???話【影】
巨大都市メダロポリスの復興に沸く地上を他所に、エデン国本部の深奥に位置する一室――通称「トゥルースのお部屋」には、重苦しい静寂と電子機器が放つ青白い光が停滞していた。
無数のモニターが整然と並び、壁一面を埋め尽くす演算サーバーが、排熱ファンの低い唸り声を絶え間なく響かせている。外の世界では「神」と「死神」が去った後の平和が謳歌されていたが、この部屋の主たちにとって、真の戦いはこの「情報の檻」を築くことから始まるのだ。
エデン国女王直下諜報部『トゥルース』。
セルヴォとビートの二機は、数刻前に行われた「カヲスの生存」を巡る秘密裡裁判の全記録を、データストレージの深淵へと埋没させる作業に没頭していた。
―――カタカタカタッ、ターン。
小気味よいキーボードの打鍵音が響く。
カヲスの生存、N・G・ライトの再臨、そして死神ヴァレンが企てた全メダロット消滅計画。それら世界の均衡を根底から揺るがしかねない事実の断片を、彼らはあえて「消去」はしなかった。記録を消さず、いつしか、何百年も先の未来で公開可能な情報になった時を待つ。
ゆえに彼らが選ぶのは、最も高度な隠蔽――すなわち「完全な隔離」である。
記録は厳重な暗号化を施され、幾重ものセキュリティプロテクトがかかった特例保存領域へと移される。ビートは各種システムの脆弱性をチェックし、関係者以外のアクセスを物理的に遮断するための
セルヴォ: 「だりぃ……」
セルヴォが、椅子の背もたれに大きく機体を預け、深いため息を吐き出した。
彼の目には、膨大なソースコードと格闘する作業への倦怠感が滲んでいる。
ビート: 「そう言うな。……これも、記録を正しく守り、かつ世界を『正しく』騙し続けるための、我々の重要な任務だ」
ビートは視線をモニターから外さず、淡々と、けれど重厚な声で応じた。
セルヴォ: 「さて、分かっちゃいるがよ。……やっぱ二年前みたいにさ。ラヴド本部をドカーンと爆破して脱出するような、あぁいう派手な現場任務が恋しいぜ。……机に向かって作業ってのは、肩が凝るんだわ」
ビートは「爆破なら今回もやっただろ」とツッコミを入れたい衝動をおさえながら任務を続行する。
ビート: 「俺は、こういう静かな任務ばかりの方がいいがな。……余計な不確定要素を考慮せずに済む」
セルヴォ: 「さて、……相変わらず変わり者だよな、お前」
ビート: 「お前に言われる筋合いはない。……それに」
不意に、ビートの手が止まった。
モニターの光が、彼の無機質な目に鋭い影を落とす。不自然な「間」。
セルヴォはその僅かな違和感を感じ取り、首のサーボを軋ませて相棒へと向き直った。
セルヴォ: 「……ん? どうしたよ」
ビート: 「……五年前みたいな任務よりは、……この仕事の方が、ずっといい」
その一言。
室内の温度が、物理的に数度下がったかのような錯覚がセルヴォを襲った。
「五年前」というワード。
それは、この部屋にいる二機にとって、そしてエデンという組織の歴史において、最も深く、最も
セルヴォ: 「………………」
軽薄な仮面をかなぐり捨て、セルヴォが沈黙した。
五年前。エデンとラヴドが全面戦争を開始する三年前の空白期。
そこには、正義も理想も、そして「愛」の言葉さえも届かない、影の者たちによる凄惨な暗闘があった。
組織を維持するための非情な決断。秩序を守るために強いられた、名前すら残らない破壊。
彼らがその手に付着させてきたオイルの温もりは、今もなお
セルヴォ: 「……さて、そりゃあ……そうだわな。俺だって、五年前みたいな仕事はもう御免だぜ」
セルヴォは再びモニターへと向き直った。
自分たちがここで「真実」を檻に閉じ込め、表向きの平和を取り繕っているのは、あの五年前のような地獄を二度と繰り返させないための、せめてもの贖罪なのかもしれなかった。
セルヴォ: 「……俺たちに、……『主人公』なんて輝かしい役割は、向いてねえよ」
自嘲気味に呟き、セルヴォの指が「
一国の王や、神を称した男、そして愛のために死んだ死神。
表舞台を彩った者たちの光が強ければ強いほど、その足元に広がる情報の闇はより深く、より濃く、沈んでゆく。
それは、誰も知らない物語。
歴史の教科書には一文字として記されない、
舞台は五年前へと遡る。
不穏な足音が、静寂に満ちた過去の路地裏で響き始めていた。
―――To be continued 『APPEARANCE of TRUTH』
???話【影】終わり