナギサを強引にお姫様抱っこで担ぎ上げると、爆音と共にその場を走り去った。
カヲス: 「相変わらず…………騒がしいな…………」
カヲスの言葉は淡白だったが、その貌には確かな楽しさが宿っていた。
『DISAPPEARANCE』の研究に憑りつかれ、孤独な暗闇にいた頃を思えば。この「騒がしさ」を受け入れられるようになっただけでも、彼が救われた価値はあったのだろう。
ローラ: 「そうだ、ディスト」
ローラが、懐からベビーに託されたあの通信機器を取り出した。ディストはそれが何であるか、そして何故彼女の手にあるかを察し、驚きに目を見開いた。
ディスト:「これ……どうしたの?」
ローラ:「ベビーがお前と連絡が取れるようにと……」
ディスト: (……ベ、ベビー。グッジョブッ!!!!!)
心の底から義理の息子(?)を称えるディスト。
その後、ローラはディストとコスモスの手伝いを得て、通信機器の基本設定を完了させた。カヲスからは「電源の入れ方すら知らぬのか」と、その歴史的な機械音痴を珍しがられたが、なんとか最低限の使用法を身につけたローラは、旅路に戻るべく、見送りのディストと共に部屋を後にした。
―
賑やかだった足音が廊下の彼方へと消え、部屋にはカヲスとコスモスの二人だけが残された。
コスモスは改めて居住まいを正すと、目の前の白き龍へ向けて、深く、静かに頭を下げた。
コスモス: 「カヲス様。……私のことを救っていただき、本当にありがとうございました。……私を直してくれたのが、貴方で。……本当に、嬉しかったです」
その声には、女王としての責務ではなく、一機の女性としての偽らざる至心が込められていた。カヲスは左腕を僅かに揺らし、不器用な、けれど確信に満ちた声を絞り出す。
カヲス: 「当然のことを…………したまでだ。……お前と…………約束したからな。……それより。これから、色々と迷惑をかけることになるが……。よろしく頼む…………」
自分という「不都合な生存者」を、自らの部屋に匿い、監視し続けるという重荷。
カヲスの謝罪混じりの言葉に、コスモスはパッと太陽のように明るい、一点の曇りもない笑みを浮かべて答えた。
コスモス: 「任せてください! 貴方のことは、私が全力で守ります。……だって。そう、神に誓ったのですから」
二人の視線が重なり、静かな熱量が室内に満ちていく。
かつての指導者の部屋は、今、二度と壊されることのない「愛」の苗床となっていた。
―
かつて人類を滅ぼし、この世界に果てなき争いの種を蒔いた男、N・G・ライト。
彼を神として崇める者。不条理な邪神として忌み嫌う者。
評価は常に二極に分かれ、この世界には今もなお、彼が遺した爪痕が深く刻まれている。
白銀の王の命は、今度こそ完全に果てた。
時代は移ろい、次なる世代が世界の舵を握る。時が経つにつれ、歴史の教科書に記された彼の存在感は、朝日に溶ける霧のように、徐々に、けれど確実に薄れてゆくのであろう。
しかし。
死の淵から舞い戻り、彼が最後にこの現世へと放った一言。
それは、彼の肉体が塵となって消え去ろうとも、この世界を永久に支配し続ける、唯一にして絶対の法。
彼が遺した、この世を統べる大いなる祈り――。
〝 全 て の メ ダ ロ ッ ト に 愛 を ! 〟
~THE END~