第七話【さり気に、そして情熱的に】
事務所の静寂を暴力的に引き裂き、夕闇を背に現れたのは、オレンジ色の雅な装甲を纏う女型メダロットだった。
窓ガラスを粉砕して侵入するというその蛮行もさることながら、彼女が今、世界中の通信網で指名手配されている『女王襲撃事件』の主犯格であるという事実が、竜とタインに二倍の戦慄を強いた。砕け散ったガラスの破片がモニターの光を反射して床で輝く中、二機は言葉を失い、ただ目の前の狂気を見つめるしかなかった。
シャインは、自分に向けられたその硬直した視線が気に食わなかったらしい。八本の火柱を僅かに揺らし、不機嫌さを隠そうともせずに声を吐き出した。
シャイン: 「神様を隠していないか聞いてるんだけど?無視しないでほしいね」
その歪な圧迫感に、竜が真っ先に意識を立て直した。探偵としての冷静な回路を再起動させ、問いを問いで返す。
竜: 「神様……それは白メダリアの事ですね?」
シャインが語る「神」という言葉の定義。それがN・G・ライトの力の結晶であることは明白だった。相手を煙に巻くようなその神格化された表現に、竜は僅かな苛立ちと共に目を細めた。
シャイン: 「隠しているのかい?隠していないのかい?」
シャインの双眸がギロッと不気味に発光する。詰め寄るような再問に対し、竜は鉄の如きポーカーフェイスを貫き、淡々と答えた。
竜: 「残念ですね……。ここにはありません……」
一分の隙もない拒絶。それを聞いた瞬間、シャインの表情から不機嫌さが霧散し、代わりに狂気に満ちた笑いが込み上げた。感情の振れ幅が尋常ではない。つい先ほどまで怒りに満ちていた声が、今は快楽に震えている。
シャイン: 「クククク…まぁ仮に本当に隠していたとしてもそう言うだろうね」
シャインは楽しそうに、けれど目は一切笑わずに続けた。白メダリアという究極の至宝を、問いかけ一つで差し出す愚者がいるはずもない。彼女は最初から、対話による解決など期待していなかったのだ。
シャイン: 「クククク…だからさ、僕、自分でここを探るから少し気絶しててよ」
彼女の指先が、戦いの合図を告げるように持ち上げられた。
竜: (まずい…ここで戦闘されると大切な機械や装置が……)
ハッキング用サーバー、特注のスパコン、膨大な調査資料。それらが破壊される光景が脳裏を過り、竜が焦燥に駆られたその瞬間――。
―――ッ、ガアアアアアアアアアアッ!!
獣のような雄叫びと共に、隣の「椅子」……タインが爆発的な踏み込みで地を蹴った。
あまりに唐突な特攻。反応が遅れたシャインは、回避のタイミングを逸し、反射的に防御姿勢を取る。だが、タインの狙いは打撃ではなかった。
彼はその強靭な両腕でシャインの細い胴体をガバッと抱え込むと、勢いそのままに、割れた窓から虚空へと身を投げ出した。
ここは建物の二階。地面までは数メートルの落差がある。だが、かつて十二使徒の「エース」と称されたタインの剛健なフレームにとって、その程度の衝撃など微塵の障害にもならなかった。
竜: (助かった……しかしタイン……何故……?タインにここの機器を心配するような知恵があるとも思えない……いや、この場合は……)
竜が窓際へ駆け寄り、階下を見下ろす。
着地の直前で、柔軟な身のこなしでタインの腕からすり抜けたシャインは、数メートルの距離を取って身構えていた。対するタインは、着地の衝撃で土煙を上げながらも、ビシッと力強くシャインを指差し、肺腑を震わせて怒鳴りつけた。
タイン: 「バトルがしたいならさり気に相手してやる!!だが、事務所の中は駄目だ。なぜなら…………あそこのイスが1つ壊れる毎に、竜のオレへのドS行動がさり気に悪化するからだぁ!!!」
竜: 「やっぱりそれですか……」
竜は溜息を吐きながらも、日頃の自身の「教育」が、この土壇場で事務所の資産を守る防波堤となったことに、奇妙な感銘を覚えていた。そして同時に、タインに対する折檻の手を緩めてはならないと、静かに心に誓うのだった。
シャインは左腕の手刀――『クサナギソード』を静かに構え、冷酷な笑みを深めた。
シャイン: 「クククク…まぁいいさ、どちらにせよ君達は邪魔者さ……」
タイン: 「竜、邪魔はするなよ。さり気にタイマンでやるからな!」
竜: 「勝手にしてください……」
タインが地を蹴り、爆発的な踏み込みを見せた。
タイン: 「さり気ぇぇぇぇーーーーーー!!!」
グレインの自慢である強靭な拳から、目にも留まらぬ連続パンチが繰り出される。しかし、シャインは一歩も引かなかった。タインの連撃と寸分違わぬ速度で左腕の手刀を振り抜き、鋼鉄の激突音が夜の静寂を細かく切り刻む。タインの拳は、すべてシャインの白刃によって完璧に防ぎきられていた。
即座にシャインがバックステップで距離を取り、頭部パーツ『オクトバーン』を起動させる。
―――ゴォォォォォォォッ!!
放たれたのは、通常のメダロットを遥かに凌駕する超広域の『ファイヤー』攻撃だった。熱波が周囲の酸素を奪い、陽炎が視界を歪める。タインの機動力をもってすれば回避も可能だったが、彼はあえて炎の渦中へと真っ向から飛び込んだ。
装甲が赤熱し、焼けたオイルの異臭が立ち込める。だが、タインはその苦痛を根性でねじ伏せ、爆炎を突き破ってシャインの懐へ飛び込んだ。
―――ドガッ!!
渾身の右ストレート。重厚な打撃音が響き、シャインの雅な機体が後方へと吹き飛んだ。
タイン: 「さり気……それは漢の極意なり!!!」
突き出した拳をそのままに、得意げなポーズを決めるタイン。しかし、その勝利の余韻は一瞬で霧散した。
倒れたはずのシャインが、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。それだけではない。タインが刻んだはずの損傷箇所が、右腕から溢れ出す黄金の光によって瞬時に塞がっていく。
タイン: 「ゲッ!お前、さり気に回復とかできんのかよ!?」
竜: 「馬鹿ですね……」
二階の割れた窓からその様子を冷ややかに眺めていた竜が、呆れたような声を落とした。
タイン: 「んだと!?」
竜: 「得体の知れない敵に突っ込んでいって、挙句、敵に与えたダメージは回復され、自分にはファイヤーのダメージが残る……最悪です」
タインの格闘能力は、元十二使徒のエースに相応しい本物だ。だが、彼には致命的な欠落があった。「思考」である。潜在能力と根性のみに頼る彼の戦法は、この格上の強敵を相手にするにはあまりに無謀だった。
タイン: 「だったら、お前ならさり気に勝てるのかよ!?」
竜: 「いえ、難しいです。身体能力では明らかにタインの方が上ですから。そこでタイン、今から私の指示に従って動いてください……」
普段は彼を見下して止まない彼女が口にした、不意の評価。タインはその言葉に、柄にもなく高揚を覚えた。
タイン: 「おうよ!!じゃあさり気に頼んだぜ!!」
竜が頭部パーツ『ブラックインコム』を励起させる。敵の動き等を探る〝索敵〟で、戦闘力より戦法を重視する竜の最重要パーツだ。
更にこの索敵には、手に入れた敵の情報を味方に送信することもできる。特に竜はここ数年の鍛錬で、この能力を応用して一言二言の単純なメッセージも送信できるようになった。
彼女のセンサーがシャインの挙動をミリ単位で解析し、その最適解をタインの受像回路へと直接送り込む。
『右45度へ回避』『左にフェイント』『また右』『ジャンプ』『2秒後にアサッシン』『右腕で防御』……。
竜の冷徹なナビゲーション。それにタインの野性的な反応速度が組み合わさった瞬間、戦況は劇的に変貌した。タインの動きが無駄を削ぎ落とされた完璧な舞踊へと変わり、シャインの猛攻をことごとく無力化していく。
シャイン: 「クククク…君の指示が厄介だね!」
焦燥を感じたのか、シャインは不意に標的を切り替えた。浮遊脚部を最大出力で駆動させ、二階の窓際で指揮を執る竜へと向かって急上昇を開始する。
その刹那、タインへ新たな指示が届いた。
『3回まわってワンと言え』
タイン: 「よし!3回まわって……ってさり気にするかぁーーーー!!!」
あまりにふざけた指示に憤激したタインが、反射的に放った『タイムアタック』。その光線は、あろうことか竜のいる窓際へと向けられた。
だが、その射線上には――今まさに竜を斬らんと飛び込んできた、無防備なシャインの背中があった。
シャイン: 「!!?」
竜: 「計算通り……」
不意を突かれた一撃。シャインは空中で姿勢を崩し、盛大な火花を散らして地面へと叩きつけられた。
すぐに『ヤサカニボール』で自己修復を始めるシャイン。
シャイン: 「クククク…これがある限り僕は負けないのさ。君達を倒した後ゆっくりと事務所の中を探させてもらうよ」
しかし、そのセンサーには初めて明確な「警戒」の色が宿っていた。
膠着状態。長期戦への予感が漂ったその時だった。
風を切り裂く轟音と共に、赤い残像が戦場を横切った。
『お竜さん、なんやよー分かりませんけど…助太刀させてもらいますわ!!』
第七話【さり気に、そして情熱的に】終わり